不穏な影
一章後半スタート。今回より、決闘から一年後のお話になります。
ファル村から旅人の足で一ヶ月ほど歩いたところに、オルゼという村がある。ファル村の三分の一程しかない小さな村で、そこに住む人々は農業と狩り、そして交易用の少量の家畜で生計を立てている。
辺境の吹けば飛んでしまうような村ということもあり、課される税は重くはない。人口は少なく、決して裕福とは言えないが、人々は常に笑顔であり穏やかな時間の流れる村だ。
そんなのどかな雰囲気のオルゼ村だが、その日ばかりは様相が大きく違っていた。
「……チッ、わかっちゃいたがぁ、シケた村だな」
村の中をスキンヘッドの大男が我が物顔で歩く。
名をドミニクというその男は、身なりは何日も洗ってないことを伺わせる汚れたものであり、ベルトに挿した曲刀を片手でいじくりながら凶悪な人相を更に醜悪に歪ませている。
まったくもって牧歌的な雰囲気の村の中にいるのに似つかわしくない男であるが……今日ばかりは、彼のまとう雰囲気こそがこの村に最もふさわしいといえた。
オルゼ村に、死臭が充満していたのだ。
村の異変は、死臭だけではない。木造の家の殆どは扉が強引にこじ開けられるかそれか無残に破壊されていて、村人が丹精込めて手入れしている畑は踏み荒らされている。
まだ死臭が薄い村の奥では逃げ惑う人々の悲鳴と、下卑た笑い声がこだましていて、村の中央では見せしめにするかのように幾人かの村人が焚き火で焼き殺されていた。
「おかしら! 宝と言えそうなものはこれぐらいでした!」
ドミニクのもとに、同じく薄汚れた身なりの小男が駆けつけた。
彼の両手いっぱいに抱えられている物を見て、ドミニクは苛立ちを隠さずに問う。
「……そんだけか?」
「へぇ、タンスの奥や床下までひっくり返したのですが、正真正銘こんだけでした」
「貝殻のネックレスに鉄製の指輪、骨を削り出した置物に……こりゃブローチか? かろうじて小さな宝石がついてるぐれぇだな」
収穫と言えないような品の数々に、ドミニクは舌打ちする。そして、足元で縛られている細身の老人……オルゼ村の村長を軽くけとばした。
「おい、ほんとにこんだけしかねえのか? 金とかどっかに隠してねぇだろうな?」
「は、はい、なにせ小さな村ですから、日々の糧を稼ぐのが精一杯で……行商人とも物々交換で取引してるので、お金なんて一枚も……」
「はっ、そうかよ」
それだけ聞くと、ドミニクは興味をなくしたようにから視線を外す。追求から逃れられた村長は、バレないようにに小さく一息つき──
「嘘だな?」
「ゴフッ!?」
──ドミニクに、腹を強く蹴り上げられた。
ゴホゴホと、血が混じった咳を吐く村長の胸ぐらを、鬼の形相のドミニクが掴み上げる。
「お前、まさか俺たちがただ気まぐれでこんな辺鄙な村を襲いに来たとでも思ってるのか? こっちはちゃーんとこの村に蓄えがあるって情報握ってんだよ」
「カハッ、な……」
「余った家畜売って蓄えた金があるんだろ? そいつの隠し場所をさっさと吐けよ」
「む、村の……村の奥の石碑の裏に……穴の中の箱に、すべて……」
「手間取らせやがって」
今度こそドミニクは村長に興味をなくしたようだ。胸ぐらを掴んでいた手を離し、子分たちへ支持を飛ばし始めるドミニクの足元に、縛られたままの村長がすがりつく。
「お、お願いです……村の備蓄はすべてお譲りします……奴隷が欲しいとおっしゃられるなら、私が村の大人衆に言い聞かせます……だから、せめて子供達の命だけでもどうか……!」
「……へぇ、そいつは殊勝な心がけだ。だが、残念だったな」
ニヤリと笑ったドミニクは、腰の曲刀を抜き放った。サッと顔を青ざめさせ、身を捩って逃げようとする村長を足で押さえつけ、曲刀を大きく振り上げる。
「俺たち"餓狼旅団"の方針は、皆殺しなんだよ」
刃が首を断つ、鈍い音が響いた。
◇◆◇
「チッ、酒もう尽きたのかよ」
辺境の寒村に備蓄されている酒など、宴のときに村人に振る舞われるためのものぐらいだ。遠慮というものを知らない盗賊団の面々が一晩飲めや騒げやすれば、あっという間に尽きてしまう。
空になった酒入を逆さに振りながら、ドミニクは空を仰ぐ。
「食いもんもあんまねえし、こんなところさっさとおさらばして次の獲物狙いにいくか……」
「おかしらぁ、つぎぁどこを狙うつもりなんですぅ? ヒック」
酔っ払った子分の一人が、ろれつの回ってない口調でドミニクに問う。
「そうだな……こんなしょぼい村ばかり狙ってもなんもなんねぇ。次は、ファル村を狙うぞ」
「へぇ、ファル村ってーとぉ……ってええ!?」
衝撃を受け、一気に酔いが醒めたようだ。手に持っていたコップを放り投げてひっくりかえった子分は、焦った表情でドミニクに聞き返す。
「お、おかしら、本気ですかい?」
「なんだ、俺の決めたことに文句でもあるのか?」
「い、いえ、そういうわけじゃぁねぇんですが……ただ、ファル村ってーとこの辺りで一番でっかい村ですよね?」
強奪することと酔いつぶれることしか能がない子分の男でも、それぐらいは知っていた。ファル村といえば、この辺りの村落の中でも代表的な立ち位置にある村だ。
人口も五百を超え、村を警備する自警団の規模も大きい。さらに言えば、あの高名な武人アドウィックが隠居している村としても有名だ。
「いくらなんでも、さすがにうちらだけであそこを攻略するのは無理があるんじゃぁないっすかねぇ……?」
「ま、普通はそうだろうな。だが今はコイツがある」
「それは……」
アドウィックが懐から取り出したのは、黒く濁った手のひら大の宝玉。魔法に縁がない子分の男にも、その宝玉が持つ禍々しい魔の雰囲気が感じ取れるほどのものだ。
「確か、おかしらが裏通りの怪しい商人からふんだくってきたやつですよね? 魔族の核から作られたっていう……」
「ああ、そして俺の目利きだと、どうやらコイツは本物らしい……俺自身も期待はしてなかったんだがな」
「マジっすか!?」
裏通りにある店の物など、本物であるか怪しいものばかりで、特に魔族にゆかりのあるなんて商品は殆どが偽物だ。
それだけに、目利きに長けているドミニクがソレを本物だと断言したことに、子分の男は驚きを隠せない。
「そいつが本物ってことは……なるほど、それならたしかにファル村の攻略も可能ですねぇ」
「ああ。だが、コイツの効果を十全に発動させるには、コイツを村のど真ん中に置いとく必要がある」
「へぇ、そうなると……誰かが深夜にでも忍び込んでおいてくりゃあいいんすかねぃ?」
「いや、それだとリスクが大きすぎる。そうだな……」
顎に手を当て、ドミニクは思案する。やがて、何かを思いついた様子で顔をあげると一人の部下の名前を叫んだ。
「……エーリッヒ! エーリッヒはいるか!」
「はいはい、話は聞こえてましたよおかしら」
呼ばれて来たのは、盗賊団の中には似つかわしくない細身で顔の整った男だ。身なりも他の面々に比べて小奇麗に整えられた物を着ている。
エーリッヒというその男は、戦闘はからっきしだが代わりに話術や交渉術に長けており、餓狼旅団の中では渉外を担っている者だ。
「つまり、あっしにそいつを仕掛けてくる役目を任せたいというわけですね?」
「そうだ。できるだけ村の真ん中に置かれるよう……そうだな、村長の家がいいだろう。村の長の家の子供をたぶらかして来い。できるか?」
「あっしを誰だと思ってるんですかい? それぐらい、お安いご用ですぜ」
「任せたぞ」
うやうやしく、無駄に芝居がかった動作で宝玉を受け取ったエーリッヒは、頭の中で計画の算段を整えながらドミニクに問う。
「そういえば、コレを仕掛けてくるのはいいにしても、実行に移すのはいつにするんですかね?」
「ああ、それについてだが……いくらそいつの効果が強力だとは言え、やはり村の気が抜けている時がいいだろう」
「つまり、宴会でもしているときってことですかい。そうなると……」
「ああ、ちょうどいい日がある」
ニヤリと、ドミニクは猛禽類のような笑みを浮かべる。
「狙うのは──」
◇◆◇
「豊穣祭?」
「ええ、そうよリリィちゃん」
編み物をしている母の膝の上に座りながらお話をしていたリリィは、そういえばと母から告げられた言葉にコテンと首をかしげる。
「毎年やってる収穫祭とは違うのかしら?」
「七年に一度、豊穣の女神様……つまり、野菜や芋がたーくさんできるように助けてくれる神様にありがとうって伝えるお祭りがあるの。それが、今年なのよ」
「そんなのがあるのね!」
「ええ。リリィちゃんは今は八歳だから、リリィちゃんが一歳の時にもやってたのよ?」
覚えてないでしょうけどね、とマリアは続ける。一方、生まれたときから意識のあったリリィは「あー、そんなのもあったわね……」と小声でつぶやいた。
「それで、今日は行商人さんが来る予定の日でしょう? 豊穣祭の準備のためにお昼に行商人さんのところに行くから、リリィちゃんも一緒に行きましょうね」
「わかったわ!」
ぴょんと、リリィは母の膝の上から飛び降りる。
「じゃあ、それまで遊びに行ってくるわ!」
「いってらっしゃい」
ひらひらと手を振る母にリリィは元気よく手を振りかえし、家を飛び出る。
シオンとハンスの決闘の日から今日で一年、そして豊穣祭まで残り一ヶ月。
その日がリリィの運命を変える日になるとは、まだ彼女自身も知らなかった。
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