ブルーノと母
とうとう我が家にマリーさんが帰ってきた。
長年留守に留守を重ねたマリーさんは、やっぱ美人だった。
ちょっぴりぽっちゃりしているけれど目が丸くて、赤茶色の猫耳が垂れている。
すごく気が強そうだなあと、思った。
「あら貴女はうわさの聖女様。あたし、ブルーノの母のマリーよ」
「マリーさん、いつもおうちでお世話になってます」
「あははは、丁寧ねぇーブルーノは生意気で大変でしょー」
「そ、そんな事は」
あるけれど。
「まあ、悪い子じゃないから仲良くしてね、あははは」
全く似てないお母さんだなあ。まあ、お父さんに似てるから、問題ないんだろうけれど。マリーさんは豪快な料理を私達にふるまってくれた。で笠木先で手に入れた珍しい食べ物は、とてもおいしかった。
「母さん、何時までここにいる?」
「あと数日はいれるよ、あははは」
「……数日」
「どうしたんだ? ブルーノ」
「別に、なんでもない」
なんかそっけない気がするけれど、ブルーノって元からそんなもんだよね。
それに複雑な年ごろだし、仕方がないよね。男の子って、思春期にお母さんにどうしていいかわかんないものだよ。
ブルーノは本をもって部屋にこもっていった。
**********
「ブルーノが部屋から出てこないねぇ……」
マリーさんが困ったように私に愚痴った。
深夜に出歩いている様子もあるし……。
心配になる気持ちはよくわかる。
「思春期ですから……」
「……あたしは、義理の母だから、気まずいのだろうねぇ」
「……え?」
「あの子の母親は、あの子を産んですぐになくなってるんだよ。ブルーノの魔力が強すぎて、産むときにぽっくりさ。あの子はそれを気にして、立派な賢者を目指すようになった。いつか天国のお母さんが自分を生んだことを後悔しないようにね」
「……そんな」
ブルーノがストイックなのは、そんな理由があったなんて……結構重い理由だなあ。
そりゃ、何時だって読書優先になるよね。
「あの子は優しい子だよ。あたしのこともちゃんと母さんって呼んでくれるし。めったに家に寄り付かないのにねぇ」
「……そうですね、結構面倒見いいですし」
「だろう? ぜひお婿さんにどう? 仲間の三人こと、選ばれし三人なんだろう?」
「それは、その時になるまでわかりません」
思わず苦笑いを浮かべる私。
マリーさんも察してくれたのか、話題を変えておいしいスープの作り方を教えてくれた。このスープが、ブルーノの大好物らしい。沢山の木のみの入った、栄養満点のスープ。普段あまり笑わないブルーノが、嬉しそうな顔をして飲むのだという。
「ブルーノ、大丈夫?」
マリーさんはブルーノの部屋をノックする。
「あけるな!」
ブルーノは叫んだ。ビックリしてマリーさんは目を丸くする。
「絶対入るなよ、母さん」
「……ブルーノ」
悲しそうな顔をするマリーさん。
こんなのないんじゃないの? ひどくない?
「ブルーノ、マリーさんが可哀想だよ」
「クリスも入るな。父さんもだ」
「なんで!?」
「なんででもだ」
「……わかったよ」
元気のない声でマリーさんは言った。
「……やっぱり、本当のお母さんじゃないとうまく子育てできないものなのかね……」
「マリーさん」
「ブルーノは、あたしの大事な子供だよ。誰よりも大事な、息子だよ」
マリーさんは泣いていた。声を押し殺しながら。
それでもスープを温める手を止めることはない。
「スープを温めておけば、あと飲んでくれるだろうから……ブルーノは、集中すると食事を忘れるタイプでね。こんなに長いこと家を空けると思ってなくて、やっと戻れてうれしかったけれど……ずっと、あたしがいなくてもこの家は回ってきたんだもんね」
「マリーさん……」
「あたしは別に、必要ないんだ」
「そんな事……」
「ありがとうね、聖女様。さすが優しいね」
私はぶんぶんと首を振る。
スープの味見をするマリーさんは、シュンと項垂れた。
「……今日のスープはしょっぱいね」
そう、小さくマリーさんはつぶやいた。
**********
エイベルとマリーさんが寝静まったころ。
まだブルーノは部屋にこもっている。
私は眠っているふりをして、チャンスをうかがっていた。
しばらくしてブルーノが部屋の火を消した。
そして静かに家を出て行く。
私はブルーノが遠くへ行ったのを確認して起き上がる。
そして、私はそろりと名に入る。
『悪趣味な事を考えているな』
(リルは黙ってて)
『ほっといてやればいいのに』
(マリーさんが可哀想だもん)
『男には秘密のひとつやふたつがあるものだ』
それにしても、あの態度はひどい。
ブルーノの部屋は分厚い本だらけだった。
そんな中、私はテーブルを探す。
「あった!」
そして、私は言葉を失った。
……結局私は、すぐに部屋を出てそのまま眠っていた。
**********
「スープが減っているねー。飲んでくれたみたいだ」
「よかったですね」
「まだ、あの子にお土産の本も渡せていない。ここまで何年も会えないと思っていなくて、誕生日のたびに買っておいたんだよ」
「きっと喜びますよ」
「そうかねー、あの子には幼すぎる本すらもあるよ。今読んでもつまらないんじゃないかねー」
「それは気持ちです。気持ちの問題です。誕生には、何をもらうかよりも気持ちがこもっているかが大事なんですよ」
「さすが聖女様。いい事言うね」
そうかなあ。普通の事だともうけれど……。
「あたしとちがってまだブルーノは若いから、誕生日が大切だろうに、いつもその日にあたしはいやしない」
「ブルーノなら、わかってくれてますよ」
「あの子は賢いからね。でも賢すぎて同年代とはうまくやれていないんじゃないの? 上から目線で少し偉そうだろう、あの子」
それは確かに……ブルーノって友達いない印象がある。
つるんでるのはチェリーとショート王子ぐらいか。
ほかのふたりは、他も友達がいるみたいだけれど、ふるーのの友達は本って感じがする。
「大人になれば、なじみますよ」
「だといいけどねぇ……本当はずっとそばにいてあげたいんだよ、あたしも」
「気持ちは理解していると思います」
「あの子には、幸せになってもらわなきゃいやだよ、あたしは」
「それは、私もです」
ブルーノは今日も部屋にこもっている。何やらガチャガチャいう音が増えた。
でもまあ……仕方がないよね。
エイベルは今、買い物に出かけている。家には私とマリーさんだけだ。
「マリーさん、今日はずっと家にいてくださいね」
「どうして?」
「私が寂しいので」
「あらまあ、聖女様は可愛いね」
「マリーさんとずっとお話ししたかったんです」
「あたしもずっと待ち望んでいたよ」
私達はマリーさんの仕事先の話や、周りの三人の話で盛り上がった。
一緒にお菓子を食べて、紅茶を飲んで、久々に女同士で盛り上がったと思う。
あの三人がいるからか、なかなか女の子の友達ができないんだよね。
まあ、美男子三人と居る伝説の少女なんかに、かかわりたくはないよね。
「もう夜になろそうだねぇ、夕飯を作らないと」
「お手伝いします」
「聖女様はいい子だねぇ」
「いえ、いつもお世話になってるのはこっちなので」
バタバタと私達は料理を始める。
今日はピラフと、スープの追加にサラダだ。
サラダは朝買ってきたばかりの新鮮な野菜だから、絶対おいしい。
私は野菜を一生懸命ちぎった。
『そろそろエイベルが帰ってくるぞ』
リルが私に知らせてくれる。ってことは多分……。
バタン、と扉が開く音がした。振り返れば、そこにはブルーノ。
「母さん!」
「……ブルーノ、用事は終わったの?」
「ああ……で……」
なんかもじもじしているブルーノ。
後ろからラッピングした何かを取り出した。
「これ、母さんに」
「あたしに、なんだ?」
赤いラッピング袋をマリーさんはほどいていく。
そこにはマリーさんへのお礼と誕生日祝いのメッセージと一緒に、魔法石をたくさん使ったネックレスが入っていた。
「これは……」
「母さん、なかなか帰ってこれないから……お守りに、魔法石を集めて、くっつけて……僕じゃまだ魔法道具はつくれないから……石自体に魔力あるものを必死で探して。一応僕の魔力は込めたから、少しは保護する力はあると思うんだけど……って、母さん! なんで泣いて……」
ブルーノがアワアワしている。
「嬉しいんだよ、ブルーノ。何かしてるな、とは思っていたけれど、まさかあたしのためだとはね。誕生日なんて忘れていたよ……」
「母さん、ごめん、不安にさせて……でも、出来るかわからないものだから、言うのも恥ずかしくて」
「いいんだよ、あたしは幸せだ。このネックレスは大切にするよ」
そう言って、マリーさんはブルーノを抱きしめた。
ブルーノが一瞬泣きそうな顔をしたように見えた。
そこにエイベルがケーキを持ってやってくる。
「ただいま。マリー、誕生日おめでとう。なんだい、ふたり抱き合って」
「ブルーノが誕生日プレゼントをくれたんだよ、手作りの」
「それはよかったね。さあ、ケーキを食べよう。マリーの好きな木苺のケーキだよ」
「ケーキまで。あたしは世界一の幸せ者だ」
「おおげさだなぁ、マリーは」
たぶん、マリーさんはお世辞でもなく心からそう思ったのだろう。
泣きながらケーキを食べるマリーさんは、とても幸せそうだった。
**********
「じゃあ、またあたしは仕事に戻るよ。次は早めに帰れるように頑張るからね」
「母さん、無理はしないね。本ありがとう、うれしかった」
「じゃあな、マリー」
「お元気で、マリーさん」
……ブルーノって、マリーさんには素直なんだなあ、と思いながら私も手を振る。
きっとブルーノはマリーさんの事が大好きなのだろう。
スープも私が飲もうとするとにらんできたし。相当あのスープに愛着があるんだなあ。今度私も作ってあげよう。
あの日部屋にもぐりこんだ時、手紙を読んだとき、こみ上げるものがあったもん。
「さようなら、母さん……」
その声に、ふと横を見ると、涙ぐんでいるブルーノいたけれど、私はそれに気が付かないふりをすることにした。




