1 検査
イシュマール号船内
医療室
リゲルはトミテックス社製のハイスペック医療ベッドに横たわり、眉間にシワを寄せて隣にいるエイカに言った。
「あのさ、僕そろそろ──」
「まだ動いちゃダメよ。終わるまでジッとしてて」
「はい……」
診断結果がリアルタイムで次々とディスプレイに表示される。エイカはそれを食い入るように見つめていた。
広くはない医療室には、最新の小型医療装置が所狭しと並んでいる。DNA解析装置、高解像度電子顕微鏡、遠心分離機、分光解析機……。
遮光カーテンが波打つのを、エイカが横目で捉えた。
「ウェン、やめて。気が散るから」エイカはパネルを操作しながら言った。
「……あい、了解」
ウェンは不貞腐れた顔で答えると、腕を組みながらラウンジに降りていった。
「まだ検査してるんですか?」キッチンでコーヒーを淹れていたジスが尋ねた。
「おうよ、もう2時間だぜ。確かにリギーがあのヘルマンって言うクソ野郎に何されてたのか分からねぇし、心配する気持ちも分かるけど、ありゃどう考えてもやり過ぎだろ」
ウェンは頭を振って目玉を回す仕草をした。
「ところで、あなたの手の火傷はどうですか?」
ジスはカップを2つ持ち、1つをウェンに差し出す。
「お? デカフェか? サンキュな。ほれ、もう腫れも引いたし、全く問題無し」
ウェンは左手に持ち替えて、まだ跡の残る右手を振ってみせた。
「リギー……あいつ、あんな酷い目にあったのに平気なフリしてやがる。それが心配だぜ」
ウェンはコーヒーをズルズルと音を立てて飲み干した。それを見たジスの顔がわずかに歪んだ。
テーブルに置かれたUNIが通知音を鳴らした。
「私のUNIですね。ああ、しまった……すっかり忘れてました」
ジスは大げさに肩を落とした。
「友人の生誕記念祝賀パーティーの招待状が来ていたのをすっかり忘れてました」
それを聞いたウェンが一瞬フリーズした。
「なんですか、その反応は」とジス。
「ええ……と、悪い。お前に『友人』が? んでもって、『パーティー』? ダメだ、理解できねぇ」
ウェンが真面目な顔で言った。
「ちょ、ちょっと失礼な。私にだって友達はいますよ」
ジスの慌てふためく態度に、ウェンは我慢できずに吹き出してしまった。
「ガハハ、冗談だって。でもさ、お前だって『私にだって』って言うくらいだから、自覚あるんだな、ガハハハ!」
ウェンは今日も能天気に笑っていた。
その笑い声は医療室まで届いていた。
「もう、あっちは騒がしいわね。もう起き上がっていいわよ」
「やったぁ……やっと終わった~」
リゲルはエイカの一言で体を起こした。
「それで、あれからどう?」エイカがリゲルの顔を覗き込んで聞いた。
「うーん。大丈夫、かな。よくわからないや」
リゲルはエイカがじっと見つめるので照れくさそうに「エヘヘ」と笑った。
「睡眠はどう? うなされたりしてない? 食欲は? それから──」
「なにも問題はないよ。あの時はちょっと怖かったけど、みんなが助けに来てくれたから、もう平気」
リゲルははっきり、それもかなり落ち着いた声で答えた。
「そう、分かったわ。でも、なにか嫌なこととか、言いたいことは遠慮しないで言いなさい……いいえ、そうじゃなくて、何でも話していいのよ。私じゃなくても、ウェンやジスでもいいんだから、ね?」
エイカはいつも以上に優しくリゲルに言った。
「うん、ありがとう」リゲルが微笑むのを見て、エイカは診療を終えた。
「じゃ、おしまいね。もういいわよ」
エイカが診療室を出ようとした瞬間、「待って」そう言ってリゲルを呼び止め、近づいてギュッと抱きしめた。
「イテッ、何?」
ハグしたついでに、リゲルの髪の毛を数本引き抜いた。
「DNAサンプル、貰うわね。お疲れ様」
彼女は引き抜いた髪の毛を見せて、わざとらしい笑顔を見せた。




