9 閑話 ジン・ストラティカ
ジン・ストラティカそれが俺の名前だ。
ラパス王国の第一王位継承者つまり、次期国王になる。それが生まれてきてからずっと言われてきたことであり、自分自身の役目だ。
王になるために小さい頃から、基本的な勉強、剣術、マナーレッスンなど、ありとあらゆることをやらされてきた。
どれも少し読めば、理解できるし、難しいものもなかった。
特にハマったものもないし、面白いと興味を持つものも少なかった。だから、そんな人生に飽き飽きしていたし、退屈だった。
お茶会や、王家主催のパーティに参加をしても、いつも婚約者がいないことで、女子に囲まれてうんざりしていた。
「私、マナーに関してはどこの貴族令嬢にも負けませんわ。」
「いいえ、あなたより、私の方が美しいでしょう。出直してらっしゃいな。」
そんな自慢話が俺の前で繰り広げられるのは日常茶飯でイライラの元凶になっていた。
それでも、外面だけでも取り繕っておいた方が、色々と楽だったので、笑顔という名の仮面を貼り付けて、相手の望む言葉を言い、自分の望み通りにことが運びこむようにしてきた。
いつの間にか、俺自身が本当の笑顔で笑うことがなくなった。
そんな俺でも楽しみがあった。それは平民の変装をし、街に出かけることだ。もちろん目の色で王族だとバレてしまうと困るのでカラーコンタクトで目の色を水色に変え、髪も茶髪に染めていた。
街、その中でも特に商店街はどこも賑わっており見ているだけでも楽しくて、出かける時は、だいたい街に行っていた。
俺が7歳の頃いつものように授業の合間に抜け出して街へいった時、たまたま地面でうずくまり泣いている女の子に会った。
その子は、透き通るような金髪に水色の瞳をした、この世の美を全て独り占めしたかのような美しい顔をしていた。
普段なら、気にならないはずなのにその時は珍しく自分から声をかけた。
「どうして泣いてる?何かあったか?」
そう、俺が尋ねでも、ただ、シクシクと大きな瞳から涙をこぼすだけで何も話してはくれない。
どうすれば、良いかわからず、最初は戸惑ったが頭を撫でてやると次第にポツリポツリと話してくれるようになった。
「私、お母様に嫌われてるの。いつも、失敗ばかりしちゃうから。」
「失敗なんて、誰でもするだろ。人間生きてれば誰でも通る道だ。」
「でも、お母様はいつも完璧だもの。今日だって、わたしがお買い物の途中ではぐれちゃったの。」
そう言った後、また、泣き出した。あーもう、なんでこんなに泣くんだろう。でも、なんでか、ほっとけないのが不思議だ。
「泣くなよ。ちょっと待ってろ。」
そう言って、俺はあるものを買ってから戻ってきた。
「手出して。」
「なに?これ?きれーーい!」
「それは、ブレスレットっていうものだ。あんたにやる。これを持ってれば、勇気が湧くまじない入りだ。失敗して逃げても良い。でも諦めることはするな。」
「うん。わかった。ありがとう。」
女の子は、満面の笑みを俺に浮かべた。それを見て、鼓動が一瞬にして跳ねた。
ドクン。ドクン。なんだ、これ。俺どうかしちまったんじゃないか。さっき以上に女の子が輝いて見える。
「あ、リーンお嬢様!探しましたよ。さぁさぁ帰りますよ。」
「ラーナ!」
その子は、心底安心したような顔でメイドに飛びついた。
「では、失礼いたします。」
「ラーナ、待って。」
そう言って、再びトコトコと近づいてきた。
「耳貸して。」
というので少ししゃがんであげると、
「お兄ちゃん本当にありがとう。」
そう言って走って行ってしまった。俺はしばらく動けなくなり、レンガの壁にもたれかかりながら顔に上った熱を覚ましていた。
‥‥‥‥‥
久しぶりに幼い頃の夢を見た。今日リーンとやっと会えたからだろうか。俺はふと今日あった出来事を思い出し、また、一人で笑ってしまった。昔と今とにギャップの差がありすぎるだろう。
今日のリーンは昔とはだいぶ印象が違って見えた。けれど変わらずどんなものよりも美しかった。いや、前以上に今の方が美しいか。
焦ってしまったところもあったが結果的には望んだ形になったので、まあ良かったとしよう。
これから先、あんなに可愛らしい笑顔を俺以外に見せたくないし、見せるつもりもない。そして、前みたいに泣かせるようなこともしない。やっと見つけた、俺が探していたもの。
まずは、リーンを絶対に惚れさせてやる。これからが楽しみだ。