遥かなる泰平の謡
歌い終わると、検校の元に一人の少年がやってきた。
「それで、その後はどうなったの?」
「それまでの戦いは夢幻の如く人々から忘れられ、江戸城は崩壊が無かったかのように、その立派な天守を誇っておりました。天草四郎時貞が現世に掛けていた妖術が解けたのだろう」
そこへ、彼の親と思わしき青年が駆け寄る。
「これっ、失礼であろう!」
「なあに、構わんさ」
少年の名は倉蔵と呼ぶらしい。
「なるほどな、松平の家のものか」
「彼は草双紙に夢中でね、此度の謡はまこと面様な武勇譚の戯作であった」
「それは良かった」
ふと、青年が町を見渡すと黄昏に染まり、辺りは闇に落ちようとしている。
「おや、もうこんな時間だ」
先程まで、面妖な武勇譚に耳を傾けていた者達も、各々の帰路へと足を向けた。
ただ一人を除いて。
その風貌は異国情緒漂う女性。
彼女は検校に対して声をかける。
「お見事でした、流徹殿」
「よせ、あの戦など、所詮泡沫の夢幻にてございます」
「誰もあの戦を覚えてはいまい」
「俺の存在など、物語の中の影に過ぎないさ」
女性は少し間をおいて答える。
「そうに非ず……では無いでしょうか。少なくとも、彼らはそう思っていますよ」
女性はそう言って、立ち去った。
暗くなっていく町の中、流徹はあの戦いに身を連ねた者達を思い出す。
息の合った二人組、明朗快活なくノ一、流浪の一族の末裔、元水軍、野性味溢れる侍、他にも大勢があの戦に心血を注ぎ、命を落とした。
世の平穏を誓い、流徹は再び旅に出る。




