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Game Continued -ゲームの続き-  作者: 茶川左子(旧:シリカゲル)
第六章「はないちもんめ」
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エピローグ「New Game」

   水槽は、閉じこめるが、守りもする。

   それを内側から体当たりして粉々にしたんだから、君は大した鑑賞魚だ。



 レイは、実に即物的だった。

 包みを解いた途端、まず瞳をかすかに瞠って、それから、思わずといった様子で口元をほころばせる。白い頬がほんのりと染まり、美貌は光を当てられたように輝いた。天使に比肩されるレイのことだ。気になりつつも妙に知らぬ顔を装っていた残りの面子が、つい見惚れて動きを止める。

「すごい」

 呟いたレイの手には、明らかに宝飾具を入れるための――けれど、それにしてはやけに大きな――ケースがひとつ。

「何?」

 なるべく軽い様子でアルが尋ねる。

「首飾り。見て。こんなに大きなナクタ水晶、見たことない。色味の深いバイオレット。明度も高いし、形も綺麗だ。あしらってあるのは透明なのがダイヤかな。ピンクはなんだろう。サファイアかも知れないけど、だとすると他の宝石に格負けするよな。でも、いいデザインだ」

 くるりと箱の向きを変えてみせられて、三人は絶句した。

 眉をひそめて不快な表情をするのは簡単だったろう。成金趣味だとか、金をつぎ込めばいいというものではないとか、何を言ったって構わなかったのだ。

 宇宙でもっとも高価な宝石。

 それが一般的なナクタへの認識だ。色が紫ならば、なおのこと。

「子ギツネ、光」

 レイが命じると、錯覚かと思うほどかすかに部屋の色が変わった。光源を変えたのだ。箱を軽く持ち上げてレイは宝石の色の具合を見る。

 首をぐるり。

 肩は鎖骨の上を少し。

 そして胸元のかなりの部分を、身につけたならその首飾りは覆うことになる。ここまでごてごてしたアクセサリーを若い世代が用いるのは珍しいだろう。

 レースのように細かく、またびっしりとちりばめられたダイヤモンド。ところどころに散る薄紅色の粒と相まって、ちょうど点描法の絵画のように、全体がごくほのかな桃色を帯びた風合いにも見える。

 そんな台座に、胸の位置で燦然と輝く石の、鮮やかな紫。

 ゴージャス。

 それ以外の言葉では、その物体は呼び表すことができないようだった。あまりに美しく、絢爛で、声を失ってしまう。

「きれいだ」

 コメントを出せるのはレイだけだ。

 軽い運動をした後のように、ぽうっと頬を紅潮させて、満面の笑みで。

「…なあ」

「うん?」

「お前、そんな、嬉しい?」

 アルの言葉にレイは小首をかしげるが、「うん」と素直に返事をする。

 滅多に見られない彼女の喜びように、残りの三人は非常に居心地の悪い、複雑に感情の入り乱れた面持ちをしていた。

 ギャップだ。

 金銭感覚がどうのこうのと言う以前に、とてつもなく大きな隔たりを感じずにはいられない。

「すごくいい品物だ。細工も一流、石は超一流。ジェシカが生きてたら、目の色を変えただろうな。ジュエリーが大好きだったんだ」

 返事のしようがない。

 こんなものを、愛を乞う手段としてではなく、純粋に他意のない誕生日の贈り物としてあっけらかんと受け取ってしまうレイに、たとえば、自分たちは、これから先どんなプレゼントが出来ると言うのだろう。

「子ギツネ、証明書はついているな?」

『はい』

「映せ」

 正面のモニターにずらずらと細かな文字が並ぶ。

「ケルナー社。じゃあ新作だな。歴史がくっついてないのは助かる。材質の部分、文字を大きくしろ」

 顔を上げてそれを眺め、牙とナターシャは頭痛を覚えたらしく額を押さえた。それまでの仕事の知識から、二人は直感的におおよその金額をはじき出すことができたのだ。

 牙は闇のルートで市場価格より大幅に低く売ると仮定した時の最低ラインが。

 ナターシャは芸術的価値の付加されない、原材料の時点での価格が。

 どっちにしろ天文学だ。

「ああ、ヘパージュか。なるほど、赤いのはブラッド・ストーンだったんだな。色が浅いから判らなかった。クロムの含有率を出してくれ。線照射で出来るだろう」

『少々お待ち下さい』

「ヴァーニャに感謝だ。腕の見せどころだな。宝飾具の値段なんかあってないようなものだから」

 布張りの箱を子ギツネが指示した場所に置いた後、レイは壁にもたれる姿勢を取った。手を組んで前に突きだし、楽しそうに意味もなく上を向く。

「腕の?」

 聞き返したのはナターシャだ。船長は「うん」と応えて喉を鳴らし、彼女の方ではなく牙を見た。

「少しは給料を多めに払えるかも知れない。期待しててくれ」

 待て、と。

 ほぼ同時に三人が固まった。

『レイノルド』

「ああ。終わったか」

『せっかくですので、せめて売却するのは一度お召しになってからでは』

「子ギツネ。俺がこれをつけるにはどんな服装をする必要があるか解るだろう。最低でも肩に布地のないドレスになる」

『しかし』

「お前の少女趣味には付き合わない。シェイドのベルトで素肌にこんなもの押しつけられ続けたら、いくら俺の皮膚が丈夫でも二分で床ずれができる」

 アルが天を仰いだ。

 突っ込みどころが満載すぎてコメントが追いつかない。それを床ずれと呼ぶならなんという贅沢な床ずれだろう。

 そもそも、一番最初の問題は。

「レーニャ」

「何?」

「貢がれた宝石、そのまま質入れするのは感心しないと思わない?」

 その表現を聞いてレイは吹き出した。

「質屋かぁ。そうだね、確かに、それも賢いかも。担保に入れて融資を受けるのも手だ。でもやっぱり売るのが一番手っ取り早いんじゃないかな」

「レイニー」

 そういうことじゃないだろとアルが呻く。レイはそれを無視してナターシャの両目から視線をはずさない。

「ターリャならどうする?」

 暫時の睨み合い。

「肌が黒いし、胸も大きいからきっと似合うね。身につける前後は着替えに十分ずつ喰われる。つけてると操縦席には座れない。もちろん、所有して眺めるだけでも充分綺麗だ。ただし管理には結構気を遣う。売ればたぶん買えないものはない。軍用4型エンジンと、アルスの可視系シールド装置の最新版と、デスカットモーターがダースで買える」

 レイは淡々とした声でたたみかける。

 口元には不遜をそのまま形にしたような笑みが深く刻まれ、黒い双眸はいたずらっぽくきらきら輝いていた。

 やがて、ふっとナターシャの顔が崩れ、降参に両手を上げた。

「売るね」

 そして船に化ける。羅列された商品名の的確さには苦笑いをするしかない。喉から手が出るほど欲しいものばかりだ。アルが大袈裟に両手を広げて悲鳴を上げ、レイが笑った。

「大丈夫だよ。元々ヴァーニャもそのつもりだ。俺がこんなもの絶対につけないの、彼も知ってるんだから。処分しろって言ってたから妙だと思った。プレゼントを間違えるほど俺は馬鹿じゃない」

 持ち上げてみせた片手に、名刺大のカード。

 アルが近付く前に、牙の腕が魔法のように伸びてきて、するりとその紙片を奪い取った。一読して、肩をすくめてレイに返却する。

「どうとでも取れる」

「俺の頭の中ぐらいヴァーニャは解ってるよ。二人っきりの兄弟なんだ」

 イワンから渡された言葉を明るく、けれど胸中では様々な感慨を覚えつつ放ち、レイは牙の腕をぽんと叩いた。

「去年の誕生日、アルはあなたを連れてきてくれた。あなたはこの」レイの視線が一瞬、自分の腰のあたりへ落とされる。「素晴らしい銃をくれたし、白いからすと引き合わせてくれた」

 顔を上げたナターシャと目を合わせる。

「前回の分がそれだからさ。あれと同じぐらい嬉しい贈り物なんて、二度とないだろうと思ってた。でも、今回の、ヴァーニャのも嬉しいよ。とても嬉しかった」

 すらりと立ったレイ。

 船員の中では華奢な体躯を、きっちりと五カ所の首――首、手首、足首――まで操縦に適した衣服に包み、その上に防弾の役目を担う薄手のジャケットを羽織り、手袋をして、腰に銃を、胸ポケットにバイザーをひそませている。

 澄んだ目で君臨する帝王。常闇の海を行く、小さな船長。

 アルが近寄ってその手からカードを取り、自分でも眺めた後でナターシャに見えるよう角度を変える。

「彼がくれたのは、自由だから」

 重たい鎖から放たれて。

 どうしても越えられなかった、透明な壁を打ち破って、広い海へ。



   水槽は、閉じこめるが、守りもする。

   それを内側から体当たりして粉々にしたんだから、君は大した鑑賞魚だ。

   大海を君に。


            イワン・イワノヴィッチ・イワノフ



「嬉しかったよ。…皆と一緒にいるための、自由だから」




               The End.



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