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宣戦布告は唐突に

 配下を得たリリィは、早速シオンを連れて世界征服の拠点……すなわち自宅へ帰っていた。今のシオンははハンスに散々剣で打ち付けられて傷だらけで手当てをしなければならない。


 「──よし、治療完了よ!」


 「……えっと、これで?」


 「治療完了よ!」


 「あ、はい。ありがとう……」


 薬効作用のある葉っぱを傷口に包帯でぐるぐる巻きにしただけのこれは、果たして治療なのだろうか。しかも包帯の巻き方も雑で葉っぱがところどころ見え隠れしている。


 前世ではどんな傷も魔族の高い回復力に任せて治していた元魔王様、治療行為は下手だった。


 シオンは微妙な表情でお礼を言いつつも内心で帰ったら包帯巻き直そうと決める。そんな風に思われてるとも知らず、満足げな表情で汗を拭ったリリィはシオンに聞かなければならないことがあった。


 「それで、シオンはどうしていっつもハンスにいじめられてるわけ? ハンスって誰にでも威張り散らすけど特に貴女には風当たり強いじゃない」


 「そんなの、わたしにもわからないよぅ……」


 ふるふると首を横に振るシオン。その声は泣きそうに震えていた。


 「ちょっと前からわたしにばっかりいじわるしてきて、訳を聞いてもうるさいって言って剣でなぐるばかりで……もうやだぁ……」


 「……それなら、まずは敵情視察ね!」


 早速リリィはシオンの手を引いて家を飛び出す。


 「ちょ。ちょっと、どこいくの!?」


 「決まってるじゃない、ハンスが貴女をいじめてる理由を調査しに行くのよ! 敵の情報を得ることはいつだって戦争の基本だわ!」


 「戦争じゃないよ!?」




◇◆◇




 ハンスがシオンをいじめている理由は、思いの外あっさりと判明した。


 「ああ、それはあやつがシオンちゃんより背が低いのを気にしてるんじゃ」


 「え、それだけ?」


 向かった先はハンスの祖父……すなわち村長の家だ。村長は孫が抱いているコンプレックスをしっかりと把握していた。あまりにレベルの低い理由にリリィは呆然としてしまう。


 「ハンスは、背丈が小さいじゃろう? あやつは威張りたがりじゃから、同い年や年下の子が自分より背が高いとどうにも気に入らなくなるみたいなんじゃ」


 「そういえば、わたしの背が大きくなり始めてからかも。ハンスがたたいてくるようになったの……うぅ」


 「……すまんのうシオンちゃん。うちのバカ孫が迷惑かけてるようで……今度こそきつ〜く言い聞かせておくから安心して──」


 「いいえ、村長。その必要はないわ!」


 自信満々な表情のリリィが村長の言葉を遮った。


 「シオンの問題はこの私が直々に解決するって約束したのよ! 村長は手出し無用だわ!」


 「リリィ……」


 「ふむ……それならリリィちゃんに任せてみようかの」


 自信満々に胸を張る小さくも頼もしい姿に村長は破顔する。


 「それで、今ハンスはどこにいるのかしら?」


 「そうじゃのぉ、この時間ならいつもの二人を連れて奥の広場に行ってるはずじゃ」


 「よし、シオン行くわよ!」


 「ちょっと、今度はどこへー!?」


 シオンの手を引いて家を飛び出すリリィ。


 「気をつけて行くんじゃぞ〜……やっぱり、子供は元気でいいのう」


 その背中を、村長は手をひらひらと振って見送った。




◇◆◇




 広いファル村には、子供の遊び場となっている場所が多く存在する。奥の広場はそのうちの一つであり、材木用に気を伐採することで作られたその場所は村の奥まった場所で大人の目が届きにくく、子供はあまり近づかないように言われている場所だ。やんちゃなハンスたちはこの場所をテリトリーにしている。


 「お、ほんとにいたわ」


 「ね、ねえ、もう帰ろうよぉ……」


 木片を転がして遊んでいるハンスたちを木陰から除くリリィ。シオンはへっぴり腰になりながらリリィの袖をツンツンと引いて促す。体は小刻みに震え、声は泣きそうだ。


 「ねえ、リリィが言ってたてきじょうしさつ? っていうの、十分したでしょう? もう帰ろうよぉ、家で絵本でも読もうよぉ」


 「何言ってるの? 敵情視察はもう村長の家で終わったでしょう?」


 「えっ」


 素っ頓狂な声を上げるシオンの手を引き、リリィは木陰から飛び出す。


 「さあ、喧嘩売りにいくわよ!」


 「やだー!?」


 悲鳴じみた声を上げるシオンとともに、リリィはハンスの前へと躍り出た。


 「げ、リリィ……とシオンじゃねえか? こんなところまできて一体なんのようだぁ?」


 「ひっ……」


 シオンの存在に気づき、ハンスは凄んでみせる。顔をさっと青ざめさせシオンはリリィの背中に隠れようと身をすくめ──シオンのほうが頭一つ分背が高いため全く隠れられてない──そんな少女の怯えた姿を見てハンスと取り巻きは愉快そうに笑う。


 「おいおい、せっかくこのハンス様が特訓つけてやったってのに相変わらずビビりなままだなぁ。どういうつもりだぁ?」


 「ひぐっ……ぁぅ……」


 「ま、いいや、今ちょうど鬱憤が溜まってたところなんだ。俺様の剣の相手になれ──」


 「そこまでよ!」


 隠れようとくっついてくるシオンをぺいっと引き剥がし、リリィはハンスの前に立つ。


 「おい、リリィは関係ないだろ。部外者は引っ込んでろよ」


 「部外者じゃないわ! シオンは私の配下になったのよ!」


 「はぁ?」


 一瞬怪訝そうに眉を顰めたハンスは、しかしすぐに納得した表情を浮かべる。


 「ははぁ。さてはシオンお前、自分では勝てないからって強いやつにすがろうってか。今度から弱虫じゃなく卑怯者って呼ばなきゃな」


 「いいえ、それは違うわ! シオンは確かに強くなりたいって言った! 弱虫な自分を変えたいとも言った! だからこそ、この私が協力するのよ!」


 リリィはハンスに向かって一歩踏み出す。それにつられて思わず一歩後ずさってしまったハンスは、それを誤魔化すようにファインティングポーズをとった。


 「やんのか? さっきは油断したけど今度はああは行かないぜ」


 対峙するリリィは、同じく戦闘の構えを取る……ことはなかった。


 ザッと足を肩幅に開いて仁王立ちし、左手を腰へ。右手でビシッとハンスを指差した。


 「宣戦布告よ!」


 力強いリリィの声が、広場の中にこだまする。


 「一ヶ月後の正午にこの場所で決闘を申し込むわ! 威張り散らしてばかりの貴女を完膚なきまでに打ち負かして吠え面かかせてやるわ──シオンが!」


 「えぇー!?」


 悲鳴じみた声を上げるのは、もちろんシオンだ。


 「決闘? わ、わたしが!?」


 「……おい、当の本人が聞いてないみたいな反応をしてんぞ?」


 「そりゃあそうよ! 言ってなかったもの!」


 「えぇ……」


 バーン! と効果音が付きそうな勢いで衝撃的な発言をするリリィ。これにはハンスも微妙な表情を浮かべざるを得ない。


 「それじゃ一ヶ月後いざ尋常に勝負──」


 「ちょ、ちょちょ! ちょっとまってリリィ!?」


 「んむぅ!?」


 決闘が確定事項になりかけてることに気づき、シオンは慌ててリリィの口を塞いで抱え、木陰へと戻る。


 ジタバタともがいていたリリィは、口を押さえていた手が離されると不機嫌そうに叫んだ。


 「なにするの!」


 「それはわたしのセリフだよぉ!?」


 一方のシオンも泣きそうな声で叫び返す。


 「なに、決闘って!? わたし戦わなくちゃいけないの!?」


 「もちろんだわ! そもそも貴女強くなりたいって言ってたじゃない」


 「たしかの言ったけど! 言ったけどぉ!? でもそれはいじめられないように強くなりたいってわけでわけで別に打ち負かしたいってわけじゃないよぉ!?」


 「いいえ、シオン! 貴女は甘いわ! ネルおばさんのふかし芋よりも甘いわ!」


 険しい表情でビシッと指を突きつける。


 「いい、相手はあのゲスなハンスなのよ? 貴女が強くなったからって簡単に諦めるわけんしわ。きっと陰湿な方法に移るだけに決まってる。しっかりどっちが格上か教え込まなきゃいけないのよ!」


 「そ、そうなのかな?」


 「ていうか、あの程度の小物にやられっぱなしなんて私の配下としては言語道断! そんなのが側近なんて恥ずかしいわ!」


 「むしろそっちが本音!?」


 ついでにハンスが無様にくやしがる様を見てみたいという狙いもあるのだが、さすがにそれは黙っておくリリィであった。


 「とにかく、ハンスに勝たなきゃいけないわ! 今の現状を変えるためにも、自分を変えるためにも!」


 「で、でも……やっぱりむりだよ。わたしがハンスに勝つなんて……それも一ヶ月後なんて……」


 「いいえ、できるわ。私が貴女を鍛えるんだもの」


 シオンの言葉を否定するリリィの声は、確かな自信と確信に満ちていた。


 「私を誰だと思ってるの? いずれは世界を支配する人間なのよ? その私ができると信じてるのだから、大丈夫だわ」


 「信じてる……?」


 「ええ。シオンは今は弱いけど、きっといつか強くなる。そう信じられるだけの何かを感じたの。だから、貴女は貴女の才能を信じる私のことを信じなさい!」


 リリィの言葉は荒唐無稽なものだ。シオンは自分にそんな才能があるなんて全く思えない。


 (でもどうしてかなぁ……リリィにそう言われると、不思議とそんな気がしてくる)


 元魔王様の力強い言葉は、弱気な少女の心を勇気づけるだけの力を持っていた。


 わずかに変わったシオンの雰囲気にそのうちに芽生えた確かな自信を感じ取る。


 もう説得は必要ないと判断したリリィは、サッとシオンの背中に回りどーんと突き飛ばした。


 「さ、わかったなら早く行くといいわ!」


 「ちょ、ちょっと!?」


 ハンスたちのいる広場に向けて突き飛ばされたシオン。続けてリリィが飛び出す。


 そして再びハンスたちの前に出たリリィとシオン。だが先程と異なるのは、ハンスと対峙するのはシオンでリリィは三歩下がったところで見守るように控えているということだ。


 「引っ込んだり出てきたり、いったいなんなんだよ、あぁ?」


 「あぅ……」


 天敵のような少年に凄まれたシオンは怯えて萎縮する。しかしその背中にリリィの力強い視線を感じ取ると、怯えもわずかに晴れたような気がした。


 手を力強く握って己を奮い立たせたシオンは、リリィがしていたようにビシッと指をつきつけて宣言する。


 「け、決闘よ! 一ヶ月後の正午、この場所であなたを打ち負かしてみせる!」


 「お前が? 俺を? ……はっ、そんなことができんのかよ」


 「わ、わからない。でもリリィはできるって言ってくれた! わたしはリリィの言葉を信じる!」


 「……!」


 ハンスを睨み返し、力強く宣言する。泣き虫な少女の今まで見たことない姿にハンスは驚き唖然とする。そしてニィっと意地悪な笑みを浮かべた。


 「いいぜ、その決闘うけてやるよ。二度と逆らおうと思わないようにボッコボコにしてやるよ!」


 「か、勝つのは私なんだからぁ!」


 やけくそのように叫び返したシオン。だが、彼女が勇気を振り絞れたのはここまでだった。


 ブワッと涙目になって足がプルプルと震えだしたと思えば、ぴゅーっと逃げ出しリリィの背中にすがりつく。


 「あっ」


 「も、もういいよね!? わたしがんばったよね!? もうこれでいいんだよねぇ!? うぇぇぇん……!」


 「……さっきまでかっこよかったのにねぇ……」


 泣き出したシオンに代わり、ハンスの前に対峙する。


 「そういうわけだから、首を洗って待ってるがいいわ!」


 「は、言ってろ。どうせ勝つのは俺様なんだからな!」


 両者の視線が交わりバチバチと火花を散らす。


 元魔王様現幼女とファル村のガキ大将。両者のプライドをかけた決闘の日は一ヶ月後だ。

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