幸せのはじまり
どこか懐かしさを感じる古風な雰囲気のシャロック国に、私達はいた。
若干人々のメイクや服装が古めかしい。
ああ、ここはアンリ―姫の日記の中だと気が付いたのは、案外すぐだった。
そこには、絶世の美女が立っていたからだ。きれいなドレスを着て、キラキラ光るプラチナブロンドの髪をふわふわとさせた、赤い瞳が特徴的な彼女がきっとアンリ―姫なのだと、泣きそうな顔をしているべべを見て分かった。
彼女には、私達の姿は見えていないらしい。のんびりと日向ぼっこをして、大きな帽子をかぶりながら読書をしている。
「日記の中だから、喋っても何しても影響ないぞ」
「そうなの? 賢者様」
「ああ、クリスだろうがブルーノだろうが、何の問題もない」
『映画を見ているようなものだな』
リルが興味深そうに言った。
木々が揺れ、花の甘いにおいが立ち込める。
紅茶を飲みながら、ゆったりと読書をするアンリ―姫はどこか寂しげだった。
「アンリ―姫は人見知りで、わし以外の友人がいなかったんだ」
懐かしそうにべべは言った。
「わしは、貴族の娘で最初は親の付き合いで出会ったんだ。アンリ―姫と好きな小説が一緒でな。すぐに仲良くなった」
べべは語りだす。泣きそうな顔をして。
「一緒にお菓子作りもしたさ。でも、わしもそれなりに忙しくなって、親友だというのに疎遠になった時期があった。それが、あいつ……狼の獣人ベールとの出会った時期だ」
「狼……」
「話では、この日であったと聞いた」
アンリ―姫はのんびりやっぱり読書をしている。
その時だった、急に強う風が吹いたのは。
「きゃあ」
小さな可憐な声をあげて、アンリ―姫は帽子を追いかける。
白い帽子についたリボンがひらひら蝶のように舞った。
そこに、巨体の美青年が現れた。
「帽子……君の?」
「!?」
驚くアンリ―姫。無理もない。ベールはチェリーと大差ないぐらい大柄でたくましい体をしていたからだ。鋭い目つきに銀色の髪と瞳は、石の強そうな顔をしていた。
その割には、どこかぼんやりとした表情をしている。
「はい、あたくしのですっ。ありがとうございます」
「君よくここにいるよね。俺も、よく来るから、よくいるなって思ってた……」
「! 見ていらしたんですかっ、はっはずかしいです」
「ここは、シャロック国とロマンヌ国の境目だから……あまり貴族のお嬢さんがうろつかないほうがいいんじゃないかな」
「貴族の……そうですね、私は低い階級ですが貴族です」
「……そうは見えないけど。まるでお姫様みたい……」
まあ、実際お姫様なんだけどね。それを隠したい気持ちはなんかわかる。
特別扱いされるのはちょっと切ないもんね。
もじもじした様子のアンリ―姫は、どこかうっとりした顔をしていた。
『惚れたな』
(えっ)
『きっと、ひとめぼれしたんだろう、アンリ―姫は。元々男と話す機会も少なそうな娘だ。ベールは綺麗な顔をしていて、背も高いしいい声をしている。女の理想を絵にかいたようなスペックに見える。そして親切そうだからな』
(婚約者とかいるんじゃ……?)
『十五ぐらいに見えるから、いるだろうな。だからこそ、嘘をついた』
なるほど。姫とバレれば恋愛に進むことはまずなくなってしまうから……。
切ない感情だなあ……。
べべはベールをにらみつけている。憎くて仕方がないのだろう。
そうこうしているうちに、ふたりは仲良く一緒にバスケットの中身のサンドウィッチを食べ始めていた。どちらの顔にも笑顔が見える。
「これは、君が作ったの……」
「……お料理は、好きなんです。あまり包丁を触るなと言われるのですが、やっぱり作るのも食べてもらうのも好きで……」
顔中真っ赤なアンリ―姫は、すでに恋する乙女の顔をしていた。
それをベールは優しい顔をして見つめている。
「すごく……おいしい」
「そうですかっ、あたくし、殿方に食べていただくのは初めてで……」
「上品な味がする」
「……味加減には気を使っていてっ」
「できれば、また食べてみたい……」
「! ぜひ、また何か作ってまいります! ですから、またお会いしてくださいませんか?」
「構わないけど……一人で貴族の娘が出歩くべきじゃないと思う」
「大丈夫です! あたくし、武術も習っているので」
「……こんなに華奢で可憐なのに」
「!」
あ、アンリ―姫が爆発しそう。
さわやかに笑うベール。
ベールもなんだか育ちがよさそうな雰囲気がする。
そして、二人は別れた。
日記には、毎日のように逢瀬を重ねるふたりがいて、微笑ましく私はそれを見ていた。そして、転機は訪れる。
ある日、アンリ―姫は家出をしたのだ。婚約者との話を強引に決めようとされたのが原因のようだった。最低限の荷物だけをもって、ひとりいつもの場所に逃げていくアンリ―姫。そこには、ベールが静かに本を読んでいた。
アンリ―姫の不自然な様子に、心配そうに顔をあげるベール。
「どうしたの……アンリ―」
ふたりは気が付けば名前を呼び合う仲になっていた。
アンリ―姫は泣きながらじつは姫であること、婚約の話が来ていることを話した。
「いやなのです、あたくしは心に決めた人がいるのです」
「……そう」
「せめて一度その人に抱かれてみたいと思ってしまうのです。破廉恥でしょうか。初めては、本当に好きな人へと心に誓っているのです」
「なぜそれを俺に話すの?」
「……あたくしは、ベールが好きなのです」
キョトンとするベール。そして、顔を赤らめる。
「俺も、ずっと気になってた。けれど、まあ俺は獣人だし……」
「そんなの、好きになるのには関係などないのですっ。あたくしは、ベール以外と結ばれるなら死んでもいいぐらい……」
動揺するベール。
「お願い、抱いてください……一生のお願いです」
「……わかった」
ベールは覚悟を決めたように言った。泣きだすアンリ―姫は、ベールをぎゅっと抱きしめた。こうし
て、その日ふたりは結ばれたらしい。その後、アンリ―姫は何事もなかったのように城に戻り、こっぴどく叱られた。
その後、婚約者とは表向きだけ仲良く過ごす日々がアンリ―姫には続いた。
しかし、ある日妊娠が発覚してしまった。
婚約者とは体の関係にないアンリ―姫は、かなり攻め立てられた。
それでも、ベールのことを話そうとはしなかった。
けれども、お腹はどんどん大きくなり……アンリ―姫は、獣人と人間のハーフの子供を産んだのだった。
結果、国中がパニックに陥った。そして、犯人探しが始まった。
すぐにベールは自分から名乗り出た。
ベールはひどく攻め立てられ……アンリ―姫の目の前で殺されてしまった。
ふさぎ込むアンリ―姫。
「どうしてこんなことになってしまったの? 彼が獣人で、あたくしが姫だから?」
親友のべべすらも拒絶するアンリ―姫は、泣き続けた。
挙句、こどもすらも汚らわしく生き恥だと、殺されてしまったアンリ―姫は、そのまま食事もとらずやせ衰えていった。
「アンリ―姫!」
「べべ」
今のべべとは似ても似つかない赤毛の少女だった。
気が強そうで、そばかすがよく目立つ。
「やっと顔を見せてくれた」
「ごめんなさい、誰にも会いたくなくて」
「どうしてこんな事をしたんだ!?」
「好きで、好きでたまらなかったの。ベールのためなら、何もかもが惜しくなかったの」
アンリ―姫は泣きながら言った。
「あたくしも、ベールと子供の元へ行きたい」
「何を言ってるのだアンリー姫!」
べべは叫ぶ。
「アンリ―姫がいなくなったら、国中が悲しむ!」
「もう生きている価値などないのだわ。ごめんなさい、もう耐えられないの」
「どうして、獣人なんかと恋を」
「人間でもきっと彼に恋をしたわ、あたくし。それぐらい、運命だと思ったの」
アンリー姫の寂しげな声は、かすれ気味で力のないものだった。
どこか遠くを見たはかなげな瞳の下には、大きなクマができていた。
「あたくし、眠れないの。ベールが目の前で殺された夢ばかり見るわ」
「……アンリ―姫」
「ごめんなさいね、べべ。友達になってくれて本当にうれしかったわ」
「まるで最後の言葉のような事を言わないで!」
「…………」
アンリ―姫はにっこり微笑んで、べべを部屋から追い出した。
そこで、日記は止まっている。
「その後、しばらくしてお城の窓からアンリ―姫は飛び降りたのだ」
べべは枯れた声で言った。
「あの美しく綺麗だった姫は、めちゃくちゃになったんだ」
きっとべべはそれを見てしまったのだろう。
「でも、アンリ―姫はきっとみんなが邪魔しなければ幸せになれたはずよ」
「うるさい……!」
「あ、なんか日記の一番最後に何か書いてある」
「!」
「ベベさん宛だわ。どうか、べべには獣人と人間の橋渡しになってほしい……?」
「!?」
唖然とするベベ。無理もないだろう。
アンリ―姫が親友に託した願いは、真逆のほうに進んでいたのだから。
真っ青な顔をするベベ。
「アンリ―姫……」
力なく、そのままその場にへたり込む。
「ベベさん……今からでも、遅くないと思うの」
「でも、わしは」
「アンリ―姫のために」
「……だが、わしの今までの行いは許されるだろうか」
「何もしないよりは、何かしていくほうがいいと思うわ」
「そうだな。わしはもう長くない。だからこそ、出来る限り全力を尽くそう」
「ベベさん……」
べべはそう言って、せつなそうに笑った。
こうして、ルイ王子の呪いについては丸く収まった。
**********
あれから数日後。無事ロマンヌ国とシャロック国は和解した。
それはもちろん、両方の国の王子のおかげでもあり、べべの協力があってこそ出もあった。まだまだぎこちないけれど、それぞれの種族も交流を始めている。
「本当、平和が一番だねークリスちゃん」
「そうね、鍛えた魔法も、肉体も使わないままでいいのが一番いいのよ」
「僕は魔法を、人間にも教えるか迷ってる」
「いいんじゃないかな? ブルーノおにーちゃん。ボクの魔法は、まあ使うさきがないほうがいいけれど……」
「ケガがないのが一番よね」
「うんっ、ボク血とか涙とか嫌いだし、将来は平和な国を目指すよ! きっと自慢の国にして見せる!」
「ショートならなれるよ。そう言えば今日は、両国合わせてのはじめてのお祭りよね」
和解を祝う、大きなお祭りにはもちろん王子達は引っ張りだこだ。
白くてキラキラした衣装を着たショートは若干緊張気味だ。
あちらの国では、ふたりの王子も張り切っているのだろう。
国の境界線に近い場所で、私達は祭りをするのだ。
そう、あのふたりが出会った場所で……。
「さあ、早く準備しようっ」
「待ってよクリスちゃん!」
「クリスせっかくのピンクのドレスが汚れるぞ」
「うわーん、ボク緊張しちゃうー」
今日も、明日もきっと、平和な日々は続くだろう。
それが、すごく楽しみで仕方がない私なのだった。
END
エピローグは21時公開です。




