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13.アロハシャツと幼馴染の帰還ですわ!

 華園家に、けたたましいインターホンの音が響き渡った。


「あら。今日はもう出前は頼んでおりませんけれど?」


 すっかりお茶飲み友達(下僕)として定着しつつあるアーサー団長と、何故か待機している氷室、そして自前で最新機材を持ち込み「お嬢様の専属カメラマン」を自称するトップ配信者レオンの三人を裏庭に残し、凛音が玄関の扉を開ける。


 そこに立っていたのは、真っ黒に日焼けしてド派手なアロハシャツを着た中年の男女と、その荷物を両手に抱え、完全武装の探索者装備に身を包んだ精悍な青年だった。


「ただいま凛音!ハワイの風は最高だったわよー!」


「マカダミアナッツチョコレート、たくさん買ってきたぞ!」


「あら、お父様、お母様!お帰りなさいませ。お留守番(自宅警備)、完璧にこなしておりますわよ」


 朗らかに笑う両親。その背後で、青年が心配そうな、しかしどこか決意に満ちた熱い視線を凛音に向けていた。


「……凛音。久しぶりだな。会社を辞めたって聞いて心配してたんだぜ」


「あら?……まぁ、海斗かいとさん!お久しぶりですわね。たしか、プロの探索者を目指して家を出たはずでは?」


 海斗。凛音の幼馴染であり、現在は若手最強クラスと謳われるAランク探索者である。


 彼はハワイの火山系ダンジョンを単独攻略するという長期遠征の帰りに、偶然ハワイの空港でバカンス中の華園夫妻と遭遇し、「家の裏庭にダンジョンができちゃってさ~」という呑気な話を聞いて、血相を変えて飛んできたのだ。


「俺は今、Aランク探索者としてギルドを任されてる。ハワイのダンジョンに潜りっぱなしでネットのニュースも見てなかったが……おじさん達から事情は聞いた!家の裏庭にダンジョンが開いただって!?なぜすぐ避難しなかったんだ!」


「避難?あら、ただの『穴っぽこ』ですわよ。お掃除すれば済む話ですのに」


「馬鹿言うな!ダンジョンを素人が掃除感覚でどうにかできるわけないだろ!昔からお前は世間知らずなお嬢様だけど……安心しろ、もう大丈夫だ」


 海斗はドンッと自身の胸当てを叩いた。


「昔、いじめっ子からお前を守れなかった俺とは違う。今の俺なら、どんな魔物が出ようと凛音を……華園の家を守り抜いてみせる!!」


「海斗さん……」


『レオンキッズ(配信中):おい、なんか熱血主人公みたいな奴が来たぞ』

『考察班A:あれ、新進気鋭のAランク探索者『海斗』じゃん!ハワイ遠征から帰ってきたのか!』

『マッスル課金:あーあ……なにも知らない可哀想な犠牲者(幼馴染)がまた一人……ていうかジェノサイドお嬢様の配信見てないのか?』


 凛音のスマホは今日も絶賛配信中であり、さらに専属カメラマンとなったレオンのプロ級の画角変更(地面すれすれからのローアングル)により、海斗の熱いセリフは全国三十万人の視聴者に筒抜けであった。


「さぁ凛音、俺の後ろに下がってろ。まずはその『裏庭』の危険度を俺の探知機で……」


 海斗がずかずかと廊下を進み、縁側から裏庭を見下ろした瞬間。


 彼の手元の魔力探知機が「ピーーーーッ!!」と狂ったような警告音を鳴らして爆発ショートした。


「な、なんだこの魔力濃度は!?S級……いや、それ以上の神話級ダンジョンの特異点だと!?まさか、こんなものが個人の家の裏庭に……!」


 冷や汗を流し、愛用の魔剣を引き抜く海斗。


 だが、彼の視界に入ってきたのは、想像を絶する光景だった。


「……ん?」


 そこには、日本最強であるはずのダンジョン管理局総帥・アーサー(Sランク)が、軍手をして黙々と草をむしり。


 特務部隊副隊長の氷室(Aランク)がこの雑草如きが俺の相手になると思うなよぉぉぉぉ!抜いてやったぜぇやったぁぁぁぁ!と謎の歓喜の声を上げ。


 登録者一千万人のトップYouTuberレオンが、「はい、今のお嬢様の分別アングル最高です!スパチャ止まんねぇ!」と、地面に這いつくばって彼らを撮影していた。


「……え?あ、アーサー団長!?なんであなたが、軍手して一般家庭で草むしりを!?そっちの氷室副隊長も!さらにその金髪の男、動画配信者のレオンじゃないか!?」


「ん?おお、君はAランクの海斗君ではないか。見ての通り、凛音様のお庭の『分別おそうじ』を手伝わせていただいているのだ。君もやるか?」


「意味がわからない!!なんで日本のトップが揃いも揃って幼馴染の家の雑草抜いてんだよ!!」


 海斗の常識が崩壊しかけたその時。

 

 裏庭のダンジョンゲートから、ズルリと巨大な影が這い出してきた。


 ――シャアァァァァァッ!!


 八つの首を持つ伝説の毒蛇『ヤマタノオロチ(幼体)』である。Sランク指定の超危険生物。


「や、ヤバい!なんであんな神話級が出てくるなんて!?凛音、逃げろ!!俺が命に代えても――」


 海斗が悲壮な覚悟で魔剣を構え、オロチに飛びかかろうとした瞬間。


「……お母様がせっかく買ってきたマカダミアナッツに、毒の息がかかったらどうするんですの?」


 海斗の横を、エプロン姿の凛音が、ただの鉄のバールを持ってスッと通り抜けた。


「えっ、凛音!?馬鹿、やめ――」



 ――パァァァァァァァァァァァンッ!!!!



 凛音がバールを大上段から振り下ろした。


 ただの『縦割り』。だが、その一振りから放たれた理不尽なまでの衝撃波が、オロチの八つの首を一瞬にして『みじん切り』にし、空間ごとすり潰して光のチリへと変えた。


「はい、お掃除完了ですわ。お父様、お母様。お茶を淹れますから、ハワイのお土産話を聞かせてくださいな」


 凛音は全くの無傷でバールを肩に担ぎ、ニコリと微笑む。


 その背後で、両親が「あらあら、凛音は本当にお掃除上手ねぇ」と呑気に笑いながら和室へと入っていく。


「…………は?」


 愛用の魔剣を構えたまま、海斗は石像のように固まっていた。


 自分が命を懸けて守ろうとした「か弱き幼馴染」が、ホームセンターのバール一本で神話級の怪物をみじん切りにしたという現実が、彼の脳の処理能力を完全にオーバーショートさせていた。


『マッスル課金:はい、幼馴染の脳がジェノサイドされました。』

『考察班A:高ランク探索者のプライドが粉々になる瞬間、何度見てもクセになるな』

『ケーキ大好き:レオンのカメラワーク神!今のお嬢様の足元の角度最高!』


「さぁ、海斗さんも突っ立ってないで上がってくださいな。マカダミアナッツ、一緒に食べましょう?」


「あ、あ、ああ……」


 幼馴染の優雅な笑顔を前に、海斗はただ震える膝を抱え、自分が命をかけて攻略してきたAランクダンジョンが、この家では「ただのゴミ捨て場」以下の扱いであることを悟るのだった。

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