配下を探そう
新キャラ登場の巻
「とはいっても、配下を探すのなんてそう簡単にはいかないものよね……」
翌日、リリィは昼前の暖かな日光を浴びながらトテトテと裏の中を歩いていた。その表情は、よく晴れた空とは反対に晴れやかではなかった。
「そもそも、自分からスカウトするなんて始めてだし……」
前世では確かに強力な魔王軍を結成したが、その初期メンバーはもともとリリアスを慕って自ら下についたかもしくは打ちのめした結果なし崩しに配下になった者が殆どだ。結成後の魔王軍の拡大に関しても、スカウトなどは配下にまかせていた。
リリアスが直接的に配下に向かいれたのはただ一人。戦場でなんとなく拾った孤児の少年だけだ。彼は最終的には第二近衛部隊の隊長にまで上り詰めたので良い拾い物だったといえた。
(……っと、いけないいけない。昔を懐かしむのもいいけど今は目の前の問題に集中しないとだわ)
ブルブルと首を振って邪念を追い出し、リリィは再び配下探しに集中するが……周りを見渡してもどうにもパッとする者がいない。当たり前だが、人族は、魔族に比べて弱すぎるのだ。
「この村は、配下を探すのには向いてない……」
ファル村は気候も穏やかで食べ物も美味しいので住むには最適であるが、こんなところに意外な問題があるとは。ぐぬぬ、とリリィの喉から唸り声が漏れる。
「でも、今のうちにできる限り配下は増やしときたいわね……いざという時、急増の軍隊じゃ頼りにならないし」
組織は、連携が命なのだ。たとえ構成員の個の力が強くても息があってないようでは集団戦では真の力を発揮することはできない。本格的な戦いが始まる前に最低限のメンバーは揃え、連携を強化しておきたいとリリィは考える。
「この際、人族で我慢するしか無いけどそれでもせめて戦闘の心得がある者がいいわね……そうなると自警団の人たちがいいかしら?」
村の青年たちで構成され、魔物や盗賊などから村を守る自警団。彼らはファル村の中では数少ないちゃんとした戦闘訓練を受けている。魔族や人族の精鋭に比べれば不満は残るものの、しっかり訓練すれば及第点レベルには成長してくれるだろう。
自警団の人々を探しリリィはキョロキョロと辺りを見渡す……と、ちょうどタイミングよく一人の青年が通りかかった。村の中では珍しくリリィが知らない人であったが、自警団を現す木製のバッジをつけてるのを確認するとなんのためらいもなく元気に話しかける。
「こんにちは! ねえ、あなた私の配下になってみる気はない?」
「は?」
──超がつくほど直球な勧誘であった。
怪訝な表情を浮かべて視線を下げた青年は、そこにいるのがニコニコと笑みを浮かべる十歳にも満たない少女だと気づくと若干うっとうしそうな表情で諭す。
「あー、ガキから見れば暇してるように見えるかもだけどな、こう見えても俺は今は村の見回りっていう大事な仕事の最中なんだ。ままごとの誘いならよそにしてくれ」
「んむ……そうね、お仕事なら仕方ないわ。頑張ってね!」
「お、おう」
勧誘失敗である。ある意味当たり前なのだが。
(次を探さなきゃ!)
しかし、リリィはへこたれない。どこまでも前向きな彼女は一度断られたからと言って落ち込むことはしないのだ。
とはいえ、いくら天然で奔放な彼女であっても全くの考えなしというわけではない。今の勧誘から一つのことを学んでいた。
「うかつだったわ……領地の防衛は大事だもの。それを軽視して手元の戦力だけ増やそうとするのは、支配者としては二流ね」
領地は占領してはい終了というわけには行かない。支配した後の維持も含めて征服なのだ。そのために必要な戦力を引っこ抜くなど言語道断だと、リリィは自分に言い聞かせる。
──維持どころか、支配のしの字すら始まってないのだが、それをツッコむ者はやはりいない
「そうなると、村で仕事を持つ人は皆ダメね……村じゃ、彼ら一人ひとりが生活を維持するのに必要な担い手なのだから。……となると、候補はまだ仕事のない子供かしら?」
学んだことを踏まえ、新たにターゲットを絞って村を徘徊するリリィ。次に彼女が足を運んだのは村の中でも力自慢たちの少年が剣の練習のために使う広場の一つだ。
「ていやぁ!」
「うりゃあ!」
(お、今日もやってるわね!)
広場ではいつものように十二歳ほどの少年数人が、藁で作られた人形を相手に木剣で剣の練習に励んでいた。そのうちの一人、リーダー格の少年カインにターゲットを決めて話しかける。
「カイン、こんにちは!」
「お、リリィちゃん! こんな時間に来るなんて珍しいじゃないか」
少年たちが使う木剣はリリィの父親が作ったものだ。そのため、この少年とは顔見知りだ。
「今日も頑張ってるわね」
「おうよ! 今日も絶好調だぜ」
打ち込みを止め、おでこの汗を拭ったカインは聞かれてもないのにペラペラと自分の夢を語り始める。
「俺はよ、こんなちんけな村の自警団なんかで終わるつもりはねぇんだ。いつか街へ出て剣闘士として大成して、そんでどっか有名な貴族様に騎士として仕えるのが夢なんだ!」
「なるほどねぇ」
うんうんと頷くリリィ。反応が薄いのは、カインはこの話を事あるごとに人に話したがるため、リリィが同じ話を聞くのはこれで三十三回目だからだ。
いつもなら右から左へと聞き流すが今日ばかりは違う。そもそもカインの夢を知っていたからこそ彼をターゲットに決めたのだ。
「それなら私にいい考えがあるわ! 私の配下になるのよ!」
「はぁ?」
「私は今、世界を支配するための戦力たる配下になる者を探しているの。仕える主を探しているなら、私のもとで騎士となるがいい!」
「……俺が? お前に? ……ぶわっはっはっは!」
一瞬ぽかんとしたカインは、告げられたセリフの壮大さと目の前で偉そうにふんぞり返る幼女の可愛らしい姿──リリィは威厳のある姿だと思っている──とのギャップに腹を抱えて笑う。
ひとしきり笑い転げたカインは、木剣の柄でリリィのおでこを軽く小突いた。
「あたっ」
「ぶぁーか、だーれがお前なんかに仕えるかよ。俺を配下にしたいんならせめて領主ぐらいに偉くなるんだな」
「んむぅ……わかったわ」
おでこをさすりながらリリィは不満げな声を漏らす。再び剣の練習を始めたカインに別れを告げ、広場を離れた。
(考えても見たら、同じ話を何回もするやつが側近ってのはちょっとうっとおしそうだし……カインを配下に加えるのはもう少し後でもいいかもだわ)
諦めてはいないようだった。
◇◆◇
それからしばらく。
『ごめん、リリィ姉ちゃんの言ってることはよくわからないや……』
『私、痛いのはいやー』
『嫌だね、むしろお前が俺の子分になれよ』
「んぁあー! もう、全くうまくいかないわね!」
合計十人に声をかけたリリィは、その全員に断られていた。元魔王様、異例の連敗である。
「特に最後のやつ、ムカつくわ! なーにが俺の子分になれ、よ! 私を下につかせようなんていい度胸してるじゃない!」
寛大な精神を持つ元魔王様も、さすがに断られ続けてイライラが溜まっていたようだ。ひとしきり癇癪を起こした後、トボトボと歩き始める。
「痛いよぉ……」
「ぎゃはは! おら、早く立てよ」
(あ、ハンス……と、うずくまってるのは確かシオンだったかしら?)
木剣を片手にゲスな笑い声を上げてるのはリリィと同い年の子供の一人、ハンス。茶髪青目の彼は村長の孫であり、彼の父はファル村を統治する貴族のもとで騎士として働いてたはずだ。後ろには取り巻きの二人、リックとレオンだ。
そしてその足元で傷だらけでうずくまってる赤髪赤目の少女はシオン。彼女もまた同じ年齢だ。七歳の子供の中では飛び抜けて背が高いが、泣き虫な性格で村のガキ大将的なハンスにいつもいじめられている。
「おいおい。せっかくこのハンス様が泣き虫なお前に剣の稽古をつけてやろうとしてんだ。ほら、早く立てよ」
「剣の稽古なんてもういいからぁ……」
「お、なにか言ったかぁ?」
「痛いっ! ひぐっえぐっ……」
ついには顔をグシャグシャに歪めて泣き出してしまう。そんな少女を見て、ハンスとその取り巻きは愉快そうに笑い声をあげた。
(……ハンスは、配下にするにはゲスすぎるわねぇ。扱いづらいわ)
闘争心に溢れるのは兵士としては魅力的だが、暴力的であるのは大きなマイナスポイントだ。無意味に民を傷つけるような者が軍の幹部では民からの求心力が大きく弱まってしまう。
もう少し紳士的ならスカウトしたのになぁ。そんなことを考えながら目の前の光景をぼーっと眺めていると、ハンスがいつのまにかそばにいたリリィの存在に気づいた。
「……おい、何しに来たんだよ」
「何しにって勝手に私の行き先に出てきたのはハンスの方でしょ?」
「はぁ? わけわかんねーし! とにかく邪魔だ。早くどっか行かないと殴るぞ」
「ふうん、できるのならやってみるといいわ!」
「……なんだとー!?」
イライラしてたせいで珍しく安い挑発の言葉を投げかけてしまう。見事にカチンときたハンスは木剣を握りしめてリリィへ迫る。
「チビが、調子にのるなよぉ!」
「貴方だってそう高くないでしょ?」
子供にしては素早い身のこなしで迫ったハンスは、丸腰のリリィに向かって剣を大きく振りかぶった。外から見れば絶体絶命な状況に、うずくまっていたシオンがヒィッっと短い悲鳴を漏らす。
(遅いわねぇ)
──リリィは冷静に剣の軌道を見切ると、体をずらして剣の範囲から逃れる。空振った勢いで大きく体勢を崩したハンスの腕を軽く押さえスネを思いっきり蹴り上げれば、顔面から地面へ突っ込んだ。
「へぶっ!?」
「はい、一本目」
リリィは後衛特化とはいえ元魔王様なのだ。子供の拙い剣術になど負けるわけがなかった。
「もう一回やる?」
「くっ……おぼえてろよ……」
鼻血と土で顔をグシャグシャにしたハンスは、取り巻きを連れ逃げ去る。
ひらひらと手を降って見送ったリリィは額の汗を拭ってその場を離れようとし……
「あ、ありがとう……」
「んむ? ……ああ、なるほどね」
一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐにお礼を言われたわけに思い当たる。
「別に、貴女を助けたわけじゃないわ!」
「えっ……?」
「私が貴女を助ける理由なんかないじゃない」
シオンが傷ついた表情を浮かべるが、これは紛れもないリリィの本心だ。統治に関わる問題ならともかく、子供の喧嘩に介入する理由などない。元魔王様は決して優しくはないのだ。
それじゃ、と再びその場を離れようとするが服の裾を掴まれて再び止められる。
「さっきのかっこよかった……どうやったの?」
「んむ? 簡単よここをこうやって……」
ハンスにかけた技の種明かしを身振り手振りで説明し、シオンは目をキラキラさせてそれを聞く。
「リリィって強かったんだね……すごい」
「いずれ世界の頂点に立つ者として、これぐらいは出来て当然だわ!」
「それに、いつも自信満々だし……弱虫なわたしとは大違いだ……」
弱気でいじめられてばかりの自分と強くていつも自信に満ち溢れているリリィの対照的な姿に、自然とため息がこぼれてしまう。
(シオンねぇ……血筋を考えれば将来有望だけど、やっぱり頼りないわよね)
一方リリィはといえば、そんなことを考えていた。
シオンの父は村一番の剣の使い手であり、加えて鬼族と見間違うほどの巨漢だ。その血を引いているシオンは強くなる素質は確かにあるはずだが。
(ちょっとどころじゃなく頼りないけど……でも、どうしてかこの娘なら配下にふさわしいと思うのよね。根拠はないけどそんな気がするわ!)
元魔王様としての直感がリリィに告げるのだ。"シオンはいずれ化ける"と。
リリィの──リリアスの直感には根拠や理由なんてものはない。当の本人でさえ"なんとなくそう思ったから"としか言えないものだ。
本来なら勘に任せるなど博打みたいな行為であるが、彼女にとっては違う。天性のセンスと才能から導き出された直感は、まるで獣の嗅覚のように鋭く正しい答えを常に導き出してきた。リリアスが魔王時代に世界の半分を掌握するまでに至った要因の一つだ。
その直感がシオンを選べと告げた。
そうと決まれば即座に勧誘を始める。警戒されないよう、にこやかな笑みを浮かべて遠回しにシオンに迫る。
「ねえ、貴女。ハンスにやられっぱなしでいいわけ?」
「え……?」
「泣き虫だなんて言われていいようにいじめられて……今のままで満足してるというの?」
「そんなの……」
リリィの言葉は、確かにシオンの感情を刺激した。手が血が出るほど強く握りしめられ、歯をぐっと食いしばる。
「そんなの決まってる……いいわけないよ! いじめられたくなんてない! お父さんみたいに強くなりたい……!」
「それなら、私の配下になりなさい!」
仁王立ちして腰に手を当て、ビシッとシオンを指さして突然の配下になれ宣言。いまいち事態をつかめずぽかーんとするが、ごーいんぐまいうぇいなリリィは気にせず続ける。
「私は今、いずれ世界を支配するための戦力となる第一の配下……いえ、側近となる者を探しているの! 貴女が私の側近になるというのなら、貴女の願い、特別にこの私が叶えてあげるわ!」
「……えっと、せかいをしはい? そっきん……?その、よくわからないんだけど……」
「ふっ、今はまだこの壮大な夢が理解できなくとも構わないわ
。聞きたいのは私のもとで今の貴女を変える覚悟があるかどうか……ただそれだけよ!」
「わたしを……変える……?」
胸に手を当て、シオンはうつむいて考える。弱気で泣き虫な自分を変えたいとは今まで幾度となく思ってきた。強くなるために、男の子たちに混ざって剣も習い始めた。でも、結局彼女が変わることはなかった。
(わたしはずっと泣き虫なままなんだって思ってた……でも)
──この、強くて常に自信に満ち溢れている少女のそばにいれば、今度こそ泣き虫な自分を変えられるかもしれない。
「……わかった。そのはいかってのになる……だから、わたしを変えてほしい。リリィみたいに強くしてほしい!」
「よし、決まりだわ! これからよろしくね、シオン!」
十一人目の勧誘にして、ようやくリリィは第一の配下──後の世で『王の剣』と呼ばれる少女シオンを仲間にしたのだった。
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