5月 4日 ワタクシとヒゲの話し合い(2.9k)
「余は、【交渉上手】であったのだ」
ちゃぶ台で朝食の【コオロギ素揚げ】を食べた後、ロイがまた変なことを言いだした。
「その【交渉上手】のロイは、何の話し合いをしたいのかしら」
「食料が乏しくなってきてな」
確かに、村の男達が残した昆虫食のパックは残り少ない。
森の中で木の実や山菜を採るにしても、ロイが食べていくには心許ない。
「まぁ、私は食べなくても死なないけど」
「そうなのか。だったら」 「でも!」
「残った食料節約するために、私の分をナシにして、ロイだけ食べるなんて言い出したら、今すぐ世界を焼き払ってやるわ!」
「アオォォチ!」
私は魔法の力だけで生きていくこともできる。
常に食事が必要で、しかも、外洋人並みに食べられるものが限られるロイの事を考えると、そうしたほうがいいのは分かる。
だけど、純粋に腹立たしい。
そんなことをされるぐらいなら、全部終わらせてやる。
「ヤー……。余が言いたかったのは、そういうことじゃない。近くに街や村はないかということだ。食料を買いたいのだ」
「それならそうと先に言いなさいよ。世界が終わるところだったじゃない」
座敷席の横には、金貨が大量に入った箱が積んである。
村の男達が【発電所】で働いていた時にもらったもので、埋めてあったのを昨日ロイが掘り当てたのだ。
掘り当てた時に何故か大喜びして、目の色変えて全部掘り出して、小一時間ほどジャラジャラと金貨をかき回して遊んでいたけど、なんか急に冷めたみたいで、すごく落ち込んでいた。
外洋人も金貨がやたら大好きだから、ロイの習性は外洋人に近いのかもしれない。
「金貨は食べられないからな。買い出しに行きたい。そして、できれば人を雇いたい」
ロイがユグドラシル王国の広域地図を取り出して、ちゃぶ台上に広げる。
「余の見立てでは、現在地はここで、川沿いの最寄りの大都市は徒歩で一日といったところか」
ロイが地図上で示した位置は合っている。
文字が読めないけど、周辺の地形や太陽の動きから判断したのだろう。
地図上での最寄りの街への距離感もそんなに間違ってない。
やっぱりロイは賢い。
だけど、今は少し違う。
「今はこの地図が正確じゃないわ。【戦争】のせいでね」
私は、世界を見通す力に覚醒している。
だから、今、世界がどうなっているか分かる。
色鉛筆で地図に今の世界の状態を追記していく。
ヴァルハラ川中腹に大穴を描き、その上流部には川がせき止められてできた大きな池。
その大穴が出来た時に消えた街を×印で消して、その後の戦闘やら暴動やらでダメになった街も×印で消していく。
西部の山岳地帯や南部の鉱山地帯も、大穴が出来た時の大地震で被害を受けている。それで放棄された街や村も×印で消していく。
それを見ているロイの顔色が変わっていくのが分かる。
「今はこのぐらいね。残っている街も食料不足や暴動で消えそうな所は多いわ」
「ヤー……。酷いな……。これは元の人口の7割ぐらいが死んだのではないか。この世界の人間も大概どうしようもないな」
「まぁ、そこは詳しくは分からないけど、そのぐらいかしらね」
「それにしても、イブのその能力はすごいな。これが【魔法】か。余は前の世界でそれ欲しかったぞ」
「普通の【魔法】とはちょっと違うんだけど。それで、もし前の世界でこの力があったら、何をしたかったの?」
「これがあれば、戦争に負けずに済んだ」
「呆れた! 世界を見通す力があっても【戦争】するつもりなの? ロイも外洋人と同じでどうしようもないわね」
「ヤー……。確かにそうだな。これは、一本取られたな……」
ロイはうなだれてしまった。
これで、私が世界を焼き払うのを止めてるんだから、本当にどうしようもない。
「で、買い出しどうするの? 川沿いの西ヴァルハラ市は消滅してるし、南側の村も廃村。ラグーンシティは、廃墟に暴徒が集まって危険な状態」
「酷いものだな。そのラグーンシティの南側の大都市はどうだ?」
地図上でロイが中央西側の首都を指す。
「そこが首都なんだけど、今は暴動で街が滅茶苦茶。王族と重鎮が王城区画に籠城している有様よ。買い出しは無理ね」
「ヤー……。陥落寸前の首都とか、もういたたまれん。買い出しができる程度に機能している都市は無いのか」
「東側の新興都市ヨセフタウンは機能しているけど、ここからだと遠すぎるわ」
「確かに遠い。イブが居るから余はあまり遠出はできんからな。誰か買い出しを頼めるような知り合いは居ないのか?」
知り合いと聞いて、思い出したくない顔が脳裏に浮かび、怒りがこみあげる。
それを察してか、ロイの広い額に冷や汗が浮かぶ。
ロイの次の一言次第で、世界が終わる。
さて、何を言い出すかな。
「イイ女は、男に貢がせるものだぞ」
「受け取れないわね」
次、あのアホが私の目の前に現れたら、世界が終わるわ。
「そうだ。受け取れない。もし、男が【貢物】を持ってきても、イブは受け取れないのだ。余が【横取り】をするからな」
「横取り?」
ロイがなんか酷いことを言いだした。
「混乱する世界で、食料や資材など、いろんなものが入手難な中、男は必死で【貢物】を用意する。だが、それを余が、【横取り】するのだ。男は悔しがるだろう、辛いだろう。なんて酷い仕打ちだ」
酷い。食べ物の横取りなんて、酷すぎる。
でも、私に酷いことをしたあのアホに対しては、ふさわしい仕打ちだ。
「いいわねぇ。あのアホに貢がせましょう。たっぷりと貢がせて、ごっそりと横取りさせましょう」
「そうだ。それがイイ女だ。イブは最高にいい女だぞ」
「ふふふ。何を貢がせましょうか。【揚げ芋虫】が食べたいわ」
「あるぞあるぞ。イイ女が男に貢がせるものを、余がたっぷりと教えてやろう」
…………
ロイから、イイ女が男に貢がせるものをたくさん教えてもらった。
数が多かったから、紙6枚に書き留めておいた。
近いうちに、あのアホはこの近くに来る。
もう会いたくないから、近くに来た時にアレを使って伝えよう。
「余の【交渉上手】は健在だ」
なんだかよく分からないけど、ロイが一仕事終えたようなさわやかな顔をしている。
「私も【話し合い】は得意よ」
「そうなのか。何か工夫している事とかあるのか?」
「どんな相手でも【火魔法】を使えば、理解してもらえるの」
「イブよ。それは認識が間違っとる。【話し合い】を何だと思っているのだ」
「【話し合い】っていうのは、相手を断れない状況に追い込んで、こちらの要求を受け入れてもらうことでしょ。昔、ダニラって人に教わったわ」
「教えた奴が悪いが、それは間違っとる」
「じゃぁ、ロイは前の世界でどうやって【話し合い】をしてたの?」
「ヤー……。相手を断れない状況に追い込んで要求を飲ませたり、してたな」
「間違ってないじゃないの」
「アチャー……」
●オマケ解説●
食べ物の恨みは恐い。特に【獣人】の場合は。
そして、【戦争】が世界に刻んだ傷跡は深い。
【交渉上手】のロイは世界を救うことができるのか?
あと、女性の言う【話し合い】って、ガチでコレだよね。
え? 違う?




