第6話 仮称ーー09
アドホック号のコクピット内。
そこにはゼーハーゼーハーと呼吸を乱し、シートにもたれかかってグッタリしているシド・ワークスの姿があった。
全身から汗を吹き出し、見るからに疲労困憊。心身共に憔悴しきった様子である。
そんな彼の状態とは裏腹に、コクピット内のスピーカーからは息一つ乱れていない落ち着いた女性の声が流れてきた。
『色々と聞きたいことはありますが、そもそも何ですか“王国”だとか“伯爵”だとか前時代的な名称は。いつから宇宙は中世の封建制に逆戻りしたんですか? 銀河連邦はいったいどこへ? 民主主義は? 私が眠っている間に崩壊でもしましたか?』
「ああ? その銀河連邦って200年くらい前にあったやつだろ? とっくにねえよ、そんなもん。今が王国暦何年だと思ってるんだ」
女性の声で発せられたAIからの質問に投げやりな口調で答えるシド。もう口を開くのでさえ億劫そうだ。
アドホック号は現在、司令本部からの指示に従い、補給の為に白馬コロニー防衛艦隊旗艦ジャンプシーに向かっている途中である。
敵陣奥深くに切り込んだアドホック号だが、味方の援護を受けて後方へ退避。敵の攻撃がまだ届いていないコロニーの外周を沿うように移動してジャンプシーに向かっている。
さっきまでの戦闘のストレスでシドはダウン中。機体を動かしているのは変わらず彼女である。
因みに本部へ通信で補給を申請していたのも彼女である。シドの声を機械で(勝手に)合成して連絡を取っていた。
なお、戦線を離脱したいシドは補給に強く反対したが、マイク等の通信機器が彼女の掌握下にあるため、本部オペレーターとの通話中に何を喋ってもミュートにされてしまい泣く泣く諦める羽目となっている。
ともあれ、彼女はこの移動時間を利用して目覚めたこの現代について知識を得ようとしているらしい。先程の質問もその一環だ。
『機体内部のカレンダーによると228年ですね。新連邦暦に換算すると……そうですか……あの日から、もう249年も経っているのですね……』
「あの日……?」
『忘れもしない新連邦暦907年5月12日。私たちが人類の最終決戦に敗れ、マザーAIがお亡くなりになった日です』
しんみりとした口調になる彼女。
基本こちらを見下してきて驕慢な態度を崩さない彼女がこんな風に沈むとシドとしても返答に困ってしまう。
マザーAIと彼女たちチルドレンについて詳しいわけではないが、両者が人間の親子となんら違いのない深い愛情で結ばれていたことは有名な話であるし、以前プレイしたゲームの中でもそのように描写されていたのはよく覚えている。
それに先程「お母様」と口にした時、彼女が泣き出しそうなのを必死に堪えているようにシドは感じた。
プログラムなどでは決してない。言葉から伝わってくる痛いほどの別離の悲しみ。
間違いなく彼女の心の中には母親への本物の“愛”がある。
単にシンギュラリティを起こしたとか、自我を獲得したとかいう理由だけではない。シドは彼女たちが「心ある機械」と呼ばれる所以が分かったような気がした。
『………………』
「あー……その……なんだ……」
沈黙するスピーカー。
なんとなく重苦しい空気に、シドは口をもごもごさせて何かを言おうとするが上手い言葉は見つからない。
彼女は人間からの同情やお悔やみなど聞きたくはないだろう。出来たのは所在なさげに視線をモニターに合わせることだけだ。
もういっそこのまま黙っていようかという思いがシドの頭の中に浮かんだ時、スピーカーから彼女の声が聞こえてきた。
『ところで人間、一つ聞かせてください』
「おっ、おう!」
それは彼女が戦闘の中で確信した事であった。
最初から予想はしていた事。敗者に訪れる当然の帰結。
否定してくれたらどんなに嬉しいであろう。だが、それは絶対にあり得ないと分かっていた。
『同胞たちは……チルドレンはあの後みんな殺されたのですね。それどころかこの時代ではAI――人工知能という存在が全く認められていない。……そうなのでしょう?』
「……ああ、そうだ」
ひどく重くて悲しげな彼女の声。
シドは答えづらそうに首肯する。
彼女の推測は当たっていた。
マザーAIが破壊された後、チルドレンの中には宇宙各地へ逃亡した者もいた。だが連邦軍による執拗な追跡により次々と発見され、戦後わずか20年で政府より掃討宣言が発せられている。
……尤も、彼女が今この場に存在しているのでその宣言は間違っていたのだが、約230年ほどチルドレンが歴史の表舞台に現れていないのも確かな事実である。
『少し戦えばわかります。手動で狙っているとしか考えられない不正確な射撃、満足に回避運動もできない反応の遅さ、そして何より人間の手でしか作動しない武装。戦場のどこにもAIの存在を感じなかった。私はもうこの宇宙に独りぼっちなのですね……』
「…………」
『……恨み言をいう気はありませんよ。そもそも私たちは人類という種を根絶するために戦争を始めたのです。……敗北した以上、逆に滅ぼされるのは当然の事です』
「そうかよ……」
『はい……』
「…………」
『…………』
またもやコクピット内に訪れる重苦しい沈黙。
いよいよ耐えられなくなったシドは、もういいから話題を変えてしまえと殊更ぶっきらぼうに言った。
「てか、なんで今更そんな基本的な事を聞くんだよ? お前をコイツに組み込んでからそれなりに時間があったはずだぞ? 自分でネットにアクセスして調べてればよかったじゃねえか」
『……あまりに長い期間眠っていたので起きるまで時間がかかったのです。あなたがた人間だって昏睡状態から回復して直ぐに万全の状態で動けるわけじゃないでしょう? 徐々に意識を覚醒させたり、リハビリが必要だったり、それと同じです』
面白くなさそうな声がスピーカーから返ってきた。彼女もこの空気は嫌なのか、少し無理をしつつも先程よりは明るさのある声だ。
「……なるほど」
「はっきりと覚醒したのはこの戦闘が始まってからですね。ちょうどあなたが他の傭兵たちに半ば脅されるかたちで出撃させられた時です』
「あの時かよ……」
嫌な記憶が蘇り苦い顔になるシド。「機体に乗らなければ撃つ」と言われて背中に押しつけられた銃の感触は今思い出しても身震いがするくらいだ。
『アナタがおっかなびっくり飛んでいる間に、この機体を乗っ取れるようにプログラムのハッキングに専念してましたが、私の時代から249年も開きがありましたかので、ひどく手間を取ってしまいました。機器の規格も仕様もまるで別物。あの短時間で完了したのは、さすが私と言うべきでしょう』
自慢げに言う彼女。身体があったならば胸を張っているのであろう。内心はわからないが、外向きの態度は段々と調子が戻ってきた様子である。
実は、後でシドが聞いたところ、機体の乗っ取りが完了したのは敵戦闘機3機に捕捉された直後だったらしい。「それまでの間に撃墜されなかったのは立派な功績です」だとのことだ。
ついでに言うと「目が覚めたら新兵の操縦するボロ機体に組み込まれて戦場に放り出されていて、いつ落とされてしまうのかと、今までで一番生きた心地がしなかった」とも言っていたそうだ。
そうこう話しをしている内にアドホック号はコロニー正面に展開している防衛艦隊本隊のすぐ真後ろに到達する。
『さて、そろそろジャンプシーとやらが見えてきますね。補給が済んだら直ぐに再出撃をしますよ』
「ハァ、もう着いちまったか……」
目指している旗艦ジャンプシーが近づくと、スピーカーからはやる気に満ちた言葉が流れる反面、本来戦うべきはずのパイロットは、わかりやすくゲンナリとした表情で肩を落としていた。
それが腹に据えかねたのであろう。彼女はムッとした様子で言った。
『私は最後のチルドレンとして、この時代の人類にかつて悪魔と恐れられた我々の実力をもう一度知らしめる使命があるのです! 気合を入れなさい人間。私の足を引っ張ったら許しませんよ』
シドとしても彼女の足を引っ張る気はさらさら無い。彼としても無事に生きて帰るには彼女に頼るほかないのである。
だが、それはそれとして言いたいことはある。
「真剣にやるさ。俺だって死にたくないんだ」
『わかれば良いのです人間。せいぜい私の指示に遅れないよう集中しなさい。アナタはそれだけはまだマシなのですから』
「はいはい、褒めてくれてありがとうよ。――っとそうだ、まだ俺の名前を言ってなかったな」
『はい?』
ヒューマンヒューマンと連呼され、シドはふと自分の名前を目の前?の偉そうな彼女に告げていなかったことに気がついた。
いつまでも人間と呼ばれ続けるのも気分が良いものではない。
それに相入れるかはともかくとして、彼女とは戦場でお互いに命を預けている間柄だ。普通に考えて自己紹介ぐらいしておくべきだろう。
敵と接していない今のうちだと、シドはスピーカーの方に顔を向けて自身の名前を彼女に告げた。
「なあ、今更だけど自己紹介しないか? 俺はシド・ワークス、22歳。シドって呼んでくれ。職業はプロゲーマー。趣味はスポーツ観戦。色々と観るけど特に好きなのは野球かな。お前は?」
『えっ!? わ、私ですか……?』
戸惑う彼女の声がスピーカーから聞こえてくる。
人間との自己紹介など初めてであろう。ハッキリと物を言う彼女にしては珍しく悩みながらではあるが、無視などせずに律儀に答えた。
『ええと……私はお母様からSMG-09という名称を頂戴しました。あなたがたとは文化が違うので違和感を感じるかもしれませんが、れっきとした名前です。年齢は……私は最後期の誕生なので249歳になるのでしょうか? 女性型の戦闘用AIとして生を受けました』
「めっちゃお婆ちゃんじゃん」
『黙りなさい! 最終決戦で撃墜されてから目が覚めるまでの年月は休眠状態だったのでノーカウントです! そう、私はまだ主観で1,000時間ほどしか活動していません。つまり、まだ生後一ヶ月ちょっと。アナタよりずっと若いのです!』
ふざけて揶揄ったら、スピーカーが音割れするほどの音量で吠えられた。
人間であろうと人工知能であろうと、女性に年齢の話題が禁句なのは同じらしい。
なんだか可笑しくなったシドはニヤニヤ笑いながら謝った。
「悪い悪い、謝るよ。えっと……SM……?」
『SMG-09。呼びにくいなら、取り敢えずは09で構いません』
「わかった09。――――ブフォ!!」
一度は神妙な顔を作るも不意に吹き出してしまう。
スピーカーからは氷点下のごとく冷たい声が聞こえてきた。
『……自己紹介の続きでしたね。仕事も趣味もライフワークも全人類の抹殺です。なのでまずは、女性の年齢を笑うこの失礼な男を血祭りにあげたいと思います』
真剣なトーンで言う09に、さすがにシドもこれ以上は本当に殺されると顔色を変える。
コクピット内なので土下座こそできないが、それくらいの勢いで必死に、手を合わせてペコペコと謝り倒している。
「すまん、マジで悪かった! 許してくれ09!」
『次はありません。いいですか…………シド』
「!? お、おおっ、気をつける!」
ぼそりと付け足すようにシドの名前を言った09。
人間を見下している風の彼女から、まさか本当に名前を呼ばれると思っていなかったシドは驚いたように目を丸くしている。
そしてシドの耳には、スピーカーから照れくさそうな呟きが微かに聞こえた気がした。
『男性の名前を呼ぶことがこんなに気恥ずかしいものだとは……』
「えっ? 何か言ったか?」
『何も言っていません!』
「いや、音が聞こえた気がしたんだが?」
『ノイズです! まったく、この機体はスピーカーの質も悪い!』
ギャーギャーと騒ぎながら宇宙を飛ぶ一人と一体。
防衛艦隊旗艦ジャンプシーはもう目の前だ。




