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第5話 湧き立つ司令本部

 戦闘開始からおよそ40分。

 白馬コロニー内にある防衛艦隊司令本部には、戦闘中の前線から次々と苦しい戦況報告が届いており、通信端末を操作するオペレーター陣が焦燥した様子でそれらを報告していた。


「第一部隊、駆逐艦『クリーム』が敵艦の砲撃により大破! 戦闘継続は不可能です!」

「第二部隊、巡洋艦『フックマン』機関部損傷、前線にて航行停止しました! オッズ艦長より打電、『本艦はこの位置から敵軍に砲撃を続ける』との事です!』

「我が方の戦闘機部隊の損耗率が8%を超えました! 特に第一部隊の被害が多すぎます!」

「敵正面部隊にエース機を確認! こいつ……一ヶ月前の帝国との小競り合いで大戦果を挙げた新人だ!」

「ツラが良くてニュースで騒がれてたヤロウか! クソッ、味方でもムカつくってのに、敵ならなおさらだ!」


 現在、敵伯爵軍第6艦隊は三方面に分かれて白馬コロニーを包むように攻勢をかけている。

 コロニー側も防衛艦隊を3つの部隊に分け、伯爵軍をコロニーに到達させまいと奮戦している。しかし、元より彼我の戦力差は歴然。すり潰されるようにジワジワと戦力が削られていた。

 この場にいる幕僚の面々の顔色も酷く悪い。

 AIによる戦況予測など無くとも(そもそもAIの軍事使用は条約違反)、司令部正面にある大モニターに3Dで投影されている戦況図を見ればコロニー側の敗北がそう遠くないことは誰の目から見ても明らかであった。

 司令官であるタック准将は苦々しい表情でモニターを睨みつける。


(単純に戦力が足りん。やはり長くは持たんか……)


 味方の戦艦がたったの3隻、巡洋艦や駆逐艦を合わせても30隻ほどしかないのに比べて、敵の第6艦隊は戦艦10隻、総艦数約100隻、戦闘機も800機はいる。

 因みにコロニー側の戦闘機は、防衛軍所属の200機に傭兵を足して、おおよそ300機である。

 コロニーを守り切るには、まったくと言っていいほど足りない。

 頼みの綱は領主であるシャモニー子爵に要請している援軍だが、今のままでは到着前にコロニーが陥落するのは間違いないだろう。

 タック准将の脳裏に「降伏」の2文字がよぎった。


(……裏切り者に膝を屈するなど(はらわた)が煮えくり返る思いだが、いたずらに将兵の命を無駄にはできん。気がかりなのは民間人だが、コロニー施設の保全と無抵抗の武装解除を引き換えに安全を保障してもらい、あとは国際人道支援に期待するしかないか? 相手も元は同じ王国民。市民に非道な真似はしないと信じたいものだが……)


 今現在は曲がりなりにも防衛線を維持できている。しかも戦闘を開始して1時間も経っていない。

 ここでタック准将が降伏を口にしても、部下やコロニー市民の感情が納得しないだろう。

 王国軍全体の事を考えても、碌に戦わず侵略者へ降伏するのは世論などへと大きな悪影響を与えてしまう。

 まだ早すぎるのだ。

 だが、このまま戦況が推移すれば防衛艦隊の敗北が決定的になる時が来る。

 その時はコロニー市長を説得し、自分の責任において全面降伏をしよう。

 タック准将が密かにそう決意した瞬間、オペレーターの一人がこの戦いが始まって以来最初の吉報を大声で叫んだ。


「敵右翼軍の駆逐艦『サカモト』機関停止しました! 味方傭兵ギルド所属戦闘機による攻撃です!」


 おおっ、という声が将官たちから上がった。

 駆逐艦一隻とはいえ、この状況では手を叩いて喜びたいほどの報告だ。

 タック准将はこれを機に司令部の雰囲気を少しでも明るくしようと、精神的疲労が見え隠れする顔をなんとか笑顔に変え、戦果を挙げたパイロットを賞賛すべく、女性オペレーターに詳細を尋ねた。


「よしっ、よくやった! ギルドということは第三部隊の遊撃隊だな。そのパイロットの名前は? Cランクのフジタか、マッケンジーか? それとも別のヤツか? ……まさか例の、髪型も頭の中身もおかしいモヒカンか?」


 准将が候補として数名の名前を挙げる。ただ今回はどれも違うため、オペレーターは首を横に振って報告を続けた。彼女の手元の端末にはギルドへと照会したシドの顔写真とプロフィールが表示されている。


「いえ、パイロットはシド・クラフト。登録機体名『アドホック号』。ランクは……Gランク!?」

「Gランクだと!?」


 途中まで淡々と読み上げていたオペレーターだが、シドのランクの所で声が裏返った。

 タック准将も釣られたように大声になる。

 Gランクと言えば登録したばかりの新入りも新入り。まだ適正審査代わりの初心者用依頼すら終えていない状態だ。とても艦艇を大破させるような戦果を挙げるようなランクではない。


「元軍人か?」


 一人の参謀将校の問いかけを女性オペレーターはまたもや首を振って否定する。


「いいえ。年齢22歳。子爵領首都星出身で、現在プロゲーマーとして活躍中。ギルド登録日は今日この日で、それ以前の従軍経験もゼロ。今回が完全に初陣です」

「なんだと!」


 驚きの声をあげる参謀。

 司令本部内もにわかにざわつき出した。


「それで駆逐艦を? 本当なのか?」

「すげえな、英雄じゃん」

「このまま反乱軍を全員やっつけてくれないかな?」

「それな」

「プロゲーマーというのなら誰か知っているか?」

「確か地元の地区出身のプロでそんな名前がいたような……? そこそこ強かったはずです」

「マジか……チャンネル名とかわかる? 名前で検索すれば出てくるかな?」

「あっ、オレ知ってる――」

「おい、無駄口を叩くなっ! 今は戦闘中だぞ!」


 現実逃避気味に雑談をしていた職員たちを上官が叱責して黙らせる。

 喋っていた職員たちが首をすくめて黙る中、端末の操作を続けていた先程の女性オペレーターがおずおずといった様子で報告を続けた。


「ええと、すいません……。シド・クラフトですが、敵戦闘機を単独で15機ほど撃墜しています」

「15だと!!」

「単機でその数は立派なエースではないか! しかもこの短時間に!」

「なぜもっと早く報告しなかった!」

「そのう……本人より撃墜報告がなかったので、こちらの方でレーダー履歴を解析して算出しました。なので数に間違いがあるかもしれませんが、後ほどアドホック号の機体カメラのデータを提出してもらえば正確な数字が出せると思います」


 幕僚たちに問い詰められた女性オペレーターが困ったように答えると、誰もが一様に納得したという顔になった。

 初の実戦で極度に緊張している兵士が報告義務を忘れる事はよくある出来事である。

 ましてや正規の軍人ではない傭兵――しかもいい加減な人物が多いと評判の白馬ギルドの傭兵に目くじらを立てても徒労である。

 タック准将もやれやれと言いたげな態度でため息をつき、オペレーターに形式上だけでも注意するようにと指示を飛ばした。


「……ハァ。まあいい、相手は傭兵だ。奮戦しているならそれで構わん。一応、しっかりと申告するようとだけ伝えておけ」

「はっ、了解いたしました!」

「それとシド・クラフトにはそのまま敵右翼軍の撹乱を続けてもらおう。可能なら付近の駆逐艦をあと2〜3隻ほど減らしてくれたら助かるが……彼は今どうしている? 機体に損傷があるなら一度後方に下がらせてやれ」

「はい、現在は……うええええっ!? なんでそんなところにいるの!?!?」


 端末を操作してアドホック号の現在地を確認していた女性オペレーターが突然ひっくりかえったような声で叫んだ。

 いい大人がそうそう出す声ではない。

 いったい何事だ、なんだどうしたと、室内中の視線が彼女に集まった。

 もしや重大なトラブルでも起きたのかと、タック准将が怒鳴り気味に彼女へ理由を尋ねる。


「何事だっ!」

「それが准将閣下……その……彼なんですが……ええと現在、敵右翼軍中央部へと単機で攻勢を仕掛けています?」

「……なんだと?」


 訳がわからないと顔に書いてある女性オペレーターだが、言われた方のタック准将も訳がわからない。

 困惑したオペレーターは、言葉だけでなく見てもらった方がいいと考えたのか、手元の端末を操作して付近の監視衛星からアドホック号の映像を入手し、正面のモニターに表示した。


「……なんだあの機体は」

「派手? いや違う、ツギハギなだけだ!」

「恐怖でおかしくなったのか!?」


 オペレーターの言葉通り敵軍のど真ん中を突っ切るアドホック号の姿を目にして幕僚たちも頭に疑問符を浮かべるしかない。

 何故にシドが無謀とも言える行動をしているのか誰も理解できないのだ。初陣の恐怖で頭がおかしくなったと考えた方がよっぽど納得できるくらいである。

 無論、伯爵軍も黙って見送っているはずがない。「舐めたバカを目にもの見せてやれ」と言わんばかりに、アドホック号に向けて殺意のこもった無数のビーム砲を撃っている。

 しかし映像の中のアドホック号はその全てを回避し、行き掛けの駄賃として一機二機と敵戦闘機を撃ち落としながら更に敵の懐中奥深くへと侵入していく。

 さながら映画のワンシーンのような光景に、誰かの口から思わず「スゲェ……」と感嘆の言葉が漏れた。

 今やガラクタのパッチワークは司令本部中の注目の的。准将以下、幕僚たちは映像から目が離せない状態である。

 なお映像から分かる事ではないが、きっとコクピットのシドは泣きながら罵詈雑言を叫んでいることであろう。舌を噛むことだけは気をつけてほしい。


「あそこまで内に入り込まれると敵はフレンドリーファイアを恐れてろくに撃てんな」

「防衛線突破のため敵軍は密集陣形を組んでいました。それも大きいですね」

「しかし、だとしても凄まじい技量です。あんなマネができるパイロットがはたして王国に何名いるか……」

「おい見ろ! シドが敵重級戦艦『トルストイ』のメインブースターの破壊したぞ!」

「やりやがった! それが狙いかシド・クラフト!」

「残りの重級戦艦『ヴィクトル』と『ピエール2世』にも行ったぞ!」

「おお、やった! 両方ともメインブースターをぶっ壊したぞ!」

「なんてヤツだ、シド・クラフト!」

「ヒーローだ! 本物のヒーローだ!」

「おっしゃゃゃあああ!!」


 鬱屈した負け戦の空気に包まれていた彼らにとってアドホック号の大活躍は、まさに胸がすくような思いがしたであろう。

 司令本部には快哉を上げる声が響き渡った。

 タック准将も膝を叩いて立ち上がり、「見事だ!」と喜色を顔に浮かべて心からの称賛の声を上げている。


「准将閣下、失礼いたします!」


 そこに女性オペレーターが室内の歓声に負けまいと大声を張り上げ、そのアドホック号からの連絡を告げた。


「ただいまシド・クラフトより燃料と弾薬の補給要請がありました! どちらへ向かえばよいか指示を願っております!」

「なんだと、まだ戦うというのか!? 体力もかなり消耗しているはずだぞ。初の実戦でハイになっているのではないだろうな?」

「いえ、気力体力ともに万全とのことです。会話した際の印象も特に異常はありません。息切れ一つ無く、むしろ冷静なくらいでした」

「……あれほど無茶な突撃を成し遂げた後だというのに何というバイタリティだ。シド・クラフト、そら恐ろしい男だな……」


 彼女の言葉を聞いた准将は人間離れしたシドの精神力に身震いを覚えながらも素早く頭を巡らせた。

 シド・クラフトは現在コロニー防衛部隊で最大とも言える戦力である。

 ならば起死回生の一手として彼に望みを託すしかない。

 そのためには何処へ彼を向かわせれば良いのか。

 考えをまとめた准将は重々しく口を開いた。


「シド・クラフトに第一部隊の旗艦『ジャンプシー』へと向かうよう伝えろ。補給後、彼を敵右翼軍の撹乱任務から外し、私から新たな命令を言い渡す」

「了解いたしました」


 准将は別のオペレーターにも指示を飛ばす。


「敵の陣形が乱れ、重級戦艦3隻が大打撃を受けた今が好機だ。第三部隊にシド・クラフトの敵陣からの脱出を援護すると共に、攻勢を強めて敵を押し返すよう伝えろ」

「はっ!」

「諸君、ここからが正念場だ。この戦い、もしかしたら裏切り者どもに目に物見せてやれるやもしれんぞ」


 そう言ってタック准将は再び席に腰掛け、手を組んで真剣な面持ちで正面の戦況図を見つめるのであった。

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