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ひとときの恋  作者: 吉四六かぼす
9/11

ひとときの恋9

 その日の夕方の事。



「あれま」


「どうしたんだいお清さん?」



 夕食の仕度をしていると、お清さんが棚の上の桶を覗き込みながら声をあげる。



「いやぁな、味噌がもうなぐなっちまって。どうするべぇな」



 そう訛りのある口調で言いながら少しふくよかな頬に掌を添えて困った様に笑う彼女は、この新撰組屯所に唯一いるあたしと同じ女性の人。主に屯所内の掃除や賄いを担ってる人で、同性で歳も近いとあってか仲良くしている。



「あら、なんだい。言ってくれりゃあ今日の買い物ついでに買ってきたのにさ」


「んだべなぁ。どっすかなぁ、汁もんがねっと流石に……」


「ああ、じゃああたしがちょいと走って買ってくるわよ」



 頭巾を外しながら言えばお清さんから「もう暗いのに危ない」と止めの言葉がかかる。それに大丈夫と言葉を返しながら納戸を出た時、丁度井戸端で数人の隊士と談笑をしている山崎を見付けると、ふいに足をたとめてしまう。


 いや、別にね、昼間の事が気になってるって訳じゃ……なくもないんだけど、さ。


 昼間、結局一人でとぼとぼと屯所に帰ったあたしはとりあえず山崎を探したんだ。怒った理由が今一理解できなかったからさ。


 そんで土方の部屋にいた山崎を見つけて、一体どうしたんだと詰め寄れば仕事中だから出ていけと追い出され、その後少し間を空けて部屋を訪れたけどいなくて今に至ると。


 話し掛けるか否か惑い立ち止まっていると、輪の中にいた一人があたしに気付き「おーい」と手を振って寄り掛かっていた井戸端の柱から体を起こし此方へと歩いて来る。



「飯は出来たのか?」


「まだだよ。ちょいと味噌を切らしちまってね、今から買いに行くんだ」


「は、まだ? 勘弁してくれよぉ、これ以上待たされたら腹と背中の皮がひっついちまうっての」



 言いながらお腹を押さえそう大袈裟に訴えてくる男に、あたしはハイハイと適当に返事を返す。



「今から急いでひとっ走り行ってくるから。野良犬じゃないんだからもうちょっと我慢出来るだろ?」


「そりゃあ、まぁ。ってか今から行くのか? 流石に一人じゃ危ないんじゃないのか。最近ここいら物騒だって聞くしよ。あ、なんなら俺が一緒に……」



 なんて馴れ馴れしくあたしの腰に手を伸ばしてきた男━━永倉新八の顎に指先をそわせながらフンと鼻で笑ってやる。



「あんたと二人で町中に繰り出した方が身の危険を感じるんだけど? おとといおいでこの年中発情男!」



 言い切って奴の手の甲を思いっきりつねり上げた。



「いでっ」


「ったく、ちょーっと気を抜きゃベタベタと」


「ってぇ~。ンだよ、ただの冗談だろ冗談。そんな目くじら立てなくてもよぉ」


「お黙り。あんたのは冗談に聞こえないんだよ阿呆」



 そう投げ捨てる様に言ってやれば、永倉はむぅっといじけた様に口先を尖らせた。



「まぁ物騒だってのは冗談抜きでよ。最近ここらでガキの失踪事件があったばっかだし、行くのはいいが気ぃつけろよ」


「失踪事件?」


「なんでも五つから十くれぇのガキがこの一月で八人もいなくなってるらしくてよ。御上から夜間の見回りの回数を増やすようにお達しがあったんだ」


「あぁそれで……」



 だからいつも二組で四方回ってるのを四組に増やしてるのか。確か今日は原田とハジメちゃんと沖田だったかしらね。



「まぁ噂じゃ拐われて花街に売られてるんじゃって話だ」


「いなくなってんのは女ばかりなのかい?」


「おうよ。だからお前も気ぃつけな」


「わかったわ。ありがと」


「あぁ、そうだ山崎。お前どうせ晩は非番だろ? ちっとついてってやりな」



 えっ!?


 永倉の言葉に弾かれたようにあたしと山崎の視線が混じり会う。



「まぁちと拐かされるにゃあ年齢がいっちまってるがな。もしもって事があるしよ」


「一言多いんだよバカ!」



 あたしはまだ十六だよ!? そう怒鳴るけど、永倉はハイハイとそれを右から左へと受け流しながら「ほら早く」と未だ井戸端で此方を伺う山崎に手招きする。


 そりゃ、まぁ確かに永倉と比べたらはるかに山崎の方が安全ではあるけど。いつもなら。


 でも昼間の事を思い出したら……。



「あたしは一人で大丈夫! むしろ山崎を連れてった方が危ないだろ? 山崎はまだ子供なんだから変な奴に連れてかれたりなんてしたら……」



 いいかけてハタリ、と口をつぐむ。


 ヤバイ、これじゃ昼間と同じ……。


 思うが早いか。遠目だけれどしっかりと見えた山崎の顔がどんどん膨れっ面になって行くのがわかる。そして奴はフンッとそっぽを向くと、ダンダンと大きな足音を立てながら屋敷の中へと入ってしまった。



「あっちゃ~」



 そう言って頭を抱えたのは永倉。阿呆、とあたしの頭を軽くこづいてくる。



「おっ前さぁ、いい加減あいつをガキ扱いすんのやめてやれって。あー見えて監察方山崎ススムってなぁ隊内じゃ副長の右腕って言われてるんだぜ? 普通のガキじゃないってお前も知ってんだろうよ」


「そっ、そんな事言われたって山崎はあたしにとっては可愛い弟分で……」


「だからそれをやめてやれっつーの。ったく、仮にもお前島原じゃ二番手はってた花魁なんだろ? それがそんな鈍いとか」


「鈍いってなんだい鈍いって! 失礼な男だねっ!」


「ほんとの事だろ。大体だな」



 言ってビシッと指をさされてあたしは二の句をゴクリと飲み下す。何を言われるんだろうと永倉を上目で見上げれば、奴の指先がコンコンッとあたしの額をつついてくる。



「お前はあいつをガキ扱いするが、あいつとお前は四つしか歳が変わらねぇんだ。十や二十離れてる訳じゃあるまいにガキだガキだっつーのは失礼じゃねぇか?」


「それ、は……」


「ちなみに俺ゃお前とは9つ違うがよ、ガキ扱いした事あったか?」


「……ない」



 藤堂は女だからってのはよく口にするけれど、あたしに対してガキだからって言葉を向けたことはなかった。まぁ土方はこないだあたしを見ながら娘がいたらこんな感じだろうなぁなんてぼやいてたけど。



「だったらよ、わかんだろ? あいつもいっぱしの男だ。好いた女にガキ扱いしかも弟分なんざ言われる奴の身にもなってやんな」



 そう言ってポンポンと頭を撫でられ、あたしはそれ以上の言い返す事が出来なかった。






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