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ヌーヴォー・アヴェニール   作者: 龍槍 椀
たとえ、悪者になっても
56/111

クロエ 三年生一日目から、やらかす

 


 早朝……と云うより、夜。 極端に絞った灯火。 闇の中に仄かに浮かぶ壁。 鍛錬部屋にしてる従者の部屋の一室。 エルも、ラージェも、ミーナも、そんで、ヴェルにも遠慮してもらった。 一人きりで、部屋の中央に立ってるの。 手には爺様の剣。 うん、貰って来た、あの護剣。 


 スッと息を吸って、七十二通りの型を始めた。 


 ゆっくりと、丹念に。 円を描き、割る。 刀身の切っ先まで、自分の思うが儘に、動かせるように。 


 出来た…… 出来たよ。 


 小さいときは、剣に振り回されて、剣筋がぶれてた。 よく爺様に、ぶん殴られてた。 で、あの鉄心入りの木の棒になったんだっけ…… ぼんやりとした灯火の光が、時々、刀身に反射する。 キラリって光るのよ。  思い出すのは、教えてくれた時の、爺様の姿。 近づけたかな…… 答えは、護剣が教えてくれるはず。


 一度、七十二通りをゆっくりと、丹念におさらいした後、今度は、相手を想定して、普通の速さで振り抜く。 風を切る音、乱れの無い脚捌き。 七十二通りの型は、全部実践で培われた型。 だから、簡単に相手を想定できるの。 この型は、オーク。 この型は、ゴブリン。 そんな感じね。


 でね、五十一番から七十二番は、もっと大型の敵を想定したものなの。 部屋の中じゃ、ちょっと、本気では振り回せない。 だから、脚捌きを小さくするの。 それでも、切っ先は、壁スレスレね。 だから、みんなには遠慮してもらった。 どっか無いかなぁ……思いっきり、振り切れる場所。 黒龍のお屋敷のあのテラスだったら、いけたのになぁ……


 うん、まずまず。 きちんと、鍛錬しよう。 


 爺様との約束は守るからね。




 ―――――




 で、日が昇って、呼吸鍛錬を済ませてから、みんなの処へいったの。 ヴェルが少し…… ほんの少し、驚いてた。





「剣が空気を割く音が聞こえました」


「そうね…… まだ、まだ、だけどね」


「……左様で御座いますか」


「そうね。 積み重ねてやっと手に入る、自信が有るのよ。 休んだり、さぼったりしたら、台無しになるの。 だから、止めないでね」


「御意に」





 真剣に見つめると、ヴェルも真剣に応えてくれた。 よかった。 まぁ、その後は水浴びして、制服に着替えて、朝ごはんを食べて、残り少なくなった、授業に向かうの。 今日は、教官と、助教の口頭試問の日。 だから、ちょっと気合入ってるのよね!




 ―――――




 見慣れた教官室で、教官と、助教の前に座らされていたの。 ちょっと、緊張気味。 でも、口頭試問は、問題無かった。 無茶な質問も無かった。 無難に答えられた。





「……以上で、口頭試問は終わる。 一年、よく頑張った、シュバルツハント。 教官として、君に教鞭を取れた事を誇りに思う。 三年になったら、専門的な事柄の習得が必要となる。 精進してほしい」





 口頭試問が終了して、教官がそう言ってくれた。 ホッとしたよ。 一生懸命、勉強したもん。 鍛錬と同じね。 判らなければ、判るまで…… そうやって、身に着けた知識と、知恵は、誰の物でもなく、自分の血肉になるもんね。 そんで、誰も奪う事の出来ない、すんごい、価値のある宝物になるのよ。 学院で勉強させてもらって、本当に良かったと思う。


 助教のフランツ殿下が、口を開いた。





「シュバルツハントは…… 目指している、 ” もの ” が、有るのか?」


「と、申しますと?」


「いや……私の知っている女性たちとは、 ” 違う ” のでな」


「ええ…… 強いて言えば…… 生きて行く ” 力 ” を欲している…… と、言う事でしょうか」


「生い立ちからの、気概か?」


「そんな、大それたモノでは御座いませんわ。 ただ、一人でも生きて行ける、自信が欲しかったのかもしれません」


「……一人でも ……生きて行ける……か」





 フランツ殿下の様に、王族としての義務も責務も背負わねばならない立場では、ありませんからね。 王太后様の目論見通り、ミハエル殿下の妻となっても、きっとそれは…… あまり楽しそうな未来図では御座いませんものね。


 枷が無くなれば、有無を言わさずに、放り出される事だって、考えられますしね。 だって、あのミハエル殿下ですよ? まったく、 ” 好意 ” と言う、感情が無いと思われる方ですから。 


 だったら、無関心を通して欲しいです。


 教官の、” 退出してよし ” の、合図を受け取ると、教官室を退出した。 うん、これで、授業は全部終わり。 後は、卒業式の日まで、自由時間。 有意義に過ごしたいよね。 マリーのトコ行って、お茶にしよう!





 ―――――        ―――――





 今年の卒業式は、恙なく終了したよ。 特に騒がしくもなかったしね。 狭間はざまの世代って言われててね。 有力な貴族も居なかったし。 その代り、庶民階層の優秀な人達が、たくさんおられた。 ある意味、 ” 豊作 ” な年だったんだって。 外郭をコッソリ歩いてたら、官吏の人達が、ニッコニコで話してた。 皆様、即戦力なんだって。 




 そんな風に言われてみたいよ。





 *************




 卒業式から、一週間したら、もう、入学式なんだよ。


 また、集まんのかよ……もう……


 でね、今年は、例年と違って、なんか、めっちゃ豪華なの。 そう、演台とかも、一段高いし、花がめっちゃ飾られてんの。 なんだ? っておもうじゃん。 わかった! 


 居たよ。 ミハエル殿下の横に。 豪華な、豪華な、「お姫様衣装」を着けられて、凛とした表情のお嬢様が。 言わずと知れた、ミルブール王国、第一女王陛下候補、グレモリー=ベレット=ヴァサンゴ公爵令嬢様。


 うん、迫力あるね。 流石だ。 本物の王族だね。 おい、ミハエル殿下、負けてんぞ!


 で、学長の、ありがた~~い、長~~~~~~~い、お話があって、グレモリー様に繋がれた。





「皆さん、わたくしは、グレモリー=ベレット=ヴァサンゴ ヴァサンゴ公爵家の第一息女です。 この度、ハンダイ龍王国、王立魔法学院に学生として留学いたします。 どうぞ、よしなに」





 わぁぁぁ~~ って言う歓声。 そうりゃ、綺麗だもんね。 でも、がっちりと、学生会がガードしてるよ? 多分、お目に掛かる事すら、稀になるよ? たぶん、私、同じ組だけどね…… 


 くっそ長い、入学式が終わって、さっそく三年生用の大教室に移動。 今年は、主に此処で勉強するのよ。大きな教室でね、教壇が一番下にあって、すり鉢状に机が半円を描いて、昇って行くのよ。 巨大って言える黒板と、魔法で空中に投影される魔法具が有ってね。 で、学籍番号が机に振ってあるの。 




 私? 




 うん、かなり後ろ。 中央の後段。  教室全体が見渡せる場所。 勉強しやすそうね。


 でね、やっぱり煩いのが居たよ。 ミハエル殿下とその取り巻き、および、グレモリー様。 うん、もう、一団を形成してる。 その周りに、その恩恵に与りたい高位貴族の面々。 さらに、そんな人たちに負けじと、突入して来る、貴族科のお嬢様方……あぁ、エリーゼ様の顔もあるね。 ……いいのか? そんな所ウロウロしてて……


 予鈴が鳴り、各人がいそいそと、指定されてる席に向かう中、貴族科の人達が出て行かないのよ……まだ、ミハエル殿下の周りに居るよ? いいのか? ……ほら、いらした教官の方が、難しい顔をしておられる……


 一言、二言、ミハエル殿下に何か言ったの。 そしたら、ミハエル殿下、いきなり、激昂!





「私が許すと言っているのだ!」





 うへぇぇぇ~~。 もうね……ダメだ……王族の横暴ここに極まったね。 そんじゃ、お前ら全員が出てけよ。 もう、授業も必要ないんだろ! でも、出て行かない。 うん、グレモリー様が頑として動かないからね。 





「わたくしは、留学の為にハンダイ龍王国に参ったのです。 いうなれば、授業を受けに! サロンとやらは、授業が終わってから、お伺いいたします! 授業の進行に差しさわりが御座います。 一旦、教室から退出してください!」





 ハッキリ言うね。 ミハエル殿下、目を丸くして見てるよ。 そうだね、殿下は、みんなと居たいんだろ? それを、一番一緒に居たい、グレモリー様から、あっさりと拒絶されてんだもんね……どうすんのよ。 


 別に、どうなっても構わないけど、……あぁ~あ、教官とうとう、あいつら無視して、始めたよ。 うん、授業に集中集中っと! なんか、貴族科の連中、ミハエル殿下の周りの席に座ってるけど、めっちゃ居心地悪そう……


 そりゃそうだね。 この授業、経済会計学だもんね。 マリーなら、きっと、興味を覚えるよ……居ないけど。 下地が無いと、先生の御言葉は、呪文の様だしね。 チンプンカンプンなんでしょうね。 専門用語ばっかりだもん。


 ノートをとって、図表を眺め、教官の話を聞く。 そんで、重要そうな所にチェック着けて……後で、参考文献を調べてっと!


 ほら、もう、ソワソワ始めたよ。 でもね……お喋りは、外でしてね。 教官の声、割と小さいのよ。 聞き取りづらいのよ…… 


       ……


            ……


     ……


 あ~~~ なんか、イライラして来た。 ほら、お声が大きくなって来た。 教官の授業が聞こえない…… 他の、真面目な生徒さんが、チラチラ、迷惑そうに見てんのも……気が付いてない。 あのね、行政内務科は、覚える事が膨大にあって、時間が無いのよ。 龍王国の実務を取り仕切る、官吏になりたい人ばっかりなのよ、一部、王族ばかを除いてね。


 ダメだ…… 先生は、無視しちゃってるし…… 殿下は止めもせず、グレモリー様に何やらお話されてるし…… グレモリー様の眉間に皺が…… 




 イライラが、ピークに来たよ。 




 そっと、鉄扇抜いてたよ。


 教官の話が、一段落して、次の図表を、魔法具に突っ込んだんだ。 貴族科の人達の輪の中から、ドッと笑い声が、広がったの…… もうね、我慢の限界に来た。 おまえら、邪魔。 邪魔者は、速やかに排除する。 これ、鉄板の規則、だから、鉄則っていうのよ、私は!


 鉄扇がうなりを上げて、テーブルを叩く!





 バシィィィ!!!!





 おっ、すんごい、いい音! よし、注意が引けた。





「貴族科の皆さん、退出してください。 此処は、行政内務科の教室です」





 おや? ミハエル殿下、めっちゃ凄んで、私を見たよ。 なんか、青筋立てとるなぁ…… 怖かねぇよ!





「私が許すと、言っているのだ! 控えよ!」


「ミハエル殿下。 たとえ貴方様の許可が有ろうが、関係ありません。 教務教則に記載が有ります。 他科の授業を受ける場合は、担当教官の指示の元、静粛に受ける事。 また、事前に学長、法務官にその旨を願う、願書を提出し、受理される事。 第十一条、二項 の 二、および、三 に、明確に記載されております。 なお、教務教則は、学院内において、法典と同一として運用されております」


「それが、どうした! 私の言葉が、通用しないとでもいうのか!」


「はい、通用しません。 教務教則に示されております故、殿下の御言葉は無効です。 よって、貴族科の皆さまは、速やかに退出してください!」


「ぬぬぬ、何を寝ぼけた事を!!」





 大教室に緊張がはしってるね。 馬鹿は言わないと判んないし、言ったら怒り出すんだ。 だから、今まで、何にも言わなかったのにね。 迷惑を通り越してるよ……


 教室の、前の扉が音もなく開いたのが見えた。 ほら、私の席かなり、視野が広いから…… ね。 そんで、音もなく、一人の助教が入って来たの…… 聞かれたよね……今の……





「ミハエル……寝ぼけてるのは、お前だ。 他の生徒の邪魔になる。 お前を含め、ちょっと来い。 教官、宜しいですね」


フランツ・・・・第一王太子殿下・・・・・・・様、如何様にも。 非は、彼等に有ります。 シュバルツハントのげん、もっともに御座いますので…… 彼女の退席はお許しください」


「判っている。 ミハエル! さっさと退出しろ! グレモリー殿下には、そのまま授業を受けて貰う。 そこの、貴族科の者達、一緒に来てもらう。 エリーゼ、君もだ! さぁ! ぐずぐずせず、立ち上がれ!!」





 う、うわぁぁ…… フランツ殿下、めっちゃ怒ってるよ…… 大説教コースだね。 まっ、頑張れ! 龍王国の成り立ちをしっかり教えて貰え!


 ”  て ・ め ・ ー ・ ら ・ の ”意向なんぞ、なんの役にも立たないって事、思いっきり教えて貰え!




 馬鹿めが!




 そんで、フランツ殿下に連れられて、ミハエル殿下以下、取り巻きと、その下請け、さらに、貴族科の連中…… エリーゼ様もね…… 退出していったよ。 後には、ポツンって、グレモリー様が残された。 あっけに取られてる、グレモリー様…… そんで、声を上げて非難したのが私だって判ったら……


 満面の笑みを浮かべられて、頭を下げられたよ……


 うん、私も答礼しといた。 





「シュバルツハント、良く教務教則を読み込んでいたな…… よくやった…… では、続きを始める」





 教官、ニヤッって笑ってから、授業の続きを始められたよ。 なんか、駆け足で進んでいるね。 うわぁぁ…… 嫌がらせだね。 でもって、ドッサリの課題。 まぁ、授業を受けて居れば、問題ないけど…… あいつら、苦労するぞ~~~。


 まぁ、三年生、一日目から、盛大にやらかしてしまったよ……


 あとで、同じ教室に居た、ミーナと、アスカーナに、云われたよ……





「また、たくさんの敵をお作りになられましたね……ふぅ……」





 ってさ。




       ンな事、最初から判ってるって。




          仕方ないじゃん。




 真面目な、本当に、龍王国の為になる人が迷惑してんだもん。




        ここは、言っとかないとね。






        うん、私が悪者になってもね!






ブックマーク、感想、評価、誠に有難うございます。


読んで頂けて、とてもうれしいです。


ーーー


クロエに対する、ミハエル第二王太子殿下の、 ”悪感情” が溜まっていく第一歩です。


此奴、肝が小さい割に、プライドが高く、また、悪知恵も働きます。 本当の悪党に、一番利用されやすい人なんですよねぇ・・・ えらい人の婚約者になってたものです・・・

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