3.9 C調言葉に気をつけて9
「よしっ。スカした顔の話はこれで終了。次はもう一つの能力、無限触手の実証試験をするぞっ」
コーヒーで目が覚めたのか、Dr.ヘッドランドは僕の飲みかけのマグカップを手から奪って、せっついてきた。
まったく、マイペースな人だ。
「急に無限触手を伸ばせと言われても、やり方が分かりませんよ~~。どうすればいいんですかぁ?」
そもそも、本当に触手なんて、この体から伸びるのだろうか?
「う~~~ん、流石の私も触手はまだ生やしたことがないからなぁ……なんか、触手怪人の本能的なヤツで、ビューンと伸ばせないか?」
そんな本能は僕にはないので、首をブンブンと横に振る。
「使えないヤツだなぁ……そうだな、まずは指先を伸ばす感じでイメージしたらどうだ?」
「人の体で一番長細い部分だし、なんとなく出来そうな気がしないか? ちょっと試してみろ」
「はぁ、分かりました~。……指先を伸ばす……指先を伸ばぁ~~~す……」
ベッドから立ち上がり、ゾンビの如く両手を前倣えにして、半信半疑で指先が伸びるイメージを頭に浮かべる。
ひゅひゅんっ!!
「わわっ!?」
前触れもなく十指の先がびょーーんと伸びる。
それはとても柔軟な、肌色の太いゴム紐のようだった。
「ホントに出たっ!?」
ボンッ
「あわわっ!?」
勢い余って伸びすぎた十指の触手が、前にいたDr.ヘッドランドの両胸に当たってから、体の横に反れていった。
パシッ!
「……おい、触手を持った途端にコレかよ、エロガキ」
Dr.ヘッドランドは、近くの触手を手で払い落として、ジト目で僕を睨む。
「あっさり伸ばすことに成功したのを褒める気にならんなぁ……」
「すすすっ済みませんっ!! いっ今のはっ、ふっ不慮の事故ですっ! ただのラッキースケベですっ!」
床に払い落ちた触手を引っ込めて、頭を下げる。
「初めてなんで、加減が分からなかったんですっ」
(うわぁぁ、神城岬先生の巨乳を、一瞬だけ触っちゃったよぉぉ!! ほんの一瞬だから、ただ弾力があったことしか分からなかったけど……)
人生初の感触に顔が赤くなって、心臓がバクバクと音を立てる。
「私はお前の青臭い劣情を受け止める気は、全くないぞ」
Dr.ヘッドランドは僕の前から数歩、横にずれる。
「分かってますってっ。本当に事故なんですって。もう、伸ばし方は分かったので、二度と当てませんっ」
「本当かぁ? もしも次に事故とやらが起きたら、BIPの超科学力の粋を集めて、全力でお前を去勢するからなっ」
Dr.はまだ、僕に不信の目を向けている。
「大丈夫ですっ。約束しますっ」
この年で去勢なんてされくないし、そんなことに超科学力の粋を集められるのも嫌過ぎるので、力強く約束する。
「ん。分かったよ。じゃあほれ、気を取り直してもう一度、触手を伸ばしてみろ。で、出来るなら、一旦空中で止めてみてくれ」
平常に戻ったDr.が、そうリクエストする。
「了解です。そぉ……れっ」
力加減が分かったので、今度はゆっくりと、指の触手を伸ばす。
ひゅひゅんっ……
触手が空中をゆらゆらと伸びていく。
触手は、ゲームやアニメに出てくるような、もっとヌメヌメのおどろおどろしいモノを想像していたのだが、実際に目の前で伸びるそれは、どちらかと言うと指先がそのまま何処までも伸びていく、といった感じの見た目で、嫌悪感を覚えるようなモノではなかった。
ほどよく伸びた所で、空中でピタリと止める。
「ほう」
Dr.が感心したような声を上げた。
要領が分かると簡単……というか、まさに触手怪人の本能といった感覚で、体の一部として操ることが可能だった。
(あぁ、僕って本当に、触手怪人になっちゃったんだなぁ……複雑な気分だ)
メリットとデメリットを比べると、圧倒的にメリットの方が大きいが、やっぱりどうしても、人ではない[怪人]になってしまったことに、一抹の不安を感じてしまう。
僕の心を表すように、少し触手がゆらゆらと揺れる……
「よしよし。どれどれ……」
Dr.ヘッドランドが、一本の触手を無遠慮にキュッと掴む。
「ほおおぉ、ゴムみたいなしっかりとした感触だな。やっぱり触手だから、骨は無さそうだ」
Dr.ヘッドランドは、触手を引っ張ったり、折り曲げたりと、正に実験&観察といった様子で調べる。
「感覚はどうなんだ? こうすると痛いか?」
Dr.が触手を思いっ切り引っ張る。
「あ、感覚はありますけど、伸ばされたり、折り曲げられたりしても、痛くはないですね」
「ほおぉ、そんなものか……。動きの精密さはどうだ?」
「うーん。結構、自由に動かせそうな気がします。ええっと……」
僕は試しに、その場で触手化した指を伸ばして、机の上にある煙草の箱とライターを掴む。
それを器用にDr.ヘッドランドに差し出してみせた。
「うん、初めてにしては上出来だなっ」
Dr.は満足気に、指触手から煙草の箱とライターを受け取る。
「理論的には、全身のあらゆる場所から、何本でも触手を生やすことが可能なはずだが……まぁ、それは追々訓練していこう」
そう言って、箱から煙草を出して火を点ける。
そしてそのまま、咥え煙草で机のメスを再度掴んだ。
「こいつは、さらなる研究のサンプルに使わせて貰うな」
ザクッ!
「痛ったあああぁぁぁ!?!?」
問答無用で、触手の先端を1cm程切り取られた。
「いっ、いきなり何ですかっ!?」
シュン……
僕は抗議するが、その間に一瞬で、切断面が修復し、痛みも消え去った。
「見事な治癒力だっ、本当に素晴らしいっ」
Dr.ヘッドランドは僕の抗議など全く聞く耳を持たずに、試験管に触手片を放り込む。
そして嬉しそうに、再生する触手の先端を観察して、感心していた。




