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決闘Ⅱ

 木剣を手に、ロープで円形に設けられたフィールドの中央で二人の少年少女が対峙する。


 片方に佇む茶髪青目の短髪の少年ハンスは、余裕気な表情だ。左手に盾を携え、右手に持った剣をくるくると回しながら自信満々な様子だ。


 もう片方には、赤髪を頭の後ろでひとまとめにくくった長身の少女、シオン。父譲りの幅広な木剣を携えた少女は、余裕に溢れたハンスとは対照的に体はこわばり、緊張を隠せないでいた。


 「どうした? たんかを切ったくせに、ずいぶんと余裕なさげじゃねえか」


 「うぅ……」


 「だいたいよー、俺様はお前のことが気に入らないんだよ。弱虫なザコのくせに、この未来の村長の俺様よりでかくなりやがって。一体何様のつもりなんだ?」


 「そ、そんなこと言われても、わたしだって好きで大きくなったんじゃないもん!」


 「うるさい! とにかく、勝つのはこの俺様だ!」


 「わたしだって、負けないんだから!」


 互いににらみ合いながらの言い争い。それが一段落したところで、審判を務めるアドウィックが高らかに声をあげる。


 「では、両者距離をとって!」


 審判の声に従い距離をとった二人は、それぞれ己の得意とする型で剣を構える。


 騎士を父に持つハンスは、父から習った防御と攻撃をバランスよく織り交ぜた型──竜滅の構えだ。盾を正面に構え身を斜めに引き、正面の相手を油断なく睨みつけている。


 威張りたがりで下衆な性格のハンスであるが、剣の腕は本物のようで、たった七歳の少年であるはずのハンスの構えからは隙というものが感じられなかった。


 対するシオンは両手持ちの長剣を体の正面、斜めに引くように構え、どの向きから攻撃が来ても反撃できるように油断なく相手の出方を窺っている。武人である父から習った魔物と戦う者が好んで使う型──闘魔の構えだ。


 心の中に巣食う臆病さに打ち勝てなかったはずの少女は、しかし昨日の経験から自信を得たようで、実際に剣を構える相手を前にしても以前のように体が震える様子はない。人形相手にしか剣を振るえなかった少女からの大きな成長だ。


 武闘大会のメインイベントの開始を、観客が固唾をのんで待つ中──草葉が擦れる音のみが響く静寂を、アドウィックの声が切り裂く。


 「いざ尋常に……始めッ!」


 「ハァッ!」


 「ッ!?」


 先手をとったのは、ハンスだ。相手を威圧する気迫のこもった声と共に、剣を大きく振り上げシオンに迫る。


 迫りくる姿に驚き、一瞬身を固まらせてしまったシオンは完全に後手に回ってしまった。一閃、二閃と振るわれる剣をかろうじて受け止めながら少しずつ後退していってしまう。


 「おら、でかい口きいといてそんなもんか!」


 「そ、そんなこと……きゃっ!?」


 横薙ぎからの振りと見せての、下からすくい上げるようなハンスの剣の一撃。


 不意を突かれたシオンはハンスの一撃を受け止めきれず、跳ね上げられた剣の勢いに引きずられて大きくよろけてしまった。その隙に、前進していたハンスは一歩距離を取りシオンの出方をうかがう。


 (うぅ、やっぱり怖い……)


 数歩下がって尻もちをついたシオンの頭に、今まで怖がっていた少年を相手に戦うということの恐怖がじわじわと襲いかかってくる。


 ふるふると頭を振りかぶってそれを追い出すと、立ち上がったシオンは今度は先手に打って出る。


 剣を横薙ぎに構え、地面を音と共に踏みしめ駆け出す。シオンの最も得意とする踏み込み切りだ。


 恵まれた身長から得られた脚力が、シオンとハンスの距離をまたたく間に詰めていく。両者の距離が、剣が届く範囲にまで縮まる直前──ハンスが吼えた(・・・)


 「うらぁ!」


 「ひぅっ!?」


 なんの効果も威力も持たない、いわば獣が威嚇するような叫び声だ。本来なら剣闘士が己を鼓舞する程度の効果しかないはずのそれは、しかしシオンにとっては臆病な心を刺激されてしまう一手になってしまった。


 萎縮してしまい、ピタリと一瞬動きが止まる。


 狙い通り。ニヤリと意地悪く笑ったハンスはその隙を見逃さず、逆に攻手となるべく剣を振るった。


 「あうっ」


 「はっはっは、やっぱシオンはビビリだなぁ!」


 ハンスの猛攻の前に、再びシオンは押し込まれてしまう。


 「ここ最近何かコソコソやってみたいだが、なんも変わってない! お前はずっとビビりの弱虫で、ザコのままなんだよ!」


 (うぅ、やっぱりそうなんだ……)


 意地悪く笑いながら打ち付けられる剣と悪意の言葉の前に、シオンの心が次第に萎れていってしまう。


 剣を握るシオンの手からは、次第に力が抜けていった。


 「おらっ、くらえ!」


 「きゃっ!?」


 シオンの体勢が崩れ始めたのに気づき、ハンスがとどめの一撃とばかりに勢いよく突き出した盾の一撃を食らわせる。


 力の無くなった手ではその一撃を受け止めることが出来ず、シオンは剣を落とし、地面に倒れ込んでしまう。


 (……やっぱり、わたしには無理なんだ……)


 シオンの心は、もう折れかけていた。


 (少しは成長できたと思ってたけど、そんなことなかった。わたしは、わたしのまま……リリィやお父さんのようにはなれないんだ……)


 シオンの中で芽吹き始めていた自信がガラガラと音を立てて崩れる。一度は立ち向かうことができたはずののハンスの姿が、今ではもうとても怖い。


 ゼェゼェと荒い息をついたまま起き上がる様子の無いシオンに、ハンスは剣を突きつける。


 「どうした? もう降参か?」


 「……」


 シオンは、答えない。


 起き上がって戦う体力は確かにまだ十分ある。しかし、それを成すための気力が残ってなかった。


 (このまま倒れてればもう終わるんだよね……もう、怖い思いをしなくていいんだよね……)


 倒れ伏したまま一向に起き上がる様子の無いシオンにハンスは舌打ちし、判断を求めて審判アドウィックへ目を向ける。


 アドウィックは頷くと、試合の決着を告げるべく右手を高く上げる。


 「シオンを戦闘継続不能──「シオン、なにやってるのよ!!」ッ!?」


 ──アドウィックの声を遮り、リリィの声がフィールドに響き渡った。


 「リリィ……?」


 「いつまで寝てるのよ! まだ戦えるはずでしょう!? 早く剣をとって、立ち上がりなさい!」


 フィールドを仕切るロープギリギリにまで身を乗り出し、リリィは叫ぶ。


 「そ、んな……」


 わずかに体を起こしたシオンは、涙をポロポロと流し首を振る。


 「そんな、もう無理だよ……! やっぱり、こわがりなわたしには無理みたいだよぉ……わたしには、リリィやお父さんみたいになれない──」


 「なれないから、なんだっていうのよ!」


 リリィは叫ぶ。シオンの心に届くように、静まり返ったフィールド全体に響き渡る声で叫ぶ。


 「そんなの、なれないからってなんだっていうのよ! あのとき、私を助けようと駆けつけてくれたのは、私のものでもアドウィックおじさんのものでもない、貴女自身の勇気でしょう!?」


 「あ……」


 リリィの言葉が、シオンの頭をガツンと打ち付ける。


 (あのとき、助けようと思ったのは、お父さんに言われたからでもリリィに言われたからでもない……わたしが、そうしたいと思ったからだった……)


 それは、考えなしの行動だったかもしれない。友を失うのが怖かったからかもしれない。


 しかし、確かにそれは他でもないシオン自身が発揮した勇敢さだったのだ。


 「シオン、今の貴女ならきっと立てるはずよ! 私は信じてる──だから、私が信じる貴女自身の勇気を信じなさい!」


 「……わたしの、勇気を信じる……」


 シオンの手が、再び剣を握り締める。


 よろめきながらも再び立ち上がった少女は、凛とした目で審判に継戦の石を告げる。


 「わたし、まだいける!」


 「……試合、続行!」


 「なっ……!?」


 アドウィックが試合の継続を宣言。再び剣を構えたシオンは慌てて盾を構えだしたハンスを鋭く睨みつける。


 「今度こそ、私の番だよ!」


 ──ダァン! と力強い踏み込みでシオンはハンスへと向かう。またたく間に両者の距離は詰められ、上段から振るわれた木剣がハンスの盾を打ち付け、大きな打撃音を響かせる。


 武人の娘という血筋と、そしてシオン自身の持つ天性の剣の才能が芽生えた勇気によって支えられた今、シオンの剣は、わずか七歳でありながら自警団の大人たちに迫るほどの威力と速さを持っていた。


 シオンが圧倒的な猛攻を見せ、ハンスは盾を構え防戦一方のままただ押し込まれていく。今までの攻防を逆転させたかのような光景の中、シオンの力強い剣閃に耐えきれずハンスの盾に徐々にヒビが入っていく。


 ──ピシッ!


 とうとうハンスの盾の耐久が限界を迎え、盾全体に広がるように大きな亀裂が生じる。それをシオンは見逃さない。


 「これで、最後ぉ!」


 「ッ……!? クソォ!」


 ──パキィッ!


 シオンの横薙ぎの一撃を受け、とうとうハンスの身を守っていた盾が砕けてしまった。


 「これで、もう……!」


 「まだだ!」


 「あうっ!?」


 対するハンスも、まだ諦めていない。


 もう用をなさなくなった盾の残骸を放り捨てると、右手に持っていた剣を両手に持ち、シオンの剣を握る手をしたたかに打ち付けた。


 不意の一撃を喰らい、シオンの手から剣がすり抜けてしまう。カラン、と軽い音を響かせて転がった剣を、ハンスは拾われないように遠くへと蹴り転がす。


 攻撃手段である剣を失い絶体絶命のシオン。これまでかと観客達が固唾をのむ中、シオンは誰もが予想しない行動に出た。


 「どうだ、これでもうお前は……なっ!?」


 「ここを、こうして……!」


 思い出すのは、一ヶ月前にリリィがハンスを華麗に投げ飛ばしてみせた技……シオンは知らないが、リリィの前世である魔族、氷妖族に伝統的に伝わる投げ技だ。


 剣をふろうとしたハンスの懐に潜り込み、腕を抑えて足を蹴り上げる。バランスを崩したハンスの腕を掴み、更に威力を上げるべく体全体を使って大きく投げる。


 「カハァッ!?」


 背中からしたたかに打ち付けられたハンスは、白目を向きピクリとも動かなくなった。


 「──そこまで! 勝者、シオン!」


 試合の決着を告げるアドウィックの声に続き、観客席から割れんばかりの喝采が沸き上がった。




◇◆◇




 「シオン、よくやったわ!」


 「う……うん! ありがとう、リリィ!」


 「見事だったわ! やっぱり、貴女を選んで正解だったわね!」


 抱き合い、勝利の喜びを分かち合う二人。底に、観客の村人たちがわっと殺到する。


 「すごいぞ、シオンちゃん!」


 「もう自警団でもやっていけるんじゃないか!?」


 「最後の技、どうやったの!?」


 「わっ、ちょっ……!?」


 あっという間に村人に取り囲まれ、慌てふためくシオン。咄嗟にその場から逃げようとしたが、テンションの上がった群衆たちの手からは逃れられない。


 「未来の武人の誕生だー!」


 「リ、リリィ助けてー!」


 「断るわ!」


 「そんなー!?」


 わっしょいわっしょいと胴上げされながら悲鳴を叫んでいる配下の姿を、リリィは目を細めて眺める。


 「うぅ……」


 「あら、ハンス起きたの」


 目を回していたハンスの意識が戻ったようだ。イテテと背中を擦りながら体を起こすハンスの元へ、リリィはツカツカと歩み寄る。


 「ちぇ、俺様の負けかよ……」


 「ふふん、当然よ! シオンはこの私が見込んだ第一の配下なんだから、勝つのは当然だわ!」


 「ふん」


 今までバカにしていじめていた相手に負けたという事実が、相当

堪えているようだ。ハンスはあぐらをかいて座り込み、目に涙をにじませてそっぽを向く。


 「……なんだよ、俺様は負けたんだ。かっこ悪いって笑いたきゃ笑えばいいだろ」


 「んむ? 笑うなんてそんなことするわけないじゃない」

 

 「は?」


 いじけたようにつぶやかれた一言に思わぬ返事が返された。


 「ハンスだって、とても強かったじゃない。特に盾を壊された後の切り返しは見事だったわ」


 今まで、リリィにとってハンスにはただの下衆ないじめっ子という印象しか無かった。年下や子分に威張り散らしてはシオンをいじめるという光景しか知らなかったためだ。


 しかし、先程の決闘を見てその印象は変わった。結果的にシオンの勝利に終わったものの、ハンスの動きも同年代を遥かに凌駕した洗練されたものであり、しっかりと鍛錬を欠かしてないということが感じ取れた。


 (実は、ハンスも隠れた逸材なのかもしれないわね!)


 今はまだ下衆な面が目立つが、将来的には配下に取り入れてもいいかもしれない──そんな思いを込め、リリィは座り込んでいるハンスに手を差し出した。


 「カッコよかったわよ、ハンス! ちょっと見直したわ」


 「……んなっ!?」


 賞賛の言葉と共に、ニコッ! と花が咲くような笑顔を見せる……整った容姿の彼女の笑顔が、どんな破壊力を持っているかも知らずに。


 「んななななな……ッ!?」


 カァーっとハンスの顔が真っ赤に染まっていった。


 「ど、どうしたのハンス? 顔が真っ赤じゃない! もしかして病気!?」


 「ち、ちが……!?」


 「で、でもすごく顔が赤いじゃない! まってて、今熱測るわ!」


 ──ピトッ、と熱を測るためにリリィが自分のおでこをハンスと合わせる。


 「んー、熱は無いみたいね……」


 「ううう……うるせー、バッキャロー!? おぼえてろー!」


 「あら?」


 整った容姿の幼馴染の顔がすぐ目の前まで迫っているという事態に、とうとうハンスの頭がオーバーヒート。


 耳まで真っ赤にしたハンスは、謎の捨て台詞を残して走り去ってしまった。


 「……どうしちゃったのかしら?」


 「えっと、今のはリリィが原因だと思うよ……?」


 「んむ?」


 いまいちわかってない様子のリリィに、いつのまにか胴上げから開放されていたシオンが恐る恐るツッコむ。それに続いて周りの村人たちもうんうんと頷く。


 まさか自分の笑顔が原因だとは微塵も思わない元魔王様は、周囲から向けられる生暖かい視線の意味がわからずコテン、と首をかしげるのだった。

 

これにて一章前半の終了です。次話より、一年後の話になります。

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