1話
「奏多、俺と付き合ってくれ……」
中学の卒業式。まだ肌に染みる3月の風が吹く校門で、僕は親友─中村優斗に告白された。
そして、僕─相馬奏多は気づいたら逃げ出していた。
靴がアスファルトを叩く音と、後ろで僕の名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたけど。
優斗の事が、……嫌いだからとかじゃない。恥ずかしかったとか、そういうのでもない。
……ただ、頭の中がぐちゃぐちゃになっちゃったんだ。
だって僕は男なんだよ?
なのに優斗から「付き合ってくれ」って言われた。それっておかしいよ。
……幼い頃からずっと言われてきた。周りの人から「 可愛いね」とか「えっ、男の子なの!?」とか色々言われて、その度に笑って流してきたけど、本当はずっと喉の奥に小骨が引っかかってるみたいだった。
……優斗が悪いわけじゃない。ただ純粋に想いを告げただけだから。
……悪いのは僕なんだ。
……でも、悔しかった。このままの自分でいたくないって、走りながら泣きそうな顔で思ったんだ。
だから僕は決めた。高校に入学するまでに、絶対に変わる。
まずは見た目。インフルエンサーの人が「今どきの男子は化粧をするべきっ!!」って動画で言ってたから、お小遣いを握りしめて、デパコスとか買って、学校にもしていけるようなナチュラルメイクを覚えた。
これで間違いなくカッコよくなった。
次に料理。料理男子はモテる――ネットかなにかの記事で見た。
だからお母さんに「料理教えて!」って頼んだら、「奏多もお年頃なのね〜」って嬉しそうに卵焼きとか肉じゃがとか一通り教えてもらい、お父さんに食べて貰ったら、なんかものすごく涙を流しながら喜んでくれた。
……なんでだ?
さらにファッション。
雑誌やSNSを見て春物の服を買い揃えて、美容室ではイメージ通りの髪型の写真を見せて整えてもらった。
……うん、完っ璧。
春休みはほんとうにあっという間だった。
入学式の朝。僕は洗面所の前で立って、最後のチェックをする。
……うん、よし。
鏡の前にいる僕は、もうあの時の奏多じゃない。最っ高にカッコよくなった奏多がいる。
今日から最高の高校生活が始まる。クラスに馴染んで、最高の友達を作って、そしていつか最高の彼女ができて。
そう思って胸を張って校門をくぐってから、1ヶ月。
僕は――
「相馬さん、俺と付き合ってくださいっ!!」
同じ学年の男の子に告白されていた。
◇◇◇◇
「あっはっは」
「も〜、笑い事じゃないよ」
朝のホームルーム前。僕の前の席に腰かけた幼なじみ――森椎名が、赤い前髪を揺らしながら大笑いしていた。よっぽど、面白かったのか何度も机の上を叩いていた。
僕は小さくため息をつく。
「だって、奏多。あんた入学してから、もう何回目〜?」
「……知らないよ」
「中学の卒業式の時。あいつに告白されてから皮切りにもう、13回目。」
「なに数えてんのさっ!!」
「そりゃ、奏多。毎回、告られる度に泣きそうな顔してあたしに話してくるんだし。いやでも覚えてるって」
……これだから幼なじみってやつは。家が近所ってだけで僕の黒歴史をほとんど知っている天敵みたい女の子。
「でも、なんでかなあ。どうしてこうなるんだろう」
僕はペっしょりと机の上に突っ伏した。そりゃ、もう、スライムみたいに。
「奏多さあ、マジで言ったんの?」
「えっ?」
呆れた声を漏らす椎名に僕は顔を上げる。
「どうも、何も、あんたのその格好よ」
「ええっ!?」
なにが、なにが問題なの!?
椎名の一言に僕は立ち上がって身を乗り出した。
「どっからどう見ても女よ。あんた」
「……っ!?」
お、女の子……。ぼ、僕の、見た目が!?
「あ、あれかな。化粧がまずかったのかな。うん、男が化粧するのはちょっとあれだよね。でも今どきは――」
「いや、それもあるけど。髪型よ、髪型」
「そんなっ。僕、これ見せて切ってもらったんだよ!?」
僕は美容師さんに見せた、男性モデルの写真が映ったスマホを椎名に突きつける。
「女の子がそれ見せてきたら、その子に似合うように美容師さんが切ってくれるに決まってるでしょ」
「…………」
ぴしゃりと言い切られて、僕は膝の力が抜けたようにふらりと椅子に座り込んだ。
……こんなはずじゃないのに。あんなに頑張ったのに。
そんなときだった。
「よぉ、かなっち、椎名。おはよー」
ポニーテールを揺らしながら、ひらひらと手を振って僕のクラスの陽キャ女子――櫻井さんが近づいてきた。
……っ、いけない。
こんな情けない姿を見せる訳にはいかない。僕は頭をぶんぶん振って気持ちを切り替えた。いつものかっこいい奏多でいないと。
「おはよ、櫻井さん。あっ、もしかしてリップ変えた?」
「さっすが、かなっち!よー気づいたじゃん」
「えへへ」
──そう。モテるためにはこういった女の子の変化に気づかないとね。
……っ!
教室に入ってきた、おさげの女の子――小宮山さんの姿を見つけた瞬間、僕は鞄から本を取り出し、そのまま彼女のもとへ向かった。
「おはよう、小宮山さん。これ、この前おすすめしてくれた恋愛小説。僕も読んでみたんだけど、すっごく面白かったよ」
「ほ、ほんとうですか……!? よかったです。……そ、相馬さんの好みに合うかなって、ちょっと心配だったので」
「僕、こういう話好きなんだ。特に終盤のお祭りのあとの告白シーン、すっごくよかったよ」
「わ、私もです!」
どんな女の子にも積極的に。
ちゃんと相手の好きなものに興味を持って、会話を合わせること。
うん、これがモテる男として完璧な立ち回り。
……それはそれとして、あの小説は普通に面白かったなあ。
「よお、奏多!」
……っ。
小宮山さんと話している途中、横から声が飛んできた。
……っ、陽キャだ。
僕のクラスのサッカー部の男子二人。
ルックスが良くて女の子からの人気がすこぶるいいらしい。
……くぅ、羨ましいよ。
「この前の土曜、試合見に来てくれてありがとな。先輩らも喜んでたわ」
「そっか。また機会があったら見に行くね」
僕は二人に向かって、にこっと笑って手を振り返す。
本音を言えば、……陽キャと関わるのは疲れるから、ちょっと面倒くさい。
……でも、うまく学校生活を乗り切るためだ。ここは愛想よく、愛想よく……。
……というか、なんで僕が行くと先輩たちまで喜ぶんだろう?
ほんと意味が分からない。
すると、また割って入るように声が飛んできた。
……ん?
見ると、オタク友達の男子が二人がこちらに来ていた。
「相馬さん、相馬さん!」
「ネトフリ限定から人気がでたあの話題のアニメ映画見た?」
「俺ら二人で映画館で観に行ったんだけどさ」
「特にライブシーン、めっちゃ良かったよな」
「わかる、わかる! しかも作品の作り込みもすごかったし、ボカロ原曲へのリスペクトも――」
あっ……!!
勝手に盛り上がり始めた二人を、僕は慌てて制した。
「待って待って。僕、まだ見てないからネタバレはだめだよ〜」
……ふぅ。
危うくネタバレを食らうところだった。
まったく。
二人とも、オタク仲間に対して禁じ手を使おうとするなんてひどいよ。
――そんなことを思っていると、椎名がじぃっと僕を見ていた。
……な、なんだよ。
椎名は大きくため息をついて、呆れたように言う。
「……奏多、いつか刺されるぞ」
「なんで!?」
僕は飛び跳ねるように声を上げた。
な、なんて……お、恐ろしいことを言うんだ。
まったく……僕が何したっていうのさ。
「でも、まあ、そうね」
「…………?」
「奏多、まあ、ある意味じゃ完璧に高校デビューできてるか」
ふふん。
何を今さら。そりゃあ、もう、いっぱい頑張ったんだからね。
「この調子なら、彼氏の一人や二人くらいすぐできるんじゃない?」
「……っ!!」
椎名が、猫みたいに意地の悪い顔でにやにやしてくる。
むぅぅ〜〜〜……。
僕は男だ!
彼氏なんておかしいに決まってるだろ!!
……椎名め。
バカにして。そんなにバカにして。
いいよ、分かった。
絶っ対に見返してやる。
椎名が腰を抜かすくらい可愛い彼女、作ってやるからな!!
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