6話
ほんと、あのときは本当に大変だった。
まさか、あの二人があそこで喧嘩を始めるなんて思わなかったし。
咄嗟に「二人で勝負しない?」なんて変なことを言っちゃたけど、なんとか二人ともそれに乗ってくれた。
……いや、ほんと、助かったよ。
それに、エレナと付き合ってることが椎名以外にバレてなくて本当に助かった。
だって、ただでさえ椎名の幼なじみってだけで、男の子ちからしたら重罪レベルなんだよ?
そこへさらに、エレナと付き合ってる――なんて知られたらどうなると思う?
もう校庭の真ん中で火あぶりにされても文句は言えない。
……いや、逆の立場だったら、たぶん僕も火をつけてるか。
とはいえ、周りから見れば、僕はただ二人の喧嘩を仲裁しているように見えていたらしい。
……まあ、本当はその喧嘩の原因、僕なんだけどね。
そんなこんなで椎名とエレナは勝負することになった。
別に屋上でタイマンを張るとか、マリカーで決着をつけるとか、そんな話じゃない。
どうせ競うなら、それっぽい勝負のほうがいいかなと思って。
――デートをして、どっちが楽しかったかで決めよう。
そう、僕が提案したのだ。
……だって、あのままじゃ埒が明かなかったし。
……いや、今思い返すとすっごい痛いこと言ってるな、僕。
美少女二人とデートするってだけでも十分おかしいのに、そのうえ「どっちが良かったか僕が決める」とか、さすがに調子に乗りすぎだよ。
……なんかもう、思い出しただけで恥ずかしい。
お腹痛くなってきた。
土曜日。
昼過ぎに家を出た僕は、最寄り駅から電車に乗ってターミナル駅へ向かった。
いやぁ、平日でも人の多い駅だけど、土曜日ともなるとさらにすごいな……。
ここ、明日も来るのか。
デートプランは二人にお任せ。
僕は土曜日に椎名、日曜日にエレナと、このターミナル駅で待ち合わせすることになっている。
……ここ、学校の最寄り駅でもあるんだよな。
もしクラスメイトにでも見られたら、僕どうなっちゃうんだろ……。
うぅ、怖い。
そんな恐ろしい想像を振り払うように、僕は人でごった返した駅構内をすり抜けて、椎名との待ち合わせ場所へ向かった。
えっと……駅の西口、交番前。ここだよね。
待ち合わせ場所のあたりまで来ると、壁際に寄りかかるように立つ椎名の姿が見えた。
「ごめんっ!椎名。お待たせ」
「別に、お待たせも何もまだ15分前じゃない」
そう言って、椎名は呆れたように笑った。
ほんの一瞬、間が空く。
すると椎名が、じろりとこちらを見た。
「……なんか、言うことあるんじゃないの?」
「えっ……」
なにを……?
椎名より遅く来たこと……?
……あっ。
そっか。そういうことか。
改めて椎名の姿を見る。
白いブラウスに、淡いチェック柄のプリーツスカート。
腰には細めの黒いベルト。足元は茶色の編み上げブーツ。
――こう、あらためて思うけど、椎名ってオシャレだよなあ。
ファッションを磨こうとしてた春休みも、椎名にアドバイスをもらったり、一緒に服を見に行ったりしたっけ。
……てか、今さらだけど。
「ここで待ち合わせするくらいなら、僕が椎名の家まで行ったほうが早くない?」
「あぁ?」
……あっ、な、なんか間違えた?
さっきよりも鋭い視線が、僕の額を突き抜けそうなくらい突き刺さる。
……やっちゃった。
「奏多。ほんっと、女の子のこと全然分かってない。いい? 女の子とのデートがどれだけ大事か――」
わっ。
これはお説教モードに入るやつだ。
面倒くさいことになる前に、先に手を打つ。
「すごく似合ってるよ。うん、僕はすっごく好きだよ」
「……んっ」
不意を突かれたみたいに、椎名がほんの少しだけ頬をゆるめる。
ふと、そのときになって椎名の印象がいつもと少し違うことに気づく。
……あっ。
よく見ると、いつもより髪が少しすっきりしていた。
赤いセミロングの髪は、肩のあたりでふわりと内側に跳ねていて、前髪も目元にかかるか、かからないかくらいで綺麗に揃えられていた。
……すっごく可愛い。
幼なじみって関係じゃなかったら、今の椎名に気軽に声なんてかけられないよ、僕。
「椎名、髪切ってきた? すごく似合ってるよ」
……語彙力ないな、僕。
もっとこう、他に言いようあったでしょ。
「……っ、分かってるのか分かってないのか。……無自覚で言ってるんだからタチが悪い」
椎名は何か言いたげな顔で眉間にしわを寄せ、小さくうなっていた。
……なんだろう。
「というか。あんたのその格好」
「ん、おかしい? これ、椎名が春休みに選んでくれたやつだよ」
少し大きめに買っておいたグレーのカーディガンを羽織って、中には白のロングTシャツ。下はワイドデニムを合わせている。高校に入ったら、まだ少しは体も大きくなるだろうと思って、そのへんも見越して選んだ服だ。
それにどうせなら、椎名が選んでくれた服を着てくるのもいいかなと思ったのだ。
だって椎名みたいなおしゃれな女の子の隣を歩くなら、それなりの格好をしておきたかった。
……うん、良かった。
もし自分のセンスだけで選んだ服だったら、隣を歩く自信なんてなかったかもしれない。
「〜〜〜、あんたってほんと……」
何かを必死にこらえるみたいに悶えていた椎名は、大きく深呼吸をひとつすると、すっとこちらに手を差し出してきた。
「……はい」
「えっ?」
差し出された手のひらを見て、僕は目を瞬かせる。
「……デートなんだから。手を繋ぐのは当然でしょ?」
いやいや、そんなことしたら、こ、恋人みたいじゃん……!!
だ、駄目だよ。
そんなの、僕には――僕にはエレナがいるんだよ!?
「あー、もう。焦れったいなあ」
僕が躊躇していると、椎名が僕の右手をぎゅっと握ってきた。
……っ。
女の子の手って、こんなに……やわらかいんだ!?
自分の手と、全然違う。
うぅ……恥ずかしい。
な、なんの。
エレナに抱きつかれたときのほうが、よっぽど恥ずかしかったじゃないか。
負けるか。
椎名なんかに負けるもんか……っ!!
体が熱くなるのを必死にこらえていると、椎名の細くしなやかな指が、僕の指にするりと絡みついてきて――
って、これ恋人繋ぎじゃないか!?
こらえていた熱が一気に噴き出すみたいに、僕は慌てて椎名の方を向いた。
すると椎名は、案の定、面白がるようににやりと笑っていた。けれど繋いだ手だけは少しだけ熱くて、指先に力が入っているような気がした。
あ、悪魔だ。
悪魔がいる……!
絶対、僕が困るって分かっててやってるんだ。
くぅ……。
羞恥心と、エレナへの罪悪感とで、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「そ、それで……これからどこに行くの?」
「ん〜。それは、着いてからのお楽しみかな」
悪い顔で笑いながら僕の手を引いて歩き出す椎名に、僕は心臓をバクバクさせながらついていくしかなかった。
……こうやって椎名と手を繋ぐの、いつぶりだろう。
小学生のころ――いや、もしかしたらそれより前かもしれない。
隣を歩く椎名を、僕はこっそり横目で見る。
ほんと、いろいろ大きくなったよなあ。
胸とか。
太ももとか。
太ももとか。
その瞬間、繋がれた右手が思いきりぎゅっと握り締められた。
「奏多。今、いらんこと考えた?」
ゾッとするような冷たい椎名の声が飛んでくる。
「ぜ、全然っ」




