第五十六話 疑惑【レオンハルト視点】
第五十六話 疑惑 【レオンハルト視点】
リーゼロッテ・マイヤーという田舎教師の美しさに、目が釘付けになった。
同じリーゼロッテという名前でも、婚約破棄したアウエンミュラー公爵令嬢など比べ物にもならない、知的で清潔な美貌。化粧っけのない白い顔は、完璧な造形美で、見た瞬間、息が止まったほどだった。
そのパーフェクト・フェイスの、印象的なアクアグリーンの眸が、私を見て確かに、僅かにだけれど見開かれた。次の瞬間には逸らされてしまったけれど。
これは、脈あり、か?
廃太子とされた今の私は、地位も権力もなにもかもを失って、国境を護るしがない一兵卒にすぎない。
しかし王太子だった時とは比べ物にならない肉体を手に入れた。第三師団で一年間、死に物狂いで鍛え上げた肉体は、制服を下から突き破りそうな硬い筋肉になった。王太子だった頃にはただただ野卑なだけのものだとしか思わなかった、頑健な肉体。その上には、王太子だった頃よりも精悍になった(自分比)、鮮やかな顔がある。国内のすべての令嬢を魅了した顔だ。貴族の令嬢のみならずどんな女性でも虜にできる、華のかんばせだ。
リーゼロッテ・マイヤーという田舎教師は、確かに一瞬、私の顔を見て瞠目したのだ。しかしその後、アウエンミュラー公爵の質問に淡々と答えるだけで、私を見ようとしなかった。アウエンミュラー筆頭公爵の威圧的な詰問に落ちつきはらって答え、王宮の女官長などという厳格を絵に描いたような中年女性に身体を調べられても、狼狽えもせず、泣きもしなかった。
平民にしては肝が据わり過ぎている。
その不自然さが、印象に残った。
滞在のために案内された部屋は、広さはあったがなんの飾りも無く、いっそ殺風景だったが、掃除が行き届いて清潔だった。アウエンミュラー公爵は素っ気なさが不満だったようだが、第三師団での生活に馴染んでいた私は、好ましく思った。
準備を整え、露天温泉に向かう。王太子だった頃は、湯あみの支度など一から十まで侍女にしてもらっていたが、第三師団での生活で、すべて自分でできるようになった。
当初、アウエンミュラー公爵は貸し切りにできるという内風呂を所望された。しかし、平民や旅人の会話の中に、アース・ドラゴンや聖女に関する噂やヒントがあるかもしれない、だから大勢の平民がいる大きな露天風呂に行こうと提案すると、しぶしぶ同意した。下民と一緒の風呂など・・・、とぶつぶつ言っていたが。
「広いな」
実際に目にして、その予想を上回る大きさに、私も公爵も瞠目した。青空の下、少しぬるめの湯に浸ってただぼーっとする。たったそれだけのことで、じわじわと多幸感に満たされる。瘴気に毒されていた身体が癒され、軽くなる。
あまりの効能に、ただただ茫然としていた。
やがて、少しずつ意識がクリアになった。
周囲の会話が、耳に入ってくる。
腰痛や膝痛が無くなった、便秘が改善した、手足の痺れが消えた、物忘れが無くなった、冷え性が改善した、慢性的な頭痛が治った、雨の日に痛んでいた古傷が痛くなくなった、エトセトラ、エトセトラ・・・。
あまりにもさまざまな効能に、言葉が出ない。
大きな地震の後、突如として現れた、ちいさなアース・ドラゴンと、美しい聖女。
なんでも地震の後、救助活動や怪我人の手当に尽力し、自分のドレスを切って包帯代わりに使ったり、魔力で瓦礫をどけてくれたり、八面六臂の活躍だったという。
アース・ドラゴンがこの地にいらしてから、隣国の鉱山の鉱毒に汚染されていた地下水が、フィルター無しで飲めるほどキレイになった。瘴気が来なくなった。この大きな露天温泉の前に、河原に露天温泉を、地獄蒸しの調理場と内湯を、家畜が入れる温泉を、作ってくれた。
焼成煉瓦の作り方を教えてくれた。
アース・ドラゴンの恩恵を数え上げたらキリが無い。そのすべては、アース・ドラゴンが聖女を盲愛しているが所以だという。
しかしふと、ひっかかった。
―――ドレスを切って包帯代わりに使った・・・?―――
平民が自分達の衣服をドレスと言うだろうか。同じように裾の長い女性用の衣服であっても、平民の衣服はただの服で、ドレスとは言わない。
あの田舎教師は、自分を加護付きでもないし聖女でもないと言う。つまり、ただの平民だということだ。
ただの平民が、筆頭公爵の面前で平然としていられるものだろうか。
アース・ドラゴンに溺愛されて、平然としていられるものだろうか。
―――何故だ? 普通だったらアース・ドラゴンに愛されたことをもっと喜んで自慢するものではないか?―――
謙虚を通り越して頑な、いっそ意固地なほどのあの態度にはなにか裏があるのではないか。
ここまでお読みいただき、どうも有難うございました。
次回、第五十七話 ゲスの変容【メルキオール視点】




