後編
翌日は、執事のジョセフとダンスを踊った。ドレスは心なしか、嬉しそうだ。着ているグウェンドリンまで跳ねたくなる。そうするとワルツではなくなってしまうと自重する。エヴァレットよりは若く、体力のあるジョセフは何曲も踊ってくれた。でも本来の仕事もあるので、そうそう付き合わせることもできない。
ドレスを封印してくれる魔術師は未だに見つからない。グウェンドリンはもう別に封印しなくても良いのではないかと思いだした。
「ねぇ、マーサ。下級貴族であまり家計に余裕がないおうちの方はドレスとかどうするのかしら? 新しく作るのは、それなりにお金がかかるわよね?」
「そうですね。裕福ではない家の方は、お身内から借りたり、ドレスショップから借りたりしているようです。でも身内といっても、母親世代のドレスでは流行遅れですし、従妹などに借りても、以前そのドレスを見た方には覚えられているでしょう? 借りるのは、肩身が狭いようです。お店から借りる場合は、ドレスの種類も多いですが、やはりお値段が躊躇する理由になるようです」
「そういう方にこのドレスをお貸しできないかしら? 私にはもうドレスがあるから、着ることはないし、ダンスの練習の時だけなのは、ドレスも不本意よね。ドレスを新調できないご令嬢に着てもらうのがいいんじゃないかしら。ドレスは舞踏会にも出られるし」
「そうですね。色を変えることも出来るから、同じドレスだと思われなくていいかもしれませんね」
「お母さまの懇意にしているドレスショップとかで、事情を話して格安の料金でお貸しすれば、借りる方も助かるでしょうし、ドレスも舞踏会に行けるし、我が家も助かる。いいことづくめじゃない?」
マーサも早く呪いのドレスから解放されたいのか、この提案に乗り気だ。あとは、イモージェンに相談だ。便宜を図ってくれる店があるとよいが……
イモージェンは、グウェンドリンの案に賛成してくれた。
「でもこのままでは、やはり時代遅れのドレスだわ。少し飾りを減らして、シルエットもコンパクトにしないとね。私が贔屓にしているドレスショップに言って、少しデザインを手直しさせた方がいいわ。今のままでは、誰も借りてくれないわよ」
ドレスはグウェンドリンの後ろに隠れて、いやいやをするように左右に揺れる。捕まえようとすると部屋中を逃げまわり、イモージェンとグウェンドリン、マーサの三人がかりでようやく捕まえた。令嬢が着るはずだったドレスのデザインに思い入れがあるのだろうか。
「いいこと。ドレスのデザインを変えるのは、あなたのためでもあるんですからね! 誰も借りてくれないと舞踏会にも行けないわ。借りる方の体調にも気を付けてね。エヴァレットのときのように疲れ果ててしまうまで踊らない! いいわね? 我が家に留まっても、この先デビュッタントに出るような令嬢が生まれるかどうかわからないし、そういう令嬢が生まれたとしてもあと二十年くらいしないと、無理よ。それともクローゼットの隅で、二十年待っている?」
イモージェンに諭されて、ドレスもしゅんとして、大人しくドレス用の箱に入った。明日、イモージェンの懇意にしているドレスショップに行くこととなった。
イモージェンとグウェンドリン、マーサの三人は、馬車に乗り目的のドレスショップに到着した。
ドレスショップの女主人は、急な得意客の来訪に驚きながらも、三人を歓迎した。贔屓客用の応接室に案内される。
「イモージェン様、ようこそお越しくださいました。ご連絡いただければ、こちらから伺いましたのに。今日はどういったご用向きで?」
「ちょっとね、内密の話がしたいの。人払いしてくださる?」
女主人の合図で、従業員たちは部屋を出てゆく。イモージェンは、ドレスの事情を説明し、舞踏会に行きたくてもドレスの都合がつかない令嬢に貸し出したいと申し出る。こちらの家名は明かさない代わりに、ドレスの貸出料は、格安、場合によっては無料にし、リンデル家で管理費などを負担する。できれば舞踏会でダンスを踊って欲しいことなどの要望を伝える。
「ふーん、呪いのドレスですか。どうですかねぇ。品物は大変上質な生地を使っていますし、たっぷり生地もありますから、流行のデザインにリメイクはできます。貸し出しのお値段も格安なら借りたい人もいるでしょう。ただ、呪いのドレスということで、借り手がつくかどうか……」
女主人は、今一つ乗り気ではないようだ。
「呪いのドレスって言っても、特に害はないわよ。グウェンドリンも何度か着たし」
「それなら一度、私がどこかの舞踏会で着てみます! そうすれば、何の害もないって証明できますし、宣伝にもなるでしょう? 同じドレスを着たいという人も出てくるかもしれませんわ」
「グウェンドリン、あなた……それでいいの?」
イモージェンは突然のグウェンドリンの申し出に驚いている。グウェンドリン自身も思わず言ってしまったのだ。どうしてもドレスに舞踏会を経験させてあげたいと思って。
「もちろんデザインは、今の流行に合わせて仕立て直してほしいですけど」
そう言うと女主人もやる気を見せた。
「私の腕によりをかけて、すばらしいデザインのドレスにしてみせますわ」
それからは、イモージェンと女主人がいろいろなデザイン案を出し、グウェンドリンも少しだけ口をはさんで、数時間後ようやくドレスのデザインが決まった。
ドレスショップからの帰り道、馬車の中でイモージェンは尋ねてきた。
「本当にあのドレスを着て、舞踏会に出るつもり?」
「ええ、あまり堅苦しくない、下級貴族の方も多そうな舞踏会に行ってみようかと思います。それなら宣伝になるし、上級貴族のうるさい方々も少ないでしょう」
「ずいぶんあのドレスに同情しているのね?」
「そうですね。私は幸いにも健康で、もうすぐデビュッタントを迎えることができます。でもあのドレスに魂が宿った方は、せっかく用意したドレスを着てダンスを楽しむことができなかったのですもの。気の毒ですわ。もし自分が同じような立場だったらと思うと、何かしてあげたくて」
「あなたが優しい子に育ってくれて、嬉しいわ。私もできるだけ協力しましょう」
イモージェンは、そう言ってグウェンドリンの手をそっと握った。
やがてグウェンドリンは、デビュッタントを果たし、お披露目の舞踏会も無事済んだ。
呪いのドレスも流行の型に作り直され、今日はそれを見に行く予定だ。再びイモージェンとマーサと三人でドレスショップへ出かけた。
「いかがです? 見違えたでしょう?」
女主人が自信満々で披露したドレスは、とても素敵だった。以前の装飾たっぷりのごてごてしたものから、すっきりとそれでいて流れるようなラインが美しいドレスになっていた。
「まあ、素敵。これならきっと着てみたい人がたくさんいると思うわ」
こころなしか、ドレスも自慢げである。グウェンドリンも嬉しくなった。イモージェンも満足そうにドレスを眺めている。
「これなら借り手もつきそうね。グウェンドリンに感謝なさい。燃やすか、封印されるところを、こうして作り直してもらえたのだから」
ドレスは、こくこくとうなずく。
その数週間後、グウェンドリンはそのドレスを着て、下級貴族が多く出席する舞踏会に来ていた。パートナーは父エヴァレットである。
「本当に見違えちゃったね、そのドレス。今日のグウェンドリンを見て、借り手がたくさんつくといいね」
今日のドレスは、グウェンドリンの好きな淡いブルーである。きっとこれからは、借り手に合わせて色を変えたりするのだろう。グウェンドリンとドレスは弾むようにダンスを踊った。エヴァレットの体力に配慮して、そんなにたくさんは踊れなかったけれど、ドレスは嬉しそうに裾を揺らした。
「素敵! あの方と同じようなドレスが着たいわ!」
「ちょっとクラシカルだけど、野暮ったくない素敵なドレスね。私も着てみたい……」
などと、称賛の声が聞こえる。
「よかったわね。きっとこれからたくさん舞踏会に行けるわ」
そう言うと、ドレスは嬉しそうに弾んだ。
その後、グウェンドリンの宣伝効果もあって、無事に借り手もついたようで、呪いのドレスをときどき舞踏会で見かけた。嬉しそうに裾を揺らしながらダンスを楽しんでいた。このドレスを着ると、ダンスがうまくなったような気がすると評判だ。今では、『魔法のドレス』と呼ばれているらしい。
もう自分が着ることはないけれど、ドレスがこの先もダンスを堪能してくれればよいとグウェンドリンは思うのだった。




