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遥かなる闘争の謡

 八剣士の伝説……。

 (じん)()(れい)()(ちゅう)(しん)(こう)(てい)

 その八徳を持った剣士が、大昔に悪鬼羅刹(あっきらせつ)魑魅魍魎(ちみもうりょう)を討滅し、世を救った。

 そして、いつしか、その姿は何処(いずこ)かへ消えていた。

 しかし、彼らはいずれ、世が暗雲に包まれるときに蘇り、再び人の世を救うのだという。

 そんな、浮世に伝わる風聞(ふうぶん)に過ぎない話が、いつしか人々の希望となっていた。



 京の(みやこ)

 夜もすっかり更けて人通りが減った刻限。


「まこと、恐ろしいどすなぁ」

「いつかここにも(あやし)が来るのやも知れぬ。そう思うと、夜も寝れぬ」


 そこへ、人魂や蛇妖怪、巨大な鬼がやってきた。


「――うわあああああっ!」

 あちこちから火の手が上がり、徐々に騒乱は大きくなる。


 人々が逃げ惑う中、烏帽子(えぼし)を被り、おしろいで白塗りにした顔に引眉(ひきまゆ)にお歯黒が引き立ち、洗練された見た目の公家(くげ)装束に身を包む男が、疾風迅雷の如き速力の白馬を駆ってやってきた。

 公家の役人だ。

 その後ろからは立派な和弓を背負う者など、数十名の人影が夜闇から現れる。


「何事でおじゃるか!」


 白馬の麻呂が声を荒げる。

 そこへ、数匹の猩々(しょうじょう)が飛び出す。

 赤い毛皮に身を包む猿の如き風貌。しかし、その毛皮の赤は人の生き血により染まっており、時間が経つにつれ赤錆の如く色味へと変わっていった。


「オナカ……スイタ……ゾ……」


 そんな低い人語の後に一拍置くと、彼らは甲高い鳴き声で叫びながら公家に向かって跳びかかる。


「ええい、この都に魑魅魍魎か! 汚らわしい、麻呂がお相手(つかまつ)る!」


 加具土命(かぐつち)と刻まれた刀を抜き、公家の身体の周りに白い霞が漂った。それは炎のようで、陽炎のようでもあった。

 彼は何節かの呪文を唱えると、比喩表現に過ぎなかった炎が徐々に実体と成り、目の前に膨大な烈火として顕現した。


「破ァ!!」


 赤毛の獣はその摩訶不思議な火砲により吹き飛び、焼かれていった。その様相に腹を立てた一部の個体が歯を擦り合わせてけたたましい音を上げながら、その公家に向かって跳びかかる。

 しかし、その目論見はすんでのところで失敗した。

 別の公家が放った矢が、獣を木造の屋敷へと射合わせた。


「これはこれは、助かったでおじゃりまする」

「しかし、千年以上の歴史を持つ都がこうも陥落するとは……」

「ええい、まだ陥落したとは決まったわけではごじゃらぬ! 百鬼夜行が人里にこうも襲撃をするなど、終ぞ聞いたことが無いが、我々は天照大御神(あまてらすおおみかみ)御心(みこころ)のままに剣を振るうまでよ! 朝廷の避難までの辛抱でおじゃる!」


 しかし、ここはもはや戦場(いくさば)、安堵などできようもない。

 断続的な地響きが起き、公家の白い顔が青ざめていく。

 それは、東大寺南大門の仁王像に等しい巨体を持ち、白石鹿毛(しらいしかげ)の如き筋の張った、筋骨隆々の鬼であった。かの大嶽丸(おおたけまる)に立ち会った時のような圧倒感。人々はいかに自らの存在が無力だと思い知らされる。

 しかし、白馬の公家はそれでも立ち上がり、刀を構えて跳びあがった。


「秘剣・白蛇!」


 蛇のように曲がりくねった剣閃が鬼の人体を撫でる様に斬る。

 そして、その剣閃が最後にとらえるのは鬼の心臓。

 蛇が牙を剥くように勢いよく刺突を繰り出した。

 だが、刀が繊細な砂糖細工のように容易く折れた。その様子に鬼は(あざけ)り、裏拳で柔らかい人体を容易く吹き飛ばした。

 腹の中程を失い、上半身と下半身がぼとりと落ちる様に、他の者は恐怖する。


「――グオオオォォォッ!!」


 鬼は大地を揺るがすほどに雄叫び、玉砂利の地面を抉る程の脚力で駆けだす。そして、強靭な膂力(りょりょく)と鋭利な爪で次々と人体を破壊していった。


退()け! 退けい!」


 鬼は逃げ出す者達をも逃がさない。勢いよく足を振り下ろし、大地を大きく波浪の海の如く波立たせた。自らの足で逃げ出す者、騎乗した者も問わず、隆起に巻き込まれ、五(けん)程の高さを舞った後に勢いよく地に叩きつけられ絶命した。



 彼らは死に際に、八剣士の名を想起する。

 それは走馬灯なのか、それとも希望に縋っているだけなのか、神の声なのか……。



 その願いが届いたのか、遥か遠い場所から、英傑が還ってきた。




 安永(あんえい)四年の江戸の下町。

 まばらな民家に広い通り、快晴の空の元、百姓や町人、侍が往来する。


 その町中で、一人の検校(けんぎょう)がその往来の音を聞いていた。

 すると、そこに一つの足音。

 土を踏む音の重さは感じられず、まだ幼子(おさなご)であろう。


「新しいお歌を聞かせてほしいな!」


 盲目の老人は明朗であどけない声に、口元を緩ませる。


「これっ、検校様に失礼であろう!」

「よいのじゃ。では、一つ……」


 しわくちゃな手で琵琶を奏でる。

 一音。それだけで、周囲の雑踏が一気に消えた。

 静まり返った世界に、少年は手を震わせる。

 そして、琵琶の老人は言葉を紡いだ。


「……これは、歴史に名を遺す事も無い剣豪達の(うた)


「そうです、遥かなる闘争の謡……」

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