5月 2日 ワタクシとヒゲの新生活(1.6k)
「余は、【売れっ子作家】であったのだ」
ロイが、ちゃぶ台上に広げた本を悔しそうに見ながら、変なことを言いだした。
「文字が読み書きできない作家なんて、聞いたこと無いわ」
「余は、向こうの世界では【語学】は得意だったのだ!」
ロイは本気で悔しそうだ。
チョビヒゲのいかついオジサンが今にも泣きそうだ。
「何故だ! こんなにたくさん本があるのに! 何故、余は、読むことができんのだ!」
シャーコ シャーコ
悔しそうに、薄い七三分けを櫛で何度もブラッシングしている。
櫛を通すたびに抜け毛が落ちてるから、あんまりがんばるとハゲそうだけど、そこは言わない。
ここ数日、ロイは本当によく働いた。
神社も集会所も破壊されて燃やされていたけど、焼け残った資材をかきあつめて、神社の基礎の上に必要最低限暮らせる小屋を作った。
小屋の壁に手すりを付けてくれたので、両脚の無い私でもこの小屋の中ならある程度自由に動ける。
椅子に座ると落ちた時に危ないということで、ロイは上げ底した床の上にちゃぶ台を置いた【座敷席】というものを作ってくれた。
ここがロイと私の定位置だ。
村の跡地の中にバラバラに飛び散った生活資材を集めたり、村人が埋めて片づけていた資材を掘り出したりして、何とか生活できている。
私が今着ている薄赤色のロングスカートメイド服も、ロイが掘り出したもの。
かつて村の男達が街で買ってきたけど、その時はお腹が大きくて着られなかった。正直、これを着る日が来るとは思ってなかった。
今の私は脚が無いので、ロングスカートの下側は赤いリボンで縛ってある。
そして今日は、ロイが掘り出した本を読みたいと言い出したので、この世界の文字を教えようとした。
でも、何故か分からないらしい。
「不思議ね。ロイならすぐに覚えると思ったのに」
「ぐぬぬぬぬ。本当に、不思議だ。なにかこう。理解するのを何かに阻まれているような気がする」
シャーコ シャーコ シャーコ
またムキになって髪をといてる。抜け毛が落ちる。
ちなみにロイが使っている櫛は、私が脚をとくのに使ってた物。
脚の毛は毎日丁寧にといていたけど、頭髪をとくという発想は無かった。
「ぐぬぬぬぬぬぬ」
シャーコ シャーコ
血眼になって本の文字を見ているけど、どうにも読めないらしい。
これは、私から見ても不思議だ。
ここ数日一緒に居て分かった。ロイはすごく頭がいい。
物知りで、知識も発想力もすごいし、一度教えたことは忘れない記憶力もある。
力仕事は【外洋人】並みで非力だけど、いろんな道具を作ったり使ったりと器用なので、ありあわせの物から短時間で欲しい物を作ってしまう。
だから、文字だけが習得できないのはすごく不思議で不自然だ。
「ロイ。私が読むから、読みたい本貸して」
「……すまない、たのむ。イブ」
ロイが渡してきた本。
【紙の砲弾】
…………
「ありがとうイブ。余にも、この世界の事が少しずつ分かってきた」
3冊読んだけど、【紙の砲弾】で何が分かったんだろう。
まぁ、ロイの事だから何か分かったのかもしれないけど。
少し楽しそうな表情をしているロイに、気になったことを聞いてみることにした。
「ロイはどんな本を書いていたの?」
「余の自伝だ」
ヒゲオジサンの自伝。
どう考えても、売れる要素が見当たらない。
「……それ、本当に売れたの?」
「ああ、売れたぞ。1000万部ぐらいのベストセラーだ」
「……なんか、反則技使ってない?」
「【王】をしてた時に、国民全員に義務として買わせた」
「やっぱり……。それ、反則よ。全然【売れっ子作家】じゃないわ」
「アチャー……」
●オマケ解説●
ロイは何かと多才なヒゲオジサン。
陸軍での従軍経験もあるから、生活力は抜群。
イブのメイド服。スカート下側を縛っているので、外観は【袖付き寝袋】。
座敷席の上を転がったり這ったりで動き回ります。
村の中には獣脚男達が衝動買いした生活資材が沢山埋まってるから、しばらく生活には困らないかな。
がんばれロイ。まけるなロイ。
【売れっ子作家】は全否定されてしまったけど、他にもできることいろいろあるさ。
(まぁ、実際は反則技使う前から結構売れてたらしいし)




