29 扉が開いた話
今回は自分の中で扉が開いたなと感じた出来事について書き記しておこうと思う。ロックが解除された、何かがコトッと落ちた、そんな感覚だ。
最初は中学生の時だった。前後の記憶が無いので何があってそう思ったのかは分からない。ただ時々その部分だけを思い出すのだ。
「自分が自分を好きにならなくてどうする」こう思った時、フワッと身体が軽くなったように感じた。
後付けで今考えるならば、人は何百回と生まれ変わる。その間に経験した事は覚えていなくても魂の奥底に記憶されているそうだ。そして1度経験した所まではすんなり到達できる。
前世の私がこの答えに導かれていたのかもしれない。「自分が自分を好きにならなくてどうする」と。
中学生でこんな事を考えている人が他にもいるのかどうか、これが早いのか遅いのかは分からないが、子供の頃の記憶がほとんどない私の中でずっと忘れられない記憶となっている。
もう2回、似たような出来事を体験したのだがどちらが先だったかは覚えていない。両方とも2021年、まだ神様に繋がる前の頃だったと思う。
1つ目が物に対する感謝。
朝食の準備をしている時に手に持っていたカップ。「これも誰かが作ってくれたから今自分の手元にあるんだな」ふとそんな考えが頭をよぎり、自分の中で何かが落ちた。音がしたわけではないがコトッと何かが落ちた気がした。
これは斎藤一人さんの話の中に、自分独りで生きて行ける人なんていない。俺が普段乗っている車、部品が沢山組み合わさってできている。それを1つ1つ作ってくれている人達がいて車が出来上がっているんだ。服だってお米だって何だってそれを作ってくれている人がいるんだ。
確かそんな話をしていたと思う。沢山の動画を視聴していたので内容は正確に覚えていないがこんな感じの事を話していた。
それを聞いて確かにそうだな~と思った。でもそれだけだった。
多分だが、頭で考えて理解しただけでは駄目なんだろうな。ふとした瞬間にそれに気が付く、心で理解する。合っているかは分からないがこう言う事なんだろうなと思う。
2つ目は自分を褒めた時。
物を溜め込むとそこから悪い気が出る。2~3年使っていない物があったら思い切って捨てるようにと言う話を聞いて、数週間かけてちょっとずつ片付け始めた。
いるものいらない物、選別するだけで大変だった。ゴミ袋(大)で7~9個分はあったと思う。最終日はごみ処分場まで大型の物を運んで、ドロドロのクタクタだった。
お風呂に入ろうと準備していた時、「頑張った時は自分を褒めてやるんだよ」と言う言葉を思い出した。
あ、今だな、そう思って自分の頭を自分で撫でた。「今日はよく頑張った」の言葉と共に。魂が震えた。心が喜んだ。自分ではなくて奥深い所が震えた。
自分を褒める、その意味を理解した。こう言う事かと。
それからは時々でも自分を褒めるようにしている。もし失敗したとしても「未熟なりによくやった」とかね。ただ、あの時の様な魂が震える感覚はなかった。あれは最初の1回目だけなのかもしれない。
開かなければいけない扉、もしくは鍵があと幾つ残されているのかは分からない。その時がいつ来るのかも分からない。でも自分の中の何かが落ちた感覚、開いた瞬間は忘れられない不可思議なものだった。
お読みいただきありがとうございました。




