第20話 「素直な捻くれ者」
英雄達の集まり、そして一時の休息を過ごして英気を養う場所――ブレーメン。
そこに、カランカランとカウベルの鳴る音とともに、一人の少女が入ってくる。
少し、目を伏せて、どことなく陰鬱そうな空気を乗せている彼女は――蛍である。
出かけ前の「ごだごだ」によって、思いがけず焦燥してしまったため、その足取りは少しだけ重い。
が、だからといって約束を破るわけには行かず、待ち合わせの15分前に到着した。
店内を見渡すが、人の姿は見当たらない。
まだ、誰も着ていないのだろうか。
「いつもの」席は少し奥の通路を曲がったところであるため、ここから見えないだけかもしれないが。
「あ、蛍さん、いらっしゃいませー」
蛍に気づいたウェイトレスが、いつもどおりニコニコと、そして音もなく表れて彼女を向かいいれた。
気配を感じず、それでも確かに「ごく普通」に歩いてやってきた小柄な女性。
しかしながら、では、彼女はどこから出てきたのかと思えば、全く見当もつかない。
相変わらず神出鬼没な彼女であるが、蛍はそれにも慣れてきていた。
「ミミさん。こんにちは」
ミミ――その名の通り、大きな獣耳のような大きなリボンがチャームポイントの、元気なウェイトレスだ。
正史いわく、彼女は「戦いって意味で言ったら、うちらの中じゃ最弱のグループ。誰一人傷つけられない。ただし、暗黙的な権力でいったらアンとタメをはるトップの一人。本気で怒らせたらダメ」らしい。
こうしてニコニコしている姿を見ると、とてもそうは見えないのだが。
「いつものでいいですかー? それとも今日は待ち合わせだけー?」
彼女はピコピコとリボンを動かしながら、どこか間延びした声で蛍へと近づいて注文を聞いてくる。
この彼女の口調は、ある程度気を許している人達に対して使う『内向け』の言葉遣いだと聞いている。
ミミと知り合って一週間もたっていないわけで、彼女と蛍がそこまで親しくなったというわけではないのだが、それはきっと、『常連』になろうとしている蛍に対しての、彼女なりの誠意の証なのだろうと、蛍はなんとなく思っている。
客商売としては、あまり距離が縮まるのはダメなのだろうが……お客さんは増えてほしいが、儲かる必要はないというのが彼女の弁である。
「あ、それじゃいつもので。えと、みんなは……」
「いつもの席に、正史さんが。ほかの方は……まだ、初日の方たち以外で新しくお知り合いになられた方はいませんよねー?」
「あ、はい。そうですね。今日、別の場所で会う人がいるとは聞いていますけど。確か、カナさんとか言う人らしいですけれど」
「ああ、カナさんですかー。……まあ、比較的常識的な方なので、大丈夫だと思いますー」、
大丈夫じゃないのもいるのか。
そう突っ込みたかったが、聞いたら後悔しそうなので蛍は黙ることにした。
かわりに、「どんな人ですか」と軽く聞いてみると――
「人間の方ですー」
「私の質問への第一声でのその答えはおかしいですからね」
思わずそう突っ込んでしまったが、きっと「彼ら」にとってはまずソレはかなり大きな情報なのだろう。
何しろ、現時点で知り合っている者たちだけでも、魔法少――魔女と魔王と改造人間と宇宙人とマッドサイエンティストである。
魔女というのをとりあえず「人間」にカテゴライズするとして、魔王と宇宙人は「人間」ではないだろうし、改造人間は「元人間」としかいえないような気もする。遼平自身、「一応有機体が多いが、人間の素体といえる部分は2割くらい」と言っていたので、含めてはいけないような気がしていた。
とはいえ怖くなったので、それ以上聞くのは諦めた蛍であった。
「今、こちらに来ているのは、正史さんだけですよー。あとは、蛍さんと面識がない方が、ちらほらといらっしゃいますけどー」
ちらほらと居るらしい。
……だが、なぜ店内を見渡すのではなく、ミミは天井を見上げるのだろうか。
蛍がなんとなくつられてちらり、とそこを見ると、そこには何もなく、ただ落ち着いた感じの木の梁が見えるだけだ。
つい癖で、軽く霊力で「そこ」を探ろうとして――
「きゃん!?」
ぱちん、と力が打ち消される。
軽い悲鳴を上げてしまう蛍だが、びっくりしただけで、何かダメージがあったわけではない。
ただ、あまりに不意であったため、伸ばした手を払いのけられたような、そんな驚きがあったのだ。
しかし、いくら霊力に指向性を持たせただけの児戯のようなものであれ、自分の力を一方的に無効化されたことなど、初めてである。
「なぁにこれ」と、やるせなさにも似た焦燥感が、蛍を包んでしまった。
「だめですよー。蛍さん。『そういうの』はお客様に失礼ですー」
「あ、はい、ごめんなさい……」
「あたしじゃなくて、お客様に謝らないとですよー」
め、と。
ミミは、ほほを可愛く膨らませて蛍をしかると、そのまま天井に「ごめんなさーい、まだ新人さんでここに不慣れなのー」と叫ぶ。 蛍もとりあえず天井を見上げて、そのまま頭を下げることで、謝罪を表して、「すみませんでした」と見えない何かに告げた。
なんとなく不条理な気もしないでもないが、一応空気は読める子である。
すると、何もなかった場所から「かさかさかさ」と音が聞こえて――そのまま静かになった。
「よかったですねー。くーさん、許してくれたみたいですー。むしろ驚かせてごめんなさいって言ってますよー」、
「あ……そうですか」
どこをどう聞いたらそのような会話になっていたのかわからないが、相手は、すごくいい人? だったらしい。
そして、自分の力を無効化したのは、その「くーさん」という人らしかった。
どうやったのか、凄く気にはなるが、さすがに今の今でそういうことは聞けないだろう。
……あまり関わりたくはない 、という気持ちもないではないが。
「でもー、驚いた顔が可愛くて気に入ったので、困ったことがあったらなんでも言ってねー、だって。あれ、偏屈なくーさんが珍しいかもー。よかったですね? 蛍さん」
「ア、ハイ」
そのうち向こうから関わってきそうだった。
ちょっと泣きたくなった。
ため息を一つつき、少女は厨房に戻ってしまったミミを見送り、いつもの4人掛けのシート席に向かう。
そこにはクラスメイト、正史の姿があるはずだが――
「あれ……いない?」
席には、彼のものと思しき飲み干された紅茶のカップがあるだけで、誰も居ない。
よく見れば、席には彼の持ち物である手提げ鞄がある。
おじいさんが持つような古めかしいもので、正直彼には似合わないのだが、単純に持ち物としては非常に蛍の琴線に触れていたので良く覚えている。
「……待たせすぎて帰っちゃった? でも、まだ約束の時間の前だし――!?」
とすん、と、何故か「上」から正史が飛び降りてきて、「よう」と軽く手を上げている。
店内であるためか、眼鏡は外しており、相変わらずの狐面であった。
「田渡君? どうして上から?」
「ああ、ちょっと知り合いと話してた。ああ、くーさんとのやり取りも見てたぞ」
「……あ、そうですか」
蛍が聞いたのは、「何故、上から」であって「何をしていたのか」ではない。
が、それを指摘したら、「くーさん」とやらについても聞くことになりそうで、蛍は納得したフリをした。
あまり気にしていたら、ここでお茶は楽しめないことを、ここ数日でだんだんわかってきたからである。
それさえ気にしなければ、ここはお茶は美味しいし、落ち着くのだからして。
「それで、皆さんは?」
「真奈は部活に顔出してから来るので、直接いくってさ。皇は……気まぐれだからな。暇になったら来るだろう。究ちゃんは向こうで色々と準備中。凌平さんはアンを車で迎えに行ってるから、俺らがどう動くかは、お前次第かな」
「私?」
「ああ、凌平さんの車で一緒に行くか、電車で行くか、だ。神奈森が決めてくれ」
「……なんで、私が選ぶんですか?」
案内をしてもらう蛍としては、交通手段はあまり関係ない。
電車を選ぶと徒歩が含まれるからその分面倒、といえなくもないが、別にその程度苦にもならない。
あとは電車賃がもったいない、と言うくらいだが、それも最寄り駅を聞けば、往復で500円も掛からない。
普段、私物で買うものなどほとんどないし、貯金は相応にある。
さらに必要があれば「家」からお金は出て来るので、気にせずに正史の都合で決めればよいのでは、と蛍は告げるのだが、
「んー? ああ、別に俺もどっちでもいいんだけどさ。一応、おまえさんの立場的には俺らって『わけのわからん、怪しくて謎の力を持った、敵対しかねない連中』なわけで、車っていう閉鎖空間に入るのに抵抗あるかなって。こんなんで警戒心とかもたれてもしゃーないから、一応、聞いてみたんだ」
「あー……」
確かに、いわれてみたら、少々軽率な気もしないでもない。
とはいえ、「うさんくさい」のはその通りだとしても、彼らが故意的に危害を加えようとはしないだろう、と思う程度には、信頼……といえるかどうかは微妙だが、「毒気」は抜かれている。
さすがにクラスメートをそんな形で疑いたくはない。
まあ、一族のものでもない男だけの車の中、となれば別の危機感を感じなくもないが、アンもいるとの事である。
そう変なことはされたりはすまい。
蛍は、くすりと笑って、
「それじゃ、車でお願いします」
「あいよ。んじゃそういうことで。……聞いといてなんだが、割とあっさり選んだな」
「変なことをしようとする人が、わざわざそんな心配や確認をしてきたりはしないでしょう? その気づかいだけで、十分です。……友達、なんでしょう? 信じてますよ」
「……ああ、サンキュな」
そう呟いた正史の狐目が、さらにほんの僅かに細くなり、そして少しだけ、照れたようにほほを染める。
それを隠すように、「にっ」と笑ったその顔は、始めてあったときと同じなのに――あのときは感じていた狡猾な雰囲気ではなく、暖かさのみを感じるのは、蛍の気のせいだっただろうか。
少しだけ、この変わったクラスメイトの優しい心根に触れたようで、少女はうれしくなった。
そんなとき、蛍の前のテーブルに、ことり、と良い香りのするハーブティーが置かれて――
「蛍さん、お待たせしましたー。本日はカモミールティーを用意しましたが――あら?」
「あ、ありがとう、ミミさん。……どうしました?」
カップを置き、手持ち無沙汰になった両手でお盆を胸に押し付けているミミが、何故か残念そうな顔で蛍を見つめている。
「いえ、蛍さん。随分落ち着かれているみたいで……。いらっしゃったときは随分と不安げに思えたので、カモミールティーを用意したんですけどー……久々に、読み違えたかなあ……。失敗しちゃったかもー」
カモミールティーには、心身をリラックスさせる効果があるので、今日の蛍の調子を感じて選んだとの事だ。
蛍が「いつもの」と言って頼んだにもかかわらず、こうしてミミがお茶を選んできたのには、理由がある。
ブレーメンにて蛍が頼んだ「いつもの」というのは、毎回飲む決まった紅茶があるのではなく、「ミミに任せて茶を選んでもらう」という、この店の特徴的なサービスのことである。
注文したお客の体、精神にあったお茶を出すという、お酒でいえばバーテンダーやソムリエに頼むようなものである。
もちろん、その人の好みが大きく影響するはずなのだが、それでも的確に、飲んだ人が「これだ!」と思うようなものを出してくる。
まあ人間、いくら体調や精神状態で体が欲するものが変わるといっても、極限状態でもなければやはり個人の嗜好、好みが最も影響するわけで、大抵はその人の好みにあっただけのものが出て来るのだが――それでも何も伝えなくとも好みに合った茶がでてくるのが恐ろしいのだが――逆に特に大きな好みがなかった、日本茶以外ではあまり飲まないで来た蛍にとっては、ちょっとしたことで変化してくるこのサービスがお気に入りだった。
しかし、どうも本日出されたこのお茶は、ミミにとってはチョイスの失敗があったらしい。
実際、そのカモミールティーはとても素晴らしく、単純な気持ちで言えば「十分に美味しい」といえる満足のいくものなのだが――だが、確かに「いつもはあるはずの感動」がない気がする。
味で言えば、これより好みから外れていた紅茶を出されていたときがあったにも関わらず、だ。
これは確かに素晴らしいお茶である。
だが、「これ以上」がいつも出てきている以上、それは間違いなくミミにはミスがあったのだろう。
こんなとき、「そんなことないですよ。美味しいです」と軽くフォローするのが普通なのかもしれないが、このミミという少女はこのことについてはプライドが高く、そういう下手なフォローは喜ばないことを、蛍は真奈から聞いている。
だから、蛍はただ素直に自分の身に合った状況を答えることで、誠意と感謝、そしてミミへのフォローを表した。
「はい。確かに来たときは、ちょっと家で嫌なことがあったのと――えーと、ちょっと今日のことで不安とかもあったのでそんな気分でしたよ。でも、今はここで田渡君と話して落ち着いたから――うん、それで、大丈夫になったんです。間違ってはなかったですよ」
「そうですか……でも、次はもっと美味しいお茶を淹れますから。きっと、また利用してくださいねー?」
「ええ、楽しみにしてます」
「それではごゆっくり――と、あ、そうだ」
下がろうとしたミミが、何か思い当たったのか正史のほうに近づいて、耳元で何か呟く。
呟く、といっても、隔す気はないらしく、その声ははっきりと蛍にも聞こえた。
「正史君、あまり、蛍さんをいじめちゃ駄目ですよー? ちゃんと、さっきの貴方の『表情』が『聞こえて』ましたからねー」
「……一応、これも俺の趣味なんだが」
「だめ、ですよ?」
「はい、善処します。ほどほどにするんで勘弁してください」
普段のどこか間延びした声から、小さく区切るように、はっきりと言葉を発したミミに、正史は急に佇まいを正して、ミミに頭を下げ始めた。
彼のそんな様子にも驚きだが、なぜそこで、自分の名前が出てきて、さらに不安なことを言っているのだろうか。
ミミは「まったくもう」と呟きながら蛍へと向き直り、訝しがっている彼女に説明をする。
「あのですね、蛍さんがこっちを見た瞬間、正史君は『してやったり』みたいな顔をして笑ったんですよー。よくはわからないですけど、きっと、貴方が何かの罠にはまったってことだと思いますから、気をつけてくださいねー」
「ふぁっ?」
思わず、腰が跳ね上がり、自分でも聞いたことがないような声を発して驚く蛍。
正史のほうへと顔を動かせば、そこにはどこかとぼけた様子で水を飲んでいる少年の姿がある。あからさまに目線を合わせてこないのは誤魔化そうとしているのではなく、どうせばれたのなら思いっきりわざとらしくやってやる、という彼の最後まで道化たらんとする性格によるものだろう。
つまり、彼がなんらかの「罠」にはめたのは、本当である、ということだ。
だが、そこからは害意はまったくといっていいほど感じない。
さらには、蛍を利用して利益を得ようとするような邪な――いわゆる「邪気」すらも感じない。
これは、どういうことなのか
「蛍さん。正史君は、気に入った人ほどちょっかい出したり、からかおうとする子ですから、気をつけてくださいねー。でも、もし何かされたとしても、それはきっと結果的には貴方にとってプラスになるためにやっているはずですから、心配しなくていいですよー」
「……あの、それは凄く心配になるんですけど」
「大丈夫ですー。基本的にはすごく良い子ですからー。ただ、性格が悪いだけなんですよぅ。相手にとってとても喜ばしいこと、メリットが生まれることを利用して最大限にからかってくるだけなんですー」
「あの、それ、全然大丈夫じゃないと思います」
「だいたいフォローになってないだろそれ」
「うーん、そうですね-。なら、こう思えばいいんですよー」
後ろから声をかけている正史はスルーして、ミミは蛍の耳元に口を寄せる。
すると、今度こそ、本当に本当に小さな声で彼女だけに聞こえるように囁いた。
「好きな子を悪意なくからかいたがる、『無邪気』なお子様だと思えばいいんですよ。あの子はどんなに冗談ぽく言っていても、口に出して相手に伝えた好意の言葉には、絶対に嘘はありませんから」
あの日、好きだって、言われたのでしょう? と。
ミミは、優しく笑った。




