5月 6日 王子と会議の事情(2.9k)
ユグドラシル王国首都中心部にある王城区画内。王城中心部にある会議室で、クリーク王子が議長となり、残った議員と大臣で会議を行っていた。
深い堀と強固な城壁で囲まれた王城区画は、暴徒に取り囲まれていて孤立している。
その暴徒の大半は、停電と大地震で家と家族を失った首都の市民である。
会議室に集まった議員は8名、大臣は4名。
ユグドラシル王国政府中枢の人数がこんなに少ないわけではない。
王城区画内に残っていた議員と大臣を会議室に集めたら、これだけしか居なかったのである。
あの大爆発が発生した日、終戦協定の詳細を詰めるために国王だけでなく多くの議員と閣僚が中央ヴァルハラ市に出張しており、全員帰らぬ人となった。
そして、大地震発生時に首都の市街地に居た議員数名は、瓦礫の下敷きとなり死亡。
さらに、王城区画内で難を逃れた議員と大臣数十名が、軍不在でままならない救助活動の支援のため持てるだけの非常食を携えて被災地に急行し、そのまま帰っていない。
その数日後、王城区画を出た議員達が非常食を携行していたことより、王城区画内に食料があると考えた被災民が王城区画前に集結。
確かに、王城区画内には災害時用の非常食の備蓄はあったが、人員不足で炊き出しができなかったため、集まった市民は暴徒に。
王城区画内を暴徒から守るため、入院していたユグドラシル王国軍の傷病者を動員し、堀の橋を落として区画を封鎖。
この作戦を行う中で、王城内に残っていたユグドラシル王国軍の軍人は全員死亡。
『上級国民はくたばれー!』
『市民を見殺しにするのかー!』
『食料を独占するなー!』
『俺達の生活を、家族を、日常を返せー!』
『国民を見殺しにする暴君を断罪しろー!』
暴徒達は怒声を上げながら、城壁への投石を繰り返している。
エスタンシア帝国軍が遺棄した【機関銃】や【榴弾砲】による攻撃も散発的に続いており、その度に市民に犠牲が出ていた。
そんな状況を打開するため、残った人員で連日会議を開催しているが、進捗は芳しくない。
「そもそも、この状況は、多くの真実を【隠蔽】していた王族の責任ですぞ!」
「その通りだ。政治的判断に必要な多くの情報を意図的に隠されていたのだ。まともに国家の運営ができるはずがない」
大臣達が王子を糾弾する。
状況を打開するため、クリーク王子は王族と一部の軍人だけしか知ることが許されなかった機密事項を、会議参加者に公開した。
ユグドラシル王国とエスタンシア帝国の関係。
ユグドラシル王国で過去に行われていた原住民根絶計画。
そして、この地に漂着する前の、祖先であるカブライ人の歴史。
「この国の産業構造は昔から不思議に思っていましたが、【クロワッサン計画】と【ホストクラブ】の事を知ったら合点がいきましたよ。この首都が地方都市に対して無駄に豪華なのは、原住民根絶のためだったんですね」
「生産力以上の消費を続ければ破綻することぐらいわかるでしょう! 王族は何を考えていたんですか? 根絶作戦終了時に軌道修正していれば……」
与党議員も糾弾するが、これに対してはクリーク王子にも答えはある。
「10年前の議会の議事録を見てくれ。根絶作戦終了時に父上は財政緊縮と首都の再開発計画を提案していた。それに猛反発したのは当時の議会だ」
「説明不足でしょう! 国民が生活レベルを落とすのを抵抗するのは当然です」
「支持を得ようとするなら、説明するのは当然です。国王は説明責任を果たさなかった。これは王族の責任です」
議員達が言うことも分かる。だが、それを説明できるはずがない。
国家ぐるみで原住民の女達を殺害したことが原住民の男達にばれたら、逆襲される危険性があった。
規格外の怪力を誇る【鬼人】と、大火力魔法を使える【獣人】。
正面から戦えば、下手するとこちらが根絶されてしまう。
もし情報が洩れて彼等を怒らせてしまった場合に備えて、可能な限り強固に作ったのがこの王城区画。
襲い来る原住民から市民を守る籠城戦のために作ったが、今は暴徒と化した市民に囲まれて自分達が籠城している。
とんでもない本末転倒だ。
「当時、父上が【専決処分】で強行しておけばよかったのかもしれん」
「王子! 【民意】を冒涜する【専決処分】こそが、民主主義の根幹を破壊する間違った仕組みです。これは即刻廃止すべきです」
「そうです。工業先進国であるエスタンシア帝国にはこの仕組みはありません。そもそも、我々が【戦争】になってしまったのも、この邪悪な仕組みが原因です」
エスタンシア帝国は、この仕組みが無かったことで民意の暴走を止められなかった。
ユグドラシル王国も【専決処分】は戦争回避のためにしか使っていない。
それを無視して議員達は勝手な事を言っている。
「それも含めて、戦後の政治体制の検討は必要だが、今、この場をどうするのかを議論したい。先ずは戦争を終わらせる必要がある」
「責任から逃げるのですか王子! そもそも、国王の【裏金疑惑】も未解明です。何か新しいことをする前に、たまりにたまった【疑惑】の責任の所在を明確にすることです!」
「その通りです。政治家は責任から逃げてはいけません。王族が招いたこの悲惨な状況の原因を、国民に対してしっかりと説明する責任があります」
戦争の終結と戦後の枠組みについて話し合った議員と大臣達は、あの日、中央ヴァルハラ市で犠牲になった。
国民を守ることを最優先するという志を持った与野党の議員達は、被災地救援の為に王城区画を出たまま帰らない。
カミヤリィ議員も王城区画を出ようとしていたが、今彼を失うわけにはいかないので、王城の地下牢に拘束してある。
他に王城区画内に残っているのは、王宮メイド数十人ぐらい。
人数が少ないので、備蓄されている食料でもしばらくは籠城が可能ではある。
しかし、籠城している故に、外部からの情報が全く入ってこない。
戦争がどうなったのか。ユグドラシル王国全土が、今どのような状態なのかすら把握できていない。
事態解決の糸口が見えない。
「王子。この機密資料にある【姫】というのは何でしょう。塔に居住しているそうですが、王妃様ではないですよね」
機密資料を見た議員が質問。
「ああ、【姫】か。父上がスカウトしてきたアドバイザーなんだが、詳しいことは聞いてない。今は王宮メイドの総指揮を任せている」
「本当に困った王族ですね。国王には【愛人疑惑】まであったんですか? 王子。【説明責任】ちゃんと果たしてくださいよ」
「アレが父上の【愛人】? 無いだろ。確かに美人ではあるが……」
「王子。知っての通り、我が国では、【不倫】は重罪ですぞ!」
何は無くとも、首都の被災者に、水と食料を届けたい。
しかし、暴徒となった市民を止める手段は無い。
そもそも、首都全体に行き渡るぐらいの食料の備蓄は無い。
そして、会議も全く回らない。
「王とは、王族とは、何だろうな……」
●オマケ解説●
非常事態なのに、責任追及の連鎖で回らない会議。
そこに【機密開示】という燃料を投下して【炎上】させる困った王子様。
批判や糾弾だけがやたら得意な人って居ますよね。
付加価値を産み出すことは無いけれど、目立つから仕事できるように見えてしまう。
だけど、そんな連中だけが残ってしまった集団はとんでもないことに。
集団の力は良くも悪くも相乗効果。
1未満の数を掛け算に加えてはいけません。
人選は大事です。
そして、【姫】。
アドバイザーとは聞いても、この【姫】を会議に呼び出す発想に至らないのは、女は政治に関わるもんじゃないという価値観故。
この国の男達は、女性に対しては大正時代、戦前昭和時代な考え方を持っている。




