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豊穣祭へ向けてⅠ

 「……いくわよ」


 「う、うん……」


 本を左手に抱えたリリィが、緊張した面持ちで宣言する。それを五メートルほどの距離を空けて見守るシオン。


 水のせせらぎがかすかに鳴り響く小川のそばで、目を閉じ深呼吸をする。カッと目を見開き、右手を水面に向けてつきだした。


 「火よ、我が手に集まりて敵を討つ一撃となれ……"ファイア・アロー"!」


 ──ボッ!


 リリィの手の先に音を立てて火が生まれる。火は魔力の淡い燐光を散らしながら次第に大きさを増していき、数秒後にはおぼろげに揺らめく一本の矢となった。


 「発射!」


 放たれた矢は、火の粉の尾を引きながら目にも止まらぬ速さで宙を駆ける。そして、ターゲットである。川の水面から突き出た小岩へとあたり、バァンといくつかの破片へと変えてみせた。


 「す……すごい! リリィやったね!」


 「ええ、ようやくここまできたわ!」


 "ファイア・アロー"は、火属性魔法の入門編の中では最難関クラスに分類される魔法だ。


 炎を矢の形にして飛ばすという単純なものではあるが、その形や推進力を維持するために必要な魔力や、狙ったところにまっすぐ飛ばす技術など、要求される能力は大きい。


 そして、この魔法はリリィが村長から借りた、入門レベル魔法の教本に載ってる術の中で最後に習得するののであり……すなわち、リリィは入門編に載っている魔法をすべて習得したということだ。


 「ほんとにすごいよ! リリィはきっと世界一の魔法使いだよ!」


 「ええ、でもまだだわ。世界を征服するためには、こんなもんじゃまだ足りないわ」


 「よくわからないけど、でもきっとリリィならできるよ!」


 まだ入門編をマスターした程度だ。向上心高くその先を見据えるリリィだがそれでもやはり嬉しいようで、シオンの心からの賛辞に対しまんざらでもなさそうにふんぞり返っている。


 ひとしきり配下と喜びを分かちあったリリィは、突如近くの茂みにジト目を向ける。


 「……それで、そんなところにずっと隠れて何がしたいのかしら? ハンス?」


 「ぎくっ!」


 ぴくっと茂みが揺れる。数秒後、観念したかのように冷や汗を流したハンスがガサゴソと茂みから姿を現した。


 「い、いつから気づいて……」


 「そうね、私が"ウィンド・シュート"の練習を始めたあたりからかしら」


 「最初っからバレてたってことかよ……」


 ハンスはがっくりと肩を落とした。


 「それで、なんでコソコソと覗き見るような真似をしてたのかしら?」


 「あ、いや、それは……その……」


 途端にしどろもどろになるハンス。顔を赤くし手をわたわたと動かし要領を得ない得ない返事をする姿にリリィはムッとする。


 ツカツカと歩み寄ると、ハンスの顔を至近距離でずいっと見上げた。


 「言いたいことがあるのなら、はっきり言うといいわ!」


 「ち、近……! いや、その……そ、そう敵情視察! 敵情視察に来たんだ!」


 顔を真赤に染めバッとリリィから離れたハンスは、言い訳苦しくそんなことを口走る。


 明らかにごまかしているとわかるハンスの態度だが、まだまだ他人の感情の機微には疎い元魔王様、その言葉をあっさりと信じ込みウンウンと関したように頷いた。


 「さすがね、どんなときでも情報収集を怠らないその姿勢は見上げたものだわ!」


 「そ、そうだろう! なんせ、俺様は未来の村長だからな!」


 「……あれ、でも今は私達は別に敵対してるってわけじゃないじゃない? もうシオンのこといじめてないし」


 コテン、と首をかしげながらのリリィの疑問にハンスはうぐっと声を詰まらせる。


 リリィの言葉の通り、一年前の決闘以降ハンスのシオンに対する態度は軟化していた。


 決して仲直りしたというわけではないものの、以前のように強く当たるようなことは無くなりシオンもハンスのことを怯えなくなっていた。


 「ねぇ、やっぱり何か隠してるんじゃないのかしら?」


 「んな、それは……い、言えるかー!?」


 「あっ……」


 ピューッと脱兎の如くその場から逃げ出すハンス。腰に手をあてお冠な表情でそれを見送ったリリィは、不満げにシオンへ振り向く。


 「なによ、ハンスのやつ。今日のことといい、今まで(・・・)のことといい、最近様子おかしくないかしら? シオン、何か知らない?」


 「あ、あはは……」


 目をそらし、乾いた笑いを浮かべるシオン。疑問が解消されないことが不満な元魔王様は頬をプクーっとふくらませる。


 ──ピュロロロ〜


 「あ、笛の音! 行商人さんが来たのかな?」


 「んむ? そうみたいだわ」


 特徴的な、村中に聞こえる大きさで奏でられる笛の音は、この辺境にあるファル村に街から定期的に交易に来るエルマー商隊の到着を知らせる合図だ。


 「リリィ、行ってみようよ!」


 「そうね!」


 行商人は生活に必要な物資を運んでくるのはもちろん、子供向けのおもちゃなども仕入れてくる。そのため、商隊の到着は村の子どもたちにとっても一大イベントだ。


 ウキウキした様子のシオンに手を引かれたリリィは、とりあえずハンスのことは頭の片隅に追いやって行商人の元へ急ぐ。




◇◆◇




 ファル村の中央、村長宅の直ぐ側には、ひときわ大きな建物がある。誰かの家というわけではない。村の重役達が一堂に会して相談事を行うための、いわば会議室だ。


 屋根と床、扉と窓の設けられた壁だけというシンプルな作りの建物の中で、今日は本来会議が行われない日にも関わらず村の重役たちが勢揃いしていた。


 「まずは、急な召集にも関わらず集まってきてくれたこと感謝する」


 会議の議長を務める村長が、重々しい表情で会議の始まりを告げる。村長が見渡す面々の中には、リリィの父であるグレイやシオンの父であるアドウィックも含まれていた。


 「そして、今日呼び出したのは他でもない。商隊がもたらした報せについてじゃ」


 「……オルゼ村が壊滅していた、という報せであるな?」


 「うむ、アドウィック殿」


 オルゼ村はファル村と街をつなぐルートの間にあり、商隊が交易の途中で立ち寄る中継地の一つだ。そして、今回の行商でも補給と商売を兼ねて立ち寄ったエルマー商隊は、そこで衝撃的な光景を目にしたという。


 曰く、村には生きている住人が一人もいなかった。村中の建物や畑はことごとく破壊され、放置された腐乱死体の匂いが充満して五分と立ち入ってられないような状態だった。


 ざわざわと騒然とする中、グレイが発言の許可を求めてすっと手を上げた。


 「そのことは、街の騎士団には伝えられたのでしょうか?」


 「商隊の護衛の一部を、伝令に走らせているとのことじゃ。十日もすれば、街から騎士団が駆けつけるじゃろう」


 「騎士団は、この村まで来るのでしょうか?」


 「……わからぬ。だが、街にとってもこのファル村は辺境とは言え重要な徴税地じゃ。全く無視されるということはあるまい」


 ──騎士団が来てくれるなら安心だな


 ──いや、いつ来るかわからないような騎士団を信用しいいのか。自衛するべきでは


 広い会議室のいたるところで、そのような会話が繰り広げられる。しばらく生還していた村長は、やがて出席者たちの注意を引くべく手を強く打ち鳴らした。


 「オルゼ村に何が起こったのかはわからぬ。だが、未曾有の事態がこの地域を襲っているということだけは明らかじゃ。我らも、常にも増して警戒を怠らないように気をつける必要がある……だがしかし、今は七年に一度の豊穣祭の直前という大事な時期。関係ない者たち……特に子どもたちには、異変をさとられぬようにしなくてはならん」


 村長は、再びアドウィックに目を向ける。


 「まずは、自警団の警備の強化。これについては、自警団団長であるアドウィック殿に一任しようと思う」


 「心得た。だが、なるべく村の者たちに異変を悟らせぬように、自警団の面々には魔物が活発化してるとでも伝えておこう」


 「次に、食料についてじゃ。緊急に備え、今年は保存食を作るスケジュールを一足早めようと思う。その点については、後にワシとギーオ、ハイノを中心として取り決めるつもりじゃ」


 「わかりました」


 「同じく」


 名指しされた、村の中でも食糧事情に精通した二人が頷くのに続き、他の者も異議なしと頷いた。


 続いて、村長は木工師であるグレイと、グレイの両隣に座る鍛冶職人のアーネストと革細工職人のインゴに目を巡らせる。


 「アーネスト、グレイ、インゴには自警団の武具の整備を最優先の仕事としてもらう」


 三人が頷いたのを確認した村長は、最後に全員に向け言葉を発す。


 「今名指しされた者以外も、日常生活を送りながらでも常に村の異変には目を光らせておくように。……七年に一度の豊穣祭、村人も楽しみにしておれば、街から司祭様も来られる重要な行事じゃ。邪魔されることだけはあってはならん」



 

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