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襲撃Ⅳ

 「──なんてな」


 「カハッ……!?」


 それは、一瞬の出来事だった。


 ドミニクが左手で腰に隠していたナイフを素早く抜き放ち、切っ先を炎の矢に向けた。その刃が怪しく光を放つと同時……"ファイア・アロー"の向きが反転した(・・・・)


 ドミニクの命を刈り取るはずだった魔法は、その瞬間術者であるはずのリリィへと牙を剥く。至近距離で撃った魔法であることが災いし、リリィがその現実を認識したのは既にその右腕が爆炎に焼かれた後だった。


 華やかな豊穣祭の衣装は黒く焦げ、"ファイア・アロー"の爆炎を受けてしまった腕は無残にも爛れてしまっている。まるで蹴り飛ばされた小石のように地面をゴロゴロと転がり、地に伏せた。


 (い、今の、は……反射……?)


 幸いにして、リリィはまだ意識を保っていた。本来なら生身の人族など一撃で葬り去る程の威力を誇る魔法だが、魔法使いとして鍛錬の中で自然と高められていたリリィの魔法抵抗が、その威力を大幅に軽減(レジスト)したからだ。


 「……ったく、身代わり使うなんて小賢しい真似しやがって。こんなもんどっから持ってきやがったんだ?」


 舌打ちをしたドミニクは、忌々しそうな表情で足元に転がる、子供ほどの大きさがあるぬいぐるみをつまみ上げる。


 それは、リリィが豊穣祭の衣装作りのときの余り布で作り、作業場の窓縁に飾っていたものだ。ドミニクに窓から投げ飛ばされた時に一緒に外に放り出されたソレを、リリィは砂煙に紛れて拾いに行っていたのだ。ドミニクが聞いていた何かを探し回るような足音は、これを拾いに行っているときの音だった。


 「こんなもんに惑わされるなんざ、俺も油断しすぎだったってことか。あーうざってぇ」


 炎の余波で焦げ、切り裂かれた腹から綿を覗かせているずんぐりとしたぬいぐるみは、よく見れば少女のシルエットとは全く似ていない。そんな物に惑わされてしまった自分に腹が立ったドミニクは、八つ当たり気味に地面に放り捨てるとグシャリと踏み潰した。


 「……ちょっと、足どけな、さいよ……それ、私のお気に入りなのよ……」


 「なんだ、まだ生きていたのか? ったく、これだから魔法使いってのは……」


 既に息絶えたと思っていた少女が声を発したことにドミニクは驚く。だがすぐに魔法使いは魔法に対する防御力が高いという事実を思い出し、めんどくさそうに表情を歪めた。


 ドミニクは「お気に入りなら身代わりなんざに使うんじゃねえよ」と呆れたように言い、ぬいぐるみを一層念入りに踏み潰す。原型を留めなくなったぬいぐるみの姿に清々すると、彼本来の主武装であるナイフを手で弄びながら、倒れ伏せるリリィに向かってゆっくりと近づく。


 「そのナイフ、は……」


 原型がわからなくなるほどに踏み潰された猫のぬいぐるみに悲しそうな表情をしていたリリィは、ドミニクが握っているナイフからうっすらと魔力が発せられていることに気づいた。それも、ただの魔力ではない。数時間前にも感じ、今もなお村中にうっすらと漂っている魔力と同じ懐かしさを感じるものである。よってリリィはナイフの正体にすぐに気づいた。


 「それも……魔族の核、なの、かしら……?」


 「……カンが良すぎるだろ。お前、ほんとにただのガキか?」


 蛇のような装飾の施されたナイフは、見た目にはただの術具でしかないはずだ。その正体を一瞬で看破るリリィにドミニクは驚きを隠せなかった。


 「まぁどうでもいいか。察しの通りだ。効果は魔法を反射させるっつー強力なもんでな、コイツのおかげで、お前みたいに油断した魔法使いを何人も葬り去ってきたんだよ。……さすがに正体に感づいたのはお前が初めてだがな」


 「便利なものね……どこで、そんなの手に入れたのか、聞かせてもらえるかしら……?」


 近寄ってくるドミニクに対し、リリィはナイフの出処を問う。会話を長引かせることで、先の一撃で使い切ってしまった魔力を回復させる時間を少しでも稼ぐためだ。


 「あ? 街の裏通りにあるゲルツってジジイがやってる魔道具屋で買ったんだよ。……それと、時間稼ぎしようってったってそうはいかねえぜ。せっかく切れてる魔力を回復されちゃたまんねえからな」


 「……バレてたのね」


 「伊達に場数踏んでねえんだよ。魔力が切れた途端お前みたいに饒舌になる奴ぁ、いくらでも見てきたんだぜ」


 チッと舌打ちをするリリィを、ドミニクが荷物でも持ち上げるかのように乱雑に担ぎ上げる。殺すでもないその行動にそ真意を測りかね、リリィは不思議そうな声を漏らす。


 「何、を……?」


 「……魔法が使えて、見た目も良いガキ。好事家に高く売れるだろうなぁ。皆殺しが俺の方針なんだが、お前は特別に殺さないでおいてやるよ。感謝しろよ?」


 「……それは、光栄なことね」


 (売られるなんて、冗談じゃないわ……! 何か、策は……!)


 皮肉を毒づきながらも、リリィは打開策を考え続ける。まだ何か打てる手があるはずだと信じて。


 「──余計なことは、考えるなよ? これ以上傷でもついたら商品価値が下がっちまうだろうが」


 だが、その考えはドミニクにはお見通しであったようだ。薄ら寒い笑みを浮かべると、ドスの利いた声でナイフをリリィの首筋に添える。


 「はっ、貴方の事情なんて、知らないわよ」


 首筋にナイフの刃を当てられ脅しを駆けられても、リリィは不敵な笑みを崩さない。全く怯えも不安も見せないその姿に、ドミニクの心中に徐々に苛立ちが募る。


 「……ガキ、自分の状況がわかってんのか?」


 「そうね、もう魔力は尽きたから魔法は撃てないし、剣で戦っても敵わない……そもそも、もう剣を振るうだけの力も残ってないわ。打つ手なしの、絶体絶命ってところかしら……」


 「なんだ、よくわかってんじゃねえか。……じゃあ、なんでそんな余裕なんだよ」


 死の瀬戸際に立たされてどうして笑っていられるのか。ドミニクには、理解が出来なかった。今まで同じ様に追い詰めてきた者たちは、打つ手が無くなったとわかるやいなや、全てを諦め絶望の表情を浮かべるか、狂ったように喚き命乞いを始めるかのどちらかだったのだ。


 「決まってるじゃない。ただ、諦めたくないだけよ」


 そして、それに対するリリィの答えは酷く単純なものであった。不可解な表情を浮かべるドミニクに対し、リリィはまるで思い出話でもするかのように一人でに話し始める。


 「ねえ、知ってる? 魔王って思ってるより大変なのよ?」


 「は?」


 語られるのは、リリィの過去。魔王として八十年間を生きてきた、リリアスの物語だ。


 「まず、いろんな種族から恨みを向けられるのは当たり前。それだけでも大変なのに、魔族内でも問題が絶えないのよ。私の座が欲しいやつや、単に私のことが気に入らないやつに命を狙われるのは日常茶飯事よ。世界征服が理想通りに進んだことなんて一回も無かったし……ああ、全く見に覚えの無い逆恨みをぶつけられたこともあったわね。なんど気が滅入ったかわからないわ。たまーに投げ出したいなんて思ったこともあったわね」


 「おい、なんの話だよ。恐怖で頭がイカれちまったか?」


 「それでも、私は夢を追い続けたわ。立ちふさがる障害を乗り越えて、必死に、少しづつでも征服を進めていって……結局勇者に殺されちゃったけど。それで、挙げ句の果てに生まれ変わった先はこんな貧弱な姿。それでも諦めないで、夢を追い続けてる……だから」


 リリィは顔を上げ、挑発するようにニヤリと笑ってみせる。まだ希望は完全に失われていないと信じている者の笑みだ。


 「この程度(・・・・)のことで未来を諦めるなんて、考えられない。……ただそれだけのことよ」


 「……ッ! なめやがって!」


 「あぅっ」


 激高したドミニクに荒々しく地面に放り投げられ、リリィは衝撃にゲホゲホと咳き込む。


 「あー、気分わりぃ。売り飛ばすのは止めだ。お前も他のやつと同じように殺してやる」


 苛立ちを顕に、ドミニクが逆手に持ったナイフを天高く振り上げる。その刃の向かうであろう先、殺戮の愉悦に濡れた視線が狙いを定めるのはリリィの心臓だ。


 (強がってみせたけど、もう本当に駄目みたいね……)


 薄く苦笑気味に唇を歪め、リリィは内心でため息をつく。まだ希望があると頭では信じながらも、現実の問題としてもうリリィに出来ることはなかった。


 抗おうにも魔法の一発も撃つだけの魔力も残って無く、逃げようにも指先さえ動かすことの出来ない。もはやドミニクの刃が振り下ろされずとも、このまま放っとくだけでリリィは衰弱死してしまうだろう。


 (さよなら、お父さん、お母さん、シオン……)


 覚悟を決め、リリィはそっとまぶたを閉じた。


 「来世も、またあるのかしら……」


 「おら、死ねよ」


 残酷に笑うドミニクの持つナイフが、勢いよく振り下ろされ──


次回の投稿は4/30、火曜日を予定しています。

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