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第20話  逆襲のレンマ/退治猛攻

 星空を飛ぶ。


 これだ。これが飛ぶということだ。


【で? 助けにいくわけ?】

(助ける必要があるとも思えないが)

【ま、ねぇ……月照院いるしねぇ……で?】

(途中で寄っていく。行き違いになっても手間だろう)

【あら、素敵な言い訳】


 赤いのの機嫌がいい。たなびき方も長く大きく音まで派手だ。それはいいのだが。


(……耳元で歌うのはやめてくれないか?)

【は? 何でよ! 美声じゃないのよ! サビ入ったとこで邪魔すんじゃないわよ!】


 バタバタとはためく音で拍子をとり、頭の悪そうな歌を歌っている。黙っていた反動か。


【さあ、全部ぶっ飛ばすのよ! アンタの正義はアタシが認めたもの……キモい芋虫やおしゃべりドワーフなんて鎧袖一触よ! ケチョンケチョンよ! アハ! アハハハ! アーッハッハッハッハッハ!!】


 森を越えた。月光の丘はくっきりと明暗を分けていてしとやかだ。風が吹いて水面のようでもある。そこかしこに生き物の気配がする。


 魔物もいる。


 その身に邪悪を宿した異常生物……通常の動物との決定的な違いは血や体液の色だ。魔物のそれは黒く淀む。性質が残虐となる。そして暴食と多産とで環境へ強く影響していく。


【随分と魔獣がいるわね……ばらけちゃってそのままってことかしら】

(どうでもいいんだろう)

【そうね。本命は魔鳥の方よ。ま、モーちゃんがいるんだし、そう上手くはいかないだろうけど……どうすんの? この辺りのやつ、倒してく?】

(どうでもいいさ。俺にも)

【そ。別にいいんじゃない?】


 世界は魔物を許容している。夜闇を与え、月光で照らしている。それが証拠に、魔物が軍勢を成して人間を攻めたところで救世主たる『勇者』を世につかわさなかった。


 代わりに登場したのがあの魔導師なのだから、世界とは本当に度量が大きく、善も悪もない。


 アイツの影響力はきっと魔王に勝るとも劣らないものだったろう。それを世界は受け容れた。だから俺がいる。俺の存在が世界の包容力と変容性を証明している。


 結局、全ての戦いは私闘でしかないのだと俺は思う。


 俺は俺のために飛び、戦う。魔導師を追い、討つ。俺が俺であるために。


【見えてきたわよ。まだ戦ってるみたい……っていうか、何か大きくなってない? あんなだったっけ?】

(倍以上だな……あれなら小屋でも呑みそうだ)


 どす黒い芋虫……サイコドワーフは外禍蟲がまむしと呼んでいたか……それは手のつけられない暴れ方をしている。


 四方八方に振り回される触手の先端には吸盤とも口腔ともつかないものができていて、土でも草でも茨でも抉り取って胴体へと運ぶ。切れ目のようにして開いた口腔へと押し込んでいる。


【……茨ね】

(ああ、茨だな)


 理屈は不明だが芋虫にとって最も好ましい“餌”は茨のようだ。根こそぎ喰らい、その度に徐々に体を肥大化させていく。


【頑張ってはいるけど……あれ、勝てないわね】


 芋虫を取り巻き戦っているのは、リゼルら五人を含む紫紺の長外套の八人だ。


 苦戦している。


 触手の数と動きが圧倒的だ。しかも切られたとてそれらはすぐに再生する。胴体も同じだ。さしもの月照院も味方へ触手が及ばぬよう立ち回ることで手一杯といった様子だ。


【ウニョウニョ、ワサワサ……キモいったらないわねぇ】

(似たような動きをするのにか?)

【…………アンタ……それ……もう一回でも、同じこと、言ったら……首切断するから。警告なし。マジ。マジだから。謝れ今すぐ。ほら。心底。絞めんぞ? あ??】

(俺が悪かった。ごめんなさい)


 うねる赤マフラーに謝罪して、速度を上げる。一気に芋虫の直上まで。誰かが俺の名を叫んだ。


 さあ、急降下だ。


 幾本も触手が伸びてきた。遅い。鈍い。あの黒いのの迎撃ならば赤いのの力が必要だったろうが、これは避けるまでもない。


 ≪飛行≫を切る。新たな魔法を編む。


「荒ぶる風よ、嵐よ、斬り乱れるべし」


 空気を唸らせ、叫ばせる。風の刃を無数に生じさせる。


 ≪風爪≫の上位魔法≪嵐襲≫だ。


 有効範囲内を区別なく切り裂くそれを精密に制御する。芋虫の体表へ集中させる。全ての触手を根元近くで断ち切る。


「参れ、雷」


 赤き大剣……身の丈の三倍以上の刀身と化したそれに雷気をまとわせて、勢いのままに。


【大! 切! 断! アタシィィィ!!】


 いや、それほどの威力はない。


 それでも芋虫の体表を大きく裂いた。内部へと雷気が通った。すぐにも≪念動≫で落下の方向を変える。地を削るようにして滑り込んだ先には……リゼルたちがいた。


「レンマさん!」

「レンマ!」

「おま、今、俺の技をっ」

「≪嵐襲≫だと……!?」

「ハッハッハ、威勢がよいな」


 返事はせずに地へ触れる。


「岩よ、立て」


 足元に≪石壁≫を発動する。芋虫を見下ろす位置へ、赤マフラーをたなびかせて。


【あ、なるほど。考えたじゃない】

(考えずに動いたことなどない)

【……そうかしらねぇ?】


 今、俺の前では芋虫が痙攣していて、俺の後ろではリゼルたちが口々に何事か言い募っている。頭上には夜空が、眼下には戦場が広がっている。踏み締めているのは魔法の足場だ。


 俺らしい場所だ。ここは。


「猛る炎よ、火焔よ、轟き昇るべし」


 “棒”を突きつけ発動させたのは、≪炎壁≫の上位魔法≪轟焔≫だ。


 爆発音すら伴って巨大な火柱がそそり立った。芋虫を呑み込んでなお余裕のある直径で、その熱量はこの距離でも≪遮熱≫を使わなければ火傷を免れないほどだ。リゼルたちについては≪石壁≫がその役割を果たしているだろう。


【なんとまぁ、とんでもない大火力だこと。アンタの父親でもここまでの火は出せないわね】

(……そうなのか?)

【アッチは冷やす方が得意だしね】

(ほぅ)


 思わぬ情報だ。俺は魔導師の力を把握しきれていない。


【アンタが契約した精霊、火でなく闇なんだから不思議よねぇ】

(俺は闇属性の方が得意だ)

【あら、そうだったの?】

(ただ……あまり使いたくない。心を引っ張られる)


 火の色に染まりながら戦果を確認する。芋虫はもはや原型を留めていない。火が効くことは知っていた。≪闇牢≫の中で見たどす黒い津波の幻で。


「レンマ・トキオン」


 呼ばれて目をやれば、鮮やかな緑色の瞳を半眼にして、端麗な顔立ちの女が俺を見上げていた。『棘夢』だ。その波打つ髪が乱れている様は、どこか恨めしげにも見える。


「私は千年騎士団の百騎長、フィリ・ピサロ。君の救出任務を引き受けて来たのだけれど……」


 ハァと吐息して、『棘夢』は言う。


「聞いていたよりも強いわ。君、森で遊んで……ううん、ゆっくり休んでいたね? たっぷり寝た人間の顔をしているもの。満足げな」


 確信した声だ。


 少し考え、小さく頷きを返した。


 今もって全力では戦っていないし、森では闇の中で半ば眠りながら映像を見聞きしていた。確かに。


 地上へ降りると壁を背に半包囲された。


「そう。いい度胸。これを置き捨てたことも」


 『棘夢』が指し示したのは、騎士団員が手に持つ守護外套ガーディアンだ。あの洞窟に脱ぎ捨てたものか。トゥエルヴが拾って≪帰還≫したのだろう。


「着て。それで、一緒に来て」

「断る」

「……それは入団拒否?」

「その魔道具は、窮屈だ。暇な時なら、いい。今は駄目だ。まだ戦闘が続いている」

「……君、お面の魔法使いを追うつもり?」

「そうだが、多分少し違う……俺は鬼面と戦ったが、それは二度だ。二人いたからだ。緑鬼と青鬼だ。どちらも人間ではないと思う。どちらも魔力が強く、魔法に巧みだ」


 説明するのは苦手だ。国際都市が混乱しては不都合なのだが。


「緑鬼は魔獣を使う。青鬼は魔鳥を使う。狙いは国際都市の、リンドリム宮殿の、そこの奥の鎮守大結晶セイヴクリスタルだと思う。なぜそう思うかというと、俺は…………闇よ、幻を育め」

【アンタさぁ……いや、頑張ったとは思うのよ? アンタなりの努力はわかるの。でもねぇ……】


 岩の壁に≪幻影≫を出現させる。


 まずは青鬼面の全身像と、黒い人工精霊に乗って≪電撃≫を放つ戦闘風景を映した。次いで緑鬼面の全身像と、俺の≪飛礫≫を回避した戦闘風景を写す。そして魔獣や魔鳥が結集していく様を見せた。これで少なくとも青鬼面および魔鳥の軍勢が存在することを示せたと思うが……どうだ?


 沈黙か。


 しかし、何だ。この沈黙は。


 誰もが目や口を丸くして立ちつくしている。いや、真っ青な顔をして座り込んだ者や頬を紅潮させて震えている者もいる。前者がライアスで後者がメルクリンだ。


【……さっきのアンタの言葉、こういうことだったのね】

(何がだ?)

【闇属性が得意ってやつよ。今のやつね、正直、やりすぎ。あのサイコドワーフの≪幻影≫も凄かったけど、アンタのは何かもう別次元の出来栄えよ。驚くなってほうが無理な話よ】

(これは驚かれているのか……)

【普通の≪幻影≫をカミシバイに例えるならね、サイコドワーフのやつはアナログテレビホウソウ。アンタのはデジタルなフルハイビジョンよ。大迫力すぎて音まで聞こえた気がするもの。エイガカンを超えてテーマパークよ。≪潜伏歩フォルスネイク≫はそうでもないのに……】


 赤いのがまた意味のわからない用語をブツブツと呟いている。


(他の属性と合成すればまだしも加減が利く。それだけの……!?)


 油断していた。俺はその攻撃を避けられなかった。強力な一撃だ。肺の空気が一気に抜けて息が詰まった。しかも両腕の自由を奪われている。こう密着されては魔法での対処も難しい。


「レンマ好き。もう離さない。この才能は……僕んだ!! バングランプ家がもーらった!!」


 メルクリンだ。正面から俺を抱き締めている。目にもとまらぬ速さだった。


「ちょ、ちょっと! メルクリン! 何してるんです!? 離れてください!!」

「やだ。もう僕んだ。そうでないにしても、第一交渉権はバングランプ家がその権利を主張する」

「意味がわかりません! とにかくその手を……その手を……!!」


 リゼルがメルクリンに組みついて力比べが始まった。その隙をついても束縛から逃れられない。明らかに≪身体強化アデプト≫された腕力だ。


「俺……もっと魔法を勉強する。俺が考えてたより、魔法ってやつぁ、深くて凄ぇ」

「同感だ。ロビアットもまた魔法の可能性を硬く狭く捉えていた。学ばなければならない」


 ライアスとロビアットが神妙な顔をして頷き合っている。


天晴あっぱれ! まこと、レンマは魔法の驚き箱よな。見ていて飽きぬ!」


 月照院は高笑いなどしている。身なりに乱れがないのはこの剣豪だけだ。単独であればあの芋虫を倒していたのではないだろうか。あちらこちらに落ちている触手の輪切りを見る限り、あながち間違った推測ではあるまい。


「……≪帰還≫する」


 疲れたような声を発したのは『棘夢』だ。


「夜に空から攻められて無事で済む城塞などない。リンドリム宮も同じ。すぐに迎撃しないと……」


 俺へと視線を寄越した。何だ?


【アンタの意向を知りたいのよ。気を遣われてるってこと。芋虫の炎上はアレがガソリン的な中身だったりするかもだけど、今の≪幻影≫は……何かもう、情け容赦なくアンタの実力示してるからね】


 そういうことなら、俺は次へ向かおう。


「俺は≪飛行≫で追う」


 気がつけばリゼルもメルクリンも俺から離れていた。全員が俺を見ている。もう少し言葉を添えておくべきか。


「怪物も、鬼も、魔鳥も……敵だ。敵と認識した。俺にとって、敵とは、追うものだ。決して逃がさない。必ず追い詰める。そして討つ。そういう風に生きてきた。これからもそうだ。何も変わらない。俺は、投げ槍のようなものだそうだ。それでいい。国際都市に、平穏を。俺は、そのために戦う。戦う力がある」


 よし、理解された気配だ。赤いのも文句を言ったり首を絞めたりしてこない。


「我は風なり」


 再び夜空へ。


 星の煌めく自由な空間へ。


【……いい。いいわ! 熱いことも言えるんじゃない! アンタ! 平和な町へと押し寄せる敵へと単身突撃していくは戦う力なき者の守護者……凄くいい! 燃えてきたわ!!】

(今度こそ魔導師の情報を手に入れる。緑でも青でもいいから捕まえるぞ)

【ええ! わかったわ……って、え? あれ? 捕まえるの? え? それが目的?】

(多分、今の俺にはそれがしやすい……どうした? 当たり前だろう?)

【う、うん……なーんか誤解燃えしたような……うーん……?】


 はためくことも忘れて赤マフラーが身をひねっている。何をやっているのだか。


 全ては魔導師を討つため。


 そこに迷いがないからこそ、俺は、速く飛べる。誰よりも。誰よりも。

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