クロエ 馬場にて、騎乗訓練を受ける
フランツ殿下の退出で、ボールルームから生徒達の大半が、潮が引くようにいなくなった。 大きなサロンに移動したり、上級生の部屋に行ったり、そうね、一年生は学院に入学する前にすでに取り巻きを作るか、取り巻きになるかしてるから、まぁ、当然よね。
毎年そうなるんだって。 でも、今年はちょっと違う。 入学前に繋がりを作れなかったり、私みたいにボッチだったりした人が、残っている。 繋がり? そうね、あるわよ。 私、その人達の「顔」、見知ってるしね。 だって、ちょくちょく見てるもの、中庭の東屋で。
誰が来てもいいし、特別な承認も、規定もない、単なる暇した人たちが、ふらって集まるそんな空間。 誰が言ったか判らないけど、通称、中庭の「大公家のお茶席」メンバー、ね。 貴族だって、使用人だって、御養育子だって、上下の関係なく、単なる暇つぶしと、一息入れられる、そんな場所に来る人たち。
ロブソン開拓村の井戸端で、お喋りする近所の奥様方と、同じ。 いいよね、楽で。
まだ、お料理も、飲み物もたっぷりあるしね。 あちこちに置かれていた椅子、ボールルームの人にお願いして集めて貰ったら、結構あったのよ。 うん、残っていた人たちが、全部座れるくらいにね。 で、親睦を深めようかって事に成ったの。
上級生も、下級生も、ぐちゃまぜ。身分の違いすら、無視。 まぁ、学院の設立趣旨に則ってる訳よ。 だから、だれも文句は言えないのよ。 どんな高位の貴族だってね。
身分とか、貴族の品位とか、そんな雑音、結果的に、私が潰したから。
そうね、学生会の学生法務官制度、無くなったでしょ? 期せずして、学院内の高位貴族の横暴と暴走を潰したのよね。 あれで、少しは、風通しが良くなったのよ。 学院の設立趣旨に則った裁定だったのよね。 ” 学院の生徒は、広く交友を深め、互いに、尊重する ” ってね。
だ ・ か ・ ら、 誰も文句は言えないの。
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宮廷楽団の人も一緒よ。 ビジュリーのお兄さんも来たよ。 隣でニコニコ紅茶を飲んでいた。 この舞踏会の音楽の責任者だったんだって。 でもね、ビジュリー、あれは、無いでしょう!! なんで、あんな超絶難易度の曲、選んだのよ!!
「ビジュリー様、ダンスの曲なんですけれど、あれは……何故ですの? とても、難しいダンスですのよ?」
「あらぁ……そうなのぉ?」
くそ、笑ってやがる! お兄さんも何で、受けたのよ!!
「『ミーコック』の円舞曲。 たしかに難しい曲だね。 妹が是非演奏したいと云ってね。 で、あのリュートを貸してもらった」
「そ、そうなんですの……」
最初から、企んでた訳ね。 でも、私がフランツ殿下と踊るって事は、予定にはなかった筈。 ん? どういう事? ビジュリー なんで笑ってるの?
「最初はぁ、歓迎会が、終わったらぁ……一緒に演奏したいなぁ……って思ってたから……ね?」
「で、でも、ダンスにあの難曲は……」
「でもぉ・・出来たでしょ? 王室舞踏会でのこと、知ってたのぉ。 御兄さまに聞いてたからぁ…… クロエ様ぁ、とってもダンス、お上手なのぉ 知ってたぁ? レオポルト王弟殿下って、お若い時、ダンスの名手だったのよぉ・・ 御父様によく、お話伺ってたのぉ。 その方がねぇ、クロエ様のことぉ、とっても、褒めてたってぇ……だからぁ……ね」
顔が熱い! 恥ずかしい!! 多分、顔、真っ赤になってるよ、これ。 精一杯、背伸びして、デビュタントしてたんだもん。 頑張って、黒龍の御家で、勉強したんだもん。 そんな事言われたら………… なんか、恥ずかしいよ!!
もう、もう、もう!!!
でね、その時、ビジュリーの笑顔に、何やら不穏な影が差したのよ。 ちょっと怖い、なに、この子!
「それにねぇ……エリーゼ様とか、ミハエル殿下には、絶対に踊れる曲じゃぁ無かったしねぇ。 あの人達、上手そうに見せるの、得意だけど……あんまり、上手くないでしょぉ~。 それに、クロエ様の事、あんなに馬鹿にしていたぁ、あの人達のぉ、悔しそうな顔ぉ……見てみたかったのぉ」
く、黒いよ。 ビジュリー。
色々、”腹” 立ってたんだ。 この子も。 おっとりしてるから、そんな感情なんか、持ってないと思ってた。 うわぁぁ…… 怖ぇぇぇ! でも、すぐに『いつもの』、ニッコニコの顔になって、あのリュートを渡されたよ。
「今はぁ、”クロエ様の『ミーコック』の円舞曲” 聞きたいなぁ。 いいでしょぉ?」
あははは! はい、判りました!
私、ちょっと怒ってても、やっぱり、友達の頼みは断れないよ。快くうける。 楽団も、ビジュリーも一緒に演奏しようね。 ほら、嫌な事の後は、楽しくしたいし、そんで、嫌な事を上書きして、 ” 楽しかった ” って、想えればいいじゃん。
んじゃ、やります! 『ミーコック』の円舞曲。
精一杯、務めさせて頂きます!!
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馬…… いいなぁ……
騎乗してみたいなぁ…… ロブソン村に居た頃にさぁ、爺様にさぁ、” 才能はある ” って言って貰っててさぁ ……でも、辺境に騎馬なんて居ないし…… 代わりに、性格の穏やかな、仔馬くらいの大きさの、『魔犬ピグマー』、 ” チェリオ ” の背中に乗ってさぁ…… 暴れ回ってたのよ。 確か四歳くらいの時だったっけ……
馬…… いいなぁ……
行政騎士科の教育課程でね、有るのよ、その乗馬訓練。 そりゃ騎士だものね。 更に近衛目指そうってなら、必ず上手くならなきゃね。
乗馬。
やりたい!
でも、また、救護係なのよ。 白衣着て、白帽被って、馬場の柵外にいて、落馬したり、怪我したりした人たちのお世話…… なんでダメなのさ!
なんで……・
なんで・・
なんで
ティン!
よし、お願いに行こう。 他の女生徒? 関心ないみたい。 普通は馬車移動だし、活動的なお嬢様でも、乗馬まではしない。 女性騎士は別よ。 ラージェも乗ってるしね。 ラージェやっぱり素質が有るのよ。とっても、早くに上達して、教官の騎士さん達にも褒められてるのよ。
なんて、羨ましい!!
無理言って、ほんとに無理言って、馬に乗ろうと画策したのよ。 先ずは救護係の教官に。
「あの、先生。 行政内務科でも、辺境に赴く事も有ります。 また、馬車の手配が整わない事も考えられます。 しかし、お仕事の期限は厳守ですので、移動手段が必要だと、そう思いますの」
「それで?」
「とても、いい機会なので、わたくしも、乗馬訓練を受けてみたくおもいますの」
「行政内務科では……乗馬訓練は、必要な事では、ありませんよ?」
「ええ、存じております。 しかし、本当に必要になった時、訓練を受けている、居ないでは、自ずと結果が異なります。 こうして、他科の基礎授業を受けますのも、その一環と思います。 ダメでしょうか?」
女性には効くかな? 必殺、” ダメでしょうか ” 攻撃! めっちゃ難しそうな顔しとる。 やっぱ、これ、もっと可愛い人でないと、使えない技なんだろうねぇ……くそ! 「氷の令嬢」の顔じゃぁ、破壊力に欠けるんだ……
「判りました。 行政騎士科の先生に一度、お尋ねします。 離れた場所での救護活動も必要ですしね」
「有難うございます!!」
やっほい!
馬に乗れるよ! 初めての乗馬だよ! 誰かに乗せて貰った事有るけど、自分で手綱引けるんだよ! これは、嬉しい。 とっても、嬉しい!! でだ、救護の先生が行政騎士科の先生にお話されてた。 あちらの先生も、ちょっとびっくりされて居た。
でね、私と目が合ったのよ。 にっこりと笑みを返して置いた。 取り敢えず、”ダメでしょうか?” 攻撃は、封印。 なにが面白いのか、あちらの先生が大笑いしてた。
近くに居た、フンベルト=オスカー=クラインハルト子爵に、馬を取ってこさせていた。 鞍付きでな。 おい、フンベルト、今日はいいのか? 金魚のフン。 いつもミハエル殿下にべったりくっ付いてるじゃん。
えっ? なに? あぁ、ミハエル殿下、悪戦苦闘してるんだ……近くに自分より出来る人間が居ると、機嫌が悪くなるんだ……へぇ……ちっせい男だなっ!
でだ、フンベルト、一頭の葦毛の馬引き出して来たよ。 なんか、尻尾に赤いリボン結んでた。 かわいいなぁ、おい。
「クラインハルト子爵! この馬は!」
「現在、使用していない馬は、この馬だけです。 無理ならば、ケガをせぬうちに辞めさせるべきです」
うん、常識的な答え。 やれば出来るじゃん、フンベルト! まぁ、普通はそうだよね。 乗馬した事無い女性が、急に乗りたいって無理言ったら。 危険な事に変わりない。 そうだね。 うん、君は正しい。 ちょっと見直した。
でも、辞めない。
” チェリオ ”に乗る時も、そうだったけど、必ず載せてくれる動物の許可を取るんだっ! なにも知らないけどね。 で、誰が教えてくれるのかな? フンベルト? でも、嫌そうだね。 うん、判るよ。 自分の訓練したいもんね。 そしたら、先生が、ギルバート様を。お呼びになった。
「済まない、この組では、君が一番だ。 シュバルツハント令嬢に乗馬の基礎を教えてやってくれ。 くれぐれも、気を付けてな」
「はっ! 了解しました!」
うん、決まってるね。 軽装騎兵の装備、カッコいいよ、ギルバート様。
「宜しくお願いします」
「こちらこそ……クロエ様、あの乗馬はどこかで?」
「いえ、全く……お恥ずかしいのですが……」
ギルバート様に、初めてだと告白。 うはぁ! 大丈夫か、私。 興奮で、ちょっと頬が赤いような気がする。 でもね、なんでかな、ギルバート様、ギョッとして、私を見てた。 ん? そんなに、ダメなのか? だから、基礎から教えてもらうんだけど……。 なんで?
取り敢えず、馬の前にでる。 ものっそい、上から目線で見られてるよ。 かなり、気位が高いのね。 ” チェリオ ”も、最初、そうだったね。 ほら、基本、背中に乗られるのって、嫌がるのよね、動物って。
爺様も、父様も、言ってた。 馬が、乗せてやろうって、気にならないと、難しいって。 で、優しい馬は、軍馬に向かないって。 気性が荒く、強い馬でないと、戦闘では役に立たないって。
血と脂の匂いの充満する戦場で、怯えずに走れる馬って、体重と同じ重さの金塊と同じ価値が在るって、そう、父様に教えて貰ってた。 目の前にいる馬。 きっと軍馬だね。 だから、お願いした。
自分の矜持をもってね。 そんで、その口上、爺様から教えて貰ってたやつ。 なんでも、騎士なら自前の馬を持つらしく、そん時に、馬と契約を結ぶ為の儀式みたいなもんだって。 だから、私の場合はね……契約って言うと、やっぱり、「古代キリル語」 だよね。
馬の前に立って、見下ろされてるんだ。 で、初めましてだ!
⦅我、魔法騎士エルグリッド=アーサー=シュバルツハントが娘、クロエ=カタリナ=セシル=シュバルツハント。 我を背に乗せ、戦場を駆け抜ける気概があるか! 怖じず、怯えず、その身を戦場に置く覚悟あるや! 我と共に、戦塵にまみれる事を厭わぬか! 我と共にその歩を進めるならば、我はそなたを全力で愛する。 如何に!⦆
差出すのは、大事にしてあげるって気持ち。 受け取るのは、乗っても良いって云う気持ち。 対等な立場で、語り掛け、契約を結ぶのよ。 どう? やってみる? 私は、契約大事にするよ? その馬がね、じぃ~~って私を見るの。 なんか、探る様な、見極める様な、さっきみたいな上から目線で無くてね。
馬のつぶらな瞳が、スッって澄んだ。 そんで、頭を下げた。 私に頬擦りして来る。 なんだ、”チェリオ”と、一緒じゃん。 うん、大事にするよ。 大丈夫。 うんと愛してあげる。 宜しくね。
鐙に足を掛け、よいしょって、鞍に乗る。 白衣のスカートの下履きは、でっかいパンツだから、お尻も痛くない。 鞍の上にちょこんと乗っかった。
うはぁぁぁぁ!! 気持ちイイ!! 目線たっか~い!! こんな風景が見れるんだ。 そんで、手綱を取った。 馬さん、きりっと前を見てるね。
「クロエ様! の、乗れたのですか! 『クリークエクウス』が、その背を許したのですか!」
「えっ、この子、「クリークエクウス」って名前なのですか…… 宜しくね。クリーク!」
ちょっと、愛称で呼んでみた。 嬉しそうに、前足で地面を搔いている。 いいね、とっても、いいね!
そのあと、ギルバート様に乗馬の基本を教えてもらった。 「常歩」 「速歩」 「軽速歩」 「駈歩」 「襲歩」 全部、 ” クリーク ” 任せ。 私は、鞍に乗っかって、行先を示すだけ。 そんで、乗り方は、 ” チェリオ ” よりも、断然簡単!!
馬って、最高!!!! ちゃんと、お世話するよ! 何が好き? ニンジン? お砂糖? うんうん、持ってきてあげるね!
なんか、ギルバート様、固まってた。 いいか、全部教えてもらったって、報告しとこう!! ガッツリと、ギルバート様にお礼を言ってから、厩に曳いて行って、ブラシをかける。 ホントにありがとう!! 自分に出来るお世話を教えてもらいに、係の人の処に行ったら、なんでか、また、驚かれた。
う~~~~ん…… なんでじゃ? 取り敢えず、エクウスのお世話は、係の人に。 そんで、私も授業の合間に来る事になった。
あぁ……ちょっとお尻、痛いかな? うん、乗馬ズボン、手に入れよう! エルに相談してみよう。
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マーガレットからの呼び出しがあった。 そう、例の件。 あのよく分からないクッキーの中身が判ったようね。 そんで、薬草園にお邪魔した。 鬱蒼とした緑の鉢植えの間を歩いて、マーガレットの名前を呼ぶ。
「マーガレット様、クロエ、参上いたしました」
「あぁ、来てくれたんだ。 こっちの部屋に」
「はい」
ほほぅ、 マーガレット、部屋持ちになったのか。 飛び切り優秀な生徒は、研究用に部屋が貰える。 やっぱり、変人だ! 二年生で部屋持ちって、そうそう、居ないよね。
「流石はマーガレット様。 薬学で一目も二目も置かれておりますのね」
「い、いや、たまたまだよ……でね、クロエ……もし、よかったらなんだけどさぁ・・口調・・何とかならない? 此処は、ほぼ、私しかいないし……ね」
うへっ……多段重装型猫鎧 脱げって? ……まぁ……いいけど……
「いつも、そんな、全身ハリネズミみたいにしてたら、大変だよ。 だから……、ココなら……って、思っただけなんだけど……いいだろ?」
うはっ、デレたよ、そんで、”ダメでしょうか” 攻撃だよ。 反則だよ、そんな目で見るのは……こ、これが、女子力か……う・・うん。 負けたよ。
「わかった。 じゃぁ、素で行く。 で、どうなのさ。 何かわかった?」
「やっぱり、そっちの方が、クロエらしくっていいね! ビジュリー達には、内緒にしとくからさぁ! ……あ、それでね、あのクッキーなんだけど……」
色々と、ホントに細かく調べてくれたのよ。 中身に何が使われてるかって、所まで。 出所を聞いて、ヤバいかもって思ったらしいのよ。でね、普通なら見逃して居たけど、ちょっと、珍しいモノが使われていたことが判ったの。
東の国ミルブール王国で使われている植物
そう、使われているって所。
「『ガーダモン』ってハーブなんだけど、ちょっと苦みがあってね、普通使わないだろ? それに、ハーブっていっても、料理とかお菓子に使うもんじゃない」
「何に使うのよ。 薬?」
「まぁね。 でも、回復薬とか、解毒薬とか、魔力増強とかそんなんじゃないよ」
「なんか、意味深ね。 なによ」
「主に、貴族の爺様が使う。 子供が居ない家とか、 若い奥さん貰った人とか」
「へっ?」
「そのハーブの効果……あんまり大声で云えないものなんだ」
「そっち関連? まさか!」
嫌な事、考えちゃった。 そんで、探る様にマーガレットを見てみる。 そしたらさぁ、 軽く腕を組んで、マーガレットが、低い声で言ったのよ。
「うん、多分クロエの想像、当たってる。 主たる目的は、精力増強と、催淫作用。 ようは、夜のお供。 アルコールと一緒に摂取すると、効くらしい。 あっちの文献にあった。 注意事項も一杯あったよ。 あっ、で、でも、クッキーの中の、こんだけの量だったら、そんなに効かないよ! 蓄積型だから、常用の必要もあるしね。」
へっ?
精力増強と、催淫作用?
な、なに、考えてんだ?
ブックマーク、感想、有難うございます。
馬に乗れる事は、とても、素晴らしい事です。 この龍の世界の、ハンダイ龍王国の貴族の女性で、騎士職、および、騎士志望 以外は、基本的に騎乗しての移動はしないのです。 貴族の女性は、みんな優雅に、馬車移動ですね♪
どうぞ、よろしくお願い申し上げます!




