お主もワルよのぉ
遅くなりましたが……。
この桜吹雪が!
……ってないよ。
私だってうら若き乙女。
さすがに肩に桜吹雪を彫っちゃうようなパンクさはないよ。
だけどねぇ、この状況。
どう考えても、遠山さんなんだよねぇ……。
悪代官アット料亭バージョン(帯回し付き)のはずが、いつの間にか正義の御奉行様アットお白州。
ようやく顔を上げたエステラ姉さんが私の顔を見てぽかんとしてる。
遊び人が実は御奉行だったように、単なる商家の娘が悪役女王だったらそりゃ驚くよね。
まぁ、お城に呼ばれた時点で私がそれなりの身分だということは思っていただろうけど……。
というわけで、このままエステラ姉さんがフリーズしていては話が進まない。
そこで私は、
「やいやいやい! この桜吹雪、見忘れたとは」
って違う!
思わずやりたくなっちゃうシチュエーションに流されてしまったがそうじゃない!
そうじゃないんだ、私。
お前は正義の御奉行様じゃなく、悪代官。
これから始まるのは「おぬわる」「いえおだ」であって、名裁きじゃない。
落ち着け私。
というわけで仕切り直して、
「本日はよくお越しくださいました」
と、再び悪役スマイル(無言バージョン)を、おそらく自然に、浮かべた。
しかし……おい、モブ。
モブ騎士ジョン、お前、あとで説教な。近衛のクセに、ご主人様を笑おうなんていい度胸じゃ。腕をつねって笑いをこらえてるの、見えてるから。
って!?
ダ、ダリウスさん……?
私がモブ騎士ジョンから視線を移すと、ダリウスが私に冷たい視線を向けていることに気づく。
お、お姉ちゃん、正義の味方はそういう冷たい視線は無闇やたらに人に向けちゃダメだって思うなぁ。
思うから……ごめんなさい!
調子乗ってすみませんでした!
もう二度としません、だから許してくださいっ!
私がそう心の中で土下座をしていると、
「……先日は陛下とは知らず、無礼をいたしました」
と、エステラ姉さんが再び頭を下げた。
下げること数十秒ほど。
長く思われた沈黙を破るように頭を上げたエステラ姉さんは、
「しかし、陛下ともあろう御方が商人風情にいったいどのような御用でしょうか?」
と、極妻さながら、「嘘言ったらわかってるよな? あ?」って感じで私に目を向けてきた。
怖っ!
でもカッコいい!
さすが極妻……いや未婚らしいけど。
しかし私も悪役女王。ここで引くわけにはいかない。
悪役スマイル(無言バージョン)を浮かべたまま、
「さっきも言いましたように、“ビジネス”のお話ですわ」
と返す。
エステラ姉さんは、怪訝な表情のままであるが、気にしてはいけない。
むしろエステラ姉さんの立場からすれば、突然変装した女王がやって来たと思ったら、城への呼び出し。
これで全く不思議にも思わないはずがない。
しかし。しかしである。
私も悪役女王。
伊達に悪役ではないし、伊達に転生者でもない。
ダリウスのせいで(予定)が外れないものの、原作通りだったら私の悪役仲間になっていたはずの貴族達が時々城や屋敷に商人を呼びつけては便宜を図る代わりに賄賂を受け取っていることは知っているし、原作でもイザベル(私じゃない)が同じようにして賄賂をもらっているシーンがあったことはよく覚えている。
そしてその時のイザベルのセリフはこうだ。
「あなたの扱っている商品を見せてくださるかしら?」
一応、この身分差激しく王族や貴族ならなんでも許されそうな国にも法がある。
その中にはもちろん、賄賂を受け取って便宜を図ることを禁止するそれもあるのだから、ダイレクトに賄賂を要求することはできない。
だから、飽くまでも商品を見せてもらっただけですよ。その中で試供品を少しもらっただけですよ。だって本当に良い物かどうか試さないとわからないですし。
だからこれは賄賂じゃありません!
試供品です!
なんか黄金っぽい色をしているけど試供品なんです!
山吹色のお菓子なんです!
という建前が必要になる。
だから私も、原作のイザベルを真似て、
「あなたの扱っている商品を見せてくださるかしら?」
と、エステラ姉さんに言った。
するとエステラ姉さんは内務卿の方を見る。
それに反応するかのように内務卿が二度パンパンと手を叩くと、謁見の間の扉が開き、無駄に豪勢な台に載せられたものが二人の使用人によって運ばれて来た。
もちろん使用人とは言っても、お城の、だ。
エステラ姉さんのところの、ゴロツキっぽい人達ではない。
そしてその使用人達が再び退出したところで、
「これが手前共の扱っております商品でございます」
エステラ姉さんが私の前に差し出された品に目を向け、再びうやうやしく頭を下げた。
うん、見た目には頭を下げているものの、心は屈しているようには見えない。
やっぱりかっこいい!
って、エステラ姉さんの姿に見とれている場合じゃなかった!
私は差し出された品物をまじまじと眺める。
おかしい……。
原作では、イザベルがそう言うと金貨っぽいものが出されてきたはずなのに……。
いやいやいや、これって……。
どこからどう見ても、塩だ。
山吹色には見えないし、小さな白い粒が小さな山を作っているが、キッチンでよく見る塩的な塩にしか見えない。
……いやいやいや。
相手はエステラ姉さんですよ?
極妻ですよ?
まさか普通の塩なわけないじゃん。
きっと魔法の白い粉的な?
なんか炙ったりすると幻覚が見えるような、危険な粉的な?
……いやぁ、でもこれ、見れば見るほど普通の塩だよねぇ……。
……ところでこれ、舐めてみてもいい?
舐めて確かめてみてもいい?
そこで私が内務卿の方をちらりと見ると、内務卿は微かに肯く。
内務卿が問題ないと言うなら問題ないだろうと、私は指に白い粉を少しだけ付けて舐めてみる。
うっ!?
こ、これは!
やっぱりっ!?
塩だ!
ちょっと美味しいけど、別に普通の塩だ!
……あれ?
ちょっと予想外の展開ですよ?
これは一体……。
私の山吹色のお菓子は?
あれ?
なんか違くない?
「おぬわる」「いえおだ」は?
そうやって私が混乱していると、ダリウスやトリスタン卿が苦虫を噛み潰したような表情をしているのが見えた。普段はどこかヘラヘラしたところのあるモブ騎士ジョンも今は無表情だ。
そして内務卿だけが涼しい表情をしている。
あれあれぇ?
これはもしかしてもしかするとぉ〜。
私、わかっちゃったかも!
以前、眠い頭で微かに聞いていた世界史の授業で先生が言っていたことを思い出す。
胡椒一粒が金一粒。
それは言い過ぎにしても、大航海時代を迎える以前のフランスでは、およそ胡椒五グラムで銀一グラムと同等の価値があったらしい。
ということは。
ということはですよ!
正義の味方であるダリウスやトリスタン卿が険しい表情をしているということはですよ。
この世界では、塩一粒が金一粒。
この塩にはそれだけの価値観があるに違いないわ!
そうでもなければ、エステラ姉さんほどの人がわざわざ悪の首魁(予定)とも言える私に差し出すはずがないし、ダリウス達の反応がそれを裏付けているに違いない!
って……あれ?
ということは、私、さっき、すっごくもったいないことしなかった!?
あんなにあっさり舐めてしまうなんてっ……。
くっ、私の山吹色のお菓子が……。
くそぉ〜。油断した。
……いや、でも待てよ?
はっ、たかだかこの程度の金。悪の大物(予定)である私にとっては端金。少し減ったところで別に痛くも痒くもありませんわ。おーほほほほっ! アピールになったんじゃ?
キャー、私、かっこいいっ!
また悪の階段を一歩どころか二十歩くらい昇っちゃったんじゃない!?
すごいぞ私!
大物(予定)から、(予定)が取れる日がまた近づいてしまった……。
ああ、自らの才能が恐ろしい……。
そうやって私が一人悦に入っていると、
「……陛下に斯様な物を差し出して、いったい何のつもりなんだ……?」
怒りを抑えきれないと言った様を全身から立上らせながらも、口調には冷静さを残しながらダリウスがそう言った。
一応ほぼ身内しかいないとは言え、ここは公式の場。ダリウスは、公式の場では私のことを“姉上”ではなく“陛下”と呼ぶ。
であるので、ダリウスがわずかながらかもしれないが、冷静さを残していることが私にはわかった。のだが……。
うんうん、そりゃあダリウスは怒るよね。
だって正義の味方だもんね。
賄賂とか嫌いそうだもんね。
でもね、お姉ちゃんは悪役なんだ。
だから喜んで受け取る!
そして、
「ダリウス、控えなさい。ここをどこと心得ていますの?」
いかにも悪役っぽいセリフでダリウスを黙らせる私。
「……くっ」
ダリウスはそれを聞き、不本意な表情を滲み出させながらも黙る。
お姉ちゃん、学習した。
普段は口うるさいダリウスも、公式の場でなら黙らせられるっ!
おーほほほほっ!
心の中で必殺高笑いを浮かべながら、気をよくした私は、
「他にもこれを扱っている者はいますの?」
と、さらにエステラ姉さんに問いかける。
そう、私は悪の大物を目指すのだ。
できれば悪徳商人もたくさん欲しい!
名付けて悪徳商人の地引き網漁大作戦!
しかしエステラ姉さんは、
「一介の商人風情には計りかねることでございますれば」
と、にべもない。
あっ、そっか。
まだ腹の探り合いってわけね。
でもね。
私は悪代官。エステラ姉さんは悪徳商人。
お天道様は見逃しても、この私は見逃さない!
さっそく賄賂を要求して、ほらほら、私、賄賂なんかを要求しちゃう悪役ですよ?
悪役仲間なんですよ?
だから安心してくださいね? 作戦だ!
そこで、
「一人につき、塩一キロ。それで便宜を図って差し上げますわ。おーほほほほっ!」
私が必殺高笑いと共にそう言うと、
「あ、姉上っ!? い、いったい何をっ!?」
ダリウスが二歩、いや、三歩前に乗り出す。
おうおう、焦ってる焦ってる。
呼び方も“姉上”になったしね。
「おぬわる」「いえおだ」の集団採用面接には、正義の味方も焦らざるを得まい。
ぬしししし。
そこでさらなる追撃。
「内務卿。というわけで、差配を」
もうこれは決定事項なのですよ。
誰がなんと言っても決ったことなんです。
私の山吹色のお菓子に囲まれて幸せ計画は誰にも止められないのだ!
と、
「陛下の御心のままに」
内務卿が恭しく頭を下げたところで本日の私のお仕事終了!
あとはさっきから賄賂飛び交う場所でも涼しい顔をしていた頼れる先生(頭脳担当)、悪の内務卿に任せておけば大丈夫よね。
だから私はダリウスに余計なことを言われないうちに……って忘れてた!
「そうそう、近々裏通りの整備も考えておりましたの。人夫の手配、お願いしてもいいかしら?」
ついでとばかりに私はエステラ姉さんにそう告げる。
危うく忘れるところだった。
私の、忌々しき土ぼこり討伐計画!
悪徳商人がたくさん仲間になったなら、あの土埃舞う裏通りに足を運ぶ機会が増えるかもしれない。
その度に忌々しい土埃に苦しめられないためにも、素早い対策が必要だ。
それに昔から、政治家との癒着と言えば土建屋さん。土建屋さんの関わる公共事業と言えば賄賂飛び交う場所と相場が決まっている。テレビでやってたからたぶんそう!
批判は一切受け付けない!
それに、
「これはほんのお礼、ですわ」
やはり今日のお礼は今日のうちに。
賄賂には便宜の見返りを。
悪役でも信用は大事!
ゴロツキっぽい人達と知り合いのエステラ姉さんなら力持ちをたくさん知ってそうだから、なおよし。
そうすれば、いち早く土埃にさよならだ!
エステラ姉さんが、
「必ずや陛下ご期待に答えて見せましょう」
と、さっきよりも深く頭を下げ、了承したのを見と届けた私はさっそうと席を立つ。
エステラ姉さんにも私が悪役仲間だとわかってもらえたようだし、よかったよかった。
うんうん。まぁ最初だからこんなものだろうしね。
我ながらいい「おぬわる」「いえおだ」だったんじゃないかしら?
気分を良くした私は、
「おーほほほほっ!」
と、必殺高笑いをしながら歩き出す。
………………。
……。
ただし、超高級絨毯を決して傷つけないようにゆっくりとだったけど……。




