けものとりっぷ1-2
もっふもっふ。
もっふもっふ。
意識すると、足を踏み出す度に自分の尻尾が左右に揺れ、空気をはらんだ毛並みがそんな擬音を醸し出しているのがわかった。
前世の動物番組であれば、歩く度に小さな前足が土を踏みしめる音は『ぷきゅぷきゅ』やら『ぴこぴこ』やらなのだろう。
翼の存在を意識してから、残念なことに、背中の翼で飛ぶ練習はしたのだが、まだ幼いせいで、地上から三十センチメートル程度しか全身が浮かび上がらない。飛び続けられる時間も短い為、歩くという手段を選んだ。
成獣にならないまでも、もう少し大きくなれたら飛べると父母は言っていたけれど……。
せっかく新しい世界に生まれたのだ、未知の世を見て回ろうと意気込んでいたのはよかったのだが、生まれた禁域の森は広いし、私の歩みは遅い。
人ではなく子猫サイズでは更に大きく見えるものである。
確かに、地球には無かった美しい植物ばかりが存在する森は不思議に思うものが多く、目を奪われてばかりだったが、同じような景色が延々と続けば、変化を求めて飽きがくる。
生息域からは大分進んだと思うのだけれどーー土地勘は無いし、地図なんて持っているわけでもないのでわからない。
どの位進めば森を抜けるのだろう、そもそも、進んできたのは獣道、ちゃんと森の出口へ向かっているのだろうかーーと、不安に思っていると。
ふわりと優しい風が吹いて、目の前に一房の葡萄のような果物が置かれた。
……気持ちは嬉しいし、喉が乾いていたので、有り難くいただくことにする。
味も葡萄に似たその植物は、ただし紫ではなく赤い色をしている。
栄養満点と生後まもなくから母乳とは別に与えられてきたものの一つで、馴染み深い食べ物であるし、好物でもある。
不安に思っているのを感づいたのと、休憩させようと思っての精霊からの贈り物であろう。
本当に過保護だな、と座り込んで、葡萄によく似たリィベという木の実を一粒口に含んだ時だった。
ぞわ、と背中に悪寒を感じた。
森が静まりかえっている。
禁域の森、とこの場が呼ばれるのは、聖なる生物が多く生息しているからだ。人間と異なる種族の住処である為、一度ひとが立ち入れば、その怒りをくらうこともある。それ故に人にとって禁じられた聖域であるという意味で「禁域の森」という名がついている。また、ここでは例え入り口付近であっても、殺生が禁じられていた。
これほどまでに静まりかえり、森全体が怒りの意志を持っているかのような、このような物騒な気配がすることなど、常にない。
これは、十中八九ーー何者かがこの森の中に足を踏み入れたか、若しくは血が流れたか。
いつもは柔らかな親愛の情で包み込んでくれる精霊たちの気配も、今はどこか殺気立っている。
悪寒で鳥肌立った自身を宥めながら、私は足を進めることにした。怒りの矛先が向けられている方角へと。