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 7月 7日 ワタクシとヒゲの環境保護(5.5k)

は、【環境活動家】であったのだ」


 晴れた日の夕方、小屋の中でロイがまたなんか変な事を言い出した。いいことでもあったのか、すごく楽しそうだ。

 でも、今の私はそれどころじゃない。


「どうした? イブ。最近元気ないな」


 5日前、あのアホが剣を持ってやってきた。

 世界を焼き払おうと思ったけど、描きかけの絵を焼き払うのが勿体なかった。

 だから、咄嗟に剣を砕いて両腕を焼き切って軽く潰して追い払った。


 その絵は描き上げて完成してる。もう終わりでもいい。

 ロイも居る。男達4人も食べ物をくれる。まだ飽きてない。むしろ楽しかった。

 でも、あのアホの声を聞いて、なんか冷めた。


「そうだ。この季節なら【七夕たなばた】をしても面白いかもしれん」


 物知りなロイから聞いたことが無い単語が出てきたので、つい気になってしまう。


「何? その【七夕たなばた】って」


の前の世界の言い伝えでな、まぁ、国は違うんだが、【織姫】という女に【彦星】という男が会いに」 シュボッ

 

「アウアァァァァァァァァァァ!!」 ドタン ゴロゴロ ドタン ゴロゴロ


 ロイのチョビヒゲを焼いてやった。


 私は村で【お針子】をしてた。

 男が会いに来るなんて思い出したくない。

 焼くかどうか迷っていたけど、ロイまでそんなことを言いだすならもう全部焼いてやる。

 世界は終わりだ。溶岩の海だ!


 ドドドドドドド


「アァァァ! イブゥゥ! なんてことをしてくれるんだぁぁぁぁ!」


 床で転がってたロイが起き上がってこっち来てスゴイ勢いで叫んだ。

 ロイだけど、ヒゲの無い顔はなんかロイじゃないような。


「誰?」


「イブがのヒゲを焼くからだろうがぁぁぁぁぁ! ヒゲはのトレードマークでもあり、アイデンティティでもあるのだぞ!」

「いやでも、ヒゲはヒゲでしょう」


「ヒゲが! ヒゲが無いとだと分からんだろ! 前の世界でもそうだった! 部下ですら、の事をヒゲで認識しとった! だから毎日ヒゲの手入れは入念にしておったのだ! イブも知ってるだろ!」


 確かにロイは、毎朝鏡台の前で丁寧にヒゲの手入れをしてる。


 専用のカミソリやハサミは【貢物みつぎもの】を届けてくれた人たちに絵で説明して欲しい物を作らせてたし、予備もちゃっかり3本確保して、鏡台の引き出しに防錆油を塗って大切に仕舞っているのも知ってる。


「この前【人材活用上手】を自称してたけど、部下にヒゲ扱いされてたんならそれ詐称じゃないの?」

「だったらイブはの事を何だと思っておったのだ!」


「ヒゲね」

「そらみろ! ヒゲが焼け落ちたの顔見て【誰?】とかつぶやいたの聞こえておったぞ!」


 聞こえてたか。

 まずかったかな。それで怒らせたかな。

 フォローしないと。


「でも、その顔も別人みたいでカッコイイと思う。せっかくヒゲがなくなったから、絵を描いて残しておきたい」

「ヴァステェェェェェェン! ヒゲの無い顔で肖像画を残されるぐらいなら、世界を滅ぼしてやる!」


「ちょっと! そんな理由で世界を滅ぼそうとしないで頂戴! 戦後の混乱で大変な中、皆頑張って生活してるのよ!」

「関係あるか! どうせは【大罪人】だ! 数百万の罪のない一般市民を殺した歴史上最悪の【悪人】だ! どう死んだって【地獄】なんだから、せめてアイデンティティは守ってやる!」

「意味が分からないわ! 落ち着いて頂戴!」


「ヒャァァァゴオォーォォォォットォォォ!」 ジタバタジタバタ


 ロイが地団太踏みながら絶叫してる。

 めんどくさい! なんてめんどくさい!


「分かったから! 治すから! 火傷を治してヒゲを伸ばせばいいのね!」

「できるのか!」 クワッ


「【回復魔法】の応用でできると思う」

「ならば頼む! 早急に頼む!」


「でも、それするとしばらくロイは寝ることになるけどいいの? さっき何か言いかけてなかった?」

「ヒゲが先だ! 最優先だ!」


「分かったから。ちょっとこっち来て横になって頂戴。私の脚の上に頭乗せて」

「膝枕か!」


「膝は無いけどね。細かい作業になるから治すところ近くで確認したいの」

「くれぐれも正確に頼むぞ! ヒゲの形が変わっても別人になるからな!」


 本当にめんどくさい。

 ロイは、ヒゲが絡むとめんどくさい。

 途中から斬られた太腿ふとももの上にロイの頭を乗せて【回復魔法】。


 膝の無い膝枕。

 でも、これは膝があったらできなかった。

 私の元の脚は外洋人のそれと違って、完全にまげて座ることはできないのだ。


…………


「すまん。取り乱した」


 本当にね。

 でも、原因はヒゲを焼いた私だ。

 

 【回復魔法】で火傷を治して、ヒゲを伸ばした。

 しばらくして目を覚ましたロイは、すごい勢いで鏡台の方に行って、ヒゲの形を整えて、しばらく鏡を見たら復活した。


 このヒゲは、本当にめんどくさい。


「それで、落ち着いたロイは、今日は何をしたいの? もうすぐ日没だから今日はあんまり時間無いわよ」

「【環境活動家】としてな、川を綺麗にしたいのだよ」


「川って、ヴァルハラ川の事? なんかもう今は川ですらないけど」


 中央ヴァルハラ市の大爆発で大穴ができた時、盛り上がった土砂で川はせき止められた。今はその上流側に水が溜まって大きな池になっている。

 世界を見通す力で現状を確認できるから、それを地図上に描いてロイと確認するのが最近の朝の日課になってた。


「ああやってせき止められた川を【災害ダム】と呼んだりするんだがな、はアレを何とかしたい」

「いいんじゃないの? このまま水が増えればそのうち決壊するだろうし」


「イブはこの前【さけ】の絵を描いておったな」

「描いたわ。大きいのが描けたから、この部屋の上の方に飾りたい。そして、季節が来たらたくさん食べたい」


「食べたいと言っても、このままでは今年は【さけ】は食べられん」

「何でよ! この近くのヴァルハラ川に毎年たくさん来るのよ!」


「イブは知らんのか? 【さけ】は海から川を遡上してここまで来るのだ。だから、川の下流が干上がった今の状態では、【さけ】は来ない」

「そんな! 大変! 今すぐあの【災害ダム】を吹っ飛ばして、川を海につなげないと!」


「待て! そんなことをしたら濁流が川から溢れて川も流域も滅茶苦茶になる! そんな汚い所に【さけ】は来ない」

「じゃぁどうすればいいの?」


「簡単な話だ。掃除をしてやればいい。川沿いに街があった影響で、中流から下流側は汚れが溜まっておるだろう。あと、あの大穴も埋めてやらんと、あんなところに巨大な湖があったのでは【さけ】が迷子になってしまう」


 ロイがいつもの地図を取り出して、掃除する場所や地形を修復する箇所を追記しだした。


「うーん。まとめて焼き払うなら【最終魔力】でできるけど、掃除とか、地形の細かい修正は難しいと思う」

「だから、【魔物】を使うのだ。先日【横取り】したものの中に、良い材料があってな」


 ロイはポケットから何かの金属片を取り出した。

 焼け焦げて臭いは残っていないけど、この質感は私の両脚を斬り落とした剣だ。

 思い出したくない物を目の前に出されて怒りがこみあげる。


「この破片は、元は【剣】だったようだな。男にとっては【剣】を折られるだけでも辛いものだが、はその残骸を横取りして、さらに禁忌の術の材料にしてまでしまうのだ」


 確かにこの金属片は、以前【オバケ】を作った時に使った材料と同じで、【魔力の波動】に反応しそうな感触がある。

 いや、前使ったものよりも強力だ。この欠片1個で【オバケ】1体ぐらいは作れそう。


「剣を折られて、横取りされて、それが禁忌の術の材料に。元の持ち主にとっては、これは最悪の仕打ちだろうなぁ。はこの世界でも【大罪人】に違いない」


「いいわね。いいわね。この欠片、沢山あるのよね。元が【剣】だと分からないぐらいにバラバラの粉々に砕いて、魂を冒涜する禁忌の材料としてしまいましょう」

「そうだな。もう、元の持ち主が泣いても泣ききれないぐらいに、人道に反した禁忌の術にこっぴどく使い込んでやろうぞ」


 ロイが座敷席の隅から小さい木箱を出してきた。

 

「この中に、バラバラに砕いた欠片の一部が入っておる。イブがこの欠片一つ一つに【生命の波動】を付与してくれたら、あとは小屋の方で処理できる」

「いいわね。【オバケ】は恐いから、私が見なくて済むのは助かるわ」


「一度に作ると、の仕上げが追いつかんからな。いまのところは1日10体ぐらいを目安に、明日から頼みたい。数が揃ったら川の掃除と流域の修復工事をするのだ」


「季節に間に合うようにお願いね」

「うむ。分かっておる。産卵のために故郷に帰って来る【さけ】が喜んで遡上できるぐらいに綺麗な川に仕上げてやろう」


 そうか。【さけ】は産卵のために帰って来るのか。

 命と引き換えの産卵のために、はるばる海から川を遡上して帰って来る。

 そのための川は、近くだけじゃなくて全部が大事なんだ。


「いいわね! やっぱりロイは最高だわ! ヴァルハラ川を最高に綺麗な川にしましょう。帰って来る【さけ】のために!」

「うむ。それが【環境活動家】としてのの仕事だ」


「でも、川を綺麗にした後【オバケ】はどうしようかしら。ここに集められても恐いし」

「イブよ、【環境保護】は掃除して終わりではないぞ。川を汚されないように見張っておく必要がある」


 確かにそうだ。何を考えてるかわかんないけど、外洋人は普通に生活していても周りを汚すし、掃除もしない。川沿いの街も汚水を川に流していた。

 川をせっかくきれいにしても、川沿いに街なんて作られたらまた汚されてしまう。


「そうね! もう、川に人が近づけないように通せんぼしてしまいましょう! 掃除が終わったら、あの【オバケ】達に川を守らせるの。もう街なんて作らせないわ」


 ロイがちゃぶ台の上の地図にまた何かを追記し始めた。

 ヴァルハラ川の南側、ヴァルハラ平野を東西に横切る線を描いている。


「川沿いでなくても、近くに街ができると奴等は汚水を流そうとするからな。流域のヴァルハラ平野を広範囲に通せんぼしたほうが良いな」

「そうね。川を汚す連中はヴァルハラ平野も立ち入り禁止よ。そうだ。この山も汚されたくないから、上流側まで広範囲に通せんぼしたいわ」


「そうだな。河川の工事が終わったら、この周辺にも【魔物】を配備して通せんぼしてやろう。工事計画や防衛線の構築はに任せたまえ。得意分野だ」

「お願いするわ。綺麗な川を維持できれば、また毎年【さけ】が帰って来るのね」


「来るとも。【さけ】は綺麗な川が大好きだからな」

「楽しみだわ。川を最高に綺麗にして、喜んでここまで帰って来た【さけ】を私が美味しく頂くの!」


「……可哀そうとは思わんのか?」 ボソッ


「何? 私に【さけ】を食べるなって言うの?」 クワッ


「いや、そういうわけではないのだが、海からはるばる産卵に来た【さけ】を捕食するのに躊躇は無いのかと……」

「その卵が美味しいのよ!」


「そうか……美味しいのか……」

「何なの! 何が言いたいの? まさかまだ食べ物に対して変な主義主張を出す気? 植物だって【命】なのよ! いままで散々【命】を食べて生きてきたくせに、私が食べようとしたらそれを否定するの? ここで狩りをたくさんして、殺したでしょ! 解体したでしょ!」

「いや、その、確かにその通りなんだが……」


 ロイの発想がたまに分からない。

 【菜食主義者】とか言ってたけど、それが何なの? 植物を【命】と数えてないんだったら、そのほうがよっぽど生命を冒涜してる。

 そもそも、外洋人もロイと同じで、食と命の扱い方がなってない!


「だいたい! 動物の命を憐れむくせに、【戦争】とか言って食べる気も無いのに殺すのは一体何なの! 殺したならちゃんと食べなさいよ! 食べもしないのに殺すんじゃないわよ!」

「いや、その、それを食べるというのは……」


「共食いが難しいのは分かるわ。でも、殺すだけ殺して亡骸放置とか、最悪でしょ! そんなことされたら、その【命】と【魂】は報われないじゃない! 生命への冒涜よ! 何考えてるの! そんなことしてるから世界が無茶苦茶になるのよ!」

「そうだな。確かに良くないな」


「私は食べなくてもあるていど生きてはいけるけど、それは死なないってだけで、生きる実感を感じるには食べる必要があるの! 【捕食者】がアイデンティティなの! 命を頂くことで生きる。これが大事なの! だから、食べ物は大事なの!」

「そうだな。イブの言うとおりだな。食べることは大事だ」


「そうよ! 食べ物は特別に大事なの! 理解して! 生きるならちゃんと理解して!」


 ロイがめんどくさそうな顔をしている。

 だけど、私は決してめんどくさくない。


 これは大事なことだ。

 私は【さけ】を食べたいのだ。

 卵を抱えてヴァルハラ川を遡上してきた【さけ】を食べたいのだ。


 ロイが私のために獲ってきてくれる【さけ】を美味しく食べたいのだ。

●オマケ解説●

 ヒゲが絡むとめんどくさい元・総統閣下。

 部下にヒゲ扱いされていたかどうかは定かでは無いが、あのチョビヒゲが無いと別人顔にはなってしまう。

 でも、そのめんどくささのおかげで、今日も世界は救われた。


 食べ物が絡むとめんどくさい、脚無獣人女。

 世界を見通す力を得ていろいろ知ってしまったがために、外洋人の振る舞いについて言いたいことがたくさん出てきたようだ。

 特に、捕食目的以外での殺しは許せない模様。

 確かに、人間以外でそんなことする生き物居ないね。


 そして【魔物】の量産化計画が始動。

 彼等の任務は崩壊してしまった地形の修正と、周辺の警護。

 それはつまり、国境線の分断にもなるという。

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― 新着の感想 ―
あのチョビヒゲがないと、確かに誰だか分からない気がします。(笑) チャップリンのそれも、総統閣下の動画もやっぱりヒゲで認識してますし。 ただ、それで世界滅ぼすとか、エヴァ嬢とドッコイドッコイのめんどく…
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