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八発目 膝枕と精霊の祠

 もう少しで日も暮れそうになっている時間に俺は馬車に揺られていた。

 4人乗りの小さな馬車の御者席に年老いたじいさんが座り、中には俺と俺のお側係のエミリーの2人が乗っていた。

 道も荒れているが、馬車の中もなかなか大変な状況になっていた。



「う~、気持ち悪いです、アルファ様」


「大丈夫か、エミリー」


「うっぷ、大丈夫です」


「うんうん、大丈夫じゃない奴ほど、そう言うよな」



 俺のお側係の少女エミリーが乗り物酔いでダウンして、主人である俺が膝枕をしてやっているという主従逆転の状態だ。

 まあ、割りといつものことだし、具合が悪いときはお互い様だ。

 俺の膝は減るもんじゃないし、むしろエミリーの頭が太ももの上にのっているっていうのも思いのほか気持ちいいし、別にいいと思う。


 俺たちは俺の父親の治める領内を馬車で屋敷に向かって移動しているところだ。

 今日、ある村の名主の所で孫が産まれたので、その祝いの席の帰りだったりする。

 けっこう楽しい感じで宴が開かれていたので、もう少しは居ても良かったのだが、祝いの酒で悪酔いした若い衆たちが俺に色目を使い始めたので、父親たちはまだ残って宴を楽しんでいるが、10歳の俺は一足早くその場から帰宅させられることとなった。

 行きに乗っていった我が家の馬車は、父親たちが残っているため置いてきて、名主が用意してくれた小さめの馬車に乗って帰路についたというわけだ。

 だが、この馬車の揺れることといったら半端なかった。



「申し訳ありません、アルファ様」



 エミリーがもうすぐ死ぬんじゃないかというか細い声で訴えてくる。

 だが、エミリーほどではないが俺も多少気持ち悪くなってはいるので、エミリーを責める気は更々ない。



「これだけ揺れたらしょうがないさ。もうしばらくしたら屋敷に着くだろうから、このまま俺の膝を使って横になって我慢してろ」


「……はい」



 エミリーが俺の太ももに青い顔を埋める。

 グッタリとしたエミリーは本当にしんどそうだ。

 俺は御者をしてくれている、年老いたじいさんに声をかける。



「なあ、じいさん、どこか近道はできないか?」


「御嬢様、あっしはお勧めはしやせんが、森の中を通ればかなり早くお屋敷に着くことは出来やすよ。ただし、滅多に出会わないとはいえ魔物も生息していやすし、多少の危険はありやすよ」


「それでいい。頼む」


「わかりやした」



 このままではエミリーも屋敷まで持ちそうもないし、森をショートカットしてもらうことにした。

 しばらく鬱蒼とした森の中を馬車が走っていく。



「エミリー、少しでもマシになるかもしれないし、ちょっと風に当たってみたらどうだ?」


「はい、そうします」



 馬車の窓から少し顔を出させ風に当たらせる。

 そのまま俺も風に当たりながら外を眺めていると、薄暗い森の中に明らかに自然物ではないと思われる建造物があった。

 暗さと遠目で分かりにくいが、そんなに大きな建物ではないようだ。

 入り口は何か神殿のような造りに見える。

 ちょっと気になる。

 俺は好奇心を抑えられずに、乗り物酔いで苦しんでいるエミリーに聞いてみた。



「なあ、エミリー、あれってなんだ?」


「ん? なんのことですか?」


「ほら、あそこに祠みたいなのがあるだろ」


「あ~、あれは精霊の祠ですね」



 エミリーが乗り物酔いを我慢して視線を向けてくれると、俺に説明をしてくれる。



「いつ誰が造ったのか不明ですが、精霊の祠とは精霊と語らい、精霊の力を借りれる場所らしいですよ。昔からあるんで面白がって中に入った人もいるんですが、ただの物置くらいの何もない部屋になっているだけで、何もいなかったって話です。この領内ではあそこの1ヶ所だけですが、他の土地にも同じような場所は多数発見されているんですよ。うっぷ」


「無理させて悪かったな。もう大体わかったから、あとは休んどけ」


「そうさせてもらいます」



 エミリーが再びグッタリする。

 俺は徐々に遠ざかっていく精霊の祠に、いつか行ってみたいと思った。

 もちろん、精霊に合うために。

 だって、精霊といったら美人が定番だし!



 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 あれから数日が経った。

 俺は精霊の祠について調べるため屋敷の書庫に入り浸っていた。

 きれいに並べられた数十冊以上の本たちを前に悪戦苦闘している俺の所にエミリーが紅茶を持ってきてくれた。



「アルファ様、お茶をお持ちしましたよ。少し休憩したらどうですか?」


「エミリー、助かる。ちょうど喉が渇いてたところだ」



 手近なテーブルと椅子に簡易のお茶セットが並べられていく。

 温かい紅茶を一口飲み一息つく。

 そんな俺の様子を確認し、エミリーが進み具合を確認してくる。



「どうです、なにか精霊についてわかりました?」


「う~ん、そいういことに関係してそうな本は何冊かあるが、どれも物語のような話だけで、どうすれば精霊に会えるとか具体的なものはないな」


「そうですか。じゃあ、何もわかんないんですね」


「いや、そうでもない」



 俺は手近な本を手に取ると広げてエミリーに見せる。



「例えば、この本に書かれている物語の中では、故郷を滅ぼされた若者が祠に何年も籠り、ようやく授かった精霊の力で蛇竜を倒すってのがあったりするし、他の物語でも精霊が登場するまで結構な時間籠っているみたいだ。ここから考えられるのは、精霊の力を借りるためには、とりあえず長い時間籠る必要があるってことだな」


「ただ、あんな場所で何年も籠るって大変ですね」


「俺には無理だな」



 あんな森の中の祠で1人で何年も過ごせなんて言われたら発狂してしまう。

 エミリーも頷いているところをみると大体俺と同じ意見のようだ。



「あんな場所に数日もいたら、私でも気が滅入っちゃいますよ。それで、どんな精霊がいるんです?」


「それがわからない。精霊については、各物語で登場する精霊の性質がまったく違いすぎるんだ。ここから考えられるのは、精霊は複数の能力を持っているか、若しくは複数の種類の精霊がいるってことだな」


「そうなんですね」


「あくまで俺の推測だがな。まあ、時間はあるし、精霊についてはおいおい調べていくさ」


「私もお付き合いしますよ、アルファ様」



 俺はまだ10歳。

 時間はまだまだある。

 そう、俺は今のこの生活がずっと続くと思っていた。












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