第87話 再びのアルフレッド
コクピットの中、シドは、話についていけないと悲鳴のような声を上げていた。
「ロナ、“道”を作るってどうやってだ!?」
『簡単です。我々はラ・フィーユ・ビアンコの露払い役。つまりは――』
「つまりは!?」
『目の前の敵を片っ端から撃ち落とせばいいということです』
この戦いに終止符を打つべく、パラディアス王子は自身が乗る戦艦ラ・フィーユ・ビアンコを前進させる。
目的地はヒーステン伯ルキノが待ち構える敵本陣奥深く。
シドたち王国軍に下された御下知は「本艦の道を切り開け」というもの。
要はロナの言った通り、道を塞ぐ敵を片っ端から撃ち落とせばいいのである。
「だーっもうチクショウ! 総大将が敵本陣に突撃だなんて、なに考えてんだパラディアス殿下は!?」
文句の一つも言いたくなるであろう。
ことわざに「言うは易く行うは難し」というものがあるが、まさにその通りである。
王子が「道を開けよ」と命じただけで自然と開くなら誰も苦労しないが、この場合は王国軍が死ぬ気でこじ開けないと道はできないのである。
前線で命をかける者の一人として、直接本人に言うと軍法会議ものだから言えないが、コクピット内で不満を漏らすのは我慢できなかった。
おそらく他の者も大なり小なり思うところはあるだろう。乗り気なのはパラディアス王子のシンパだけだ。
『川中島の戦いの上杉謙信でもあるまいし、不合理極まりないですね……』
「カワナカジマ? ウエスギ・ケンシン? 誰の話だ、それ?」
『大昔、人類が地球上で馬に乗って戦争をしていた時代の武将ですよ。総大将でしたが、敵の本陣に自ら奇襲をかけたと伝えられています』
「殿下はその将軍?(←上杉謙信は将軍ではない。シドの勘違い)を真似して?」
『いえ……おそらくそうではないと思います。なにかそうせざるを得ない理由、もしくはその方が良い結果になるわけがあるのでしょう』
ロナの推測は当たっている。
パラディアスは、この重要な局面で英雄願望を出して軍を振り回すような身勝手な男ではない。
何か王子が直接戦うことで益になる理由があるのだろう。
というか、一戦闘員としてはそうであると信じたい。
だが大多数の兵士は命令を遵守するのが自分の仕事だと弁えている。目的は理解できずとも下された命令は遂行しなければならない。そしてそれはロナも同じ考えである。
『どうあれ上官の命令です。一兵士である我々が考えるべきことではありません。速やかに任務を達成いたしましょう』
クールな女軍人のようなセリフをさらりと口にしたロナ。声が綺麗なぶん、ひどく冷徹な物言いに聞こえる。
拒否権のないシドは、好きにしてくれとばかりに投げやりな態度で操縦桿を握り直した。
「はいはい、わかってるよ! どうせ殿下の命令があろうとなかろうとロナは敵に突っ込むんだ。やることはかわらねえさ」
『……アナタは毎度のごとく私を考えなしのように言いますが、私の行動は常に高度な戦略に基づいてのものです。それはわかっていますか?』
少しイラッとした様子のロナに、やさぐれたシドは荒っぽい口調で返す。
「結果的にやってることは変わらないだろ! 考えありも考えなしも同じだ同じ!」
『…………』
「あっ……」
押し黙ったロナから怒気を感じ取り、熱くなっていたシドの頭が氷水をかけられたように冷める。
恐る恐るシドが「ロ、ロナ?」と声をかけると、まるで初対面の時のような冷え切った彼女の声が返ってきた。
『……偶には考えなしに敵陣深くまで突っ込んで、戦艦とミュスカナイトを片付けてみましょう。無事の保証はありませんが、おそらくきっと大丈夫です。どこを攻めようと同じなのですから』
「お、俺が悪かった! 謝るから考え直そう! なっ? なっ?」
『さあ行きましょう、シド。今日の撃墜王は私たちです』
慌ててシドが謝るも、聞く耳持たずと操縦桿が傾き、エールダイヤの進行方向が少し変わる。
スロットルレバーはいつの間にか全開。
前方の味方を追い越してグングンと敵の方へ。
旗艦ラ・フィーユ・ビアンコに届いたのは『敵の中核戦力を叩く』という《白馬の英雄》シド・ワークスからの勇ましいメッセージ。それを読んでパラディアスらは「流石だ」と手放しで褒め称える。
コクピットの中の悲鳴は誰にも届かない。
◇◇◇
『隊長、その損傷では危険です! 一度後退してください!』
「そんな時間がどこにある! ここで敵を食い止めなければ我らの負けは確実なものになるのだぞ!」
ヒーステン伯爵軍のパイロットスーツを着た金髪の美青年は、心配する部下を一喝した。
彼の名前はアルフレッド・スカイ。かつて白馬コロニーでシドとロナと戦ったヒーステン伯爵軍の若き騎士である。
彼は今、伯爵軍本陣を襲う王国軍を撃退すべく、激戦を繰り広げていた。
『ですが……』
「くどい!」
怒鳴るように部下の言葉を遮り、アルフレッドは機体を操縦して敵機を補足する。
部下が心配しているのは彼の乗機である「エメロード改」の状態だ。
アルフレッドのエメロード改は開戦時から前線付近で戦い続けており、その機体各所に被弾をしていた。
ボディには何発か弾痕があり、片翼の先端が欠け、ブースター出力も低下。武装の大型ガトリング砲も一門失われている。
ワープ機能も速度不足により使用不可になっていて、彼の一八番である高速ワープ戦闘もできなくなっていた。
だがそのような損傷をものともせず、彼のエメロード改は多くの王国兵を屠っていた。
補足した王国軍の戦闘機をガトリングで即座に落とすと、続けて王国軍の巡洋艦に向けてミサイルを撃ち込み撃沈した。
『隊長……スゲェ……』
甘いマスクをかなぐり捨てて目をいからせ、鬼気迫る戦いぶりで敵を次から次へと落とす彼の活躍に、若い部下も慄くばかりだ。
この戦いに余裕がないのもあるだろうが、以前、白馬コロニーでシドと戦った時より明らかに凄みが増している。
元々アルフレッドは、シドが現れる前はソリスティア王国の若手でナンバーワンと目される俊英だった。ゆくゆくは王国でも十本指に入るエースパイロットになると期待されており、その実力は折り紙つき。
その才能がこの数ヶ月の実戦でさらに磨かれたようだ。
ロナは例外だが、明らかに他とは一線を画す実力を有していた。
「次は……くっ、救援要請か! 後方の戦艦『ローズ・テンパー』が攻撃を受けているのか」
アルフレッドの元に味方からの救援要請が届いた。
発信元はここより後方に展開している戦艦と機動ロボ部隊より。
単機で飛び込んできた敵戦闘機の攻撃を受け、早くも壊滅的な被害が出ているとのことだ。
「まさか……!?」
アルフレッドに稲妻が走る。
敵の名前を見るまでもない。
この戦場でそのようなことが可能なのは一人だけ。忘れたくとも忘れられないその名前を、アルフレッドは絞り出すように口にする。
「シド・ワークスぅ……っ」
そこからのアルフレッドの決断は早かった。
「〈スカイ小隊〉は直ちに転身。味方の救援に向かう。全機、私に続け!」
アルフレッドは操縦桿を思いっきり引いて機体を半回転させた。
それに続く部下たちからは困惑の声が上がる。
『隊長、相手はあのシド・ワークスですよ!?』
『無茶です! せめて他の艦隊と連携して――』
「私以外に誰が彼を討てるというのだっ!」
『それは……』
アルフレッドの部下たちは言葉に詰まってしまう。
今現在現役のパイロットでアルフレッド以上の実力者は伯爵軍にいないのだ。
「ここで私は彼を討たねばならない。それがあの日、みすみすチャンスを潰してしまい、多くの仲間を死なせてしまったケジメなのだ」
決意のこもった瞳でアルフレッドは言う。
あの白馬コロニー戦でシドを落とせなかったことは彼の最大の後悔だ。
何故かアドホック号というジャンク機で戦場に出てきたかは知らないが、あれが最大のチャンスだった。
しかしそれをフイにした結果、ヒーステン伯爵軍は多大な被害を現在進行形でシドに受けている。
アルフレッドにはそれが全て自分の責任のように思えてならないのだ。
「シド・ワークス、今度こそ差し違えてでも……」
リベンジに燃える若駒が戦場を駆ける。
いつも拙作をお読みいただき、誠にありがとうございます!
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