チェリーの生きる道
私とチェリーは五歳になり、ブルーノは八歳になった。そしてショート王子は二歳になった。そして頻繁に私達の前に現れる。馬車で。
「クリシュ」
ちっちゃなあんよでちまちまと私のほうへ歩いてくる。
そしてべったりと甘えてくるのだ。
「クリシュ、ボクの」
なぜか無性に懐かれてしまっている。噂ではお妃さまが、私を将来のお嫁さんだと言い聞かせているという……幼いショート王子は素直にそれを受け入れちゃったらしい。
「クリスちゃん、ショート王子に飲み物持ってくるね」
「ありがとう、チェリー、気が利くわね」
私達もだいぶまともにしゃべれるようになった。二年前までは片言だったのにね。
チェリーがぬるめのミルクを持ってきた。
「はい、王子様」
「いらない」
「え?」
「クリシュがいれたのじゃないとやだ」
「ええ……」
チェリーが動揺している。でも大体いつもこんな感じ。
「入れた相手でわがままを言うあたり、どんだけ甘やかされてるんだか」
ブルーノはそういうけれど、長いこと望まれた王子様だからなあ……。
しかも、赤い宝石の持ち主となれば、甘やかしちゃうよねぇ。
私も、その気持ち自体はわかるし、実際ショート王子になつかれるのは嫌な気持ちはしない。小さなわんこにベタベタされて、ときめかないわけがないよね!
「だっこちて」
「はいはい」
「ぎゅーってちて!」
めちゃくちゃかわいいよおおおお!
若干チェリーがたまに怖い顔してるけれど……。
ところで案の定、チェリーはどんどん大柄になっていく。
それに対して、ブルーノは不満そうだ。
「しゅき!」
「ありがとう」
「けっこんちよ」
「誰、こんな言葉覚えさせたのは」
「おかーしゃま」
「ですよね」
甘えん坊なショート王子は、遊びに来ると必ず私から離れない。
ブルーノおはお土産に持ってこられた本で暇をつぶし始めるし、チェリーは性格上、小さな子を引きはがすようなことができない。
わかってて、チェリーには食べ物をお土産に持ってくるから、なおにチェリーはショート王子に甘くなる。
「お菓子食べようか、王子様」
「チェリーおにーちゃん、きって」
「はいはい、チョコレートケーキを切ればいいんだね」
まるでメイドや執事と同じ扱いだ。
それでも不満を言わないあたり、偉いなあ。ブルーノだったらキレてるよ。
一番大きなケーキをまず、チェリーはショート王子に渡した。
「わかってりゅじゃないか」
「食べ切れるの?」
「たべきれりゅもん!」
私の問いかけに、ムッとしたらしいショート王子。
一生懸命ケーキを食べ始めるも、さすがに途中でギブアップ。
「ねぇ、王子様。オレ食べ足りないからもらっていい?」
空気を読んだチェリーが、ショート王子からケーキを奪う。
「はんっ! さすがでかいだけあってたべりゅんだな! いいだりょ! ボクはやさしいからわけてあげりゅ!」
「ありがとう、王子様」
チェリーはにこにこしながらケーキを食べていく。
「王子様のおかげでお腹いっぱいになったよー」
嘘だ。多分チェリーは最初の段階でお腹いっぱいだったはずだ。
だって、お土産のお菓子をたらふく食べてたし。
吐かないといいけれど……。
「おい、チェリーおにーちゃん」
「ん?」
「どうちたら、はやくおっきくなるの」
「……クスッ、好き嫌いなくちゃんと食べたらかなぁー?」
「スキキライ……」
どうやらショート王子は自分が小柄なのを気にしているらしい。
うわっめっちゃかわいいんだけれど。
そして、あくびを始めるショート王子。
「睡眠も大事だよー、寝る子は育つって言うし」
「ねんねすると、いいの?」
「そうそう、オレも結構昼寝するでしょー?」
そう言えばたまにお腹いっぱいになって寝てるなあ。
あれ太るんだけれど……まあ、男の子だし、いいのか。
「そしたらおっきくなりぇるの?」
「うん、だから今からオレと寝ようか」
「わかったあー」
ショート王子は私の腕から飛び降りて、チェリーのほうへ走っていった。
チェリーはベッドを整えると、私達に断りを入れてからふたりで眠っていった。
「……やっと静かになったな」
「ブルーノ」
「たまには役にたつな、チェリー坊も。これで静かに本が読める」
「よかったね、私もふたりと寝ようかな」
「ご勝手に」
そう言われると眠りたくなくなる。メイドさんたちがショート王子達を微笑ましく見ている。私はケーキの後片付けをしようとしたら、メイドさんたちが代わりにやってくれた。
なので、暇なので「近くに行く」と言って、リルと一緒に外に出た。
近くの川でのんびりしようかなあ。夏はまだだけれど川の音を聞くとなんか落ち着くんだよね。
『ショート王子は子供らしい子供だな』
(そうね、いかにも末っ子って感じ)
『まあ、今は悩まないだろうが……』
(何に?)
『クリスは気にするな。それはショート王子が悩むことだ』
(はあ……よくわかんないけれど、それも試練って事?)
『そんな感じだな。男には、乗り越えなきゃいけないものがたくさんあるんだ』
ふと冷静になってみると、私は迷子になっていた。
リルがいるから、帰れないことはないのだけれど……なんか変な男に囲まれてるんだよねぇ、どうしよう。リルはナイフで脅されているし。
「聖女様だ」
「おー、聖女様、今ひとり?」
「…………」
恐ろしくて声が出ない私。
「声も出ないみたいだぜ?」
「やっぱ普通の女の子だな」
男たちはにやにやしながら私を見た。じゃらじゃら付けたアクセサリーがうるさい。
「攫っちゃおうぜ」
「そうだなー」
「助けて!」
ようやく、声が出た。
「クリスちゃん!」
そこに飛んできたのはチェリーだった。
リルに向けられたナイフを蹴り飛ばし、私の前に割って入る。
私に逃げてというけれど、子供のチェリーを置いてくことはできない。
「どけよクソガキ」
「あー、こいつ騎士団長の息子だろ? 聖女様の仲間になる子供のひとりの。これで五歳か。くっそでかいな」
「まあ、俺ら大人にはかなわないんでちゅけどねー」
そう言ってチェリーを投げ飛ばす男達。
私はチェリーのほうへ駆け寄る。しかし、それでも男達はおってくる。
『結界を貼ろう』
冷静になったリルが私達の周りに結界を貼った。
(ほかに攻撃とかできないの?)
『普段この世界に直接手を出すのはわたしには禁止されている。できるのは一部の魔法と結界のみ』
(そんなあ……)
『すまない……』
リルは悪くないけれど……そんな時、エイベルを呼んできたらしいブルーノがやってきた。さすがに、ショート王子は留守番らしいけれど。
「クリス!」
エイベルが私の名前を叫ぶ。さすがに男達も、エイベルの顔を見て顔を青くした。やっぱり有名人らしい。
「うちの子供たちになんてことをしてくれたんだ……!」
「俺達は別に、遊んでやろうと思っただけで」
「クリスの顔に傷がついているじゃないか!」
え? 嘘? と思い顔を撫でると、血がべっとり。
まあ、深い傷じゃないだろうし、私はいいんだけれど。
隣でぐすんぐすんと泣いている声が聞こえ、そちらをみるとチェリーが悔しそうに泣いていた。
「オレがクリスちゃんを守りたかったのに……オレが弱いから」
「チェリー、そんな事ないっ。すごくかっこよかったし、嬉しかったよ」
「でも、クリスちゃんのきれいな顔に傷が……」
「大丈夫、私の顔はきれいじゃないし。こんな傷すぐに治っちゃうよ」
「本当に? すぐ直る?」
「うんうん」
「後に残ったら……オレがお嫁さんにしてあげるからね?」
「うん?」
あれ? 何でそんな会話に?
そうこうしているうちに、エイベルの威嚇で男達は逃げ去っていったらしい。
泣きべそをかきながら去っていく男達は、みっともないったら。
結界を解いたリルは、エイベルに歩み寄った。
「リル、ありがとう。ふたりを守ってくれたんだね」
そう言ってエイベルはリルの頭を撫でた。リルは満足げに頷く。
チェリーはエイベルの胸で大泣きしていた。いくら度胸があるとはいえ、まだ五歳である。怖かったのは当然のことだ。
「賢者様、怖かった。怖かったよ……」
「よしよし、チェリー君」
「それよりなにより、オレじゃクリスちゃんを守ってあげられなかったことが悔しい……」
「男の子だねぇ、チェリー君は」
「オレじゃ魔法は使えないけれど、強くなるよ」
「そうだね、チェリー君ならなれるよ……立派な騎士に」
騎士。そう。リルはチェリーは騎士に向いてると言った。
体格もいいし素早いし騎士が適正だろうと。運動や武道全般はいけるだろうから、きっといい団長に育つだろうと。この国では騎士は成人男性……二十歳からしかなれないけれど……。
「騎士? オレが、騎士」
「君のお父さんも騎士団長だろう?」
「でも、オレうさぎだし……」
「それでも体格も能力も抜きんでている。そうだね、君のお父さん以上に」
「父さんよりも、強い騎士に……?」
「ああ、きっとなれるよ」
騎士になった大人のチェリーを想像する。うん、すごく絵になる。
優しいチェリーなら、的確な指示が出せるだろうし……。
「チェリーなら、素敵な騎士様になれると思うな!」
「クリスちゃん!」
「だから絶対、素敵な騎士様になって!」
私はワクワクしたままチェリーにそう叫んだ。
騒ぎに気付いたショート王子がメイドさんに連れられてやってくる。
「騎士……」
「チェリー君、クリスのために、クリスの騎士になってくれないか?」
「賢者様……」
「賢者志望ばかりいても、戦いとかでは不利になるよ」
確かに能力に偏りがあると、いろいろ大変だよねえ。
私もうんうんと頷く。するとそれに満足したのかチェリーも深く頷いた。
「オレ、なる。クリスちゃんの立派な騎士に! この国を守る、最高の騎士になる!」
「よし、じゃあ、ちょっと年齢的に早いけれど、見習い騎士団にはいれるように自分が話を通しておこう」
「ありがとうございます! 賢者様」
「いやいや。クリスは我が子のようなものだからね、仲間になる三人ともに立派になってもらわないと」
頭を深々と下げるチェリーの頭をポンポン撫でるエイベル。
こうして、チェリーの見習い騎士団への入団が決まった。