クロエ 【降龍祭】に参加する。 王立魔法学院 二年目
結局、フーダイから王都に戻ったのは……夏季休暇も終わる直前だったよ。
うまく笑えるまで……そんだけ、時間掛ったよ。
うん……引き摺ってるね。 祝福しなくちゃね。
妹だってさ…… まぁね、そうだよね。
うん、妹でいいじゃん。
妹で……
イヴァン様にもなんか気を使われてしまったよ。 ふさぎ込んで、虚ろな目をした私を、色んな所に連れてってくれたよ。 フーダイの近くを馬で走り回ったりね…… 葡萄畑で、かくれんぼしたりね…… だから、笑えるようになったのよ。
イヴァン従兄様
ありがとう。
あ~~そうだ、 ” クリーク ” にも、会いに行かなくちゃ。 社交シーズンずっと、フーダイに引きこもってたよね、私。 奥様と、ソフィア様が上手くやって呉れてたみたいだしさ。 うん、基本何処にも呼ばれないし、呼んでも来ないしね。
そうそう、学院に戻る前に、黒龍のお屋敷によって黒龍大公翁に逢ったんだ。 アスカーナすんごく腕あげたって。
「まっとうなゲームであったら、クロエでも、梃子摺るぞ」
だって。 んじゃぁ、不正規戦で仕留めるよ。
「ふむ、次の段階じゃな。 仕込んでやるか……」
あんまり、無茶しないでね。 腹黒娘は、嫁の貰い手無くなるからね。 ほら、私みたいに。 あぁ、私、婚約者持ちだった! いいかぁ……別に……
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でね、夏季休暇も終わって、学院に戻ったら、なんか、凄い事に成ってた。 ミルブールの高位貴族の御令嬢が、編入して来るってんで、学生会から特別通達が出されてた。 その、学生会 生徒会長って、上級生の皆さまを差し置いて就任された、ミハエル第二王太子殿下だったりする。
でな、その「通達」、笑うよ? マジで。
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―――告―――
高貴な令嬢に失礼の無いように、学生会ですべてお世話をする。 グレモリー=ベレット=ヴァサンゴ公爵令嬢に関しては、全てにおいて、学生会の許可を得る事を命ずる
発令 ミハエル=ハンダイ 第二王太子
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だって。 彼女の自由はこれで消失。 んで、私は、ミハエル殿下には絡まないから、学院でグレモリー様には、基本絡まない事も確定。 学院外は、当然ハンダイ王家と白龍大公家が取り仕切るから、私の関与する場面など無い。 よし!
ふふんって、鼻で笑っといた。
でも、ちょっと不穏な人発見。 エリーゼ様なんで、そんな食い入るように、「通達」見てんの? 貴女は、フランツ第一王太子殿下の婚約者なのよ? 別に構わないじゃないの? フランツ殿下、一応あなたの事、大事にしてるし、王太子として、龍王国の国事、一生懸命勤めてるわよ?
ちらっと、エリーゼ様の処の侍女が、エル達に漏らして居たけど、エリーゼ様が、フランツ殿下を評して、真面目過ぎて、面白みに欠けるって…… ミハエル殿下と居る方が楽しいって。 あなたねぇ…… なに考えてるのよ…… 馬鹿なの?
それに、勉強してる? 古代キリル語…… もうすぐ、【降龍祭】よ? また、あの「みょうちきりん」な、祭文読み上げるの? 天龍様、困惑してるよ?
もうね、……関わりになりたくない。 自分の表情が固まって、感情の無い顔になってんのが判る。 ほら、他の生徒さんが、また引いてるよ…… あぁ、これは、「通達」 読んだからじゃ無くて…… エリーゼ様の表情を見たからだからね! 勘違いしない様に。
ゆっくりと掲示板から離れる。 エリーゼ様の注意を引きたくなかったからね。 よっしゃ! 抜けた! 私の存在も、眼中に無い程、その通達、気になるんだ。
……へぇ……
さてと、マリーのトコでも行くか~。 今日はどっちに居るんだろうね。 中庭かな? それとも、サロン?
マリーはサロンに居た。 んでもって、かなり興奮してた。 どうも、この夏季休暇中に、グレモリー様に逢ったらしい。 そうなんだ…… どこで?
なんでも、ミルブールの大使が、四大大公家に、グレモリー様連れてったらしい。 そこで、初お目見えだったそうな。
黒龍大公家にも行ったそうだ。 まぁ、私はフーダイに居たから、会ってないけど。 黒龍大公翁、なんも言ってくれんかったなぁ……屋敷のみんなも……
何でじゃ?
まぁ、ちょっとしか滞在してないから、聞く暇も無かったかなぁ…… そんな風に思ってたら、一緒にマリーのサロンに来てたエルが答えてくれた。
「グレモリー様、クロエ様にとても逢いたがって居られました。 ” 残念な事に、フーダイに滞在されています ” と、お答えしたら、いきなり、「では、わたくしが、参ります」と仰られて…… 大使閣下が、お諫めして居られました。 ミルブールのお客様が、お帰りの後、奥様から、皆に通達があり、極力、グレモリー様とクロエ様との距離を離して置くようにと。 理由は……どうも、白龍大公様関連らしいのですが……そこまでのご説明はありませんでした」
「うん、そっか……いいよ。 きっと、何かしらの配慮だもんね。 もう、奥様が、私に、意地悪する必要もないし……もし、本気で知りたかったら、ヴェルにでも、聞く。 大丈夫だよ。 問題無いよ。 私も距離取るつもりだったし」
「左様でしたか。 では……あぁ、それと、これが内宮からお届けされております」
来たよ……
今年の【降龍祭】の、ご招待状。 行くけどさぁ……また偽物じゃ無いの? ちょっと、開けてみる。
ほうほう、うんうん。
この部屋で待っとけって事か。 で、侍従の誰かが来るんだと。 さらに、来るまで待っとけ、探すのがめんどいからって。 ほうほう。 ふーん。 じゃぁ、用意しとくか。
もし、なんか、仕掛けてきやがったら、【直接】 飛んでいくからな!!
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そんでね、【降龍祭】当日。 朝の鍛錬してから、みんなに大魔法かけて貰った。 持って来てる、デイ・ドレス着てさ、髪を編み込んでさ、薄化粧してね。 御飾りも、バッチリさ! そんで、静かに待ってたのよ。
で、去年みたいに、 ” 偽物の ” 招待状だったら困るから、其処はヴェルに調べて貰ってた。 侍従長に、問い合わせたって。 間違いないって。 時間も、場所も、ちゃんと侍従長の知ってる通りだったって。
でね、今年もまた、レオポルト王弟様、東の領域の砦に出向いてるんだって。 赤龍大公閣下と一緒にね。 これは、ギルバート様、情報ね。 なんか、変なんだって。 徐々にだけど、ミルブール王国との国境に、あっちの正規兵の影が、ちらついて来たんだって。 東の各砦の状況の確認なんだって。
う~ん。 グレモリー様の御留学が遅れてたのも、この辺に事情が有ったんかな? なら、なんで、今なの? それこそ、変じゃん……学生の私じゃ、判んない事情があるのね。 きっと。
遅いね……
ギリギリまで、待ってみるよ。 今年もまた、何かしらやるとは思ってたけどね。 そんで、私も対応策準備してたのよ。 一つは、マリーにお部屋に来てもらってた。 これで、 ” 部屋に居なかった ” 作戦は取れないよね。 青龍大公家ご息女の目が有るもんね。 そんで、招待状。 ヴェルにしつこいくらい、確認してもらって、昨日、最終確認を侍従長に取ってくれた。 勿論、侍従長のサイン付きでね。
良くやった! ヴェル!
一応、この二つ。 で、何か変更が有れば、直ぐにお知らせ頂けるようににも、手配しといた。 当てにしてないよ。 そんなもん。
それにしても……遅いよね……
ご招待状に記載されていた謁見の間への集合時間…… 今から、普通に行っても、間に合わないよね。 今年は、行かなくてもいいのか? でもなぁ…… 天龍様と約束してるもんなぁ…… どうしたもんだろう…… まぁ、行くけどねっ!
「クロエ様? 侍従長様にお問い合わせは?」
「ええ、先程から、執事のヴェルに何度か…… お返事、頂いておりませんわ。 なにか、とても慌ただしくしておいでで…… 直接、侍従長様にお会いできないと、ヴェルが申しております。 他の侍従の方に言付けをお願いしては居りますが…… いかんともしがたく……」
「まぁ…… どうされるのですか?」
「如何致しましょうか……」
マリーにはそう言ったけど、やる事は決めてる。 そんで、その準備も終わった。 もうすぐ発動準備が完了するよ。
「マリー様、あの、お願いしてもよろしいですか?」
「何なりと!」
うはっ! マリーの笑顔って素敵だね。 本当に悪いんだけど、私が帰るまで、部屋に居てくんないかなぁ~~ 勿論、忙しかったら…… いいのだけど……
「あの、わたくし、【降龍祭】後の晩餐会に出席するつもりは御座いませんの。 だから、お部屋には早くに戻る事が出来ますの。 もし、お時間を頂けるのならば…… 待っていては、頂けないでしょうか?」
「宜しくてよ! 此処には、エルさんも、ラージェさんも、ミーナさんもいらっしゃるし、楽しくおしゃべりして待っておりますわ! ええ、そうします。 わたくしが、耳に挟んだことを、エルさん達にもお教えしておきますから!」
「勿体ないご配慮、誠に有難く…… では、もうすぐ、【降龍祭】の始まる時間ですので、わたくしは行ってまいります」
「……間に合いますの?」
「ええ……」
めっちゃいい笑顔で応えといた。 そうだよ、まさか貰った次の年から使うとは思ってなかったよ。 時間だ。 精霊召喚魔方陣、展開開始! 魔方陣展開完了! そして、起動! 魔方陣、発動!
お部屋の入り口の扉の横に、もう一枚扉が現れたんだ! つうか、召喚した。 門の精霊をね。 ほら、前年貰ったじゃん、天龍様に。
⦅ やあ! 呼んでくれたんだ!⦆
⦅ええ、ゴメンね。 早速次の年から使うとは思ってなかった。 で、王家の人は?⦆
⦅ うん、行ったよ! ほんと、聞き取りづらいんだ、あの人達の言葉。 何回も聴き直しちゃったよ ⦆
⦅そう、じゃぁ、私も行くね。 そうそう、これ、お土産! 今年は去年のより出来がいいんだ!⦆
⦅おおお!! コレコレ!! ありがとう! 楽しみにしてたんだ!!⦆
⦅はい、どうぞ!⦆
⦅いいねぇ……ホントにいい!! さぁ、行っといで! 天龍様がお待ちかねだ!⦆
⦅うん!⦆
でね、扉を3枚、転移魔方陣1枚抜けたのよ。 それぞれの精霊様にお土産渡しながらね。 そんで、今年も到着しましたよ、薄暗い、【降臨の間】にね。 皆さん、もう、召喚の誓文唱えてたよ。 そんで、非難がましく私を見てたよ。
馬鹿みたいに。
ばっちり、カーテシー噛ましといた。 いいんだ、どうせ、また、誰かがやらかしてくれてんだ。 知ったこっちゃない。 そんで、皆様の何言ってるか判んない、【召喚誓文】、完全に無視して、古代キリル語で、天龍様をお呼びしたのよ。
⦅クロエ、参りました。 お約束通り、天龍様の、魂の浄化を行いに参りました!⦆
限定召喚大魔方陣が ボワン って光って、辺りが光に満ちたのね。 うん、いつも通り。 で、巨大な天龍様の頭が限定召喚大魔方陣から、ニョッキリはえたわ。 いつ見ても、壮観ね!
⦅よく来た!! 待っていた!! 我が愛し子、クロエ!⦆
⦅はい、天龍様。 今年も参りました。 ……お鼻を、此処へ⦆
⦅うむ、頼む⦆
突き出されてくる「 鼻先 」に、両手を当てて、練り上げてある魔力を注ぎ込むんだ! 今年はね、ちょっと違うのよ~。 ほら、朝の呼吸鍛錬で魔力を浄化してるじゃない、毎日。 今までは、 ” それだけ ” だったんだけどね、今年から、自分の中で、意識して、魔力を練ってたのよ。
これってね、ほら、魔力の消費を抑える 「あの術式」 に、必須だったからね。 で、やってみて思ったのよ。 これって、鍛錬以上に純化されるってね。
⦅クロエ……凄いな。 去年とは違うな。 ” 宝珠 ”から送られてくる魔力も力強くなっていたんだが、予想以上に強いな。 此れまで通り受け入れると、ちょっと多い。 そうだな、眩しく感じるな……悪くない。 いや、いいな、これは!⦆
⦅喜んで頂けまして、光栄に御座います⦆
天龍様が神々しく輝いてるよね。 うんうん、いい感じ。 でさ、国王様、どうすんのさ。 また、聞くの? そう思って、国王様の方に顔を向けた。 ボンヤリした表情だったけど、去年と同じように、龍王国周辺の事と、加護が与えられるのかを聞いてくれって。
まったく、まだ、古代キリル語、勉強してないのか……
御答えを頂いてから、天龍様の鼻先から手を離してから、国王様に向き直って、バッチリとカーテシーを決めてから、お伝えしたよ、天龍様の「 御答え 」。
去年と同じく、龍王国東側がモヤモヤしてるってさ。 そんで、その原因は……やっぱり地龍様の魂の汚れ。 で、黒い魔力の影がチラチラしてるって。 そんでね、加護は引き続き与えるってさ。 今年は、配慮無し。 だって、誰かが、勉強してる可能性もあるじゃん、「古代キリル語」。 下手に隠して不信感持たれるよりも、全部さらけ出しておいた方が得策よね。
だから、一言一句、間違いの無いように伝えたよ。
国王様やっぱり、契約が続行されるって聞いて、 ” ホッとした顔 ” してた。
王妃様、古代キリル語が理解できずに、固まってたよ。
エリーゼ様? 誓文の紙持って、やっぱりプルプル震えてたよ。
問題はね、王太后様。 大きな溜息ばかり、吐き出してたよ……
ホントは王妃様、貴女が、主体にならなきゃなんない【降龍祭】なんだよ? ……せめて、古代キリル語、勉強しようよ。 天龍様と意思疎通出来なかったら、龍王国から天龍様の加護、消えちゃうよ?
でも、……もう、期待するの、やめようと思ってるんだ。
国王様が納得されて、送還呪を王太后様が唱えようとしたときに、天龍様が、王太后様に伝えられたの。
⦅無用。 少し、クロエとだけ話す事が有る。 古き血の一族の者は退出せよ⦆
ってね。 王太后様、目を真ん丸に見開いて聞きただしてた。
⦅天龍様・・ホント・・クロエ……だけ? 我々……・・退出? ……送還は……だれが……⦆
辛うじて意味が取れるね。 うん、何とか意思の疎通が出来る感じ……
⦅クロエがする。 さぁ、退出せよ。 古き血の一族⦆
⦅おおせ・・まま……に⦆
うん、判ってくれたね。 ほんと、奇跡的に意思が疎通できてるって感じだよ。 おーい、門の精霊様~、ちゃんと送ってあげてね、彼等が来た場所に!
⦅あいよ! 任せとけ!⦆
頭の中に、門の精霊様の声が響いた。 うん、間違って、私の部屋に出たら、また、何言われるか判らんもんね…… でだ、王太后様、残りの方々を促して、【降臨の間】から、出て行かれた。
私一人を、【降臨の間】に残してね。
―――――
さてと……。
⦅天龍様、お話とは?⦆
⦅クロエ……地龍の汚濁が進んでおるのだ。 辛うじて押し止めていた、彼の者の愛し子の魔力が細って居るのだ。 地龍の地より、愛し子が離れた……いかんな。 今のままで進むならば……地龍の魂が汚濁に飲み込まれるまで、あと、四季……早ければ、三季……か。 懸念は増すばかりだ。 もし、地龍の愛し子がクロエの前に現れたなら、” 宝珠 ”に送る魔力を増せと伝えて欲しい⦆
⦅地龍様の「愛し子」を導けと、仰るのですね? ……龍族の間で……争いが起こるのですか?⦆
⦅最悪はな。 闇に堕ちた龍は、我らが屠る。 古よりの誓約だ。 そして、新たな地龍が生まれ、その者に、新たな「愛し子」が、出来るまで、地龍の地は加護が消え去り、闇が支配し、魔族の魔物の跋扈する地に成り下がる……⦆
もうね…… 溜息しか出ないよ。 せっかく関わりなく暮らせるって思ってたのにね…… 天龍様のお願いだから、聞かなくちゃね。 わかったよ。 やるだけ、やってみるよ。 でも、確実じゃ無いよ? それでもいいかな?
⦅天龍様。 ……承りました。 が、私の力では、「地龍の愛し子」様を、確実に『導ける』とは、限りません。 また、地龍様の快癒を望まぬ輩も居るやもしれません。 その時に、備えて頂く事を、お願い申し上げます⦆
⦅うむ……。 クロエ……すまんな⦆
天龍様…… ゴメンね。 私、そんなに権力持ってないのよ。 やるだけは、やってみるわよ。 でもね、ある程度、覚悟はしてほしいの…… 来年、来れたら経過報告するからね、天龍様。
そんで、送還呪を唱えて、天龍様には、御帰還してもらった。 薄暗くなる【降臨の間】。 なんかね、背負わされるものが大きすぎて…… しゃがみこんじゃった。 私は、ただ、ただ、安寧を護りたかっただけなのにね……
私…… どうしたらいいのよ…… でも、しなきゃ、ミルブールは崩壊するし、龍王国も只では済まない……
グレモリー様に、なんかすると、きっと最後には、ミハエル殿下の御怒りを買う。 これまでも、色々と仕掛けてきたじゃん、あの人。 私を無視して、蔑んで、罠にかけて、私の失敗を待ってるのよ? 何かしらの、理由を付けて、何とか私の事を排除しようとしてるのよ? バレバレじゃん!
婚約だって、私が望んだ事じゃ無い。 ハンダイ王家が望んだ事じゃん! 確実に私を、龍王国に縛り付ける為にね! バカバカしい…… 説明くらいしとけよ……
私が望んだ事は、たった一つ、 「龍王国に住む人々の安寧を護る」 って事。
くそっ!
くそっ!
くそっ!
私の馬鹿!!
決めなきゃ……
決めなきゃね。
……覚悟を。
負けるもんか!!!
「誇り高く、穢れなく」
よし、覚悟は決まった!
帰るか! 私だけの戦いは、始まったのよ……
門の精霊様 お願い、あの人達と同じところに帰して!
” 帰る! ”
―――――
転移魔方陣と扉を三つ抜けたら、【謁見の間】だった…… 去年と同じ所か…… そんで、驚いた表情の侍従長が居た。 多分、私、凶悪な顔してたんじゃないかな。 背負わされた役割の重さに、自分が耐えられそうに無かったからね……
「く、クロエ様……【降臨の間】に、おいでに……なったのですか?」
「ええ、先程まで、居りましたわ」
「そ、その……」
「今年の言い訳は何でしょうか?」
「えっ……い、いや……み、ミハエル殿下が……」
またかよ……その言い訳。 またミハエル殿下絡みなのかよ……
「わたくしは、何度も、何度も、お約束を、反故にされましてよ? おわかり?」
「ご無礼、致しました……」
「まぁ、心にも無い謝罪など、必要ありませんわ」
冷たい視線と、冷めきった表情だと思うのよ。 「氷の令嬢」がホントに生まれた瞬間かもしれない。 鷹の目に睨みつけられた侍従長、この期に及んで、また無茶言いやがった。
「ば、晩餐会の準備が整っております……ど、どうぞ、此方へ」
開いた口、塞がらなかったけど、いいや、この際、言いたい事言ってやれ!
「また、わたくしだけで? エスコートも無しに? 失笑と侮蔑の視線に耐えて? 席は末席の末席? その上、晩餐はおろか、飲み物さえも、頂けないの? ……わたくしを、どこまで侮辱されるのかしら? もはや、わたくしが耐える事では、ありませんわね…… どう致しますの? 侍従長様、わたくしから、お聞きします。 晩餐会に出席するのは、何の為で御座いましょうか?」
侍従長、なんか、真っ赤になりながら、必死に声絞り出して、答えてくれたよ…… 馬鹿みたいな答えをね! けっ!
「……こ、降龍祭の……い、慰労も兼ねまして……」
「おほほほほ! 慰労! 慰労ですか…… わたくしは、侍従長様の、仰っている意味が解りかねます。 其処を通してくださる? 帰ります」
「クロエお嬢様! 何卒!」
パァ~~~~ン
腰から引き抜いた、「鉄扇」が唸ったね。 ちょっと、太ももが、ヒリヒリするくらい、叩いた甲斐があって、いい音鳴ったよ。 侍従長、ヒッ って言って、二三歩後退ったよ。 もうね、笑うしかないよね。 私はね、オーガとも遣り合ったんだよ? 死をも覚悟した、戦場でね! お前くらいが、私の行く道を閉ざせるもんか! 静かに唸る様な声で、問い質す。
「フョードル国王陛下の勅命をもって、参加が強制されておりますの? その「慰労」の為の「晩餐会」とやらは。」
「……」
都合が悪くなると黙るよな、侍従長! どうせ席なんか無いんだろ! ” 侍従長の面子 ” と ” 晩餐会の体裁 ” 、守りたいだけなんだろ! ふざけんな! お前らのメンツなんざ、どうだっていいんだよ。 招待客が居ないって事で、後で、なんか言われんの嫌なだけなんだろ!
「お伝え下さい、侍従長様。 ” クロエの我慢は切れました ” と、皆さまに。 招待状を何度も確認し、変更の連絡もないまま、ご案内の通り、【降龍祭】開催直前まで、ずっと部屋で待ち続けていたと。 その事は、マリー=ハンナ=アズラクセルペンネ青龍大公令嬢様が、ご存知です。 それに、【降龍祭】に、参加した事は、【降臨の間】にいらした方々が、ご存知な筈です。 これは、わたくしの意思です。いいですね」
冷静に、怒りを込めて、そう言ってから、つかつかと、歩き出したんだ。 【謁見の間】を、出ようとしたときに、侍従長が絞り出すように言ったのよ。
「そ、そんな事を言上すれば、それこそ、クロエ様だけ、 ” お立場 ” が、悪くなります……」
彼の言葉に、私の行足が止まったわ。 それでね、顔だけ振り向いて、言ったのよ。
「元より、その覚悟はできております。 存分に」
そう言って、冷たく見据えてあげたの。
口の片側がきゅ~って上がったのね。
構わんよ、勝手にしろよ。
もう完全に、頭に来たからね。
黒龍大公家にさえ、迷惑が掛かんなきゃいいんだよ。
それにね、
覚悟なら、
もう
出来てたからね。
…………とっくの昔に
ブックマーク、感想、評価、誠に有難うございます。
皆様のおかげで、此処まで、書いて来れました。
物語は、これから、転換していきます。
クロエの意思が強くなります。
また、明晩、お会いしましょう!




