6 三等国民の反乱
「反乱?」
コミューン市庁にて。
琥太郎は治安部長から聞いた単語に思わず耳を疑った。
「はい。南西部地区の住人が団結して旧空港跡地を占拠しています」
かつてウラワコミューンで暮らしていた琥太郎はよく知っているが、三等国民には基本的に団結の自由など存在しない。
個別番号が割り振られ、職場はもちろん自宅でも常に監視されている。
とてもではないが反乱なんか起こす余裕はないはずだ。
また仮にそんなそぶりを見せれば即座にブシーズが強行弾圧を実行する。
市庁に勤める人間も例外なく外から派遣された役人であるから、市民の意見が行政に反映されるようなこともない。
「ここのコミューンのブシーズは居眠りが仕事なのか?」
「いやはや、耳が痛い……」
琥太郎が皮肉交じりに揶揄すると治安部長は苦笑いを浮かべた。
だが、おかしな話である。
紅武凰国の体制を考えればこんなのは事件とも呼べないはずだ。
「ブシーズを乗り込ませて皆殺しにすればいいだろう」
「なに冗談を言ってるんですか。ダメですよそんな乱暴なこと!」
瑠那が琥太郎が当然のように提示した手段に反対する。
「三等国民の方たちはこの国の基盤を支える大切な人たちなんです。多少の気の迷いを起こしたからって簡単に殺すなんてダメですよ。ましてやブシーズの役目は平和と治安を守ることなんですから」
「いえ、まあ、反乱規模がもうちょっと小さかった時ならそれもアリだったんですが」
治安部長はハンカチで汗を拭うポーズを取りながらさらに詳しく現状の説明をする。
「ブシーズの仕事はあくまで抑止が主でして。この規模まで膨れあがった反乱を武力で制圧したとなると、コミューン内の住人に大きな不安を与えることになってしまうんです」
なるほど道理である。
人口十三万人が住むナリタコミューン。
その全体が反乱に荷担しているわけではもちろんない。
ほとんどの住人は管理されていることに不満を持っていない。
みな適度に与えられる日々の娯楽に満足して生活をしているはずだ。
暴力による鎮圧を行ってまともに生活している市民に不安を与えるのは得策ではない。
「しかも、やっかいなことに反乱を起こしてるのは特別酪農地区でしてね……」
「特別酪農地区?」
治安部長は目をぱちくりとさせた。
それから何故か薄笑いを浮かべて説明を続ける。
常識を知らない者を嘲り優越感に浸っる者の顔であった。
「紅武凰国の国民が口にする食べ物はすべて国内生産物だというのはご存じですよね?」
初耳である。
ウラワコミューンで三等国民として暮らしていた時も、その前に東京で二等国民の立場で小学校に通っていた時も、そんな話は聞いたことがない。
これ以上いい気になられるのは不快である。
琥太郎は黙って首を縦に振った。
「国家自存の原則ですね」
代わりに瑠那が答える。
治安部長は頷いて謙った視線を瑠那に向け言葉を続けた。
「約四千万人が暮らす紅武凰国ですが、そのすべての国民を賄う食料を旧来の化学肥料に頼った方法で生産するには土地が足りません。ですからこの国で流通する食料品は九十八%がクローン製品なのです」
食肉は最初から部位ごとに別れた切り身として制作される。
植物も食用部分のみを遺伝子操作で培養される。
国民の口に入る食料に生物としての形など存在しない。
農業地区と呼ばれながらもこの市庁舎の近隣には大きなビルが並んでいる。
そのすべてがこれら食用クローン製品を工業製品のように製作するための農業プラントなのだ。
隣の十二階建てビルでは牛肉のロース部分のみが一日あたり千食分作られていると聞いた時は思わず拒否反応を起こしたが、
「もちろん味や品質は天然物と比べてもほとんど変わりません。とはいえ中には本物の肉じゃないと満足できない馬鹿……美食家の方もおりまして。主に政府のお偉い様や一等国民様ですがね」
「そう言う人たちに向けて昔ながらのやり方で食用家畜を育てているのが特別酪農地区なんですよ」
瑠那が治安部長の説明を引き継ぐ。
なんだか学校の授業を受けてるみたいだ。
「特にナリタコミューン南東部の天浪牛は国内第四位のブランド牛でして。酪農従事者を絶やして供給が滞ると中央に何を言われるか……」
治安部長の沈んだ表情が一転、急に芝居がかったしぐさで瞳を見開く。
「ですが本部からウォーリアの方が来てくださったならもう安心! 一刻も早い迅速な対応をお願い致しますよ!」
どうやらこの反乱を鎮圧するのが琥太郎たちに与えられた任務らしい。
治安部長からすれば琥太郎たちが失敗しても中央から責任は問われない。
問題の解決の是非に関わらず。肩の荷が下りたと言ったところだろう。
役人にありがちな保身丸出しの醜い顔をこれ以上見ていたくはない。
琥太郎は苦笑いする瑠那を伴って市庁舎を後にした。
※
一応、ポーズとして自前の反乱鎮圧部隊は用意してあるらしい。
市庁舎を出た琥太郎たちはブシーズ詰め所に移動して鎮圧部隊と合流。
彼女らと共にトラックで反乱地区へ向かった。
「この度はわざわざ東京からご足労を頂き、ありがとうございます」
移動中、トラック荷台に同席したナゴエという鎮圧部隊の隊長が感謝の言葉を口にした。
正直なところ琥太郎にはブシーズ隊員を外見で判別できない。
誰を見ても似たようなゴリラに見える。
しかし見た目にそぐわず彼女は礼儀正しい人間であった。
「今回の作戦で生じた損害に関しては私が全責任を負います。恥を承知で申し上げますが、どうかお二方の力をお借りしたい」
全権を任されていると言っても要は都合の良い責任の押しつけ役だろう。
こんな部隊の代表に選ばれてしまった彼女の苦労は察するに余りある。
しかも鎮圧部隊は一〇〇人程度の小規模なものだ。
うち七○名は現場で反乱を起こした住民と向かい合っているらしい。
他地域の住人を刺激しないため少数しか配備しなかったと言っていたが、これではいつ反乱勢力の攻撃を受けて全滅するかもわからない。
反乱市民はブシーズ詰め所から武器を盗み出している。
現在は旧空港ターミナルビルは完全に籠城状態に入っているようだ。
「市民たちは何か要求をしているのですか?」
瑠那がナゴエに質問した。
確かに何の意味もなく反抗し続けているとは考えにくい。
反乱に参加した市民は近隣住民をかき集めて一〇〇〇人強ほど集まったらしいが、国家相手に本気の戦争を挑める数ではないのだ。
「要求は二つあります。一つは地区住人への賃上げ。仕事内容は違えど本来なら三等国民の労働価値は平等なのですが、奴らの指導者は自らの仕事が他地区の仕事よりも価値の高いものだと吹聴していましてね。そして皮肉ながらそれは我々にとって正しい」
「もう一つは?」
「コミューン全体の他コミューンへの移動制限の解除。隔離地区制度の撤廃です」
「それは……難しいですね」
琥太郎はトラック荷台のあおり板に背中を預けながら瑠那とナゴエの会話を聞いていた。
どうやら瑠那はまず反乱勢力との交渉を考えているつもりらしい。
「仰る通り、移動制限の解除は絶対に不可能です。それは反乱勢力も重々承知していることでしょう。こちらに譲歩を迫る形で賃上げを迫ることが真の目的かと思われます」
「賃上げ請求に応じる用意は?」
「財政的には十分に可能です。ですが無条件にそれを飲めば今後も同様の賃上げ目的ストライキが多発する恐れがあるので、こちらとしては穏便に済ませたいのですが、可能なら要求は取り下げさせたたく思っています」
「ある程度の交渉は認められているということですか。時間的制限はありますか?」
「あえて言うなら現在ブシーズが代替管理している天浪牛の全滅でしょうか。何しろみな酪農は素人なので、家畜を飢えさせないだけで精一杯です。この状況が続けば品質の低下は免れないでしょう」
「時間をかけたらお互いに不幸な結果にしかならなそうですね」
二人がああでもないこうでもないと話し合いを続けていると、やがてトラックは反乱勢力が立てこもりを行っている施設付近に到着した。
旧成田空港跡地。
そこから一キロほど離れた場所に作られた鎮圧部隊陣地へ。




