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第16話 お仕事終わり

「ただいまぁ~」


 長らく住居としていた時の習慣で、帰宅の言葉を口にしながら冒険者ギルドの扉を開けた。

 討伐証明としてゴブリンの耳二十個は当然として、ホブゴブリンの死体三頭分も持ち帰っているから帰路はそれなりに時間と労力が掛かった。

 後者ホブゴブリンも討伐証明だけなら耳だけで良いのだが、睾丸や心臓などのいくつかの臓器は魔導具の素材として魔導協会に、頭蓋骨などは標本として一部の好事家に高値で売れる。――と言ってもローザ一人なら面倒臭えと捨て置いてきただろうが、今回は他の冒険者達も同行している。マリー、ミリー、メリーがそこらの枯れ枝とロープで簡易的なそりを素早く作り上げたのはなかなか見ものだった。


「あっ、ローザさんっ」


 受付嬢のどこかほっとした表情に既視感を覚えるのもそのはず――


「ローザ、お仕事お疲れ様」


「リリィっ。どうしたんだ、こんなところで」


 カウンターで彼女と向き合っていたのはリリアーヌだった。物珍し気に遠巻きにしている冒険者達を蹴散らし、隣へ並ぶ。


「どうしたって、昨日約束したじゃないの。仕事の後で夕飯の買い出しに付き合ってって。だからもう仕事終わってないかなって様子を見に来たの。ギルドで合流出来るなら、ローザも一度家に帰る手間が省けるじゃない? それで彼女に聞いてみたら、たぶんもうすぐ戻るんじゃないかって言うから」


「なるほど。それで一昨日みたく受付嬢をいじめて時間を潰してたってわけか」


「もうっ、いじめてなんてないわよ。ちょっと話し相手になってもらっていただけ。ねえっ?」


「はいっ、もちろんです、聖女様!」


「それがいじめてると……、まあいいや」


 聖心教の聖女様の話し相手なんて一介の受付嬢からすれば大変に光栄プレッシャーだろうが、まあ自分を偉い人だなんてちっとも思わないのがリリアーヌの良いところだ。――受付嬢には悪いが。


「ところでローザ、そちらの子がこの間不在だった後輩冒険者さんかしら?」


「はっ、はいっ、メリーっす、はじめまして、聖女様っ!」


 いつの間にか隣りへやって来ていたメリーがぴしっと直立して受け答える。


「そう、あなたがメリーさん。私はリリアーヌ・エヴァーグリーン。ご存知のようだけれど、聖心教から聖女の称号を頂いていて、ローザとは勇者パーティで一緒だった同じA級冒険者でもあるのよ。あ、エヴァーグリーンって姓で分かると思うけど、同じ孤児院で育った姉妹でもあるの」


「はっ、はいっ、御高名はかねがねお聞きしておりますっ」


「ありがとう。こちらこそ、ローザから聞いているわよ。依頼をご一緒することが多いんですってね。確か二人で動くことも多いんだとか?」


「え、ええっ、姐さんにはいつも大変お世話になっておりますっ」


「……む、姐さん」


「ど、どうかしたか、リリィ?」


 メリーの返答にリリアーヌがわずかに眉を顰める。


「いいえ、何でもないわ。とにかくメリーさん、うちのローザがいつもお世話になっています。これからもよろしくお願いしますね」


「そんなそんなっ、こちらこそローザ姐さんにはお世話になりっぱなしの感謝しっぱなしでっ、ありがとうございますっ」


 メリーがぺこぺこと頭を下げる。お世話をする当の本人であるローザにだってこんなにへりくだって感謝を示したことは無い。


「……それにしてもマリーとミリーの時も思ったけど、二人って初対面なんだな。てっきり救護院で何度か顔を合わせているもんかと」


 救護院。教会に併設された治療施設であり、リリアーヌの主な勤務先だ。寄付金と引き換えに神聖魔法による治療を受けられ、ブルームに暮らす冒険者なら大抵一度はお世話になっているはずだ。


「いやぁ、うちのパーティも今じゃそれなりに稼げてますけど、それでもわざわざ指名料を払う余裕はないっすからねぇ。もちろん遠目にお見かけしたことは何度もあるっすけど。あ、でも男連中の中には借金してまで指名料を払って聖女様にお願いするやつもいるみたいっすよ」


 遠巻きにしていた冒険者の中の何人かが――全員男だ――、露骨に視線を逸らす。

 よく分からないままにとりあえずそいつらの顔だけは記憶しておいて、ローザは疑問を口にする。


「あー、そもそもその指名料? って何だ?」


「ええっ、なんで知らないんすか、ローザ姐さんっ?」


 メリーが心底びっくりしたという顔で言う。


「ほらっ、救護院って怪我の大きさに関わらず料金は同じじゃないですか」


「料金じゃなく寄付金な、寄付金」


「ああ、そうでしたそうでした、寄付金」


 普段ならわざわざ訂正などしないが、リリアーヌの手前口を挟んでおく。


「だから軽い傷だとたいがいの場合は回復魔法の練習もかねて見習いの子が見てくれるんですけど。でも、中にはどうしても聖女様であるとか、他の熟練の神官に見てもらいたいって人もいるわけですよ。そういう人が追加でお支払いするのが指名料です。もちろん一番人気が聖女様で、次が――」


「はぁ、そんなのがあるとは知らなかったぜ。なんつーか、ちょっと下世話と言うか、教会のやることにしちゃ俗っぽい気がしちまうなぁ」


 メリーが名前を挙げた者達も、何と言うか神聖魔法の腕の順と言うより見目麗しい女神官に偏っているような。――もちろんリリアーヌは見目も腕も一番だが。


「じょ、助祭の子が言い出したことで、私だって賛成はしていないのよっ? ただ、誰でも自由に選んでもらうと見習いの子達が練習する機会を得られないじゃない? それに、教会運営にもけっこうお金が掛かるしっ」


 リリアーヌが言い訳のように口を挟む。


「まっ、そりゃあそうですよね。私だって誰でも選んでいいなら聖女様に直してもらいたいですし、傷が深いなって思ったら聖女様は無理でもちょっとはベテランの人にお願いしたいですもん。――ちなみに指名料の存在も知らなかったローザ姐さんはどうしてるんです? いつも見習いの子に?」


「いやぁ、あたしが救護院に行くといっつも普通にリリィが出てくるから」


「べっ、別に特別扱いしてるわけじゃないのよっ? でもローザが相手じゃあ見習いの子達は緊張すると思うし、ローザのことは私が一番分かってるしっ」


 リリアーヌはやはり言い訳のように言うと――


「さ、さあっ、もうお買い物して帰りましょっ、ローザっ」


 やや強引にローザの腕を取って帰宅を促す。


「お、おお、――って、待て、まだ依頼の報告が」


「あ、私、やっておくっすよ。ローザ姐さんはそのまま聖女様とお帰りを。姐さんの分の報酬はギルドに預けとくんでいいっすよね? ホブが三体いたこともしっかり伝えときます」


「あ、ああ、じゃあそれで」


「……これは案外姐さんの独り相撲ってわけじゃなさそうっすね。何か進展があったら、ご報告を楽しみにしてるっすよ」


 メリーがすっと身を寄せてローザの耳元に囁く。


「だからそういうんじゃねえと――」


「はいはい、分かってますって。――受付さんっ、依頼達成の報告お願いしま~す」


「ちっ」


 リリアーヌの前で話すような話題ではない。逃げるようにカウンターに取りついたメリーを“覚えていろ”と一睨みすると、ローザはリリアーヌに促されるままギルドを後にした。


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