第86話 決着への勝負手
――傭兵シド・ワークス、ヒーステン伯爵軍第7艦隊旗艦ジェルマードを撃沈。バグダ・モーラー中将を討ち取る。
――自軍右翼部隊が敵防衛線を突破し、伯爵領本星「メイヌース」への降下ポイントの確保に成功。
――これより地上部隊は順次降下に移る。
それらの報告を受けたソリスティア王国軍の兵士たちは一様に快哉を叫んだ。
だが、ソリスティア王国軍旗艦「ラ・フィーユ・ビアンコ」のブリッジに座すパラディアス王子。そしてその傍に控える軍師コウメイだけは、報告を耳にしても大きなリアクションは見せず、“シド・ワークスなら当然だろう”とばかりに満足げな笑みを浮かべるだけであった。
「出だしは上々だな。シド・ワークスはこちらの期待に十全に応えてくれた」
「はい、殿下。私が考る限り最良の展開となっております。彼はまさしく王国一の戦闘機パイロットかと」
シドが突出してきたモーラー中将を討ち取ることも、それにより早期にメイヌースへの降下ポイントが確保されることも、全てコウメイは事前に予測していた。
もちろんこれは数ある予想の内の一つ。
傭兵シド・ワークスという突出した戦力が最大限に活躍した時の場合。言い換えれば、自分たちにとって一番都合の良い展開になったらという予想である。
戦場では何が起きるかわからないのが常であることをよく知る二人にとって、まずは安堵できる結果であったと言えるだろう。
軍礼服をモチーフにした豪奢な衣装を見に纏ったパラディアスは「ふむ」と思案げな顔をすると、
「……確かそなたの見立てでは、彼は早く一般人に戻りたがっているらしいが、臣民の活躍には栄誉と報酬をもって報いるのが高貴なるものの務め。悪いが『王国に無敵の戦闘機乗りシド・ワークスあり』と喧伝させてもらおう。不審な動きを見せている隣国や犯罪者どもを牽制するためにも、な」
そう言い、申し訳なさそうに肩をすくめた。
本来王族から名指しで褒められることはソリスティア男子一生涯の誉であるが、はたしてシドにとってはどうであろうか?
とりあえず面倒ごとは増えそうだ。そして当座の報酬は勲章の授与である。
「さてコウメイよ、ここからだな」
「是、殿下」
両名の顔つきがキリッとしたものに変わる。
「戦況は今のところ当初の想定通りつつがなく推移しております。あと10分ほどで第二陣を投入する頃合いになるかと」
コウメイは軍服姿でも手放さない愛用の白羽扇で口元を隠しながら、パラディアスにそう進言する。
正面の大モニターに映る戦況図によれば、右翼以外の戦場ではまだ大きな動きはない。
数で勝る王国軍の進撃を、個々の技量が優れている伯爵軍が高い士気を保つことで拮抗状態に持ち込んでいるといった感じだ。
だが、それも第7艦隊の壊滅により崩れる。
ここから王国軍側は早くも勝ち馬に乗った気分で調子を上げ、貴族軍の司令官たちも他家に負けていられないと躍起になるだろう。
特にターキム家に家格が近い侯爵家や伯爵家の軍はライバル意識が強い。目覚ましい戦果を上げようと目の色を変えて攻勢に出ると予想された。
「ヒーステン伯爵軍はどうだ?」
パラディアスの言う「どうだ?」とは第7艦隊の壊滅により士気が低下し、敵前線が総崩れを起こすかという問いかけだ。
それに対し、コウメイは静かに首を横に振って否定した。
「いいえ、彼らは鉄より硬い意思の下で団結した熟練の兵士たちです。多少は小揺るぎするでしょうが、破綻はしないと思われます。ここは勢いに任せた突破力にて打ち破るほかありません」
「そうか……」
敵の撤退や降伏が見込めない以上、正面からの流血戦を制するしか前線を突破する方法がないとコウメイは言う。
そうなれば艦数が多く勢いづいている王国軍に分があるが、それは両軍ともに最も被害が多くなるシナリオだ。
敵対しているとはいえ、あちらも元は愛すべき王国の民。パラディアスの緑を帯びた瞳に憂いの色が見えた。
コウメイは内心で主君のその表情を傷ましく思う。だが、戦場で半端な同情心など口にすべきことではないと考え、あくまで軍師として勝利のための方策を述べた。
「第二陣の投入ののち、頃合いを見て右翼部隊の一部に敵中央艦体の側面を攻撃させます。上手くいけば多くの敵艦に損害を与えられるでしょう」
「わかった。タイミングはそなたに任せる」
「はっ、お任せください」
「余も自分の仕事をしよう。オペレーター、全軍に通信を繋げ!」
パラディアスは席から立ち上がりマントを翻すと、オペレーターに命じて通信回線を開かせた。
総大将自ら檄を飛ばし、戦意をさらに高揚させるつもりだ。
パラディアスのこの行動により王国軍の攻勢が強まったその20分後、コウメイが打った一手により大きく戦況が動くことになる。
◇◇◇
『ほう……ここで勝負をかけますか。パラディアスの智嚢リ・コウメイ。線の細い見た目とは裏腹に、ずいぶんと豪胆な手を打ちますね』
怜悧な声でそう呟いたのはロナだ。
ジェルマード撃破後、彼女とシドはアイハムら地上部隊がメイヌースに降下し終わるまで降下ポイントを確保し続け、その後一時後退。
後方に待機していた傭兵ギルドの戦艦にて補給を受け、再出撃したのがつい先程だ。
この20分で王国軍は激戦の末に前線を突破すること成功する。
現在は総大将であるヒーステン伯爵が座しているであろう敵本陣に攻撃を仕掛け始めたところであり、シドたちもその最前線に復帰するべく移動中である。
「コウメイ……って確かパラディアス殿下の参謀か? ニュースで見たことある気がする。なんかコスプレ軍師だとか何とか……?」
『その認識で当たっていると思います』
シドのあやふやな記憶に基づいた人物像を、ロナはどうでも良さそうに肯定する。
別にコウメイの姿形趣味嗜好など、彼女には興味がないことだ。
「で、そのコウメイ参謀閣下が何を?」
シドが小首を傾げながら尋ねると、ロナはモニターに戦況図を出しながら説明を始めた。
『彼がこれから行おうとしているのは、結論から言うと大将同士の一騎打ちです。バグダ・モーラーが私たちにしたのと同じく、挑発により退けなくして伯爵を討つつもりでしょう』
「……できるのか、そんなこと?」
パラディアス王子がおわす場所は自軍本陣のど真ん中。そしてヒーステン伯爵が居るであろう場所は前方の敵本陣奥深くだ。
通信が届くからといって向こうが応じるとは思えない。比較的近距離にいたモーラー中将の時とは違う。
仮にワープで近づいたとしてもそこは敵軍の中だ。一騎打ちもしてもらえず、バカめとばかりに袋叩きにされて終わりだろう。
騎士道精神で大事な「礼節」と「正々堂々」という部分が欠けているからである。
そのシドの疑問もロナは当然わかっている。彼女はモニターの戦況図に一本の線を、戦艦「ラ・フィーユ・ビアンコ」から伯爵軍本陣まで真っ直ぐに引いた。
『ラ・フィーユ・ビアンコで無理にでも押し通るつもりでしょう。この線上の友軍の動きを見てください。左右に分かれて“道”を作っているでしょう?』
「確かに……!」
友軍を表す青い光点がラ・フィーユ・ビアンコの前方から避けていく。
すぐにロナの言う通り一本の道が出来上がった。
『であれば次の指示は言うまでもなく……』
ロナが確信したように呟くのと同時に、そのパラディアスから通信が入ってきた。
スピーカーから彼の威風堂々とした宣言が聞こえてくる。
『これより余、パラディアス・ベネディクト・アルプは敵本陣へと強襲をかけ、ヒーステン伯ルキノ・ステッラ・ルルディーニ・フォン・ヒーステンを討つ! 総員、余の道を作れ!』
ピーピーと音が鳴り、モニターにも伯爵軍本陣への攻撃指示が表示されている。
ロナの予測は的中していたという訳だ。
「マジだった!」
『当たり前です。さっ、気合いを入れますよ。ここがこの戦いの正念場です』
激戦となったこの戦いも終盤に入る。
長かったヒーステン伯爵家の叛乱劇もいよいよ幕が閉じようとしていた。




