ナキータの農園
ラカンテを見送るために広場で待っていると使者がやって来た。ゴルガが呼んでいるらしい。ゾージャと今井は大急ぎでゴルガの部屋に向った。
ゴルガの部屋ではラカンテがゴルガに別れの挨拶をしている所だった。
「おお、よく来た」
ナキータが部屋に入るとゴルガが嬉しそうだ。
「ほかでもない、今、そなたの事を話しておったところだ。ラカンテ殿がそなたを自宅に招いて魂の妖術の手ほどきをしてくれるそうじゃ、良い話だと思うがいかがかな」
ゴルガはさぞナキータが喜ぶだろうと思っているようだが、今井は答えに窮してしまった。魂の妖術は習いたいのだがラカンテがナキータに手出しするかもしれないからだ。ラカンテが本気になったらナキータの妖力では太刀打ち出来そうにない。
「あの… どのくらいの期間でしょうか?」
まずは質問のかたちで答えをはぐらかした。
「魂の妖術を習得されるまで、いつまででもかまいません」
ラカンテはいかにも優しそうに答える。さあ、どうしたものか。
「ゾージャが一緒でも構いませんか?」
ゾージャが一緒なのは絶対に嫌がると思ったのだが…
「もちろん構いませんとも。拙宅は小さな屋敷ですが、それでもお二人が泊まられる部屋は充分にございます」
予想に反して、ラカンテは嫌な顔一つしない。
「それは困る」
ゴルガが割り込んで来た。
「ゾージャを長期間留守にさせるわけにはいかん」
この言葉を聞いてラカンテがほくそ笑んだように見えた。ゾージャは来れないと分かっていたのだろうか。
「申し上げます」
ゾージャが声を上げた。
「ラカンテ殿はナキータを連れて人間界に行くつもりです。ナキータを人間界には絶対に行かせたくありません」
ゾージャの申し立てにゴルガがびっくりしている。
「それはそうだが、なぜそのように思うのだ?」
「ラカンテ殿は竜王結界を持っておられます。そして竜王結界を持っているから人間界に行っても大丈夫とナキータを誘っています。しかし、彼の竜王結界は真っ赤な偽物です、偽物を頼って人間界に行くのは自殺行為です」
「ゾージャ殿!!」
ラカンテが一喝する。
「秘密にすると約束されたではありませんか!」
「それは竜王結界が本物だった時の話だ。偽物なんだから話しても差し支えないだろう」
「偽物なんかではありません!」
ラカンテが血相を変えて怒鳴る。
「偽物です、この目で確認しました」
「それは、あなたが本物だと見分けられなかっただけではありませんか」
「真偽の区別くらいできます」
ラカンテとゾージャが怒鳴り合いを始めたがゴルガがそれを止めた。
「ラカンテ殿、竜王結界をお持ちなのですか?」
ゴルガにそう聞かれたのでは嘘は言えない。
「はい……」
渋々といった感じでラカンテは頭を斜めに頷いた。
「それは素晴らしい、ぜひ見せて頂きたいものだが、いかがかな?」
「は……」
またまたラカンテは頭を斜めに頷いている。
「お見せしても構いませんが… ただ、私が竜王結界を持っている事は秘密にして頂きたいのです。竜王結界を持っていると狙われますからな」
そう言いながらラカンテはゾージャを横目で睨む。
「承知した」
ゴルガが請け負う。
「では…」
ラカンテは竜王結界の指輪をはめた腕をゴルガのほうに差し出した。その時、今井は指輪の蛇の模様がまったく動いていないのに気がついた。あれが本物なら今井に向かって牙を剥かないとおかしい。
「これが竜王結界でございます」
「おお〜」
ゴルガが感動している。
「それでは、結界を出してご覧に入れます」
ラカンテが何か呪文を唱えると黒い渦が出現した、結界だ。今井は渦の出現と同時に強い力を感じた。
「これが竜王結界です」
ラカンテは重々しく頭を下げる。
「なるほど、素晴らしい」
ゴルガはしげしげと渦を見ている。
「ゴルガがさまなら強い力をお感じのことと思います」
ラカンテが機先を制した、裸の王様作戦らしい。しかし、ゴルガは妙な顔をしている。
「ゾージャ、何か力を感じるか?」
「いえ、まったく感じません」
ゾージャは平然と言い放つ。
「わしもじゃ」
ゴルガがにやりと笑った。
「偽物に間違いありません。我らのような強い妖力を持った者が二人も竜王結界の力を感じないはずがありません。間違いなく偽物です」
ゾージャが得意そうに説明する。
「たぶんそうだろうな。ラカンテ殿、そなたは力を感じているのか?」
「はい、感じております」
ゴルガに聞かれてラカンテはそう答えたがかなり渋い顔をしている。
「ほう〜」
ゴルガが呆れたように顎を撫でている。明らかに信じてないといった雰囲気だ。
ラカンテは一縷の望み託したようにナキータを見た。
「ナキータさんは力を感じてありますよね」
今井はあわててしまった、力を感じているが答えに迷った。感じていると答えたらゴルガより妖力が強い事になってしまう。
「いえ…」
今井は小さな声で答えた。
「ナキータさん! 本当の事をおっしゃって下さい」
ラカンテが厳しい声を出す。しかし、そんな事を言われても困る。
「いえ、感じていません…」
「ナキータさん! あなたの妖力ならこの力は感じているはずです」
ラカンテは必死だが、やはり妖力がゴルガより強いというのは困る。
「いえ、本当に感じていません」
「そりゃそうであろう、我らが感じないのになぜナキータが感じているはずだと思うのか?」
ゴルガが不思議そうな顔をしてラカンテに聞く。
「いえ… ただ、なんとなくそんな気がしたものですから…」
「これで決まりじゃ、その竜王結界は偽物だ。だからその結界を頼りにして人間界などに行くでないぞ! 特にナキータを連れて行くなど絶対に許さん!」
「ははっ」
仕方なかった。ラカンテは深く頭を下げた。
「これでよいな。ではナキータ、ラカンテ殿を訪ねる日取りを取り決めるがよい」
「えっ!」
話の流れからいって行かなくていいという方向に進んでいると思っていたのに…
「心配無用じゃ、ラカンテ殿もあの偽物で人間界へ行こうとは思わんじゃろう。そうじゃ、これからラカンテ殿と一緒に行くのはどうかな?」
とんでもない話になっていく。
「いえ、それはいくらなんでも急過ぎます。いろいろと準備がありますので…」
「そうじゃな、女は男のようにはいかんか」
ゴルガは大声で笑う。何とか断われないかと思ってゾージャを見たがゾージャも驚いたような顔をしている。
「ナキータは魂の妖術はそれほど必要としておりません。それよりまず普通の妖術の練習が先決かと思います」
「ゾージャ、ナキータを自由にしてやれ。そなたのそばに彼女を縛り付けておくわけにはいかんのだぞ」
なんと、ゴルガはナキータの味方をしているような事を言う。
「いえ、縛り付けられてなどいません」
今井はあわてて訂正した。
「ナキータ、そなたの気持ちはわかっておる、ラカンテ殿の所で羽をのばすがよい。それに、そなたがあれほど知りたがっておった魂の妖術を習えるのだ。ゾージャの事は気にする必要はない。ゾージャが何か言うようならわしが叱っておく」
「はあ…」
もう、何も言い返すことができなかった。
「よし、わしが日程を決めてやろう。今日から三日後だ、三日後に出発するがよい。それなら準備する時間が充分にあるだろう」
「……」
今井は呆然とゴルガを見ていた。どうしてこうなるのだ。
今井は一人で家に戻って来た。まあ、いい方に考えるしかない。マドラードの時だって危なかったのだがなんとかなった。嫌がって力いっぱい抵抗すればなんとかなるだろう。それに、魂の妖術が習えるのだから自分のからだに戻るのに一歩近づくのだ。
その時ミリーが部屋に入って来た。
「ナキータさま、シクリナンさんが農園の収入の献上に先ほどお見えになりました」
「えっ、誰?」
いきなりそんな名前を言われても誰だか分からない。
「シクリナンさんです。ナキータさまの農園の管理をされている方です」
「農園?」
そう言えば、ナキータは農園を持っているとゾージャが言っていたが…
「これがそうです」
ミリーは箱をうやうやしくナキータに差し出した。今井は反射的に箱を受け取ったが、漆塗りの立派な箱で綺麗な紐で縛っである、まさに玉手箱だ。
「これは本当はシクリナンさんがお渡しすべきなんですが、ナキータ様がお留守だと伝えたら、あの方これを置いてさっさと帰ってしまわれたんです」
「帰った?」
「そうです。本当はシクリナンさんが領地からの収入を領主に献上すべきなんです。でも、あの方、悪い方ではないですよ、そういうぶっきらぼうな方なんです」
「はあ…」
「開けてみられません」
ミリーが勧める。
もちろん中身を見たかった。領地からの収入だと言う、つまりお金が入っているのだ。今井は紐をほどくと蓋を取ってみた。中には小判が何枚かと紙が入っている。
当然、お金に興味がある。まずは小判を取り出すと数えてみた。二十二枚ある、これが領地からの収入なのだ。
次は紙を取り出した。どうやら収入の明細書らしい。何行にもわたって穀物の種類とその数量らしき数字が書いてある。しかし、小麦や芋、大豆等が書いてあるのはいいのだが下の方にカエル、蛇、トカゲと書いてある。
「これは何なの?」
今井はカエルの所を指さしてミリーにみせた。
「カエルが二〇〇匹取れたんですね」
ミリーは紙を覗きながら答える。
「でも、農園でしょ?」
「ええ… 農園の収穫物ですね」
ミリーは怪訝そうな顔をしている。ミリーが不思議に思はないという事はここでは農園でカエルが収穫出来るのだ。いったいどんな所なのだろう、木にカエルがなるとでも言うのだろうか?
「ねえ、その農園って遠いの?」
「いえ、近くですよ」
近くと聞いて今井は急に行って見たくなった。
「案内してくれる?」
どうせ暇なんだしどんな所か行ってみたい。
「いいですよ」
ミリーも嬉しそうに答える、ミリーにとってもいい気晴らしになるのだ。
ミリーと一緒に飛び立った。ミリーは遅いから引っ張って飛ぶ。
かなり飛んだ。それ程近くでもなかった。険しい山は徐々に緩やかになり谷間に平地が広がるようになってきて、平地は畑になっている。ここで妖怪世界の食料を生産しているのだ。
そんな畑の上をどんどん飛ぶ。畑がうねりながらどこもでも広がっている。
「あそこです」
ミリーが指差す方を見ると、山のふもとのかなりの傾斜地に畑が広がっている。どうやらあそこがナキータの農園らしいがナキータの農園はあまり条件がいい所ではないらしい。
ミリーと一緒に畑の真ん中の空き地に降り立った。
作物らしき植物が一面に植わっているが人間界の植物とかなり違う。気持ちの悪いツルが伸びていてそれがクネクネ動いている。
「ツルに巻き付かれないように気をつけて下さい。食われちゃいますよ」
食われる! 今井は思わず周囲を見た。ここは空地で植物までかなり距離がある。
しかし、ミリーは笑った。
「失礼しました。ナキータ様が食われるわけありませんよね。食われるのは私達端妖怪の事です」
食われるって、この植物は食虫植物の様なものなんだろうか? しかし、端妖怪とは言え植物に食われる事もないだろう。聞いてみようかとも思ったが、あまりに馬鹿げた事を聞くと馬鹿にされるのが落ちだ。
「ここがナキータ様の農園です。あの山のふもとから、こちらの川の所までです」
ミリーが手を広げてぐるりと回る。なるほどかなりの広さだ。しかし、あたり一面に不思議な妖気が漂っている。今まで感じた事のない妖気だ。この妖気はこの植物から出ているのだろうか。
「今は豆の収穫時期ですね」
ミリーの言葉にあらためて作物をよく見て見ると、なるほどえんどう豆の様な実がなっている。しかし、カエルらしきものはどこにもなっていない。
「カエルはどこにいるの?」
「どこかに隠れています、捕まえてみましょうか?」
やっぱりそうだ。まさかカエルが木になるわけがない。
「ええ、捕まえてみて」
会話の流れとして今井は普通にそう答えたがミリーがちょっとびっくりしている、まさか捕まえてくれと言われるとは思っていなかった様な雰囲気だ。
「ああ…」
ミリーはしばらく渋っていたが、ナキータが捕まえなくていいと言ってくれそうにないと悟ると意を決した様に頷いた。
「わかりました、捕まえてみます。でも危なくなったら助けて下さいね」
危なくなる、カエルを捕まえるのに? しかし、ミリーはただ事ではない雰囲気だ。両手は大きく上に上げると腰を落として呪文を唱え始めた。
急にあたりの雰囲気が一変した。黒い湯気の様なものが湧き上がり始めた。ミリーがやっているのだ、なにしろミリーは本物の妖怪なのだから。しかも、危なくなったら助けてくれと言われているがいったいどうすればいい、ナキータは強いかもしれないか俺は弱い人間なのだ。
黒い湯気が徐々にカエルの形になった、巨大なカエルだ。それが激しくミリーに噛み付こうとしている。ミリーも必死の形相で手を振り絞っている。
もう鈍い今井にも何か起きているのか理解出来た。カエルも妖怪なのだ。そして、今、ミリーとカエルとの間で命をかけた戦いが行われている。もしミリーが負けたら… たぶんミリーは死ぬのだ。その時にはナキータに助けを求めて来るだろうが俺に何が出来る。今井はおしっこをちびりそうだった。
ミリーとカエルとの壮絶な戦いは五分くらい続いた。ミリーが汗びっしょりになっている。時々、ミリーは支援を求めるようにナキータを見るが今井にはどうしようもない。
しかし、徐々にカエルの姿が薄れてきた。黒い煙だったのが白い色に変わりつつある。そしてミリーに笑顔が出てきた。ミリーが大きく掛け声を上げると煙は消失してしまった。
ミリーが嬉しそうにカエルの足を掴んでそれを高く持ち上げている。カエルは一抱えもある大きさだ。
「ナキータ様、やりました。私が、私が、カエルを捕まえました!」
ミリーは実に嬉しそうだ。
「ナキータ様がやってみろとおっしゃってくれたおかげです。ついに出来ました。ナキータ様は私が負けそうになっていた時もじっと見ているだけでした、ナキータ様には私がまだ戦えるとわかってあったんですね」
「……」
今井は返す言葉がなかった。もしミリーが負けていたらと思うとぞっとする。たぶん、俺はミリーを見捨てて逃げただろう。
「これは今夜の晩飯にしましょう。私が捕まえたって言ったらみんなびっくりしますよ」
ミリーはカエルを嬉しそうに見つめている。
「ミリー、よくやったわ」
今井は見栄でミリーを褒めたが良心が激しく疼いた。
「今のはもっと早くアミを仕掛けた方が良かったのでしょうか?」
ミリーが戦い方について専門的な事を質問してくる。まさに猿から木の登り方について教えをこわれる様なものだ。
「いえ私は記憶がないからアミが何か分からないわ」
今井は冷たく答えるとミリーから目をそらして畑の方を見た。作物は綺麗に手入れされている。
「この作物の手入れは誰がやっているの?」
ともかく話題を変えたかった。
「ここには作物を育てたり収穫するために三家族の農夫が働いています。お会いになりますか?」
「農夫…」
そうか、農園には農作業をする人がいるのだ。しかし、その人達とナキータとはどういう関係になるのだろう、会うなら関係を知っておかないとトンチンカンな会話になってしまう。
「じゃあ、その人達も私の下僕になるの?」
「いえ、みんなシクリナンさんの配下になります。ナキータ様から土地を借りて作物を作る代わりに作物の一部をナキータ様に収める約束です」
なるほど小作人というわけだ。しかし、それでもこれは会っておいた方がいいだろう。
「どこに住んでいるの?」
「あそこです」
ミリーが上の方を指差す。ミリーが指差す方を見ると山の中腹あたりに粗末な家が何軒か建っている。彼らは道が必要ないから見晴らしがいい山の傾斜地に家を建てる習慣らしい。
「行ってみますか?」
「ええ」
今井は飛び上がった、ミリーが後からついて来る。
小作人達の家に近づいた。家は粗末だか建て方はゾージャの家と同じだ。柱を斜面に立ててその上に家が建っている。
幼い子供が数人、キャーキャー言いながら家の周囲を飛び回っている。ここに来て初めて子供の妖怪に出会った。
追いかけっこをしているらしいが、彼らは空が飛べるから人間の子供とはかなり遊び方が違う、屋根の上を飛んだり床下の柱をすり抜けたりと空中戦の様な追いかけっこをしている。
集落の中央に平たい所があってミリーはそこに降りて行く。今井もミリーに続いてそこに降り立った。
「これはこれはナキータさん、お珍しい」
声がした方を見ると精悍な感じの男が立っている。日焼けしていてシワが深く髪はボサボサだ。
「シクリナンさんです」
ミリーが教えてくれる。
「何か御用ですかな?」
彼、シクリナンは浮き上がるとナキータの方にやって来る。
「いえ、記憶を失ったものだから、何も分からなくなっていて、それで私の農園を見に来たんです」
「そうですってね、大変ですね。それにまずお祝いを申し上げます。生還おめでとう、大したもんだ、さすがナキータさんですな」
「ありがとう」
今井は硬くなって答えた。ちょっと取っ付きにくい感じの男だ。
「いやいや、本音を言うと、アンタらしくないドジをやったもんだ。封印されるなど間抜けのやる事です」
今井はあ然としてしまった、ズケズケと物を言うタイブの人らしい。
「法力使いが強かったんです」
「まあ、予想外の事はあるもんです。自分の力を過信しすぎたんですな。ところで先ほど誰かがカエルと戦っていたが、あれはナキータさんだったんですか?」
「私です」
ミリーが嬉しそうに捕まえたカエルを見せる。
「おお、これは立派なカエルだ。じゃあ、あれはミリーだったのか、ナキータさんの手助けなしで?」
「そうです」
ミリーが自慢げに頷く。
「それは大したものだ」
シクリナンは白い歯を見せて軽く微笑むと、ナキータに顔を寄せて来た。
「端妖怪に妙な自信を持たせるのは考えもんだ。ミリーはあのカエルと戦えると思ってしまっている。君がいない時にミリーがあんなカエルと戦う気になったら危険だ」
「えっ…?」
何の事だ? ミリーがナキータが近くにいるから大丈夫と思ってしまうのが危険なのはわかるが…
「君がわからないように手助けしたんだろう」
シクリナンはニヤリと笑う。
「いえ…」
今井は真実を説明しようとしたが言葉にならなかった。
「農園のみんなに会ってみるかい?」
シクリナンが聞く。
「ええ、ぜひ。みんなは?」
「小麦の収穫作業をしている。こっちだ」
シクリナンが集落のはずれにある小屋の方に向かって飛び始めた。今井もその後に続いた。いつの間にか子供達が集まって来ていて彼らも一緒について来る。
小屋の中では五六人がホコリにまみれて何やら作業をしている。みんなみすぼらしい格好をしていて貧しいのがはっきりとわかる。
「みんな、ナキータさんだ」
シクリナンが紹介すると彼らは作業の手を休めてそれぞれ挨拶の言葉を口にする。
「これでガルンスクの奴らが来ても大丈夫だ!」
シクリナンがそう言うと歓声の声がけ上がった。えっ、ガルンスクって何だ?
「この所、ガルンスクの奴等が時々顔を見せてましてね。正直、私一人ではヤバかったんですよ」
「はあ…」
ガルンスクって野党の様なもなのか…
「ナキータが戻って来たので、奴らもうかつには手を出さないでしょう。何かあったら使いを送りますからその時は頼みますよ」
シクリナンはナキータを頼もしそうに見ている。いや、だから、ナキータがいるから大丈夫だと思うのは危険なのだが…
「あまりあてにしないで下さいね。記憶がないんです」
「記憶がなくなたって妖力が無くなったわけじゃないんだろう」
シクリナンが茶化すように聞く。
「ええ… それは」
「だったら、大丈夫だ。あの妖力がありゃ怖いものなしだ。時々あんたはゴルガより強いんじゃないかと思うことがあるよ」
「いえ、まさか、そんな…」
今井は女らしく否定したが、シクリナンは眉をしかめた。
「あんた、牙が抜けちゃったなあ。まるで別人みたいだ。もっと強気のあんたが好きだな」
「いえ… 記憶がないとどうしても下手に出ちゃうんです」
またまた弱気の返事をしてしまった。
「う〜ん、変わったなあ、封印がよほどこたえたんだな。昔のあんただったら今頃は法力使いに仕返しに行ってるところだ、封印されて黙っているようなあんたじゃない、法力使いは皆殺しさ。その時は声をかけてくれ、俺もついて行くぜ」
すごく威勢のいい話だ。しかし、そんなの無理だろう。
「法力使いと戦って勝てるんですか?」
「あんただったら勝てるさ」
シクリナンは平気で答える。
「でも、どうやって?」
しかし、シクリナンは腕組みした。
「俺はあんたじゃないからわからんよ。でも、あんただったら勝てそうな気がするんだ、いつも自信たっふりだった」
「その自信過剰が災いしたのよ」
「そうかもな。しかし、封印されたのは何かドジをやったんだ。でなきゃあんたが封印されるなんて考えられん」
「私はそんなに強くないです」
これは今井の本心だったが、シクリナンは首をひねる。
「なあ、そんな丁寧な言い方はやめてくれないか。俺はあんたと戦ってコテンパンにやられてからはあんたの使いっぱしりなんだ。だから、もっとこう見下したような言い方をしてくれ」
「見下した…」
これが一番苦手なのだ。まして実力が伴ってないからなおさらだ。
「記憶がなくなって、相手がどんな人か分からないから誰にでも丁寧な言い方をしてるんです」
「なるほど、言えてる。じゃあ俺はあんたより下であんたに頭が上がらないんだから思いっきり見下していいぜ」
シクリナンは自分が下だと言う割には威張った言い方をする。
「承知したわ」
今井は口先だけで多少威張った言い方をした。
その時、子供がナキータの袖を引っ張った。
「お姉さん、強いの?」
人間なら五、六歳くらいの男の子だ。可愛い目でナキータを見上げている。
「いえ、それほとでもないわ」
「僕、強くなりたい。お姉さん教えてくれない?」
子供ながらに強い妖怪に憧れているのだ。
「いえ、人に教えるほど強くないわ」
これは謙遜でも何でもなくて真実だった。
「ナキータさんに教えてもらうのはもっと強くなってからだ、俺くらい強くてなってもまだ教えてもらえないんだぞ」
シクリナンは子供を追い払おうとする、しかし子供は動かない。
「お願いします、教えて下さい」
子供は必死な目でナキータを見上げている。こんな風にされるとちょっと可哀想になってしまう。この子は端妖怪の子供なのだろうか、端妖怪の子供なら端妖怪にしかなれないのだろうか、練習しても努力しても強くはなれないのだろうか。
「ほら、おいで。お仕事の邪魔をしたらだめでしょう」
母親らしい女性が子供を呼び寄せている。
「いつか、教えてあげる」
今井はそう答えずにはいられなかった。いつか妖術をもっと覚えたらあの子に教えてあげよう。ただ、妖術を教えてもらうような事にならないように頑張らなければならない。
「俺にはいつ教えてくれるんだい?」
シクリナンが冗談のようにして聞く。
「あなたもいつかね」
今井も冗談として答えた。
家に向かって飛びながら今井はさっきの事を聞いてみた。ミリーはちょっと首をひねっている。
「そうですね、通常は両親と同じですかね、蛙の子は蛙です。ただ時々トンビが鷹を産むこともあります。確か… ナキータさまのご両親は端妖怪だと伺っています」
今井はちょっと驚いてミリーを見た。そうだったのか、そういう事ならあの少年にも望みがあるわけだ。
「妖力は子供のうちに鍛えないと強くなりません。ナキータさまの妖力の素質をラポーラ様が見抜いてナキータ様をお鍛えになったと伺っています。もし、ナキータ様がラポーラ様に出会わなかったら、今頃ナキータ様は端妖怪だったかもしれません」
ミリーが意味ありげにニヤッと笑った。
そういうことだったのか、子供のうちに鍛えないとだめなのだ。今井はあの少年を鍛えてみようと思った。あの少年を鍛えたら強くなるかもしれない。それには今井自身が強くならなければならない。もっと妖術を習って練習しなければ。




