嫉妬心の暴走
ブルーノが最近魔法の訓練に必死だ。
どうも、エイベル曰くチェリーが見習い騎士団に入ったことが原因だという。
やっぱり、近くの男の子が頑張ってると、影響されるんだなあ。
それはとてもいい事だ。私は私で魔法の適性がそれなりにあると分かってきたので、初歩的な魔法を一生懸命覚えていた。
「賢者様。治癒魔法って使えないんですか?」
「治癒魔法は、一部の賢者と、適性があるものしかできないようになっている。あまりにも乱用されると困るからね。なおかつ、一度使うとすぐには使えない」
「なるほど……」
「薬草を煎じる事なら、魔法を習えば誰でもできるようになるよ」
「それ、やりたいっ」
「すごく道具を集めるのに時間がかかるから、すぐには進めないね。危ないところに生えている草とかが、多いから」
「えー……」
「まあ、まずは基礎魔法だよ。ある程度魔法が使えるようになれば、魔法でお金を稼いだりもできるんだよ」
「! 本当に!?」
「魔法道具を作れるようになるからね。それを使えば、魔力がなくても魔法が使えるんだ」
なるほどなるほど。
「でも、かなり高価なうえに、使い切りだから、所持している人は少ないけれどね」
「あらま……」
「誰でも気軽に魔法が使えても困るから、仕方がないよ」
それは、確かにそうだ。
魔法は特別なものだと、何度かリルに聞いたことがある。
「で、結局ブルーノは何をしているの?」
「自分を強める魔法を覚えようとしているのさ。ブルーノも腕力がほしいんだろうね」
「チェリーの影響?」
「だろうねぇ、ブルーノは運動神経は悪くないけれど、腕力はそんなにないし」
そういう事かー。やっぱり男の子は強くなりたいもんなんだねえ。
「クリスは、可愛くなる魔法でも覚えるかい?」
「うーん、それよりもある程度は自力で自分を守れるようになりたい」
「聖女様ってだけで、守られてるようなものだよ」
「どういう事?」
「聖女様にはいろいろな伝説があってね。その一つに、国を救うまでは簡単に死なないともある」
(そうなの? リル)
『ああ、聖女は役目を終えるまでは、簡単には死なない。ただし、役目を終えれば普通の女になるわけだから、普通に死んでしまうよ』
すごいなあ、それって。でも簡単にってことは死ぬことはあるんだよね?
私って特別な存在だとは言われていたけれど、そんな能力まであったなんて。
「まあ、子供にあまり情報を入れても混乱するだろうから、必要なときに知らされていくと思うよ」
「私なら、平気だよ」
「クリスもまだ五歳だ。口は達者だがな」
「むー」
そりゃまあ、私もチェリーも、ブルーノも口は回るけれどね。
実は騎士団には獣人じゃない馬を使っていたりすることも、私は自分で知ったし、色々ビックリすることだらけだよ。
この国には、獣人と、動物と、魔物がいる。
人間はそれなりに離れた国にいるけれど、近づくといじめられるって。
たまに獣人を売ったりもするって噂。怖いなあ。
「まあ、マイペースでいいんだよ、クリスは」
「すぐにこの国を救いたいのに」
「慌てちゃダメだよ。いくら簡単には死なないって言っても、けがはするんだからね」
「痛いの大丈夫だよ」
「皆が嫌なんだよ。クリスが苦しむことを、だれも望んでいない」
「私は聖女なのに、おいしいご飯食べたり、王様たちから可愛いお洋服貰うだけで、何もしてない……」
「それでいいんだ。子供のうちは」
そうかなあ。なんだかすごい納得いかないけれど……。
私が拗ねていると、エイベルは私を撫でた。
「クリスは正義感が強い子だね。親代わりとしてとても嬉しいよ」
「だって、私は一応聖女だもん」
やることやらなきゃ、ダメでしょ?
そう主張すると、エイベルは私にお菓子を差し出してきた。
「今は健やかに成長することが役目だよ」
「……むう」
『そうだ、クリスは今は人生を楽しめ』
(そう言われても)
『お前がこの国になじむことも、大事な事だ』
そうなのかなあ……。
『三人とのきずなを深めていく事だって、必要なんだ』
(うん……)
確かにそれは何となくわかる。
仲間になるんだから最終的に誰を選ぶとしても、お互いによくわかりあわなくちゃいけないし。
今はまだ、誰の事も断片的にしかわからないけれど……。
まじめで、少し意地悪なお兄さんのブルーノ。
おっとりしてて、力持ちでのんびり屋さんのチェリー。
甘えん坊でわがままでかわいい、ショート王子。
私は誰を選ぶのだろう? それはまだ予想もつかない。
「ほかの三人だって、まだ準備はできていない。特にショート王子は、何もできない年齢だ」
「確かに、二歳だし」
私への呼び方もクリシュからクリスおねーちゃんになるぐらいにはまだまだ不安定だ。クリシュでよかったのに、かわいかったから。
「適正さえも、見えなていないぐらいに」
「ちっちゃいもんね……」
「まあ、ブルーノは小さなころから適性が見ていたけれど、それは特例だ」
なるほど……。
木々が揺れて、自然の匂いがする。
この広い世界の中で、人間と獣人が笑顔で暮らせるようになるのはあり得るのだろうか。そもそも人間は、なぜ獣人を襲う?
「クリスに魔法の適性があったのも、運がよかったね」
「それは私も思う」
「女の子だから、武道をさせるのもあれだし」
「えー、武道かっこいいよ?」
人をぶん投げる女の子って、勇ましくていいじゃない?
でも、聖女様って感じはしないかなあ。
「あくまで聖女様は最前線に立たないんだよ」
「ダメなの?」
「戦いは男たちがやるものだ」
「ぶー」
なんだかそれって納得いかない―。
私が膨れていると、エイベルは苦笑した。
「そんなに戦いたい?」
「えっと」
「血を見るかもしれないよ」
「それは……やだ」
「だよね。結局戦いなんか血なまぐさいかもしれないし、まあ、見る羽目にはなるだろけれど……しないにこしたことはないんだ」
「確かにそれはそうだけれど」
平和が一番だよね、本当。
そう思っていた時、ドン、という音がした。
ブルーノの方だ。振り向いてみると、ブルーノが大木を倒していた。
何があったのかと思って近づいてみる。
「ブルーノ! 何してるんだ」
「僕は腕力を手に入れたよ。魔法を重ねて重ねて、簡単なものならヒネリつぶせるようになったんだ」
「やめなさい、危ないから」
「どうして? 男は強いほうがいいんだろ? あんなボーっとした奴に僕は負けない」
そう言って、ほかの木をも倒していくブルーノ。
岩も軽々割っていく。うわあ、すごい。超馬鹿力。
私が感心していると、ブルーノは得意げに笑った。
「クリス、どうだ。すごいだろう」
「うんっ、すごい」
「チェリー坊よりも、すごいだろう?」
「えっと、それは人それぞれかな……比べるものでもないし」
「…………」
あれ? なんかブルーノ不満そうだ。
私は首をかしげながらブルーノを見る。片手が赤くなっており、パンパンに腫れているのは、きっと魔法の能力の効果だろう。
「効果はいつまでもつの?」
「クリス、それは僕にはわからない」
「えっ」
「魔法を何度も重ねてこうしたから、強度はかなり強いだろう。だから、すぐには解けないし、解くつもりもない」
「でも、常にこれってつかれるんじゃない?」
「どうせ僕は読書しかしない」
そうかもだけれどさあ……。
今の時点で汗だらだらだし、明らかに疲れてるじゃん?
倒れないか心配になり、私はお水を入れた渡す。
コップを受け取ろうとしたブルーノは……コップを破壊した。
ああ、聞き手に魔法をかけちゃったのね……仕方がないので私が飲ませてあげる。
「はい、口を開けてブルーノ」
「ひとりで飲める!」
「飲めない癖に。ほら、あーん」
「うう……」
悔しそうに頬を染めるブルーノに水を飲ませる。
エイベルは苦笑いをしていた。そのついでに、お菓子のお団子目視からははずしてブルーノの口に押し込んでいく。みたらし団子は、すごく甘くておいしい。
なんだか居心地悪そうなブルーノをよそに、私もみたらし団子をもぐもぐ。
うーん、もっちもちでトロトロ! たまんない。
ブルーノのしっぽも喜んでいるし……ああ、撫でたい撫でたい。
ゴロゴロ言ってくれないかなあ、ないよねぇ……。
エイベルがお菓子とお水の殻を回収していく。ブルーノも何やら立ち上がって続きをやろとしている。けれど、私は好奇心からブルーノを呼び止めた。
「ブルーノ、その手、私さわりたい」
「あ? 別にいいけど……」
「何か虫が飛んでるね」
「まあ、ここは木が多いからしかたない」
確かに、虫がいるってことは自然が豊かって事だよね。
「じゃあ、触ります」
そう言って、ブルーノの手を触る。暑くて硬くて、なんだか不思議な感じ。
いつものブルーノの手より、大きい。
そんな時、大きな虫が近くにやってきた。ブルーノはとっさにそれを振り払おうとして……私の顔に手をかすめた。
「きゃあああ」
「おい、ブルーノ、何やってるんだ」
私は吹っ飛んだ。顔は、赤く腫れている。血は出ていないが、あざになっている。
ブルーノはぽかんとして固まっている。
「自分に見合わない魔法を使うからだ、バカブルーノ」
「…………」
ブルーノは驚きから声が出ないらしい。
「この魔法は封印だ、いいな」
「嫌だ、この力がないとあいつに負ける」
「そのうち使いこなせるようになる、その時に使えばいい」
「…………」
「それとも、クリスにまたケガをさせたいか」
「それは……」
「大丈夫、私は平気だよ。痛くないし」
「腫れてる。ブルーノ、謝りなさい」
「……ごめん、クリス」
「いいって」
ブルーノもわざとじゃないし。あざだって、どうせ消えるし。
「とにかく、魔法は封印だ」
「……わかった」
渋々と言った様子で、ブルーノはエイベルに封印の魔法をかけてもらう。
次第にいつもの大きさに、ブルーノの手は戻っていった。
「お疲れ様、ブルーノ」
「別に」
「ブルーノなら、きっともっと強くなるよ」
「当たり前だ」
フンッと鼻を鳴らすブルーノ。
そんな時、見習い騎士団帰りのチェリーがやってきた。
上機嫌に鼻歌を歌っている。
「聞いて聞いて! 今日は岩を割ったんだーすごいでしょー」
「……やっぱり封印の魔法解いてもらうか」
「? 封印の魔法って何の話?」
「……なんでもねぇよ」
キョトンとするチェリーをよそに、ブルーノは不満そうに舌打ちしたのだった。