36 対峙
「あれ? なにか聴こえなかった?」
リゲルがトンネルの途中でアミタに話しかけた。
「何言ってるのよ、ただの水の音でしょ。そんなことよりも、ほらあれ。私たちが入った倉庫だわ」
ふたりは早足で扉の前に近づいた。
「もう、おかしいわね。外からロックされてたから開くはずなのに! もう!!」アミタが何度もパネルをガンガンと叩いている。
「ちょっともう乱暴だなぁ……あ、カリ!」
扉の小窓にカリが近づいた。その瞬間、電子音とともに扉が開いた。
そして、ゆっくりとカリが出てくる。
「ごめんね、リゲルのせいで遅くなっちゃったわ」
「アミターッ!!」
彼らの後ろで声がした。
「あ、パパだわ」
アミタが振り向くとビカシュの顔が恐怖で歪んでいた。
「パパ? どうしたの……」「アミタ、いますぐそいつから離れるんだ!」
ビカシュの隣に居たチャベスが小型のパルスガンを構えたが、カリはすでにアミタとリゲルを両腕で捕まえて、首元に手を当てていた。
「イ、イヤ、離して……」
アミタは抵抗するもビクともしない。
「撃ってもいいわよ、人間。けれど、そんなオモチャでは私を倒せないし、あなたが引き金を引くより先にこの子達の首が床に落ちるわよ」
不気味な笑みを見せながらカリは、アミタとリゲルを抱えたままゆっくりとトンネルに向かって動いた。
「ビカシュ王子……」チャベスが目で合図するがビカシュは首を横に振った。
そして彼女がトンネルの奥へ進もうとした、その時——
「起きろ!! ニール・クォン・ガイ!」
反対側の細い通路からジスが叫んだ。
一瞬の沈黙の後、カリの両腕がミシッという鈍い音とともに折れ曲がった。
アミタの体が解放され落下するも、地面に付く寸前でリゲルが彼女を支え、そのままふたりの姿が消えた。
ダーン!!
重い金属がぶつかったような大きな音と共に、カリの右肩が吹き飛んだ。
「チッ、外したか」
マユミ・オカンポが低い姿勢で小型のレールガンを構えていた。
カリは体制を整えて、向きを変えトンネルの奥へ走っていく。
「クソ、逃がすか」それを追うリゲル。近くまで接近し、力を使ってカリを拘束しようとしたが、なにかのシールドに弾かれてしまった。
「なんだ、これは」
カリは、そのままフェンスを突き抜け海底港のプールへ飛び込んだ。
「おい、大丈夫か?」ウェンが駆け寄った。「ああ。だが、HIMoDを逃がしてしまったよ」
彼は目を細め、水面を強く睨みつけてそう呟いた。
ビカシュはアミタを強く抱きしめて、何度も彼女の額にキスをした。
「もう、パパったら。大丈夫だって、ほらまた泣いてる。本当に泣き虫なんだから」
そう言いながらアミタの目は涙でゆらゆらと輝いていた。
「なるほど。チャベス、やはりあなたも知っていたんですね、この事」
ジスは目でコンテナを指してそう言った。チャベスはニッコリと微笑んだ。
「ジセリオス、間一髪だった。本当に心から感謝する」
ビカシュはアミタをもう二度と離すまいと、ギュッと手を握りしめながらジスに言った。「間に合ってよかった。しかし……」「ああ、HIMoDがあれ一体だけとは思えないな」リゲルが低い声で言った。その様子をアミタが珍妙な顔で見ている。
「ドローンがすぐあれを探知して追跡しましたが……巻かれてしまいました」
オカンポ隊長は先程のレールガンの反動で腕を痛めてしまい、何度もさすっていた。
「ねえ、ちょっと診せて」
エイカがそっと彼女の腕に触れて袖をまくった。
「だ、大丈夫です。ド、ドクター・サガラ──」「エイカでいいわよ。これは辛そうね。しばらく痛むと思うから後で何か鎮痛剤を処方しましょう」エイカがそう言って彼女に優しく微笑みかけると、マユミ・オカンポの顔が真っ赤に染まった。
「あらやだ、熱もあるのかしら」そう言って、エイカが彼女の額に触れようとした途端に「きゃあ! い、いえ! 感謝いたします。し、仕事があるので失礼します……エイカ」そう言って、細い通路の階段を何度も『喜びの悲鳴』を上げながら駆け上がって行ってしまった。
「ほう?……これは、興味深い」
ウェンが顎に指を当ててニヤつきながらそう言った。
「どうしたの? ウェン。ニヤニヤしちゃって」
「おう、戻ったか。大変な目に遭ったな……またしても」そう言って、ウェンがリゲルの頭をぐしゃぐしゃと雑になでた。「もう! やめてって。僕そんな子供じゃないんだから」リゲルはそう言うとプイっと頬を膨らまして向こうへ行ってしまった。
「おいなぁ~リギー、悪かったって……」ウェンがしょぼくれる。
「きっと反抗期なんですよ」ジスが笑った。
1週間後──
ヴァルナ グレート・インディオ海
パルマ大陸北西の海岸
穏やかな海面に一つの影が徐々に濃くなり、人の形をした何かがゆっくりと水面から姿を表した。剥がれ落ちてしまった右肩と、力なくぶら下がった左腕を揺らしながら、カリ・トンプソンの姿をしたHIMoDは不気味な笑顔のまま大陸中央に向かって歩き出した。
第三章 (了)




