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特訓Ⅰ

シオンの受難編


 宣戦布告をした翌日。"修行をするから来なさい!"の一言だけでシオンを呼び出したリリィは、到着したばかりのシオンに向かっていつもどおり自信満々な様子でビシッ!っと指を突きつける。


 「シオン、貴女に最も足りてないものは何かしら!」


 「えっ……えっと?」


 おまたせ、の一言も言う暇なく突きつけられた問いに困惑を隠せないが、とりあえず答えることにする。


 「度胸とか、勇気だよね……? わたし臆病だし……うぅ……」


 「そう、勇気! 今の貴女はヘタレよ! コケル鳥よりヘタレだわ!」


 言ってて自分で悲しくなるシオン。そんな様子を意に介さず追撃じみた言葉を放つリリィ。ちなみにコケル鳥とは風が吹いただけでも驚いて気絶してしまうファル村の家畜の一種だ。


 「そ、そんなに……」


 「……安心しなさい、シオン。そんな貴女を勇敢な戦士に変えてみせる"秘策"があるわ」


 膝を付きがっくりと項垂れるシオンの肩をポンポンと叩き、優しい笑顔を向ける。どうしてだろうか、慈愛に満ちているはずのそのリリィの表情がシオンには不吉なものに思えた。


 「……そして、"秘策"の一つがあれよ!」


 「あ、やっぱりそうなんだね……」


 シオンは今まで敢えて見ないようにしていたソレに目を向ける。


 ンもぉ〜。


 二人の少女の視線を受けたソレは、のんびりと調子の外れた鳴き声を響かせた。


 「カウホースだよね……」


 「ええ、ネラギと一緒に煮込んだら美味しいカウホースよ!」


 食材扱いされ「ンもッ!?」っと?鳴き声を上げるその生き物は、カウホース。村の主要な家畜の一種で、牛とも馬ともどっちともつかない姿をした生き物だ。


 温厚で大人しい生き物であるが痛みを感じると一転して暴れるようになるのが特徴で、更に感じた痛みの強さに比例して凶暴さが増すという特性もある。


 その特性から、昔からカウホースに近づいてどれだけ強く叩けるかで度胸を競う、チキンレースならぬ"カウホースレース"という遊びが村の子供達に受け継がれている。


 もちろん、ビビリなシオンからすれば近づきたくもない生き物だ。食材として出たら嬉しいのだが。


 (勇気をつけるって言ってたし、リリィはカウホースレースをやらせるつもりなんだよね? うぅ、怖いなぁ……)


 モキュモキュと雑草を頬張るカウホースと目が合うたび、胃のあたりがキリキリと痛むのを感じる。できることならそのまま回れ右して帰りたいのだが、しかしシオンは臆病な自分を変えると決めたのだ。


 (……覚悟を、決める!)


 ペチペチと頬をヤケクソ気味に叩き活を入れると、気合を込めて木剣をギュッと握り直す。凛とした瞳をいつの間にかカウホースのそばまで移動してたリリィに向けて準備完了の意を伝える。


 「……リリィ! わたし、やってみせるよ! どんなに辛くても」


 「よく言ったわ!」


 その言葉こそ、期待していた言葉だ。満足げに頷いたリリィは……木剣を手に、カウホースの背に飛び乗った。


 「……えっ」


 予想もしてなかった少女の動きに、シオンは固まってしまう。カウホースレースでは誰かが背にまたがる必要なんてもちろん無い。むしろ、巻き込まれないように挑戦者以外は離れておくものだ。


 「リ、リリィ……? 今からするのってカウホースレースだよね……?」


 「カウホースレース? あんな子供のお遊びなんかするはず無いじゃない。これはl特訓・・よ?」


 「……えっ」


 若干の嫌な予感と共に投げかけた言葉は、何を言ってるんだという表情と共に肯定された。あの恐ろしいカウホースレースが子供のお遊び? 今からするのは特訓?


 シオンの背中に、冷や汗が流れた。


 「リリィ、やっぱり待っ……!」


 「さあ、行くわ!」


 悲しいかな、シオンの静止の声はリリィ止めるには一瞬遅かったようだ。


 シュルルとカウホースを木につなぐ綱を解いたリリィは木剣を大きく振り上げ──カウホースの横っ腹を思いっきりぶっ叩いた。


 「もヒヒヒーーーん!!!!」


 痛みに我を忘れたカウホースが豹変する。全身の毛を逆立たせ、痛みから逃げ出そうとわけも分からず駆け出した。


 眼の前にいるシオンに向かって。


 「さあ、シオン! ギリギリまで逃げずに「うわあああああああ!!!??」……逃げ足速っ」


 決めた覚悟は、あっさりと崩れ去ったのだった。


 あっという間に木の陰まで逃げ去ったシオンに対し、リリィはカウホースの上からぷりぷりと怒る。


 「逃げてちゃ特訓にならないじゃないの!」


 「だって……だってぇ……!」


 木の陰で子羊のようにガクガクと震えるシオン。涙目でリリィに向けられる視線は「わたしを殺す気!?」と切実に訴えていた。


 「死んじゃう、死んじゃうってばぁ……!」


 「なによ、これぐらいやらないと特訓になんてならないわよ!」


 「本気で言ってる!?」


 信じられないと言いたげな瞳を向けられるが、当のリリィとしては本気も本気、大真面目。


 そもそも、リリィの前世は強靭な肉体と能力を持つ種族である魔族だ。人族とは大きく変わった常識の中で培われた感性は、人族の村娘として七年過ごしたぐらいじゃ更新されることはない。


 そんなリリィにとって、暴れているだけの動物にただ近づくだけ(・・・・・・・)なんてまさしく子供のお遊び程度でしか無い。勢いをつけて突進してくる猛獣ぐらいは相手にして、初めて修行と言えるのだ。


 元魔王様、前世の常識がいまいち捨てきれていなかった。


 「さ、もういっかい! 今度こそギリギリまで引きつけてから避けるのよ!」


 「えっ」


 わけも分からず暴れ続ける買うホースの角をむんずと掴み、器用に進行方向をシオンへと向けさせる。元魔王様は騎獣の扱いもお手の物だ。


 「助けてえええええ!」


 「この程度でビビっていたらケンタウロス族の強烈な突進に耐えるなんて夢のまた夢よ! ふんばりなさい!」


 「ケンタウロス族って何!? わたしが戦うのはハンスだよね!?」


 悲鳴じみた声を辺り一帯に響かせながらシオンは逃げる。カウホースに乗ったリリィは追いかける。


 特訓という名前の地獄は、まだ始まったばかりだ。




◇◆◇




 逃げ続けること三時間。リリィが借りてきたカウホースを返しに行く時間になったことでシオンの逃走劇は終わりを迎えた。


 「うぅ……ひどい目にあった……」


 追い立てられ、泣き叫んで、草に足を取られコケて、時折追いついてきたカウホースに角で背中を突かれ……これで全く度胸がついた気はしなかったが、心なしか逃げ足は速くなった気がしたシオンだった。


 「わたし、この先やっていけるのかなぁ……?」


 「弱音を吐くのはまだ早いわ!」


 「あ、リリィおかえり……なにそれ?」


 帰ってきたリリィの肩に担がれていたものを見て、シオンが不安そうに尋ねる。リリィはそれをバッと両手で広げ、元気よく答えてみせた。


 「ロープよ! センヌおじさん特製の頑丈なやつだわ!」


 「うん、それはわかるんだけどね……?」


 どうしてロープを持ってきたのか。そのロープを何に使うのか。そもそもまだなにかするのか。聞きたいことは山程あるが、どうしてか本能が「聞くなキケン」と叫んでいる。


 内心で冷や汗を垂らすシオンの心中を知ってか知らずか、リリィは「さ、いくわよ」とシオンの手をとって立たせスタスタと歩き始める。


 「も、もうすっごく疲れてるんだけど……今日は終わりにしない……?」


 「大丈夫よ、今からやるのは絶対に疲れないから。シオンは動く必要が無いもの」


 「そ、そう……?」


 それを聞き、シオンはわずかに安心する。どうやら追いかけられたりする類のものではなさそうだ。


 (でも、やっぱり不安……今度は何をやらされるんだろう……)


 この先に待ち受ける試練を思い、自然と体が震えてくる。そんなシオンの様子に気づいたリリィは足を止め手をぎゅっと両手で包み込んだ。


 「安心しなさい、シオン! 貴女はこの私が直々に見込んだ配下なのよ。どんな試練だってきっと乗り越えられるわ!」


 「リ、リリィ……」


 「それに、本当に危なくなったときはこの私が助けてあげてるじゃない。だから、シオンは落ち着いて眼の前の恐怖心を克服することに専念するといいわ」


 「うん……うん、そうだよね!」


 思い返せば、先程も何度か突進するカウホースの目の前でコケてしまうという危ない場面は何度もあったが、そのたびにリリィが必死にカウホースの巨体を抑えて助けてくれていた。そのことを思い返し、シオンの中にほんのりと勇気が芽生えてくる。


 「……ところで、この先って崖しかなかったよね?」


 「そうね」




◇◆◇




 崖、そしてロープ。この二つの単語の組み合わせのなんとキケンな香りのすることか。思えば、行き先がわかった時点で泣き叫ぶなり仮病を使うなりしてでも全力で拒否するべきだったのだ。


 できることなら三十分前の自分を殴って止めたい。平気な顔で暴れる家畜をけしかけてくるリリィが言う「本当に危ないとき」が、果たして自分の考える「危ないとき」と本当に同じなのかよく確認するべきだったのかと、シオンは考える。


 ロープ一本で、崖の上から吊るされながら。


 「死ぬうぅぅぅぅぅ!!?? 助けてええぇぇぇ!!」


 「この程度の崖でビビってたら、オーガ族の死の霊峰なんか超えられないわ」


 「わたしそんなところ行かないよ!?」


 相変わらずわけのわからないことを言ってくるリリィにシオンは叫び返すことしか出来ない。


 「ほら、叫んでないで。目標はもうすぐ先だわ!」


 「うぅ、そんなこと言ったってぇ〜……ひぃぃ」


 スルスルとシオンをつなぐロープを下ろしながらリリィは激励する。


 シオンが生気の失われた目で下に目を向ければ、目に入るのは遥か崖底に広がった森……の前に、崖壁に作られた鳥の巣。


 「ピエー」


 「うぅ、この卵を採ればいいんだよねぇ……?」


 崖に作られたテルル鳥の巣までロープで降りて、卵を採ってくる。それがリリィの課した試練だ。


 「じゃ、じゃあ採ってくるからね? ロープ離さないでよ? 絶対離さないでよぉ!?」


 「大丈夫、ちゃんと石の重りで固定してるんだから安心しなさい!」


 「うぅ、鳥さんごめんね……」


 絶叫じみた懇願を叫びながら、シオンは目の前に迫った巣の中に手を伸ばした。


 ゴソゴソと巣の中を探れば、シオンの手の先にいくつかの硬い卵の感触を捕らえた。


 「ピギャー!」


 その瞬間、テルル鳥が豹変する!


 「ピギャ、ピギャー!」


 「わわ、ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ!?」


 卵を盗み取ろうとする不届き者を撃退しようと、テルル鳥が激しくその手を突く。シオンは全力で謝りながら鳥の猛攻から逃れようとブラブラとロープを全身で揺らした。


 「卵採ったよ!? リリィ、たすけてえぇぇぇぇぇ!?」


 「待ってなさい、今ロープを引き上げるからそんなに暴れたら……あっ」


 「なにいまのすっごくふあん!?」


 「だ、大丈夫よ。ただちょっとおもりとロープの結び目が……ああ、小鳥が、小鳥が! そんなところをつっついたらシオンが!」


 「なにがおこってるの!? わたしどうなるの!?」


 尚、恐怖の限界値に達したシオンが気絶しピタリとロープの動きが止まったことで、命綱の敗北は間一髪免れたようだ。




 ある日のシオンは、激流の革に架けられた一本綱を往復させられたり。


 『セイレーン族の泉を攻略するにはこれぐらい難なくこなせなきゃね!』


 『わたしが攻略しなきゃいけないのハンスだよね!?』


 またある日は目隠しをした状態で村の周りを一周させられたり。


 『スケルトン族の首領を屈服させに行くには深い洞窟を抜ける必要があるから、今からでも対策が必要だわ!』


 『わたしそんなことする予定ないからね!?』


 リリィから課される臆病克服試練──と言いつつ実態は来たるべき世界征服に備えた有力魔族の攻略のための修行となっていたが──をこなしつつ。


 気づけば、あっという間にハンスとシオンの決闘の前日になっていた。

元魔王様に無茶な特訓を課せられたシオンの運命や如何に。

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