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襲撃Ⅲ

 呼吸を乱れさせ、純白の髪を振り乱しながらリリィは走る。いつも通ってるはずの慣れた道が、とても遠く感じられた。


 「見えたわ!」


 大きなグレイの作業場が併設された、くすんだ色の屋根の建物。リリィが人族としての八年を過ごしてきた家だ。家の中へ飛び入ると、リリィはリビングに両親がいないことを確認するやいなや、次に入る可能性が高い二階の両親の寝室へ走る。


 「お父さん、お母さん!」


 「リリィちゃん……?」


 果たして、二人は無事だった。


 ベッドの上に寝かされた父グレイは顔色が悪いながらもしっかりと息はしていて、介抱するマリアも傷一つ無い様子だ。息を切らせて飛び込んできた娘の姿に、目を瞬かせている。


 「無事だったのね……良かったわ……」


 両親の無事な姿を見て安心したリリィは、足から力が抜けヘナヘナと座り込んだ。


 「リリィちゃん、いったいどうしたの……? それに、その姿は……」


 可愛らしくリリィを飾っていた衣装はいたるところが切り裂かれ、泥と返り血が付着し、更には背中に可愛らしい少女の衣装に不釣り合いな、本物の剣と盾を装備している。何か異常が起こっていることは明白だった。


 何が起こっているのかわかってない様子の母に、リリィは一瞬驚くが、一足早く帰ったことにより広場の事態を知らないのだと納得する。そしてそれはならず者たちの魔の手がまだここまで及んでないことも示していた。


 「まだ気づいてない……? つまり、まだここまでは襲われてないのね、よかったわ」


 「襲われ……? リリィちゃん、一体何が起こってるの!?」


 「それは……ッ!?」


 ──ガタン!


 リリィが広場の現状を説明しようとした瞬間、物音が響いた。音の発生源は家に併設された、グレイの作業場のようだ。


 「……奴らが来たってわけね」


 何かをひっくり返すような物音は連続して続いている。村の者であればこのような荒らす真似はしない。ならず者の手がここまで伸びてきたということだろう。


 (多分こっちには気づいてないはず。今の内にお母さんたちを連れて逃げ……いや、無理だわ)


 一瞬逃げることを考えたリリィだが、すぐにその考えを捨てる。グレイは意識がなく、マリアも座ってるのがやっとの状態だ。リリィ一人では安全な場所まで運ぶことなどできない。何より、リリィにとって大事な者達が住むファル村を襲ったならず者達は、決して許せない相手だ。


 緊張の糸を張り巡らせ、険しい表情のリリィが剣を抜き放ち盾を構える。その瞳は作業場の方向をじっと睨んでいた。


 「リリィちゃん……戦いに行くのね」


 そんな娘の様子から、マリアはリリィがとろうとしている行動に気づいた。魔物か、あるいは人か。今この村は何かの脅威にさらされていて、リリィはそれを倒しに行くつもりなのだろう。


 「駄目よ、リリィちゃん! そんな危ないこと……! お母さんのことはいいから早く逃げて──」


 「お母さん!」


 涙混じりの声を遮り、リリィがそう叫んで母の目をじっと見つめる。その目には、家族を守り抜いてみせるという強い決意が宿っていた。


 「……必ず、戻ってくるから。信じてここで待ってて」


 「リリィちゃん……わかったわ。でも約束して。本当に危なくなったら逃げるって」


 その言葉に、リリィはこくりと頷いた。


 心配する母の視線を背中に感じながら、リリィは部屋を飛び出す。階段を駆け下り、作業場へ続く廊下を抜ければ、作業場の一角に纏められていたグレイの木工道具を金目のものがないかと荒らし回る、大柄なスキンヘッドのならず者の背中が見えた。


 「お父さんの仕事道具から離れなさい!」


 「ッ!?」


 父の大事な仕事道具が荒らされていることに、怒りを顕に斬りかかるリリィ。不意をついた鋭い一撃だったにも関わらず、しかし男は咄嗟に反応して腰から抜き放った曲刀でリリィの剣を受け止めてみせた。


 「……なんだぁ? なんで動けるやつがいるんだ。エーリッヒのヤツ、しくじりやがったか?」


 (こいつは、一筋縄ではいかないわね)


 広場を襲ってきたならず者たちとは動きや反応速度が段違いだ。一度剣を打ち合わせただけだが、既にリリィは相手が強敵であることを感じ取っていた。


 (装備も、あいつらと比べてずいぶん整ってるわね。それにさっきの口ぶり……)


 「貴方が、襲ってきた奴らの首領ね」


 「なんだ、随分察しが良いじゃねえか」


 ニヤリと笑った大柄な男が、柄頭についたリングに指を通し、曲刀をクルクルと回す。まるで撹乱するかのようなその動きを、リリィはどの方向から刃が向けられても咄嗟に反応できるよう油断なく見つめる。


 「ああ、ご明答だ。俺が"餓狼旅団"の首領、ドミニク、だ!」


 「ッ!? ……あぅっ!」


 大柄の男──ドミニクが動いた。


 剣を弄んでいた右手はブラフだったようだ。首筋目掛けて伸ばされた左手の対処に、リリィは一歩間に合わず首を掴み上げられた。そのまま身体を持ち上げる手から逃れようと暴れるリリィを、ドミニクは作業場の窓へ向かい勢いよく投げ飛ばす。


 ガラスの割れる硬質な音を響かせ、リリィの身体は砕けて飛び散ったガラスの破片が身を切り裂く鮮血と共に、月明かりの下に放り出された。


 「カハ、グ……!」


 したたかに地面に打ち付けられ、地面をゴロゴロと転がりながら肺から空気が強引に押し出された。リリィの後を追い同じく窓から飛び出したドミニクが曲刀の刃を宙に走らせる。


 「おら、死ねよ」


 「まだだわ!」


 首筋狙って振るわれた必殺の刃を、リリィは斜めに構えた盾の表面に滑らせ回避する。身を起こすと同時にカウンターに一閃した剣は、素早く後ろに飛んだドミニクの身体を浅く切り裂くのみに終わった。


 「驚いたな。ちっこいくせに随分やるみたいだな。だが、その程度じゃ──」


 「誰かこの程度で終わりなんて言ったかしら? "ファイア・ショット"!」


 「なっ……!」


 素早く詠唱を終わらせたリリィが手を突き出すと、そこに赤い魔法陣が生成される。魔法陣が一際強く輝くと、次の瞬間には人の頭ほどある炎の球が撃ち出されていた。


 轟音と共に飛来する炎の球は、咄嗟に構えられた曲刀の腹に命中して爆ぜた。巨体を誇るドミニクでさえ大きく後ずさるほどの衝撃と、直撃していないながらも剣を握る腕に火傷を作るほどの熱、そして夜の闇に包まれる周囲を一瞬明るく染め上げるほどの爆炎が、それが決して子供だましではない威力を持っていることを物語っていた。


 「チッ、ただのガキかと思いきや魔法使いとは……だが、初手で殺せなかったのは失敗だったな」


 やけどした腕から伝わる痛みに顔をしかめながらも。ドミニクはニヤリと笑みを浮かべる。


 「魔法が使えるって予めわかってりゃ、避けるのは簡単だ。次は当たらねえぜ?」


 「そう。それならこれはどうかしら? "ファイア・レイン"!」


 こぶし大の火の玉が十個、ドミニクへ向け降りかかる。広範囲をかばーする攻撃を前に、これは避けきれないと悟ったドミニクはダメージを最小限に抑えようと腕で顔をガードし──しかし、降り注ぐ火炎球は一発も命中せずにドミニクの周囲の地面に降り注ぎ爆ぜた。


 「外したか……いや、違う! 目くらましか!」


 「当たりよ。この程度じゃダメージにもならないでしょう?」


 巻き上げられた砂埃のカーテンの奥からリリィの声が響く。ファイア・レインは数が多い代わりに一発のダメージは期待できるものではない。そのため、リリィはこれを次の一撃につなげるための目くらましとして使っていた


 地面をえぐった火炎球が撒き散らした砂埃が、ドミニクの視界を奪う。夜の帳と砂埃の煙幕に隠れて響くのは、小柄な少女魔法を詠唱する声。


 「クソッ、どこだ……!」


 視界は、戦闘において重要なファクターだ。それを一時的にとはいえ奪われてしまったドミニクの心中にわずかに焦りが生まれる。


 次の瞬間、ドミニクの耳に再び少女の凛とした声が届いた。


 「"ファイア・ショット"!」


 「チッ──そこか!」


 再び、莫大な熱量を持った炎の球が撃ち出される。巻き上げられた砂煙に姿を紛れさせて飛来するそれを、ドミニクは肌に感じる空気の流れだけで撃ち出された方向を判断し、危なげなく剣の腹で弾いてみせた。


 「はっ、言っただろうが。もうお前の魔法は当たらねえぜ?」


 「どうやら、本当にそのようね」


 そう言うと、再びリリィは"ファイア・レイン"を打ち出し薄れかけていた砂煙を戻す。取り戻しかけていた視界が再び奪われ、ドミニクは苛立ち大きく舌打ちをした。


 まるで状況をリセットしたかのようなリリィの行動。ただし、先ほどとは違い今度はいつまで立っても魔法が飛んでくることはなかった。


 「何考えてやがる……?」


 砂煙の奥からは、魔法を詠唱する声は聞こえてこない。代わりに少女が走る軽い足音がドミニクの耳に届く。初めは何かを探し回るように遠ざかったり止まったりしていた足音は、やがてドミニクへ向かって一直線に歩みを進め始めた。


 「なるほど、魔法が当たらないってなら接近戦に持ち込もうって魂胆か……だが、それは悪手だな」


 少女の行動に対し、ドミニクはそうニヤリと笑う。それは、魔法での遠距離攻撃という少女の最大のアドバンテージを捨て去ることに他ならないのだ。そして、接近戦ではドミニクの方が腕は数段勝っている。


 砂煙の中を向かってくる少女に対し、ドミニクは敢えて一歩も動かず、むしろ大きく足音を鳴らして自分の位置さえ教えてしまう。


 そして、晴れかけてきた砂煙の奥から少女の等身大の影が近づいてくるのを捉えたドミニクは、勝利を確信して唇を弧に歪めた。


 「そこかぁ!」


 ──ザシュッ!


 力強く振るわれたドミニクの曲刀は、近づいていた影を確かに捉え……大きく切り裂かれた等身大の猫の人形(・・・・・・・・)の腹から綿が綿がこぼれ落ちる。


 「は?」


 「残念、身代わりよ」


 切り裂いた相手が何であったかに気づき、呆気にとられるドミニクの耳に少女の声が届く。声の主は、大きく隙を晒してしまっていたドミニクの懐へと潜り込んでいた。


 「ッ!? 下か!」


 至近距離に入られてしまったことに気づいたドミニクは、咄嗟に刃を握る腕を引き戻すももう遅かった。素早く詠唱を完成させたリリィの全魔力を込めた"ファイア・アロー"が、その赤く燃え盛る鏃を向けていた。


 「死になさい」


 「しまった……!」


 そして、ゼロ距離で放たれた炎の矢が、ドミニクの命を刈り取るべく襲いかかる──!


「──なんてな」


次回の投稿は4/29、月曜日を予定しています。

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