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第54話 五股

 二限目が終わった僕はキャンパスにあるベンチに座っていた。隣にはワンピース姿の撫子がいて機嫌よく膝上の重箱の蓋を開ける。

「今日はこのようにしてみました」

「昨日とは違う感じですね」

「私なりに頑張りました」

 ご飯の上に焼肉を敷き詰めただけではなかった。四隅にあるブロッコリーの緑が映える。中央にはゆで卵が埋没する形で丸ごと入っていた。

「ゆで卵が気になりますか」

「まあ、そうですね」

「今回の目玉になります」

 撫子は箸を使って割って見せた。とろりとした黄身が溢れて食欲をそそる。

「これをまぶして食べます」

 濃いオレンジ色に染められた焼肉とご飯を箸で摘まみ、僕の口へ運ぶ。

 一口にして味わう。濃厚な黄身に包まれた牛肉はまろやかで、噛む程に旨味が口の中に広がっていく。

「黄身が加わるだけで奥行きのある味になりますね」

「舌触りもよくなります。箸休めのブロッコリーはどうでしょう」

「いただきます」

 小分けした一つを食べる。コリコリとした食感に僅かな塩味が効いて口の中の余分な脂を洗い流してくれた。

「シンプルなんだけど、欠かせない要素になっていると思います」

「試行錯誤の結果です。シンプル・イズ・ベストですね」

「拓光、そんなところにいたのか! 探したぞ!」

 走ってきた響輝は隣にいた撫子に気付き、騒々しくてすみません、と会釈えしゃくをして僕の横に座った。

「僕を探してたみたいだけど、何かあった?」

「拓光、要のヤツと付き合ってるって話は本当なのか?」

 顔を寄せて小声で言った。

「本当だよ」

「マジかー。それだけはないと思っていたから割とショックだよ」

「私もお付き合いさせていただいています」

 話を聞いていた撫子がさらりと言った。

「マジですか!? いきなり二股?」

「マジです」

 にこやかに返す撫子を響輝はまじまじと見て、空を眺めるように仰け反った。

「私とも付き合っているぞ」

「わたしもですよー」

 白いゴシックのルチルとピンクのチュニックの美知が揃って現れた。

 響輝は驚いた顔で座像と化した。数秒で我に返り、ウソだよな? と僕に向かって言った。

「親友にタチの悪いウソはかないよ」

「四股って、修羅場じゃん。刃傷沙汰にんじょうざただよ、マジで。明日の朝刊に載るレベルだ」

「こちらは納得済みだ」

 ルチルは僕と響輝の間に割り込んで座る。美知は堂々と僕の膝を跨ぐような格好となった。

「どこに座ってんだ! それと向きがおかしいだろ!」

「恋人同士で目と目を合わせてぇ、何がおかしいのですかぁ」

「ビッチのおまえがすると何もかもがおかしいんだよ!」

「えー、それって酷い偏見ですよー。世間知らずのお嬢様に、本当の意味のおかしいを見せてあげましょうー」

 脈絡もなく、美知は僕の後頭部に手を回して抱き寄せた。柔らかい胸に顔が埋まる。それだけでとどまらない。自ら上下に動き出した。

「あ、こんなところで、やめ、やめないでぇ。も、もっと、深く突いてー」

 通り掛かった二人組の女性は眉をひそめて小走りとなった。この行為は絶対に勘違いを引き起こす。

 ルチルは凄い勢いで手を伸ばし、美知の肩を掴んだ。

「何してんだ、おまえは! 頭おかしいだろ!」

「だから最初に言ったじゃないですかぁ。これがおかしい見本だって」

「あの、拓光さんの評判を落とさないでください。学内に居場所がなくなると可哀そうです」

 静かな物言いの撫子に僕は危機感を覚えた。

「美知、もうわかったから。普通にして」

「残念ですぅ。少しエンジンが掛かってきたのにぃ」

 美知はくるりと回ってすとんと腰を下ろす。向きは変わっても膝上に座る行為に変わりはなかった。ルチルと撫子の視線が僕に突き刺さる。

 近くで見ていた響輝は、マジなのか、と気の抜けた声を漏らす。

 美知の頭越しに気になるスーツの男性を目にした。ゆっくりとこちらに歩いてくる。見上げるような大男で両手にノートパソコンを開いた状態で持っていた。

 男性は無言で僕の前に立った。画面には綾芽の姿が映っていた。

「私の存在を忘れては困る。坊やは大切な伴侶はんりょだからな」

「おばさんにはあげませんよー」

「ゴッドケープの跡取りを逃してたまるか。豚と結婚なんて考えられない」

「私は拓光さんに相応しい姿になります。皆さんにも負けませんから」

 各々の譲れない主張を目の当たりにした響輝は再び固まった。復活に数十秒を費やし、疲れ切ったような声を出した。

「……五股って、もう、ハレームじゃん。こんな美人揃いって、現実であり得ないだろ? 要はペット的な位置だが」

「僕もそう思うよ」

 苦笑いで答えた。

 響輝は少しの間を空けて言った。

「俺を加えたら六股になるよな」

「それはさすがに考えられないよ」

「そうです。それだけは絶対にありません」

 珍しく撫子が強い口調で言った。僕と目が合うと、恥ずかしそうに笑った。

 ノートパソコンを介して綾芽が含みのある言い方をした。

「撫子にすれば、突然のライバルの登場だな」

「……そんなこと、思っていません」

 むくれたような顔で撫子は横を向いた。

 綾芽は撫子の秘密を握っていた。どのような情報網を駆使したのだろうか。

 さすがと思う反面、少しの怖さも感じる。実弟である隆志の言葉は、ただの誇張ではなかった。

 同時に思うこともある。優しい配慮ができる女性であると。


 僕は将来、誰を選ぶのだろう。先はまだ見えなかった。

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