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留守番したら異世界でした。  作者: 上城樹
第二章 リガルの砦と私
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47.人間ジェットコースター。

 びゅんびゅんと流れていく景色を茫然と眺める。

 一定の間隔で腹部を圧迫する逞しい筋肉質な腕が少々憎い。


 現在フォルスに後ろ向きに小脇に抱えられ、空を飛んでます。

 あ、違う。正確には屋根から屋根へ飛び移っているだった。


 いやー、ご飯食べた直後じゃなくてよかった。空中でリバースしたら大惨事だもんね。

 想像しただけでも恐ろしい。


 屋根を蹴り上げた時に腹部にかかる絶妙な圧迫感、下に降りる時の胃がひっくり返るような浮遊感。

 落下即死状態で、命綱が人間の腕一本というスリルがたまらない。


 名付けて、フォルスのドキドキ人間ジェットコースター。


 普通十メートル離れた屋根に飛び移るとか無理だから。

 それを人一人抱えて軽々とやっちゃうところがもう、ね。

 さすが異世界人。身体能力値がメーターぶっちぎっちゃってる。

 一生に一度フォルスのドキドキ人間ジェットコースター経験しておくと大抵の絶叫マシンを平然と乗りこなせるようになれそうだ。

 本人が了承してくれれば無料で体験できるよ。

 とってもお得。

 ただし、生命の安全は一切保障されない。


「うーん」


 上下にガクガクと揺られ舌を噛まないよう気を付けて唸る。


 本来なら今頃布団の中でぬくぬくしながら寝ているはずだったのに。

 我ながら最近、波乱万丈な人生を送っているなぁ。

 どちらかというとダラダラと平和にゲームして過ごしたいんだけど。

 世の中上手くいかないことだらけだ。


 上空に光り輝く星々を眺め、無意識に口からこぼれそうになるため息を飲み込んだ。





 ――――時を遡ること数時間前。


 いつまでたっても、私が一緒に寝る人を選ぶことができず一人で寝ると駄々を捏ね、最終的にもう、いっそ四人全員同じ部屋で寝ようと話が纏まりかけたその時「隊長っ」と悲痛な叫びを上げながらアルベルトの部屋に傷だらけのゴンザレスが飛び込んできた。


 顔面蒼白。額に大粒の汗を浮かべ、全身筋肉で覆われた体は傷と打撲痕だらけ、特にひどかったのが肩から胸にかけてはしる刃物で切り付けられてできた傷だった。

 肉の部分までサックリいっちゃっている傷口からあふれる血は止まることなく流れ、床の血だまりを大きくしていた。


 リアルスプラッタである。

 平和ボケした私には刺激が強すぎる光景だ。

 腰が抜けて立てないが、絶叫して気絶しなかった自分を褒めてたいと思う。


 感情が高ぶり混乱しているのだろう。ゴンザレスはロウゼルさんに椅子に座らされ怪我の手当をうけいている間も「曲者が」「リーリエが」という言葉を繰り返し呟いていた。


 笑顔が素敵な金髪美女の姿が脳裏に浮かぶ。

 どうやら、リーリエさんに何かあったらしい。 


「落ち着いて、何があったのか話せますね」

「…………あぁ」


 ハーブティーを手渡し、背をゆっくりと撫でなだめながら何があったかをロウゼルさんが訊ねると、グッとハーブティーを飲みほしたゴンザレスが口を開く。


 曰く。

 家に帰ったら窓ガラスが割れており中から悲鳴が聞こえた。

 急いで中に入り、リーリエさんの姿を探したが、彼女の姿は見当たらず代わりに武装した黒マント三人組に襲われた。

 〝迷い人〟のことがあったので他国曲者であろうと、あたりをつけ剣を抜き応戦するも、三対一。戦力差からして不利さらには力で押し切るタイプのゴンザレスに対し曲者はスピードタイプ相性最悪であった。

 勝負はすぐについた、ゴンザレスの敗北という結果で。

 曲者たちは、深手を負い床に崩れ落ちたゴンザレスの顔、肩、胸、腕、腹、足、あらゆるところを蹴る殴る切り付けるという暴行をし、死なない程度に痛めつけた。

 暫くした後、これで最後だと俯せで倒れていたゴンザレスを足で蹴り上げ仰向けにし、曲者の一人がこう言ったそうだ「愛しい妻を助けたければ〝迷い人〟を〝魔の森〟の入り口にある大岩まで連れてこい」と。


 人一人連れてこいと言いながら死なない程度の暴行を加えるとは、まさに鬼畜の所業。


 自分では手におえないと判断したゴンザレスは、国のため妻のため現状をアルベルトに報告しなければとボロボロな体に鞭打って砦に駆け込み今に至ると。


 話を聞き終えるころには私の顔は血の気が引き真っ青になっていた。


 ――リーリエさんが攫われた原因が、〝迷い人〟(わたし )。〝迷い人〟と仲良くしていたから狙われたんだ。


「っ」


 その考えが頭に浮かんだ瞬間、酷い吐き気を催し口元を右手で覆う。


「サキ、サキ、自分を責めないで。大丈夫、貴方は何も悪くありません。ほら、ゆっくりと息をして」

「はっ」


 ガタガタ震える私の肩を抱き、ゆっくりした穏やかに囁く。

 アルベルトに言われ、自分が呼吸を止めていたことに気づく。


「そう、上手です。いい子ですね」


 意識して大きく息を吸いこみ、ゆっくりと吐き出すと、よくできましたと言うように頭を撫でられた。


「ゴンザレス」


 アルベルトの呼びかけに俯いていた顔を上げるゴンザレス。

 その瞳は獰猛な光を宿し、今すぐにでも外へ飛び出しリーリエさんを助けたいと全身で訴えている。


「夫婦の証は?」

「…………」


 ゴンザレスが無言でグルグル巻かれた胸元の包帯を少しずらしすと、そこには蔦が絡み合うような複雑な円形文様が刻まれていた。


 この世界では結婚すると夫婦の証が体のどこかに現れ、お互いを思いあう気持ちが無くなったり、性格が合わずどちらか一方でも精神的に苦痛を感じることが一ヶ月継続すると、夫婦の証は消え離婚が成立する。

 故に、この世界には協議離婚、調停離婚、裁判離婚は存在しない。夫婦の証が消えた時点で赤の他人となるそうだ。

 とっても理想的な別れ方である。

 また、夫婦のどちらかが怪我をしたり命の危機に直面すると、証が半分消えたり黒いバツ印が刻まれるという。便利な機能付きだ。

 幸いなことにゴンザレスの証は綺麗な円形模様のままだった。


「証に変わりはありませんね。奥方は無事です。ロウゼル殿、腕の立つものを少人数お願いできますか」

「五人でよろしいですか」

「助かります」


 準備をしてまいります。そう言ってロウゼルさんは足早に部屋から出て行った。


「俺もっ」

「駄目だ。お前はここに残れ足手まといだ」

「しかしっ」

「我々を信じておくれ、奥方は必ず助ける」


 アルベルトの言葉に顔を歪め悔しそうな表情で頷くゴンザレスの姿に胸が痛くなる。


 私が結界から外に出ることなく、ずっと家に引きこもってればこんなことにはならなかったのだろうか。


 菓子パンを手土産に部屋へ遊びに来てくれたリーリエさん。

 プチホームシックになっていた時、その豊満な胸に抱きしめ慰めてくれたリーリエさん。

 優しいリーリエさんに何かあったらどうしよう。

 どう、責任をとれば……切腹? いや、死ぬのは怖い別の方法を――――。


「変なこと考えてそうですね。いいですかサキ〝迷い人〟を利用し酷いことをしているのはこの世界の人間です。貴方はこの世界の国々の都合に巻き込まれただけ――大丈夫、リーリエ殿は助けます」


 茫然としていた私の頬を左右にひっぱりもちのように伸ばしながら、アルベルトは断言した。

 その自身がどこからきているのかは不明だが、なぜだか大丈夫だと思わせる説得力がある。

 無言で数回頷いてみせると、アルベルトはふんわりと微笑み―――――


「さて、ゴンザレス、奥方を助けたら我々全員に何か奢ってくださいね」


 ゴンザレスの肩を軽く叩きながら冗談めかして、そう言った。


 アルベルトさんや、それ戦地に行く前に主人公の親友ポジション辺りの人物が言うセリフ。

 そして、物語の中盤でドラマチックに活躍してお亡くなりになるフラグ。


 かくして、お姫様リーリエ救出作戦会議が開催されたのである。

 

お読みくださりありがとうございます。

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