1.1 プロローグ よろしくジャンヌ・ダルク
新江島縁起をここに記す
プロローグ
202X年6月上旬……
「シャイニング・アターーークッ!」
ドバババッ、ググサッ! ギリリリ! ちゅどーーーーんっ!
6月の平日、月曜日の夜、サムエル・コッキング苑前の亀ヶ岡広場に二人の魔法少女の声が重なり響く。
二人の魔法少女の拳や足には金色の龍がまとわりつき、無駄に輝いている。
シャイニング・アタックという名の連携技……
シャイニング・ピンクとシャイニング・ブルーの二人がかりでパンチ、キック、エルボー、アッパー、チョークスイーパーからの飛び蹴りという、魔法を一切使わない、一見するとただの暴力、二度見してもやっぱりただの暴力が、無慈悲に僕の体に決まっていく。
ずどーーーーーーーーーーんんん!!!
残酷な連携技でフルボッコにされた僕は、輝くシーキャンドルよりも高く、遥か上空まで放物線を描いて吹き飛ばされる……
その際、展望台の観光客と一瞬目が合った。
なんか、スマホで写真まで撮られた。
「Ho paura del ginecologoーーーー…………」
キラン☆
この前、イタリア料理屋で偶然耳にした、意味の知らないイタリア語を魔法少女への捨て台詞にして、僕はキラリと、湘南の夜空の星になる。
サムエル・コッキング苑内の美しい植物、シーキャンドルとその隣のフレンチトースト専門店のLONCAFEのテラス席が、遥か彼方に遠ざかり、江ノ島の瓢箪みたいなシルエットの全景が、眼下に収まる。
上昇スピードが徐々に緩み、やがて0になると一瞬、無重力状態で夜空に浮かんだようになる。
戦闘後の火照った体に夜風が当たり、気持ち良い。
が、すぐに体は下降を始め、暗い相模湾に向かって、パラシュートなしの自由落下でグングンと速度を上げていく。
「……まぁ、結構、健闘したよね?……さすがに今日は疲れたし、こんなもんでOKでしょう。早く帰って、ゆっくりしたいよ……」
ボチャャャーーーーン!! ……………………
僕は、そんな呟きと、放物線を夜空に残して、仄暗い稚児が淵沖の海に着水し、しめやかに海の底へと沈んでいった……
……………
なぜ僕が、似非イタリア怪人として、夜の江の島で、魔法少女にフルボッコされることになったのか?
その理由を知るには、時間を一週間ほど前まで遡る必要がある……
江島縁起とは……
古の時代、鎌倉の底なし沼に五つの頭を持つ邪悪な龍が住みついていた。
この五頭龍は子供を喰らい、天変地異を起こしたりと、好き放題に暴れ回り、人々を苦しめていた。
そんなある日、相模湾の海底の一部が突如、隆起を始め、一つの島を創った。
これが江の島である。
そして江の島の誕生と共に、一人の美しい天女が、多くの眷属を引き連れて島に降り立った。
この天女が江の島弁財天である。
五頭龍は、弁財天の美しさに惹かれ、求婚する。
が、弁財天は悪事を働く龍とは結婚出来ないと断り、五頭龍に悪事を止めるようにと諭した。
諭された五頭龍は改心し、悪事を止めた。
それを認めた弁財天は五頭龍の求婚を受け入れ、夫婦となる。
改心し、弁財天と結婚した五頭龍は、今度はその力を人々の救済に使う様になる。
人々が日照りで困れば雨を降らせ、津波が海岸の村を襲えば、その身を挺して堰き止めてみせた。
だが、そうして人々の為に力を使い続けた結果、五頭龍はその身を急速に衰えさせてしまう。
そして、五頭龍に死期が訪れる。
五頭龍は江の島の対岸に身を横たえ、この地と一体になる事で、弁財天と共に、永遠にこの地の守護する存在になる事を約束し、死ぬ。
死んだ五頭龍の肉体は、やがて大きな神の山に変わった。
これが鎌倉腰越の龍口山であり、この一連の物語が江島縁起である。
そして五頭龍は龍口山となったが、江の島弁財天の伝説は続く。
時代が過ぎ、江島縁起を聴いた幾人もの高僧が江の島を訪れたのだが、彼らの多くが、生身の……つまり生きて江の島で暮らす、美しき弁財天と邂逅しているのだ。
高名な弘法大師空海もその一人で、自ら彫った弁財天像を岩屋に奉納している。
弁財天は生身のまま、神仏習合の金亀山与願寺の祭神となったのだ。
更に時が過ぎても……それこそ江戸時代になっても、生身の弁財天との邂逅伝説は続いていく。
こうして江の島は、生身の弁財天が暮らす神の島として、長く、広く、人々の信仰を集めたのだった。
が、明治になり、状況は一変する。
明治の狭量な為政者たちは、神道である神社で、外国の神である仏教神が祭られるのを極端に嫌り、神仏分離政策を推し進めた。
廃仏毀釈の嵐は江の島も例外では無く……いや、江戸時代、徳川家との関係を深めていた江の島の与願寺と弁財天は、むしろメインターゲットとして、新政府から苛烈な弾圧の対象となったのだ。
寺は廃寺となり、島内の仏教施設は悉く破壊され、新たに神社が建設された。
弁財天像も破壊され、僅かに隠されたのもだけが残った。
そして弁財天は祭神の座を追われ、神社には無関係の九州の女神が祭神として祭られることとなったのだった……
だが、この地域の人々は弁財天を忘れなかった。
そして、弁財天に思いを馳せた。
江の島から追い出された生身の弁財天は今、如何しているのか? と。
弁財天と五頭龍の子孫たちは?
弁財天が引き連れていた眷属たちは?
彼は何処で、何をしているのだろうか? と。
そうした人々の思いの中、一つの物語が、密かに語られる様になった。
それは明治以降も脈々と続く、現代の弁財天とその眷属、そして五頭龍の物語である。
今、その密かな物語……新江島縁起をここに記す。




