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第17話  闇に沈んで/鬼謀議

「どうして? これで……いいの?」


 俺が生まれて初めて発した言葉だそうだ。


 この世界は、どこかが、おかしい。


「魔物はとてもとても恐ろしい存在です。訓練を積んだ戦士たちが連携して挑むことによってのみ打倒できる存在なのです。いいですか、皆さん。決して魔物のいそうな暗がりへ行ってはいけませんよ?」


 大人たちは真面目な顔でそう語るが。


「この辺りはモンスターが初心者向けだよね。山のフィールドへ行くと難易度上がるけど、それでも欠伸が出るレベル。こう言っちゃなんだけど、赤鳳国の軍隊が装備ばっかよくて練度も戦術もなってないのって環境のせいだよね。あ、おかげというべきか。だから物産が豊かでとっても暮らしやすい! いい国だ!」


 アイツは笑う。


 ちょっと魚買ってくると言って山二つ向こうの漁村と家とを湯の冷める間もなく往復し、その道中、魔物の群れを「ついでに」と退治して。


「魔法とは大自然の諸力を操る神秘の術であり、人類の英知の結晶である。その強大な力は文明を支え進歩させるものである。それゆえにこそ、清廉潔白の精神をもって学ばねばならぬ。力に溺れぬ強固な意志をもって向き合わねばならぬ」


 高名な魔法士は厳格にそう教えるが。


「また新しい魔法を思いついたよ! いつものお風呂魔法、あれはあれで二ホン人としても充分に満足いくレベルなんだけど、ほら、やっぱり日替わりで入浴剤とか試したいからね! お徳用セットの中から何が出るかなってオミクジ的にやりたいからね! ランダムで成分や香りが変わるように改良したんだ!」


 アイツは笑う。


 家は他所では当然のあらゆる不便が魔法で取り除かれていた。夏は涼しく、冬は暖かかった。水瓶には清水が湧き、害虫は寄り付かず、厠は排泄物を跡形もなく消し、火もなしに夜も明るかった。


「貴方のお父さんはね、この世界を救った英雄なのよ? いつも無邪気にニコニコしているからそうは信じられないでしょうけど、他の誰にもない特別な力を持っていて、どんな困難でも乗り越えていく人なの。でも哀しい人でもあるのよ? 故郷から遠く遠く離されてしまって、帰ることができないのだから」


 母さんは慈しみに満ちた顔でそう言うが。


「やあやあ息子よ! 朝の身支度の魔法はどうだい? 目は覚めるし綺麗にはなるし、しかも魔法の訓練にもなるというまさかの一石三鳥さ。君、お風呂も空調も嫌いだからね。せめてそれくらいはね! ところでガッカリな話とヤッタネな話があるんだ。君の鳥ね、いなくなっちゃったよ。でも父さん、次は兎を……」


 アイツは笑う。いつだって。


 辛うじて生き延びる俺の必死を笑い、飼う動物へ思いを込めた名前をつけられない俺の悲痛を笑い、父親の命を狙う俺の憎悪を笑う。一度だって真面目な顔をしたことがない。手紙の文面からですらヘラヘラと笑う様を伝えてくる。


 嗤われているのは俺の弱さであり、文化の後進性であり……ひいては世界そのものだ。


 どうしてだ?


 どうして世界はアイツが傲岸不遜に在ることを許している?


「父さん、実は異世界人なんだ。チキュウって星……ま、世界といっていいかな……そこの二ホンって国のダイガクセイだったんだ。こっち風にいうと何だろ? ああ、あれ、リンドリム宮殿の魔法研修生みたいな感じかなぁ。ま、向こうには魔法とかなかったけど。科学っていう超魔法はあったけどね! あはは!」


 どうしてそんな軽はずみな態度で世界の頂点にいる、キョウヤ・トキオン。


 一体、何様のつもりなんだ?


 アンタにとっての“当たり前”がこの世界では凄まじいものであったとしても、それはアンタがアンタの努力で造り上げた“当たり前”ではないだろう?


 アンタが凄いのではなく、アンタのいた世界が凄いだけだろう?


 それがそんなにも楽しいのか?


「ゲーム的にいうと、父さん、最大エムピーやばいからね。例えるなら水筒とプール? ネリマとシコク? オーストラリア? とにかく桁が違うんだ。チートだね! 異世界召喚の影響なのかなぁ? しかも天才さ。ゲームにあってここにはない色々を造って、より冒険を楽しめる風にもしたんだよ!」


 無邪気? これが?


 俺はそうは思わない。


 無思慮で、無分別で、無慈悲で無造作な無理無恥無法。


 不自然で、不適切で、不条理で不合理な不義不当不正。 


 どうかしている。


 かくも奇怪な男が、世界最強の魔法使いにして世界最高の英雄などと謳われているのだから……堪らない。こんな現実を真っ当に生きる意味なんて、あるのか?


 理不尽だ。


 ただただ、理不尽だ。


「……お前も、お前なりに苦しんできたのだな」


 他の人生を知らない。


「我らも同じだ。この世界の理不尽に潰されそうになりながらも、魔導師憎しの思いを支えとして歯を食いしばり生きてきた。この世界を良しとする者どもを相手取り、戦ってきた……過ちを罰し誤りを正さんがために」


 俺も戦ってきた。それが生きるということだ。


「お前は……独りだったのか。それでそんなにも頑なになってしまったのか」


 俺は迷うことなく生きているだけだ。


「我らと共に戦う気はないのか。あの強大な敵を打ち倒すために協力する気は」


 ない。これは俺の逆襲だ。俺による、俺のための逆襲だ。それ以上のものである必要はない。


 協力も、妨害も、等しく邪魔だ。


「それがお前か……レンマ・トキオン……哀れなほどに愚かしいな。その身に宿す強大な魔力とはつり合いのとれん幼稚さだ。まさに歪みといってもいい。魔導師の罪をまた一つつぶさに確認する思いだ」


 ブルウといったか。素顔を晒さずに戦うダークエルフの名は。俺はそれを臆病と責めたりはしない。他人だからだ。その生も死も、どうでもいいからだ。


 同様にして……俺は、俺のものだ。


 他人が、俺が俺であることをとやかく言うな。


「……そうか。いいだろう。我もお前に復讐の大義を語って聞かせたが、怨恨によって動いている点は何も変わらん。現実にはこだわりどころの違いでしかないのかもしれんな。お前は結果よりも手段を……動機に根差す経過を重視している。我らはその逆だ。手段を選ばず最大最高の結果を得るべく動いている」


 結果……これが? 


 こんな闇の中で終わることが?


「殺しはせん。しかし自由も与えん。お前はそこで我らの戦いを見ているがいい。我らは同じ闇を抱えているがゆえに感覚の共鳴が起こりやすい。精々、魔力を研ぎ澄ますことだ」


 同じ闇……呪われた力……忌々しくも強大な、異世界の力?


「そうだ。お前が魔導師の血を継ぎ生まれたように、我らもまた魔導師の血をこの身に巡らせている。お前はこの世界が蹂躙され辱められたことの証左だが、我らはこの世界が狂気と罪悪に満ち満ちていることの証左だ。どちらも等しく呪わしい……」


 頭蓋をひっかくような耳鳴りがする。


 その音の向こう側に見えてきたものは……何だ?


 夕焼けの雷雲。焼き払われた森林。屑鉄まじりの砂漠。灰色の守護外套。どす黒い津波。数百の≪火弾≫。硬く鋭い暴風。連鎖する≪帰還≫の光。延々と繰り返される人間と怪物の攻防。


「魔王を倒す勇者の英雄譚……いいいね。ううう美しいね。たのたのたたた楽しいね」


 怪物……いや、人間か。暗くてよく見えない……老人?


「人類は未だ滅ぶ運命にあらず、の証明だねねぇ。勇者ゆゆ勇者。国でも店でも家でも恋でも、あるあるもんもんねぇ! 思いもよらないカッコいい都合のいい美味しい望ましい展開! でもでも、でもでーも!」


 枯れ枝のような、その手に持っているものは魔晶石か? 初めて見る色だ。鮮やかな赤色だ。何かが滴り落ちていく。赤い色の液体が。


「異世界から勇者を召喚するというのは……さて、どうなのだろうね?」


 同じ人間の声だが口調も響きも異なる。顔を見ようにも首が動かない。手足も固定されている。


 俺は、今、どういう状態にある?


「しかし強いことは強い。馬鹿馬鹿しいほどに強い。異世界人とは生物種の違いよりも隔絶した存在なのかもしれない。魔物よりも遠い存在なのかもしれない。利用価値は計り知れない。だから誰もが彼を尊ぶ。世界は彼の色に染まっていく……」


 魔晶石が明滅を繰り返している。まるで鼓動のようだ。


「ただ在るだけで世界を変えるものとは、何だ? これは汚染? あるいは祝福? あるいは投薬? あるいは毒殺? あるいは? あるいは?」


 いや、まるきり鼓動だ。血の滴る心臓にしか見えない。


「ああ、これか。中々のものだろう? 魔導師の血を≪解析≫して造り出した魔道具だ。これを入れると彼と同質の魔力を使えるようになる……理論上では。今のところ、皆、黒く溶けて消えた……現実には」


 サクリと、ごく自然な流れで胸がかれた。


 痛みはない。しかし口は何事かを叫んでいる。ずっと叫んでいたようだ。


 この身体は俺のものではない? 誰か別な人間の中から俺は出来事を目撃している?


「どんなにか屈強な戦士であろうと、聡明な魔法使いであろうとも、人間では駄目だった。器として弱すぎた。エルフでもドワーフでも上手くいかない。偏っていては受け皿たりえない。そこで君の出番というわけだ。もとより異端であれば、異界の魔力にもよく馴染むかもしれない」


 身体が何かを叫び、笑い声がそれに答えた。


異界者よそものとは上手いことを言う。一応は人造異界人フィクションという名称を考えておいたのだが……ウフウフウフ……いいいいねぃいいいいいね! ウハハハハハ!!」


 爆笑とともに刃物が振るわれる。赤いものが飛び散る。声なき声が叫ばれ続ける。


 そして全てが遠ざかっていく。


 真っ黒だ。


 俺は暗闇に沈みきっている。


 天地はおろか自分の輪郭もわからない。眠くなる。


「ここらに魂鬼ウトゥックが出るという話……虚報じゃったかのう?」


 この声は……緑鬼面だ。恐らくはサイコドワーフ。


「儂らをおびき出して、これを討つ……討手の規模には首を傾げるよりないわけじゃが、その少数の中にあの男と月照院が入っとったからには否定もできんわい。実に呆気なく≪帰還≫してしもうたが」

「……判断の難しいところだ」


 青鬼面の声も聞こえる。ブルウと呼ばれたダークエルフ。


「“戦線”上がりがいたこともその可能性を高めてはいる。しかしこれも容易く退いた。解せん……あの男との確執は確認したが……それにしたところで、やはりあの隊の編成はいびつにすぎたように思う。半数が足手まといとは」

「ま、千年騎士団も所詮はこちら側の軍じゃからのう。色々と差っ引いて考えんといかんのじゃろう。のんびりとしとるよ。どこもかしこも誰も彼も」


 いつの会話だ、これは。


「いずれにせよ、陽動作戦は上手く効果を発揮している。千年騎士団の兵力は領内各地へ分散したままだ。主力部隊も黒竜国への警戒で北部砦に駐屯したきりでいる。国際調和という言葉は何とも滑稽な意味を持つのだな。各国の主力軍も自国の鎮守大結晶セイヴクリスタル防衛を第一にしてしか軍を動かすまい」

「ほっほ。かくて国際都市は薄絹で佇む、じゃな」


 これは過去か? 今か? それとも未来か?


「されど腐っても千年騎士団じゃのう。『雷帝』はリンドリム宮からいずこへも動かんかった。英雄小隊の頭脳と評されただけのことはあるわい」

「モーデンキア・ムーンランスか……奴との対決のためにも魂鬼ウトゥックは得ておきたかったが」

「なあに、精霊使いを討つために、必ずしも精霊魔法が必要というわけではない。お前さんの魔力は充分に『雷帝』を翻弄できようし、ほれ、精霊の加護ならばクロがおるじゃろが」


 クロ。あの黒い人工精霊のことか。


「……あの男との戦いでこの子をかなり消耗させてしまった。ここでは満足に回復もできん」

「それほどの相手じゃった。それだけのことじゃて」


 人工精霊は赤いのと黒いのの他にも在るのか?


「レンマ・トキオン……恐るべき男だ。我が目蓋の裏にはあの男の魔法が焼き付いている。視界を埋め尽くすほどの数の大火球……それらは一つ一つが我には防ぎようもない威力を持っていて、しかも飛べど隠れど追ってくる。悪夢の光景だ。あれは我の勝てる相手ではない」

「戦いようじゃよ。とてつもない破壊力を秘めた槍が投じられたとして、その穂先に刃を当てようとはせんじゃろ? そこら辺りの駆け引きは儂の領分じゃな」


 褒められているのか貶されているのか。


「ま、『雷帝』については儂に任せておけ。上手く誘い出せればそれでよし、最後まで動かなくともおっつけ儂が駆けつけるとも」

「ああ……恃みにしているぞ、グリイン」

「得手を活かして分担せんとな。リンドリム宮への攻撃については任せたぞ?」

「的を絞らずに済むのなら、幾らでも破壊をもたらしてみせようとも」

  

 空には魔鳥、地には魔獣……魔物の軍勢ができあがっていく。


 攻める先は国際都市か。


 俺は侵攻を目撃しているのか。


「……」


 闇の中では自分の声も聞こえない。


「………」


 独りか。


 その割には何やら温かく、多くのものに包まれている気もする。


「……………」


 これは死とどう違うのだろうか?


 ぼんやりと、そんなことを思った。

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