42. 結局、本気と冗談のラインはいくら考えても本人しか分からないと言うこと
42. 結局、本気と冗談のラインはいくら考えても本人しか分からないと言うこと
今日から8月に入った。カレンダーをめくると、真っ白いページに、白石が書いた赤いハートマークがぎっしりと並んでいるのが目に入る。長かった7月が終わり、まだまだ暑い8月が始まる。白石の誕生日も昨日で無事終わった。無事祝えたかは分からないが、本人はペンギンのマグカップをいたく気に入ったようでとても喜んでくれたから、まぁ良しとするか。
白石は、朝からそのペンギンのマグカップを大事そうに持って来て。そして、いつものようにオレの部屋に来るなり、そのマグカップでオレンジジュースを飲んでいる。
「ねぇねぇ先輩!このマグカップ見てくださいよ!そしてこのマグカップで飲むオレンジジュースは最高ですよね!そう思いませんか!?」
マグカップに入ったオレンジジュースを誇らしげに掲げている。その、弾けるような笑顔と声に思わず苦笑する。
「お前、喜びすぎだぞ?」
「だって~、彼氏からの初プレゼントなんですよ~そりゃ喜びますって!初彼氏!初プレゼント!」
白石は、オレの言葉を聞いてさらに嬉しそうに体をくねらせた。そして、またしても「彼氏からの」という言葉を使う。
「だからオレは彼氏じゃねぇだろ!」
反射的に否定したが、白石は全く気にしていない。ただ、プレゼントを喜んでくれている、その一点だけがオレの中では少し嬉しかった。
「まぁ……でも、確かに喜んでくれたことは嬉しいけどよ」
少しだけ素直な気持ちを口にした。すると、白石は、その言葉を聞いてさらに顔を輝かせた。
「えへへっ……ありがとうございます先輩!」
白石の心からの感謝を示す笑顔。その顔を見て思わずドキッとする。心臓がまた早くなるのを感じる。そんな顔で微笑むなんて反則だろう。正直、可愛すぎてどうしていいか分からない。
最近……白石が気になりすぎて仕方がない。こいつの言動一つ一つに、どうしてあんなことを言うんだろう、どうしてあんな行動をするんだろう、と考える時間が圧倒的に増えた。そして見ていると、こいつこんなに可愛かったっけ?と思う瞬間が増えている。以前はウザい、面倒だ、としか思っていなかったのに……
オレが白石の顔を見つめながら、そんなことを考えていると、白石がまたオレの視線に気づいたらしい。
「どうしたんですか?私の顔をじっと見つめて……可愛いから見つめてたんですか?……しちゃいます?初キス、初セ……」
白石は、ニヤニヤしながら、信じられない言葉を口にした。そのストレートすぎる言葉にオレの頭の中は完全に停止した。初キス?初セ……?その言葉の意味が、じわじわと脳に染み込んでくる。顔がカッと熱くなるのを感じた。何を言い出すんだこいつは。冗談でも言っていいことと悪いことがあるだろうが。
「うるせぇ!下らねぇこと言ってねぇで、いいから夏休みの宿題やるぞ!」
「もう、先輩ったら素直じゃないんだから~!本当は私のこと好きすぎて頭の中は夏帆ちゃん一色になってるくせに~!」
白石は、オレの反応をまたしても照れ隠しと解釈したらしい。そしていつもの言葉で締めくくる。やっぱりさっき「可愛い」なんて思ったのは撤回する。こいつは、やっぱりウザいだけだ。うん。そう自分に言い聞かせる。そうしないと、自分の感情が、白石の言葉に引っ張られてどこへ向かうか分からないからだ。この感情の綱引きが、最近のオレの日常だ。
「そういえば先輩は誕生日は10月でしたよね?」
「ああ。10月7日だな。」
「そしたらプレゼントは私の初めてでいいですよね?先輩は?」
白石は、オレの誕生日を聞くなりとんでもないことを言い出した。は?いや……何を言っているんだこいつ……
「いいわけねぇだろ!なんでオレがお前の……処女を貰わないといけないんだよ!」
「えぇ~本当に?いいんですか、私が他の人に初めてをあげちゃっても?」
「うるせぇ。黙れ。宿題やれ」
「はぁ。先輩は本当に意気地がないですね?今だって、こんなに可愛い私と部屋に2人きりなのに、何もしてこないですし?」
白石は、オレの態度を見て、ため息をついた。そして呆れたような、それでいて、どこか誘うような声でそう言った。意気地がない。何もしてこない。その言葉は、オレの男としてのプライドをダイレクトに抉る。可愛い私と二人きり。そして、何もしてこない。何を煽ってきてんだこいつは。完全にオレの反応を楽しんでいる。
部屋の中に、重い沈黙が訪れる。エアコンの室外機の音が、やけに大きく聞こえる気がした。オレは、目の前の宿題を睨みつけるが、文字が全く頭に入ってこない。白石は、ソファーの上で、またスマホをいじり始めたようだが、その存在感が、強烈にオレの意識を支配している。
白石の言葉。まるで、オレが行動を起こさない限り、他の場所へ行ってしまうとでも言われているようだ。別にそんなのはこいつの自由だし、そもそもオレたちは付き合っていない、関係ないと、頭では分かっているのに、心が全く言うことを聞かない。
「……白石」
「ん?なんですか~?」
「いや……お前は本当に良いのかよ?」
「何が良いんですか?先輩?私分からないんですけど~?」
白石は首を傾げる。その首を傾げる仕草が、また少し可愛いと思ってしまうのが悔しい。絶対楽しんでるだけだろ。うぜぇ。まったく……相変わらず人をイラつかせる天才だなこいつ。そして、こいつの言葉は本気なのか冗談なのか判別がつかない。
そんなことを考えていると白石は、じっとオレの目を見つめた。その視線にオレはまたドキッとする。今度は、さっきの悪戯っぽい目ではなく、真剣な光を宿した瞳だった。
「先輩。もし、先輩が本当に欲しいって言ってくれたら……その時は、冗談じゃなくなるかも……しれませんね?」
そして、また人を試すようなことを言う。自分の感情が、こいつの言葉一つで簡単に揺さぶられてしまうのが腹立たしい。冗談だと突き放したかと思えば、本気とも取れる含みを持たせた言葉を投げかけてくる。そして、オレがそれに動揺するのを見て楽しんでいる。
この、全てを支配されているかのような感覚。白石の存在が、オレの日常に、そして心の中にどんどん入り込んできて、全てを掻き乱していく。以前のように、ただ「ウザい」と一蹴できれば、どれだけ楽だろう。
だが、もうそれはできないのかもしれない。白石の言葉に、態度に、いちいち心が反応してしまう自分をオレは知ってしまったから。
こうしてこれからもこの関係は続いていく。本当にこいつはウザい後輩だ。




